「……」
「……」
気まずい、という状況に見本を用意するなら今を切り取れば完璧だ。
そう、誰もが思うくらいには、二人の間の空気は重かった。
そこは、リクの部屋だった。
エスはコロンの口利きで集落へ住まうことを許されたものの、リクからの警戒心が解けたわけではない。
自分に警戒心を持った者の家に世話になるなど、針の筵以外の何だというのか。
そんなわけで、エスはリクに対し平常心でいることなど出来なかった。
だが、とうのリクもまたエスに対して平常心ではいられなかった。
リクはエスに対して思い切り警戒心をぶつけた。それは――――
この過酷な環境下を生きのびて集落にたどり着くなど、あまりにも現実味がなさすぎる。
まずここは外から見れば獣穴、集落であると知らない人間が入るにはあまりにも危険なのだ。
次に、この近辺に他の集落があったという情報はない。『次の集落』に出来る場所を探したとき、それなりの範囲を探索した故に、知らないだけで実は集落があったという可能性も低い。
さらに、そんな近辺にあった集落が消されたのだとすれば、この集落にも被害が及んでなければおかしい。しかし、現実には他種族の流れ弾など観察すらされていない。
だが、この集落から観測することさえできないような遠方の集落からここまで来るなど、難題ではない。はっきり『無理』だ。
以上の理由から――――
そして、集落に来ることが出来た事実から、エスが人間でない可能性までを想定していた。
しかし、よくよく考えれば他種族が人間の集落にわざわざ『侵入』する意味などないのだ。
侵入のメリットは主に二つ――――戦力の節約、情報の奪取である。
特に戦力の節約においては多大なメリットがある。陽動を行う、指揮系統を混乱させる、攻め込む際の脆弱な部分を知らせるなど、出来ることは非常に多岐にわたる。
しかし、それらの策略は
故に、破壊目的の侵入はありえない。他種族と人間の実力差は明白なのだ、誰もわざわざ手間をかけて丹念に人間如きを殺そうとは思わないだろう。
しかし、だからと言って情報の奪取を目的とした侵入もあり得ない。人間の持ち得る程度の情報、他種族なら自分で探したほうが早く手に入れられる。
故に――――エスが他種族である可能性も、確かに否定できるのだ。
人間というのもあり得ないが人間でないというのはもっとあり得ない――――それが、現時点でリクの目に映るエスの情報だった。
故に、リクはエスをどう扱えばよいのかわからない。エスもまた、リクにどう歩みよればいいかわからない。
だから――――二人は、この上なく気まずい雰囲気になるしかなかったのだ。
だが、いつまでもそうして停滞することはできない。この世界において、人間が持て余す暇などどこにもありはしない。
状況を進展させなければならない。それは、二人ともよくわかっていた。
だから――――互いに、口にする言葉を探していた。
先に口を開いたのは、リクだった。
「――――お前、故郷の集落がなくなったんだよな」
「……うん」
「その集落――――大体でいい。どこにあったか教えてくれ」
エスの嘘を確定――――あるいは否定する。まずはそれから、リクはそう考えた。
エスの嘘が実は真実であったなら、エスを疑う意味はなくなる。逆に、エスの嘘が確定したならエスを強く疑ってかからなければならない。
この二択によって、エスの処遇は180度変わる。故に、これは真っ先に判明させなければならない。
どうか嘘なんてついていないでくれ――――リクはそう願いながら、彼女にカマをかけた。
「この集落の西……すごく、遠いところ」
その答えに――――リクは目を伏せる。
処遇が、決まった。
エスは、リクの所作に不安そうな目を向ける。
リクは――――意を決して。
処遇を、言い渡す。
「分かった。出来るなら通ったルートとそのルート付近の地理情報なんかも教えてくれ。その情報代ってわけじゃないが――――集落にお前の家を用意する」
――――エスは、白と判定された。
西は、唯一黒灰の汚染が薄いルートが残っている方角だった。そして、エスの元居た集落の位置は、この集落から視認できない『すごく遠いところ』と判明した。
それは、彼女が嘘をついていないなら出てくる答えだった。
その答えに――――リクは胸を撫で下ろす。
彼女が他種族であったならば、放置はできない。しかし、拒絶すれば強硬手段に打って出る可能性がある。
そんな板挟みの選択肢を右往左往するなど、まっぴらごめんだ。そんな事態を避けられて良かった――――リクがそう胸をなでおろすのも、無理はあるまい。
――――エスは、リクのカマかけに気付いていた。
壊滅した集落の位置を探る――――それは確かに大事なことだ。この集落と壊滅集落がどれだけ離れているか――――それは、この集落が戦線からどれだけ離れているかということに他ならないのだから。
しかし、そんな重要な情報を聞くのに、『大体でいい』――――?そんなわけがないだろう。アバウトな情報はときに足手まといにすらなり得る、出来る限り情報は詳細に語らせるべきだ。
リクはそれがわからないほど愚鈍ではないだろう。何せ、初見でエスを他種族ではないかと疑ったのだから。
だが、リクはアバウトな情報しか要求しなかった。その点から、リクの目的は情報ではなくエスが何と答えるか試すことだと看破できるのだ。
そして、リクがエスを試す目的など一つしかない――――即ち、『エスは他種族なのか』、それを判明させることだ。
しかし、その目論見は露見している――――ならば、いくらでも誤魔化しようはある。
そもそもエスはリクの思うような疑問などとうに先回りしており、答えとして納得のいく『設定』を考え終えている。
故に、エスはリクのカマかけに対し嘘誤魔化しを考える必要すらなかった――――ただ、既に考え終えた設定を垂れ流すだけでリクのカマかけを回避することが出来たのだ。
しかし、これはリクが浅慮ということでは決してない。むしろ、気付けなくて当然なのだ。
エスは見事にリクを欺いた。だが、それは人間に対し友好的に歩み寄る姿勢を取っていたからだ。
これが例えば人間から情報を奪おうとしている他種族だったならば――――カマかけに対し、気付く以前に警戒をしない。
いざとなれば力ですべて解決できる――――そんな担保付きの駆け引きに本腰など入るわけがないだろう。
故に、リクはカマかけに引っかからなかったエスを人間だと判ずるしかなかったのだ。
まさか、他種族が
そう。
エスは、
そしてそれは、エスにとって――――そして、人間にとっても最高の展開だった。
希望を知りたい神。
ただ生きたい人間。
人間に生きてもらわなければいけない神。
誰かに守られなければ今日にでも消えそうな人間。
その利害は――――まるでそう設計されたかのように、一致していた。
即ち、
これ以上ない完璧なギブアンドテイク――――リクが欺かれたことによって、それが成立したのだ。
人間の集落に入り込み、人間として扱われる――――エスの第一目標が、ようやく達成されたのだ。
やっと、『Prologue』が終わったのだ。
これから先こそ、彼女の本来の目的――――『希望の探求』である。
希望とは一体何か。
答えを探す、一柱の神。
彼女の神話が、Prologueを終えたことを祝福しよう。
彼女の神話が、第一章を迎えることを祝福しよう。
実に簡単な様式美だが――――この言葉を以て、祝福としよう。
――――はじまり、はじまり。
要約:さぁ、神話を始めよう。