「剣姫の弟、冒険者やめるってよ」   作:赤空 朱海

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アイズさん視点です 
色々とストーリーを考えていますがそんなに長くは続ける気はないです



第二話 咲かない花を愛でる者

 彼女アイズ・ヴァレンシュタインは自分の部屋をノックをする音で目を覚ました。

 

 彼女は温かいベッドの中で弟が自分を起こしに来たのだとすぐに悟った。何故なら毎日起こしに来てもらうように頼んだのは他でもないアイズ自身だったからだ。このまま返事をしてもいいが、その場合起きたことを確認した弟が部屋に入らずにそのまま戻ってしまうかもしれない。そう思い再び目を閉じてまだ眠っているフリをすることにした。

 

 アイズにとって弟は自慢の存在であり、掛け替えのない大切な家族である。唯一の家族ということもあり少し……いや、大いに過保護なところもあるがそれも仕方のない事なのかもしれない。家族がいなくなることの寂しさを二度と味わわないために、アイズは弟のことを守ると誓った。

 

 弟を守れる強さを得るためアイズはロキファミリアに入団して家族を守る力を得た。だがそれと同時に弟との間に決定的な亀裂を作ることになってしまった。弟は冒険者としてあまりにも成長しなかったのである。アイズがレベルを年々着実に上げて行っていることに対して、弟はずっと1のままで止まっていた。

 

 アイズにとっては守る側である自分だけが強ければ良いと考えているが、弟の方は納得することは出来なかった。

 

 結局、弟はアイズにジェラシーに似た黒い感情が湧きだしたようで避けるようになってしまった。だが、それがアイズには許せなかった。そこでアイズはわざと弟に自分の身の回りの世話してもらうように頼んだ。実力主義の風潮が強いロキファミリアでは自分よりレベルの高い相手の要求は断りにくいこと、それと弟自身頼まれれば余程のことでなければ嫌とは言えない性格をしているために仕方なく了承したのである。

 

 アイズ自身はこういうやり方で無理矢理触れ合う機会を作るというのは本望ではなかったが、それよりも弟が自分から離れていくことの方がより心に堪えた。だからたとえ多少歪なコミュニケーションでも取らないよりはマシであると決め弟に甘えるようになってしまったのだった。

 

 コン、コンと木製のドアを数回叩く音をアイズが寝たふりをして無視すると、扉が開き弟が起こしに入ってくる。アイズはいつ弟が入ってきても良い様に部屋を片付けているために油断はない。

 

「姉さん、起きてよ。朝ご飯出来てるから食堂に行って!」

 

 呆れたようなそれでいて少し苦笑いを含んだセリフで姉を起こす。

 アイズは目をぱちりと開けるとベッドから上半身を起こす。弟の顔をあらためて見る。

 

 黒い髪に金色の目、そして何より姉である自分と違い優しさを感じさせる顔つきしている。だが、今日もそうだが最近はいつも目の下には黒い隈があり顔色もどこか白く体調の悪さを感じさせる顔色をしていた。

 

(また無茶な訓練をしたのかな……危ないことはしないで欲しいのに……)

 

 アイズは弟の体つきを確かめるために抱き着く。最近の弟は自分では気づいていないようだが確実に痩せてきている。それも着実に。そのことがアイズは心配だったのだ。

 抱き着いて改めて感じる体の細さに少し悲しくなると同時に、ある違和感が彼女の鼻を通り抜けて嗅覚に訴えかけられる。

 

(また細くなってる……ん?いつもと違う匂いがする……)

 

「……他の人の匂いがする」

 

 そういうと彼は呆れた表情を顔に浮かべ、サラッと流すように答えた。

 

「あー、さっきロキに抱き着かれたからかな」

 

「……ほんと?」

 

「本当!それより早く準備をして朝ごはん食べてきなよ!」

 

 アイズは弟を信頼していない訳ではないが、かと言って発せられる言葉全てを鵜呑みにするほど鈍感でもない。だが今回の場合は弟の言っていることは本当だろう。嗅いだ匂いもどことなくロキっぽさがあったためだ。

 

 アイズは弟に対して独占欲のような物を持っていた。それは彼女自身も自覚していることである。何故そんな風になったのかはいまさら説明するまでもないだろう。唯一の家族、幼い頃からずっと一緒、それでいて守るべき存在。理由を挙げればキリがないがそう言った複雑な思いが密接に絡み合い、この異常なまでの独占欲を生んでいるのだ。

 だから弟を誰にも渡したくなかった。そこら辺の適当な女は勿論、同じファミリアの女性陣にもだ。だから常に目と耳、それと鼻を張り巡らせている。

 

 それからアイズは弟に手伝ってもらいながら身支度を整えていく。もちろん昔は一人で出来ていたことだが弟に甘えるようになってから、理性の歯止めが緩くなり今ではこうして手伝ってもらうことが当たり前に感じてしまう。総合的に見てアイズの依存は悪化の一途を辿っていると言えるがアイズ本人は気にしてなかった。

 

 気持ちよく髪を梳いてもらっている最中に、弟が突然不可思議なことを聞き始めた。

 

「姉さん……一つ質問して良いかな」

 

「……何?」

 

 髪を梳いてもらっているアイズは上機嫌を隠すように、あくまで冷静を装って聞き返す。だが一体何を聞きたいのだろうかアイズは思い当たることがなかった。あるとすればレベルに関してのことだろうか?アイズは弟の言葉に耳を傾ける。 

 

「もし俺がいなくなったら姉さんは――……」

 

 弟である彼は一体何を言っているんだ?

 もしいなくなったら?そんなこと考えたくもない。聞きたくもない。

 本能でアイズは弟の方に向き直り、そして頭を両手で押さえる。どこにも逃がさない。力強い両手に弟は首は動かせることは出来ずに強制的に目線を合わせる。よく聞け。

 アイズの見開いた金の瞳が同じ弟の金の瞳を捕らえる。逃がさない。

 

 そして心から語る。自分の意思、いや執念を。

 

「何があっても離れては駄目、絶対に……私はあなたのことが世界で一番大切。あなたのためなら何だってできるし、何だって斬れる……だから、だからどこにも行かないで。たった一人の家族なんだからずっと一緒にいよう?」

 

 アイズは心の奥底にある黒い感情を曝け出す。

 その言葉は全てが本心であり、願望であった。

 何だってできるし、何だって斬れる、それくらいの覚悟があること伝える。

 

 弟は怯えた表情で固まって動けなくなっていたが、そのうちにゆっくり唇を動かす。

 

「わかったから……は、離して」

 

 絞り出した言葉が理解であることに喜ぶアイズ。

 それでいい。弱いままでも、何も出来なくても、たとえ落ちこぼれたままでも、それでもあなたのためなら何だってできる。

 アイズは考えを整理すると頭を押さえていた手を放し謝る。

 

「ごめんなさい」

 

 その後アイズはいつもの私服に着替え弟と一緒に食堂に行こうと誘おうとするが、弟の様子が少しおかしかった。まるで何かを悩んでいるようで俯きながら立ち尽くしていたのである。心配になったアイズは問い掛ける

 

「どうしたの?…………ご飯食べに行こ?」

 

 アイズの言葉にハっとした弟。だがすぐに拒絶の返答がアイズに送られる。

 

「……今日は、朝食は抜くよ。姉さん一人で行って」

 

 そんなこと言われても心配なのは心配である。

 アイズは食い下がるようにどこか体調でも悪いのかと質問を重ねる。

 姉として心配なのである。

 

「どこか調子でも悪いの?それなら医務室に一緒に行こうか?」 

 

 ロキファミリアには体調不良の者のための医務室がある。そこに行こうかとアイズは提案したのだが、その提案に不服の表情を示す弟。

 

「ううん、平気。ちょっと食欲が湧かないだけだから心配しないで」

 

「……でも」

 

「大丈夫だって!少し出掛けるから!」

 

「うん」

 

 そう言って無理矢理話を切って先にアイズの部屋から出ていく弟。

 少ししつこかっただろうか?いや、でも冒険者は常に命取りの仕事だ。何が原因で死ぬか分からない世界である、心配にもなる。特に最近は体調が優れている訳ではなかったので余計に心配にもなる。

 だが。もう既に弟はアイズを部屋に残してどこか行ってしまった。これ以上はどうしようも出来ないと、あきらめて食堂に向かうのだった。

 

 食堂に入ると既にもう食べ始めている者がほとんどであった。アイズも食事を受け取るといつもの席に座る。近くには後輩のレフィーヤと友人で同じレベル5のヒリュテ姉妹が既に座って朝食を摂っていた。

 三人はアイズを見ると口をそろえて朝の挨拶を交わす。

 

「「「アイズ(さん)、おはよう(ございます)」」」

 

「うん……おはよう……」

 

 いつもより覇気がないアイズに三人は不思議な顔をする。一方のアイズは弟のことを心配しながら朝食を食べていく。この料理も弟が作ったものだった。だからアイズはこの味付けが好きだった。

 元気のないアイズを心配に思ったティオナが何があったのか尋ねる。

 

「アイズ、今日元気ないみたいだけど何かあったの?私で良ければ相談乗るよ?」

 

「ううん、何もないよ……」

 

 どう見ても何か悩みのある反応を見せるアイズだった。

 アイズのこと気に掛けているのはティオナだけでなく、ティオネとレフィーヤも話に混ざり何を悩んでいるのかを聞き出そうとする。

 

「アイズ、一人で悩んでいても解決できないこともあるのよ?短い付き合いでもないんだから、正直に話してもらえれば出来るだけのことはしたいと思うわ」

 

「ティオネさんの言う通りです!私もアイズさんの力になりたいです」

 

 三人から励ましを受けてアイズは今朝のことを相談することにした。

 弟の体調不良で無理していることを正直に話した。話を聞いた三人は複雑そうな顔をした後に各々の意見を述べていく。

 

「私も弟くんのことは気にしていたのよね。朝から晩までダンジョンとホームを往復しているみたいだし、ホームにいてもひたすら鍛えてばかりで休む時間なんてほとんどないんじゃないかしら……」

 

 ティオネもどうやら同じことが気がかりだったらしい。ティオネと弟は実は仲が良い。というのもティオネが入団してきた時にアマゾネスの武術を学びたいと弟が頼み込んだことで、それ以降二人は友好的な関係を築いていた。

 だが最近では弟が常に一人で鍛錬するようになったため、ほとんど会う機会がなくなってしまった。

 

「そういえば私も弟くんとは最近話してないなあ。この前すれ違った時にチラッと顔を見たけど顔色も悪かったし……。やっぱり心配だよね。どうにかしてあげたいんだけどなあ」

 

 ティオナは弟のことを実の弟のように可愛がっていた。それこそアイズが嫉妬するくらいには仲が良い。特にスキンシップの激しいティオナにアイズが焼きもちを毎回のように焼いている光景は何回も見られた。だから、最近の無茶なトレーニングにはアイズやティオネ同様、反対の姿勢を示す。

 

「私も先輩にはお世話になってましたから。やっぱり無茶をするの止めたいですね……」

 

 レフィーヤが最初にこのロキファミリアに入った時にファミリアやオラリオの案内をしたのが弟であった。しかし、レフィーヤのレベルが上がるにつれてあまり話さないようになってしまった。

 

 四人は難しい顔をしながら、どうやって無茶な特訓を辞めさせることが出来るのかを考えていたが、どうにも良いアイデアが浮かぶことは最後までなかった。

 皆知っているのだ、彼が誰よりも力を望み、誰よりも努力をしていることを。だからこそレベルが上の自分達が辞めさせることなどおこがましいと考えてしまうからだ。

 

 朝食後は午前中はロキファミリアの遠征についての打ち合わせをし、午後からはいつもの四人で街へ遊びに出かけた。

 

 アイズは強さに固執することはない。無論強くはなりたいとは思うが、これ以上弟との差が大きくなることに懸念を覚えているからだ。だから仕事もダンジョンも遊びも程よくこなすことにしていた。

 

 夕方になりホームに戻る。

 今日はいつもより夕焼けが綺麗だったため庭の方に出て見ると弟が一人で素振りをしていた。死に物狂いで剣を振り己を追い込む姿はあまりにも痛々しかった。

 

 アイズはこれ以上はオーバートレーニングだと思い、止めに入ろうとするが後ろから制止する声が聞こえる。

 

「やめとけアイズ。今行ったって余計惨めになるだけだぜ」

 

「……ベートさん」

 

 ベート・ローガ。レベル5の冒険者にして誰よりも強さを望んでいる男だ。そんなベートが後ろから来てアイズを止めたのだ。

 

「完全にオーバートレーニングです。このままじゃ倒れてしまう……」

 

「それなら勝手に倒れさせときゃいい。そっちの方があいつも本望だろう」

 

「……なんでそんなこと言うんですか」

 

「ハッ!そんなもんあいつが一人で鍛えてることを考えればわかんだろ。成長しない自分が情けない。だから行くだけ無駄だ、勝手に追い込んで、勝手に倒れてろって話だろ」

 

「……ベートさん」

 

「これはプライドの問題だ……。家族だからって踏み込んじゃいけねえ領域だってある。そこをよく考えてから行動を決めろ」

 

 そう言い残すとベートは去って行った。

 アイズは結局、弟に声を掛けるのをやめ一人夕食を摂りに食堂に向かうのだった。

 

 アイズは食後にロキの部屋から弟が出てくるのを待っていた。いつもこの時間帯にステータスの更新をしてもらっていることアイズは知っていたからだ。そして弟が部屋から出ていくのを確認した後にロキの部屋に入る。

 ロキはベッドに腰を掛けながらうつむいていた。

 

「ロキ、今日の結果は……」

 

「……昨日と変わらんよ。何も」

 

 いつもの快活さは鳴りを潜めて今はただ結果だけをアイズに伝えた。

 

 アイズは就寝の挨拶をロキに告げて部屋を出ていく。そして廊下を歩きながら考える。

 

(強くならなくてもいいのに、私の側にさえいてくれればそれで……)

 

 アイズはそう思いながら自室に戻り、一日を終えるのだった。

 




今考えている今後の展開は
・このままレベルが上がらない
・ロキが何かを隠している
・特殊なスキルがある
・ロキファミリアがギクシャクする
・いつものヤンデレオチ などなど

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