「剣姫の弟、冒険者やめるってよ」   作:赤空 朱海

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主人公視点です 沢山の感想・評価、誤字報告ありがとうございました



第三話 咲かない花は雨に濡れる

 夜にダンジョンに潜る者は決して多いとは言えない。

 

 換金所などもそうだがギルド自体が終業している時間帯であり、遠征などからの帰還や出発など余程のことがなければほとんどの冒険者は規則正しく、日中に活動する。だが一部の者は昼夜関係なくダンジョンを利用する場合もある。

 

 ダンジョンの上層にてただひたすらに溢れ出てくるモンスターを淡々と殺している者がいた。剣姫アイズ・ヴァレンシュタインの弟である。彼は夜のステータス更新を終えた後にこのダンジョンに鍛錬のために再び潜っているのであった。普通の冒険者であれば休むべき時間帯であるが彼は寝ることが怖かった。

 

 夢をみるのだ。このまま弱いままで時間だけが過ぎていく何も成し遂げることが出来ずに死んでいく、そんな夢を。それだけは嫌だった。自分には叶えたい夢がある。偉大な英雄になって偉業を成し遂げること、そして姉を超えて守れるほどに強くなることの二つだ。

 彼はそのためならどんな辛い鍛錬にも耐えられる。どんな困難にも立ち向かえる。どれだけ後ろ指を指されようとも、落ちこぼれと揶揄されたとしても、それでも戦うことを諦めない。それだけの心意気を持っていた。

 

 だから今日も命を懸けてモンスターを狩る。

 自分を追い込み、血と汗を流し、ボロボロになりながらもなおも殺し続ける。

 魔石は拾わない。そんな無駄なことをする位なら一匹でも多くのモンスターを見つけて殺すことに専念したいのだ。

 

 モンスターを確実に殺す彼の戦い方は非常に洗練されていると言えた。

 アマゾネスの武術に狼人の走法、小人の槍術、ドワーフの立ち回り、エルフの弓術など様々な種族の技術を会得していた。他にも暗器を学び不意打ちに使用しようとするなどレベルに関係ない技能も習得しようとしていた。レベルが上がらないのならば他の部分で補う。強さへの妥協は一切なかった。

 

 これら技能はたゆまぬ訓練で実戦で使える程になっていた。そしてレベルさえ追い付けばまさしく、オラリオ最強の冒険者への道も見えてくるだろう。あくまでレベルが上がればの話だが。

 

 最後の一匹を殺した時には床中に魔石が石ころのように転がっていた。回収する気はないので放っておく。そしてまたさらに奥の方へと進みモンスター殺しを始めた。湧いて出るモンスターを早速殺しにかかる。

 

(もっと……もっとだ!)

 

 体は既に疲労と睡眠不足などによりまともに動ける状態ではない。むしろ、いつ倒れてもおかしくなかった。それでも戦いをやめないのは限界を超えるためだ。レベルアップに必要なことは限界を超え、偉業を成し遂げることである。そのためどんな状態であってもモンスターを殺すことを心に決め常に限界とそして命を削るのである。

 

 レベルアップの方法は実に曖昧だ。だから自分が考えうる限界ギリギリを攻めなければならないと考えている。だから常に自分を追い込むことでレベルアップを狙っている。

 あれだけ湧いて出たモンスターも既に物言わぬ魔石に変わっていた。

 

 ここでやっと体の異常を感じることが出来た。戦闘中は興奮で自分の肉体の不調に気づかなかったのであった。

 次第に体が動けなくってきたのを感じる。顔面の返り血を持ってきていたタオルで拭う。もはや体力はほとんど残されていなかった。これだけやってもレベルアップはおろか、ほとんどステイタスが上がらないのだから嫌になってくる。

 

 やっと一呼吸を置き辺りが静かになったところで時計に目をやる。

 既に日にちをまたぐ寸前であった。

 彼は最低限の睡眠を得るのと明日の朝食の準備のためにも急いでホームに向かう。

 

 ダンジョンを抜けて外に出ると激しい雨が空から地面に打ち付けられていた。傘なんてものは持っているはずもなく疲れ切った体でどしゃぶりの雨の中を重い足取りで進んでいく。帰りに通る大通りも深夜であることや大雨の影響もあり、自分以外に誰一人いなかった。

 

 雨が降る夜のオラリオはまるで別の世界のように感じられた。激しい雨の音と湿った土の臭い、明かりは街頭だけ。気味が悪かった

 

 ずぶ濡れの体を引きずりながら一歩一歩あゆみを進めていく。思っていた以上に疲れていたのか、それとも服が雨を吸って重くなっているのか体がいつもより重く感じる。さらに雨の影響と疲れ切った体と心の影響なのかは分からないが、マイナスなことばかり考えてしまっていた。

 

(………………)

 

 姉に追い越され、同期と後輩に抜かれ、それでも必死に努力してきたつもりだった。それなのに何も報われていない。何も得ていない。自分は……成長していない。あらためて見つめ直す現在の自分の状況に自然と涙が雨と混じって零れていく。誰にも聞こえていないのだ。愚痴くらい言っても良いだろう。

 

「何で俺ばっかり……こんな目に………」

 

 気づけば誰もいない夜の街で大雨にうたれながら涙を流していた。

 普段は絶対に見せない弱み。溜まりに溜まったそれらが遂に弾けてしまったのである。

 その光景は誰が見ても惨めで、それでいて残酷なまでに悲壮感に溢れていた。

 感情の爆発と同時に雨は更に鋭さを増して行った。さらに追い打ちをかけるように体に急激な異変が生じる

 

「ンッ!グッ!……はぁ……はぁ……」

 

 泣きながら歩ているうちに段々とそしてゆっくりとであるが頭が重くなっていくのだ。また呼吸は荒くなり、寒気と同時に吐き気までが襲って来た。まっすぐ歩くことが出来ずに持っていた折りたたみ式の槍を杖の代わりにして何とかホームへの道を進もうとするが上手く歩けない。目の前がチカチカと白黒に点灯しているように見えてきた

 

 ここに来てこれまでの無理をしていたツケが一気に襲って来たのだった。さらに追い打ちをかけるように何らかの病気の症状まで出始めている。彼の体を大量の雨粒が襲う。

 

 そして遂には歩く体力すらなくなり片膝をついてしまう。辺りを見回し少しでも雨風をしのげる路地裏に転げ込むようにして入り込む。足元から崩れるように地面にへたり込み建物の壁に体を預ける。決してこの路地裏は衛生的に良いとはいえないがもはや歩く気力は残っていなかった。

 

「うう、え……うぅ……ぅ……はぁ……どう、して……どうして!……こんなのって……う……うぅ……」

 

 泣くなんてみっともない。常に精神を強く持て。冒険者になる時に決めたはずだった。

 だがもはや自分は冒険者と呼べる存在なのだろうか?毎日自分を追い込んで、痛めつけて、常に限界を超えようとしてきた。それなのに……。

 

 薄汚い路地裏で雨と泥にまみれ声を押し殺しながら涙を流し続けた。

 その姿は最高に憐れで、それでいて痛ましかった。

 そのうちに頭痛と頭の重さに耐えられずに地面に伏せてしまう。

 

「……ん……はぁ……はぁ……」

 

 呼吸が上手くできない。寒気がする。反対に体の芯が燃えるように熱い。

 彼は自分はここで死ぬんだと悟った。ああ、なんて無様な死に方なのだろうか。どうせ死ぬならダンジョンの中で死にたかった。

 

 もはや目を開けている力さえなくなり瞼が閉じられていく。いまの自分が感じ取れる周囲の状況は雨が地面を打つ音だけだった………筈だった。

 

「しっかりしろ!意識を保て!ゆっくりでいいから呼吸をするんだ!」

 

 誰かが自分に対して呼びかける声が聞こえる。何とか力を振り絞って目を見開くとそこには同じロキファミリアに所属する幹部のエルフ「リヴェリア・リヨス・アールヴ」が自分に対して高速詠唱で治癒の魔法を掛けていた。

 何故こんなところにいるのか?疑問はいくつかあったがそれを聞くことは出来なかった。治癒魔法を掛け終わると泥まみれの彼の体をリヴェリアが背中に背負う。

 

「待っていろ。すぐにホームに戻る。だからそれまでの辛抱だ」

 

 リヴェリアの背中はとても温かく感じられた。その温もりを感じながら意識を必死に保とうとする。治癒魔法の効果なのか先程よりもいくらか体の調子が戻ってきていた。それでもやはり歩くことは出来そうになかったので、黙ってリヴェリアの背中におぶられている。

 

 彼とアイズにとってリヴェリアは母親のような存在である。幼い二人に勉学や常識などを教えてくれたのがリヴェリアであった。昔はそれこそベッタリと付いて回った時期もあったがレベルが上がらないことに苦悩して以降、距離を置くようになってしまったのだ。

 

 リヴェリアは両手で彼を背中に背負うと急いでホームに向かった。両手で支えているために傘をさすことは出来ずにリヴェリア自身も雨に濡れてしまっているが、そんなことはお構いなしとばかりに雨の中を突っ切る。詠唱者であるとはいえレベル6の俊敏は伊達ではなくあっという間にホームに戻ってくる。

 

 ホームの玄関口ではロキがいてもたってもいられないといった状態で心配そうにウロウロとしていた。

 そこに彼を背負ったリヴェリアが到着したことで、ロキは急いでリヴェリアの元に駆け寄ると背中に背負われている彼の容態を確認する。

 

 そんなロキにリヴェリアは彼を拾った時の状況を説明する

 

「……路地裏で雨に濡れながら倒れていた」

 

「そか……やっぱり探しに行かせて正解やったな」

 

「ああ、一応回復魔法はかけたが、過労でいくつか病気を併発しているようだから今すぐに休ませないといけない。とりあえず泥を落とすために風呂に入れる。手伝ってもらえるか」

 

 二人の会話をリヴェリアの背中でじっと聞いている。頭の中は迷惑を掛けてしまっことへの申し訳なさや、自分の無茶による罪悪感など様々な感情が混ざり合っていた。

 彼は絞り出すように声を出す。

 

「……ごめんなさい……ごめん、なさい………」

 

 謝ることしか出来ない自分が情けなく恥ずかしい存在に思えてくる。結局自分は一人では何もすることが出来ない無能なのだ。その事実が悲しくて悔しくてそして恥ずかしかった。だから謝る。それが今の自分にできる唯一のことだから。

 そんな彼の言葉を聞いたロキとリヴェリアは一瞬だけ悲しそうな顔をした後に、すぐに励まし言葉を掛けた。

 

「謝らなくていい。お前は私の家族だ、だから気にするな」

 

「せや!気にせんでええねん!あんたはウチの大切な子供なんやから」

 

 リヴェリアとロキの言葉に何も言えなくなる。

 優しさが嬉しかったのは確かだが、それと同じくらい悔しかった。

 彼は二人の言葉に何も言えず俯く。二人は彼の心中を察したのかホームの風呂場へ無言で運んで行った。

 

 風呂場に付くと汚れきっていた装備は脱がされタオル一枚巻いた状態にしてもらう。そして椅子に座らされリヴェリアが頭からシャワーを丁寧にそれでいて優しく掛けられる。椅子に座っていてもふらつくために横からロキが支えてくれていた。

 

 相変わらず体は不調でいうことをうまく聞いてはくれないものの、体の汚れが取れていくのは気持ちが良かった。彼の糸の切れた人形のように動かない体をリヴェリアは洗っていく。途中、彼は何度も意識を失いそうになるがギリギリのところで持ち堪えていた。

 

 終始無言で洗い終わると体を拭い清潔な服装に着替えさせてもらい、他の団員が用意していた数種類のポーションや薬を飲ませられる。そしてここに来てやっと一段落終える。

 そして最後にリヴェリアに運ばれながら自室のベッドに寝かせられる。薬の作用で強い眠気が襲ってくる。彼は眠る前にどうしても伝えなければならないことを伝える。

 

「ありがとう」

 

「……もう心配はかけさせないでくれ」

 

 彼の感謝の言葉を聞いて満足そうに微笑んだリヴェリアはそっと部屋を後にした。

 彼は数週間、いや数か月ぶりにまともな睡眠を取ることになったのだった。

 

 

 

 

 彼をリヴェリアが運んでいくのを見送ったロキは再び玄関に戻ると、探しに行った数人の団員が既に帰ってきていた。

 団員たちに彼は無事であることを告げるとほぼ全員がホッと胸をなでおろす。

 

「雑魚の癖に面倒掛けやがって……」

 

 と言いながらいの一番で傘も持たずに探しに行ったベートは真っ先にシャワーを浴びに行った。他の団員も一安心したのかその場を去っていく。

 

 その中でアイズだけはロキに詰め寄ってきた。アイズの顔はいつものクールな表情ではなく、心配を通り越して今にも泣きそうな顔をしていたのである。

 

「ロキ……本当に無事なの?」

 

「心配せんでええよ。薬も飲ませたし今頃部屋で寝とる筈やわ」

 

 さすがにセクハラする空気でもないので真面目な口調で受け答えをするロキ。

 ロキの言葉を聞いてやっと安心するアイズ。

 

「それなら付きっきりで看病しなきゃ」

 




今考えている今後の展開は
・穢れた精霊化の可能性
・特殊なスキルによりアイズ達と対立
・改宗による決別 
・死 などなど

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