「剣姫の弟、冒険者やめるってよ」   作:赤空 朱海

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リヴェリア、アイズ視点です


第四話 咲かない花を育む者

 夜、リヴェリア・リヨス・アールヴは一人自室で机に向かいながら読書をして物思いに耽っていた。

 

 いや、正確には読書をしていても内容が頭に入って来ないので実質考え事をしているだけのようなものだが。一体、何を考えているのかと言えば一人の後輩冒険者のことであった。その後輩冒険者というのは剣姫アイズ・ヴァレンシュタインの弟のことであり、彼の最近の動向に頭を悩ませていた。

 

 リヴェリアにとってはアイズとその弟である彼との関係は決して浅いものではない。初めて二人がファミリアに来た時に彼らをサポートしたのが他でもないリヴェリア自身だったからだ。冒険者として右も左も分からない彼らに教育を施したのである。

 

 出会った当初の二人に感じた印象は真逆の物であった。

 アイズは手の掛からない優秀な子であり、冒険者になってからは戦闘狂なところはあるものの聞き分けはよく、幼いながらもしっかりとした少女であるという印象を受けた。

 

 逆に弟の方は酷く繊細な性格をしていた。よく泣くし、よく落ち込むし、何より困ったことがあればすぐに姉に頼るなど、臆病かつ気弱な少年であった。そうなると自然とアイズと弟では弟の方に目がいって仕舞いがちになり結果、フィンやガレスを含め当時の冒険者たちは弟の世話をすることが多かった。

 

 そんな弟を変える出来事があった。

 それが冒険者になるために恩恵を授かった時であった。アイズと弟は互いに強くなることを誓い冒険者になったという話をリヴェリアはロキから聞いていた。だからこそ分かりやすいほどに二人、特に弟の方は姉に頼らなくても良い様に逞しくなろうとした。恩恵を授かってからはアイズも弟も強くなるために努力を惜しまず、ただひたすらに強さを求めていた。

 

 弟の甘い性格もこの時には改善され出していた。それこそ入団当初はアイズが嫉妬するほどリヴェリアにベッタリしていたのだが、それもなくなり一人の冒険者として自立するように成長していったのだ。リヴェリア自身も子供の成長を見ているようで嬉しかった。

 

(思えばあの頃が一番健全であったと言えるな……)

 

 だが才能、いや運命というものは期せずして思いがけない結果を二人に付きつけることになる。姉であるアイズが最速でのレベルアップを果たしたのである。大いに喜ぶ姉に対して弟は複雑そうな表情を露にしていた。ともに誓い合って同じスタートを切ったはずが一瞬で抜かされてしまったのだ落ち込みたくもなるというものである。

 

 それからのアイズの活躍は凄まじかった。数年ごとに確実にレベルアップをこなして行き、ファミリアの中核を担う存在までに成長していった。

 反対に弟の方はどこまでも成長することはなかった。いくら冒険に繰り出しても、いくら挑戦し続けても、いくら鍛錬を続けても、レベルが上がるどころかステータスすら片方の手の指で数えるくらいしか上がらなかった。いや、上がらないことがほとんどであるとさえロキは言っていた。

 

 それから彼は更に自分を追い込むようになった。幼い時にアイズと約束した共に強くなることを実現させるために。昔の繊細な一面は隠され、常に上を目指すストイックな性格へと変わってしまったのである。

 

 向上心も度が過ぎれば自分を追い詰めていくだけだ。ここ最近はさらに酷くなり食事はおろか睡眠すらも削り常に自らを磨いていた。それがリヴェリアには心配だったのである。このままではいつか倒れてしまうことになるだろうと。

 

 リヴェリアは開いていた本にしおりを挟ませてから閉じ、本棚に戻す。

 今日はもう遅い。悩んでいても仕方ない後で本人に注意を促すことにしようと決めた。

 そして就寝の支度を済ませたのちにベッドに入り一日を終えるはずだった。

 

 それから数時間後、ホームにいる全員がほぼ寝静まっている真夜中。

 窓の向こうに見える外の景色からは激しい雨が屋根の上に落ちていく光景が見えた。

 その中でロキは一人心配そうに玄関のホールを行ったり来たりしていた。

 

 というのも一人で夜のダンジョンに向かった彼の帰りが遅いのだ。いつも帰ってくる時刻より二時間ほど遅れているのである。彼は時間に関してはかなり厳しい方であり、いつも決まった時間に帰ってくるのだがどういう訳か今日だけはまだ帰ってきていない。悪天候も心配する理由の一つだが、何よりロキ自身が嫌な勘を感じていたのだ。

 ロキの勘は嫌なほどによく当たる。それはロキ自身が一番分かっていた。だからこそ心配で仕方ないのである。

 

 そこに偶然通りかかったベートがロキに話しかける。

 

「こんなとこで何やってんだよ」

 

「ベート……いやな、あの子の帰りを待ってるんやけど……いつも帰ってくる時間になっても戻ってきてないんや。外泊するっていうのも聞いてへんし。それに何か妙に胸騒ぎがするというか、嫌な予感が……」

 

 ロキの嫌な予感がするという言葉を聞いたベートは思わず渋い顔をしてしまう。

 ベートが夕方に見た彼の状態が今にも倒れそうだったからだ。

 ロキの勘は馬鹿にできない。この悪天候ならダンジョンやその途中で倒れてしまっている可能性も高いと言えた。ベートはすぐに昼間の状態をロキに伝える。するとロキは急いで指示を出していく。

 

「今すぐアイズたんとリヴェリア、それとあの子と親しい奴起こしに行ってくれへんか?」

 

「チッ!仕方ねえな」

 

 そう言うと急いでベートはホームに残っている彼と親しい友人を集めてくる。その中でもアイズは酷く取り乱して慌てるように起きてきた。数人が集まったところでロキが説明し、そしてリヴェリアが捜索の手順を説明する。現在、ガレスとフィンは不在なためにリヴェリアが指揮を執っている。

 

「バベルを目的地として二人一組になって探しに行ってもらう。途中の道で見つけた場合は片方がホームに運び、もう片方がバベルに到着した者たちに見つかったことを報告してもらう。また、全員が向かう途中に見つからずバベルに到着した場合にはダンジョンで倒れている可能性もある。その時には上層を探そう」

 

「わかった……」

 

「雑魚の癖に面倒掛けやがって……」

 

 そう言って、話を聞いた後にアイズとベートが組みを作りいの一番にホームを出て行った。他のメンバーも雨具を装着して出ていく。その中でリヴェリアとレフィーヤも探しに出発していった。

 

「それじゃあ、私達も出るか」

 

「はい!」

 

 外に出ると予想以上の悪天候であった。風は吹きすさび、雨は勢いを増していく。リヴェリアとレフィーヤは彼が良く通る道の一つを通って探しながらバベルに向かう。

 リヴェリアは願う、せめて倒れるならモンスターの餌食になるダンジョンではなくこの道すがらに倒れていて欲しいと。

 

「きっと、大丈夫ですよ……先輩は強い人ですから……」

 

「あ、ああ、そうだな……」

 

 レフィーヤが気分の沈んでいるリヴェリアに対して励ましの言葉を掛ける。

 リヴェリアは内心、今回のことを気にしていた。もっと早く自分が彼に対して何か声を掛けていればこんなことにはならなかったのではと。だがそんなことは既に後の祭りだ。どうしようもない事であると割り切って彼を探す。

 

 バベルまであと少しで着くというのにまだ彼は見つからなかった。もしや本当にダンジョンで倒れてしまったのではという最悪の結末が頭をよぎる。

 がその瞬間建物と建物の間の路地裏に人影のような物をみつける。レフィーヤもそれに気づいたのか急いでその倒れている人影による。

 

「先輩!」

「クッ!」

 

 そこには真っ白い顔でまるで死んだように横たわる彼がいた。

 服は泥にまみれ水を吸って重くなっている。少しだけ長い黒髪も地面と肌に張り付きその生々しい状態を如実に表していた。

 

 レフィーヤは急いで脈をとり生存を確認、リヴェリアは彼に向かって必死に意識を保つように呼び掛ける。頼む生きててくれ、その一心で呼びかける。

 

「しっかりしろ!意識を保て!ゆっくりでいいから呼吸をするんだ!」

 

 その言葉に反応したのか彼は瞼をゆっくりと開くがすぐに閉じてしまう。高速詠唱で治癒魔法を掛ける。体は鉄のように冷たく、息も微かなものだった。リヴェリアは回復魔法を掛け終わると彼を背中に背負う。

 力は完全に抜けていた。そして何よりもその体重の軽さに驚く。いったいどれほど自分を追い込んでいたのかが痛いほどに感じ取れた。

 

「レフィーヤ、バベルに向かって他の団員に見つかったことを報告してくれ。私はこのまま急いでホームに戻る」

 

「分かりました!先輩をよろしくお願いします!」

 

 そこからはひたすらに走った。リヴェリア自身は詠唱者であるがレベル6の敏捷は伊達ではなくあっという間にホームに戻ってくる。

 

 ホームの玄関口に到着するとロキが急いでリヴェリアの元へ駆け寄ってくる。そして背中に背負われている彼の容態を確認する。治癒魔法の効果なのか先程よりは症状はマシになっているとは言え明らかに弱っていた。

 

「……路地裏で雨に濡れながら倒れていた」

 

「そか……やっぱり探しに行かせて正解やったな」

 

「ああ、一応回復魔法はかけたが、過労でいくつか病気を併発しているようだから今すぐに休ませないといけない。とりあえず泥を落とすために風呂に入れる。手伝ってもらえるか」

 

 ロキはあくまで冷静を装ってはいるようだったが、やはりどこか焦っているようにもリヴェリアには見えた。

 そんな中、少しだけ回復した彼が背中から呟くように謝罪の言葉を絞り出す。

 

「……ごめんなさい……ごめん、なさい………」

 

 リヴェリアもロキも彼の謝罪の言葉に言いようのない後ろめたい感情が湧いて出る。それは同情か、はたまた彼のあまりにも惨めな境遇に嘆いているのか、詳しくはわからないが一つだけ言えることは彼に対して二人は言いようのない感情を持ってしまったということだ。とりあえずフォローの言葉を二人に掛ける。

 

「謝らなくていい。お前は私の家族だ、だから気にするな」

 

「せや!気にせんでええねん!あんたはウチの大切な子供なんやから」

 

 その言葉に彼は黙って俯く。何を言っていいのか分からないのだろう。リヴェリアもロキも返答は欲しいとは思わなかった。

 

 そして二人は彼の泥と汚れを流すために風呂場に連れて行く。服を脱がしてさらに悲痛な気持ちになるリヴェリア。彼の体は痣だらけでやせ細っており、背負った時になぜあれほど軽かったのかがこれで分かった。

 

 終始無言で洗い終わると体を拭い清潔な服装に着替えさせる。他の団員が用意していた数種類のポーションや薬を飲ませ、彼部屋のベッドに寝かせる。

 

(これで何とか一安心だな)

 

 やっと安全な状態に持ち込めたことに安堵すると、リヴェリアは部屋から出て行こうとする。すると彼はこれまで閉じていた口を開き思いを伝えてきた。

 

「ありがとう」

 

「……もう心配はかけさせないでくれ」

 

 彼の感謝の言葉を聞いて満足そうに微笑んだリヴェリアはそっと部屋を後にした。

 部屋を出たリヴェリアは久しぶりに彼の感謝の言葉を聞けたことに少し上機嫌になったのだった。

 

 

 探しに行った団員もそれぞれがやっと就寝に付けた頃、アイズはたった一人で弟の部屋に忍び込み弟が寝ているベッドの脇の椅子に座っていた。

 

 今回の出来事は自分にあるとアイズは考えている。弟が無理をしたのも自分が彼をしっかりと見ていなかったことが原因だと。たった一人の弟に苦痛を、苦悩を強いていたことに深く反省する。

 

 こんなことになるならもっと一緒にいれば良かった。あの時、止めていれば倒れることも無かった。アイズは酷く後悔していた。

 

 アイズは再び家族を失うことが何よりも怖かった。弟が命を落とすなんてことを考えただけで気分が悪くなる。どうすれば弟を守ることが出来るのだろうか。いくら自分がずっと側にいようとしても今回のように弟自身が危険に飛び込む可能性だってある。だったらいっそどこか安全な場所に繋いでおけばいいのではないか……。

 

(!……そんなことダメに決まっている)

 

 一体自分は何を考えているのだろうか。そんなことをしてはいけない。

 

「ねえ、どうしたら良いと思う?」

 

 アイズは寝ている弟の頭を撫でながら返事が来ないのを知りつつ質問を投げかける。どうすればいいかなんて分からない。だが少なくともこれからやるべきことは決まっている。この調子なら明日から数日は無理をすることはないだろう。

 

「明日から沢山お世話してあげる……」

 

 二人っきりで一日中、一緒に過ごすことなんて本当に久しぶりだ。それを考えただけで不謹慎ながらアイズの心は大きく揺れ動いている。




ベル君出すか迷ってます

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