倒れてから数日が経ち、現在では本調子とはいかないまでもある程度は動けるようになった彼。というよりも早く動けるようになりたいという気持ちが強かった。
やはり誰かの世話になるというのは彼の性分からしてあまり心地の良い物とは言えなかったからである。もっとも姉であるアイズの迷惑になりたくないという気持ちも多分に含まれていた。だからこそひたすら回復に努めたことで数日で回復したのだった。
ただしこれまでの不摂生がリヴェリアにばれてしまった事で当分の間はダンジョンに潜るのを禁止されてしまった。現在はホームで手持ち無沙汰を解消するために的に向かってナイフを投擲する訓練をしている。
投げナイフは冒険者にとって重要な技術の一つであると彼は考える。牽制から急所狙い、直接的な攻撃が難しいモンスターや飛行中のモンスターへの攻撃など、覚えていおいて損はない。また魔法と違い詠唱がいらないために不意打ちや素早い反撃に転用も出来るなど他にはない利点もある。
ただしあくまでも小手先の技術であるために大型のモンスターにはどうしても通用しない場面があるなど一概に有用とはいかない。だが魔法の使えない彼からしたら重要な攻撃手段であることに変わりはなかった。
先ほどから壁に掛けられた的に向かって投げてはいるもののどれも真ん中に当たることはなかった。彼自身のステータスの器用が高ければもう少し命中率が上がったのかもしれないが、生憎そんなものはないため自力で精度を上げなければならない。
一通り持っていたナイフを投げ終えるが結果はイマイチなものに終わってしまった。何度目かになる外したナイフの回収を行いながらため息を吐く。
「はぁ……」
何のために自分を追い込んでいるのか分からなくなる時が彼にはある。結果の伴わない努力をすることに意味などあるのかと。特に最近は落ち込むことが多くあったために余計に彼は訓練に身が入っていなかった。
「なに溜息なんか吐いてんのよ」
「ティオネか……何か用か?」
後ろから声を掛けてきたアマゾネス、ティオネ・ヒリュテは落ち込む彼とは対照的に明るい声色をしていた。
彼にとってはティオネは武術の師であり、気の置けない友人でもあった。ティオネの武術はアマゾネス特有の舞うような動きをしており、非常に洗練された戦闘技術である。昔の彼は誰かに頼ることを積極的に行っていた時期がある。その時にファミリアに入団したばかりであったティオネに戦い方を習ったのだ。
また投げナイフを彼に教えたのもティオネであった。アマゾネスの武器である投げナイフ、フィルカを使った投擲術も教えてもらっていたのだった。そのためティオネは彼の戦闘スタイルに大きく関わっていると言える。
ただし、最近は彼自身のプライドから誰にも頼らず訓練を行っていたため少しだけ距離を感じてしまう。だから今回急に話しかけてきたことで少し驚いたのであった。
「あんたが庭でナイフ投げしているのを見かけたんだけど、あまりにも真ん中に当たらないもんだからアドバイスしに来たのよ」
「それは……ありがたい……正直、実戦で使うにはもう少し精度をあげたいんだ」
「それじゃあ、フォームを見てあげるからもう一度的に向かって投げて貰えるかしら?」
「ああ、わかったよ」
そうして少し離れた位置から的に向かって五本のナイフを投げる。真ん中を捕らえることが出来たナイフはわずかに一個だけで他の四本は的の端などに刺さっていた。あまり喜ばしくない結果に思わず渋い顔をしてしまう。
その結果を見ていたティオネは難しい顔をしながら手を組んで考え事をしていた。何をアドバイスするのか考えているのだろう。少したって考えがまとまったのかアドバイスを彼に話す。
「そうね……もう少し肩の力を抜いて、投げるというよりナイフをモンスターに滑り込ませるような感じで投げると良いかもしれないわね。それともっと動きをコンパクトにしないと隙が出来るわよ」
ナイフを回収し終えると今度はティオネ自身が手本のために投げるという。
「はっ!」
ティオネの投げナイフはほぼノーモーションで、五本全てを同時に投げたと錯覚するくらい早かった。的には全てのナイフが真ん中に刺さっており、改めてレベルや才能の差を痛感させられた。
彼のフォームと比べても、ティオネのはとても早くそして何より鮮やかであり動きにほとんど無駄がない。
「まあざっとこんなもんかしら。それじゃあもう一回投げてもらえる?」
投げたナイフを回収したティオネはそれを彼に渡す。
もう一度やってみてフォームに変化があったのかを確認するためだ。
「よし……はぁ!」
ティオネのフォームを意識しながら自分のフォームと組み合わせ最適化したフォームで投擲する。五本のうち一本だけが真ん中に刺さることに成功した。
フォームの改善が上手くいったことによる思わずガッツポーズをしてしまう。
彼は自分の成長を実感することが好きであった。レベルに頼らずとも強くなれることを証明した気になれるからだ。見ていたティオネは真っ先に褒めてくれた。
「最初の時よりは断然いいわよ。動作も短くなったし速度も上がっているしね」
「ティオネのお陰だよ、ありがとう」
「……あんた礼なんて言えたのね。それよりも少し休憩したら?ずっと投げっぱなしで疲れたでしょ、病み上がりなんだしこまめに休憩を取らないと」
そう言って庭に設置されているベンチに二人で座る。
そう言えばティオネとこうして二人きりになるのも久しぶりだなと思い返す。
「……一つ頼みたいことがあるんだけどいいかしら?」
ティオネは真面目な顔つきで話しかけてきた。
頼みたいこと?一体何なのだろうか。レベル1の俺ではティオネに対して何か喜ぶことを出来るとは思えない。だがティオネ自身から話を始めたので俺に出来ることを要求してくるのだろう。
「病気が完治しても、これからもアイズと仲良くして欲しいの」
「え…………それは、出来ないかも」
突拍子もない提案に思わず否定の言葉を出してしまう。姉さんといると迷惑を掛けてしまうし、それに何より一緒にいると些細なことでも嫉妬などの黒い感情が湧きだしてしまうのだ。だから仲良くは出来ればしたくない。自分のためにも姉のためにも。
そう正直に伝えるとティオネは少しだけ寂しい顔をしながら続きを話す
「アイズの方から相談されたの。子供の頃みたいな仲が良かった頃に戻りたいって。たぶん同じ弟妹をもつ私にだけ相談しに来たんでしょうね。結構深刻な顔をしてたわ」
「アイズが……」
姉であるアイズを心の底から嫌っている訳ではなかった。もしアイズがそこまで悩んでいるなら少しは歩み寄っても良いかもと彼は思った。今回のことでも世話になったことだし。
「わかった……少しは歩み寄ろうと思うよ」
「そう!それならよかったわ!」
そう言って俺の頭を撫でてくる。アイズが見たらまた余計なことになるのだろうなと客観的に自分を分析していると身長の小さい一人の少年がこちらに寄ってきた。
そう言えば倒れて以来会ってなかったな……。
「やあ、ひさしぶりだね。それとティオネも一緒にいたのか」
「……フィン」「団長!」
フィン・ディムナ。ロキ・ファミリア最古参にして団長である。
彼にとっては父親兼兄のような存在であり、非常に頼りになる存在であった。
かなりのイケメンであり、その実力も相まってオラリオの女性達にトップクラスで人気があったりする。かく言うティオネも団長に惚れた存在の一人である。
「実は彼に用があってね……悪いけどティオネ、席を外してもらえるかい?」
「そ、そんなあ……」
「話が終わったら街へ出かけるつもりなんだけど……ティオネにはその時一緒に付いてきてもらいたいんだけど、いいかな?」
「それって、デ、デートですか?それじゃあ、二人での話が終わったら出かけましょう!約束ですよ!」
そう言ってティオネはその場から勢いよく離れて行った。
空いたベンチの隣の席にフィンが座ってくる。
たぶんだが、今回のことで怒られるんだろうなと薄々予想は出来る。
「今回、キミが倒れるまでのここ最近の行動についてしっかりと叱っておこうと思ってね。まずは睡眠、食事、休憩をほとんどとっていなかったそうじゃないか。冒険者は何が原因で死ぬか分からない職業だ。これからは自分のコンディションに気を付けてダンジョンに潜って欲しい。そして限界に挑戦することと自分を追い込むことは別だということをしっかりと理解してもらいたい」
「……すみませんでした」
限界に挑戦することと自分を追い込むことは別か……レベル6のフィンが言うのだから間違いはないのだろう。完全にオーバートレーニングだった自覚もある。今度からは倒れないように気を付けなければ。
「それとギルドから苦情が来ていてね。何でも夜のダンジョンで狩ったモンスターの魔石を回収せずに放置する「放置魔」がいるらしいんだ。これからは出来るだけ回収して欲しいとのことだけど……わかったかい?」
「……本当にすみませんでした」
フィンは笑いながらそう語るが目はわらっていなかった。正直怖い。だが今回は彼の方が全面的に悪いので仕方のない事だった。
「まあ他にもいくつか言いたいことがあるんだけれど今日はこれくらいにしようかな。それとこれは僕個人の意見になるんだけど、絶対に無理だけはしないで貰いたい。キミのことを心配している人は多い。僕も含めてね。だから自分を粗末にするような真似だけはしないで欲しい。いいね」
「はい、わかりました」
「よし、それじゃあこれで話は終わりだ。これからティオネと一緒に街へ出かけるけど良かったら一緒にどうだい?いい気分転換にでもなるんじゃないかな」
「あー、遠慮しときます」
そう返事をするとフィンはホームの中に戻っていく。どう考えてもデートだと喜んでいるティオネと団長の二人の間に入ることは避けなければいけない。
今回のことは自分を見つめ直すいい機会になった。
これからは無理をしないよう心掛けて鍛えていこう。そうきめたところで再び投げナイフの練習に勤しむのだった。
◆
ロキファミリアのホームの中にある執務室でファミリアの首脳陣「フィン」「ガレス」「リヴェリア」そして「ロキ」がテーブル越しにソファーに座り話し合いをしていた。
今、話しているのはフィンである。
「彼に今日、無理はしないように忠告はしてきたからこれで一応は無茶はしないと思うよ」
「それを聞いて安心した。もうあんな姿は見たくないからな」
「……せやな、あの子にはいつも元気でいて欲しいわ」
リヴェリアの言うあんな姿とは雨の日に倒れた彼のことであろう。リヴェリアの中では自分の背中で泥と雨にまみれ死んだように動かない彼の姿はそれなりにショックだったのだろう。
ロキも自身の眷属の苦しむ姿は出来るだけ見たくなかった。
「だがあいつが持つあのスキル【風精華護】がある限りはまた力を求めて暴走してしまうかもしれんぞ」
ガレスは『彼が持つスキル』について苦言を呈する。ガレスとしても弟子として可愛がっている彼が無茶をした今回の事件に関しては何か思うところがあるらしい。
「そろそろ本人に伝えても良いんちゃうか?」
「それはまだできない。もし真実を知れば彼は僕達に報復的な行動をとる可能性があるし、他のファミリアへの改宗なども要求でしてくるだろうからね」
真実を話したいと思っているロキに対して、フィンは現実的な返答で否定する。
そして彼の存在するメリットを語っていく。
「今の彼の存在はファミリアにとって大きな利益をもたらしている。【風精華護】による経験値上昇もそうだが、何より彼がいることでファミリア内の空気が引き締まる。彼より下の冒険者は彼の努力を見て自らのレベルを上げるように心掛け、彼より上の冒険者は彼のような落ちこぼれにならないためにさらに上を目指す。彼の努力する姿はファミリアの一種の指標になっているんだ」
そのことを聞いた他の三人は思わずため息を吐いてしまう。フィン自身もそうだがファミリアのためとは言えスキルの存在を隠していることに強い罪悪感を抱いていた。
ガレスは呟くようにアイズと彼を表現する
「アイズが敵に向かっていく向かい風だとすれば、あいつはファミリアを押し上げる追い風と言ったところだな……」
ロキは決意をしたように三人に向けて話す。
「せや、だからこそ、その追い風を絶やさないようあの子を見守っていこう」
あらすじにも書きましたが全15話くらいになります
一話五千文字位なので計七万五千文字……一日一話はきついかも