アイズと海ご飯になりました
ではどうぞ。
月明かりが、二人を照らす。海が反射する光を、アイズが眩しそうに瞬く。今も夏の暑さを秘めた大気が、二人を包む。しかし、そんな事は構わないとばかりに、ふたりは寄り添う。
「ベル…綺麗だね…」
「うん…綺麗だ…」
肩をよせ、二人っきりのビーチで見る月が、どうにも特別で。それを見るアイズの横顔が、ベルに向けられる。
「私…ずっと、ベルといたい…」
「…可愛すぎか…好き…」(うん…僕も…)
「ベル…心の声と、出てる声、多分逆…」
「可愛すぎか…好き…」
「…言い直す気すら、なくなったんだね…」
ベルの肩に頭を乗せて、アイズは染まる頬を夜に隠した。
(…可愛すぎか…好き…)
嗚呼、永遠にこの時間が続かないかな…ベルは、そんな事を考えていた。
ことの発端は、約一週間前のアイズの言葉だった。
「…私…泳げるように、なりたいです…」
家のソファーで寛いでいたら、急にこんな事を呟いた。まるで、どこかのグレたスポーツ選手の様な言い方で、ベルを潤んだ瞳で見つめていた。
何でも、ファミリアのメンバーに泳げないことを小馬鹿にされたらしい。
「…急だね…まぁ…アイズが行きたいなら、僕はどこだって行くし、泳ぎも教えるよ?」
「ほんと!」
ぱぁっ!と明るくなったアイズは、子供のようにベルにすり寄って、嬉しさを体で表現する。
そんなアイズを見ながら、ニコニコとしていたのがこの前のことだった。
そして、現在。
アロハシャツにサングラス。浮かれまくっている二人は、汽水域ながらも、しっかりと香る潮の香りを目一杯吸い込んで、一気に吐き出した。
「来た、メレン!」
「イエーイ!」
ベルがテンションを上げる。
「綺麗な海!照りつく太陽!絶好の海日和!」
「いえーい!」
アイズもテンションを上げる。
「相変わらず綺麗だね、ここは!」
「本当に、綺麗…!」
二人が足を運んだのは、オラリオからすぐ近く。約30分の空の旅(アイズの魔法)で到着するその場所は、港町メレン。ここには、ベルもよく訪れている。その理由としては、アイズが好きな小豆がここの港に貿易船とともにやってくる。オラリオにも流通していないことはないのだが、ここに来たほうが、種類も豊富で何よりも安い。それに、店で出す魚介系の料理は基本ここで食材を調達している。
そして、アイズも楽しみにしていた。何より、ベルと二人きりのデートだ。楽しみじゃないはずがない。アイズは、一週間前からずっとニヤニヤが止まらなかった。団員にもそのふわふわした雰囲気が伝わり、その浮かれ具合がわかる程に嬉しさ全開だった。
最近はベルの店の休憩時間にティオナたちが喋りに来るようになり、二人きりの時間が余り取れずにいた。それもあって、アイズは今日は酷く機嫌が良かった。
「さて…あの人に会いに行かなきゃ…」
「あの人…?」
ベルが知り合いだという人を探していると、あっと声を上げる。
「ニョルズ様~!おはようございま~す!」
「んお?おぉ!ベルじゃないか!どうし…って、なんだ~?デートで来たのか?」
誂うように肘で突く、男神様。健康的な白い肌と、快活そうな笑顔。見るからに善神であることがわかる。このメレンに存在する唯一の漁業系ファミリア。ニョルズ・ファミリアの主神。ニョルズだ。
初めて出会う神に、アイズはペコリとお辞儀をする。
「はじめまして…アイズ・ヴァレンシュタインです…」
「おぉ、ニョルズだ!しっかし…まさかベルにこんな可愛い彼女が居るなんてな!てか、【剣姫】?」
そう言われたアイズは、嬉しそうにニヤニヤとベルに詰め寄った。
「…聞いた…?可愛い彼女、だって…!」
「はいはい、いつも僕が言ってるでしょう?」
「んふふ…!」
頭を撫でられたアイズは、嬉しそうにへニャリと破顔した。
「ん"ん"っ」
「ベル?どうしたの…?」
「いや…アイズが可愛すぎてね!」
そうサムズ・アップすると、アイズは顔を染め、そのまま自身の髪の毛で顔を隠すようにして、恥じらった。
「……ありがと…」
「う"う"っ」
「…どうかした…?」
「いやごめん…僕には尊すぎる…」
「尊い…?」
コテン、と首をかしげて、不思議そうにベルの隣を陣取る少女に、ニョルズは苦笑した。
「…あいつ、彼女の前だとオタクみたいになんのか…」
「うわ~…!ベル!海!」
「ホント、綺麗だね!」
風に靡く髪を、邪魔にならないように耳にかける。その仕草に、ベルはどうにも胸が高鳴った。
「み、水着に…着替えてくるね!」
「あ、うん!準備はしておくから!」
ベルがニョルズに会いに行ったのは、プライベートビーチを教えてもらうためだった。この場所は、他の岩場地帯とは違い、白い砂浜が広がっている。しかも人は誰一人いない。まさにベルとの触れ合いが少なくなっていたアイズの要望に存分に応えられる場所だった。
ベルはパラソルを適当な場所に刺し、そこを拠点とする。
「よし…パラソルに、魔石保冷バック…中には水とアイズの好きなボカリスエットがキンキンに冷えてる…後はアイズを待つだけ…僕は水着に着替えるのすぐだし…」
そうして、ベルはパラソルの下で水をチビチビ飲みながら、アイズを待つことにする。決して、覗きなんてしない。アイズなら、許してくれるだろうけど…いやいや。と首を振って邪な考えを振り払う。
「…こ、これで…ベルを…!」
その頃、アイズは水着を恐る恐るつまみながら、決心したような顔をして、フンスと意気込んだ。そして、思い切り服を脱ぎ去ったアイズは、戦慄した。
「~~~♪」
鼻歌交じりに、レジャーシートを広げるベルは、後ろに迫る影に気づかない。
「────!?」
瞬間、振り返ったベルの胸に飛び込んできたのは、柔らかい感触と、ふわりと香る女の子特有の、甘くてクラクラと魅了する様な匂い。そして、一瞬で理解する。
「あ、アイズ?」
「……」
声を掛けても尚、ベルにギュッと抱きつくアイズに、不思議そうに問いかけた。
「どう、したの?」
「…」
撫り撫りとアイズの滑らかな金髪に手を置くが、アイズは一向に喋ろうとしない。というより、水着を見せないようにくっついているように見える。
「アイズ?もしかして、水着が恥ずかしかったり…?」
「…っ……」
ビクッと肩が揺れる。
図星か…とベルは若干呆れが混じったため息を1つ。
そうすると、アイズが弱々しい声で呟いた。
「…最近…ちょっと、ダンジョン攻略サボっちゃって…お腹が…プニプニ、してる…」
コテッとベルがコケる。
「そんなこと気にしてたの!?」
「そ、そんなことじゃないの!女の子にとっては一大事…!あれもこれも、ベルのご飯が美味しいから…!?」
「責任転嫁も甚だしいね!?僕は栄養に気を使ってるから、運動すればちゃんと消費されるように作ってます!」
そんな言い合いの中でも、二人が離れる事はなく。結局は落ち着いたアイズを、苦笑混じりに迎え入れる。
「うぅ~…ベルぅ…」
「はいはい…大丈夫だよ。アイズは十分スレンダーだからさ。」
「…ホント…?」
「ほんとほんと!」
ベルがここぞとばかりに励ますと、アイズは徐々に顔色を良くして行く。失礼だとは思うが、こういうアイズの単純さに心底感謝するベルであった。
「水着、見せてよ。」
「あ、うん…」
アイズがベルから離れて、黒のラッシュガードをファサッと脱ぎ去る。そうして、ベルは見た。
(………あぁ、何だ…天使か………)
黒いビキニに包まれた、たわわな果実。括れたボディラインに、ワンポイントのサングラス。
女神も嫉妬する。なんて、巷で言われるアイズだが、それは、比喩でもなんでも無い。
ベルの色眼鏡も入っているが、美の女神も目じゃないと思った。
「べ、ベル…?」
「あ、い、いや…その…とっても似合ってる…ホント…直視できないレベルで…」
「あ、ありがとう…!」
「いやいや…こちらこそ、ありがとうございます…」
何故か感謝されるアイズは、首をかしげながらも、ベルの太鼓判を貰ったことで自信がついたのか、大胆に腕を広げて、青空を仰ぐ。
「太陽…こんなに浴びたのって、久々な気がする…」
「そう?でも、最近は家でゴロゴロしてること多かったもんね。僕もだけど…」
「でも、あれはあれで、ベルを近くに感じられて好き。」
「僕も…あれはあれで、僕達らしくて、良い気がする…」
手をつないで、なんでも無い日常に思いを馳せるのも、二人がこの日常を愛しているからこそだった。
ベルは、アイズの手を引いて、海へと誘う。
「ほら!アイズ。折角ここまで来たんだから、泳ぐ練習しよう?」
「あ…うん…」
手を引かれる形で、アイズは波打ち際まで足を運ぶ。寄せては帰るさざ波が、アイズの足に触れるたびにヒンヤリとした水を浴びせ、暑い体を冷やしてくれる。
(あ…気持ちいい…)
「どう?意外と気持ちいいでしょ?」
「うん、意外と…怖くない…?」
なんでだろう?と不思議に思うアイズだったが、水深が腰の辺りに来た時に、その恐怖が蘇ってくる。
「ベル…帰ろ?」
「もう!?んー…流石にここで甘やかすのはなぁ…」
ブルブルと子犬のように震えるアイズをつい甘やかしてしまいそうになったが、心を鬼にする。
「大丈夫、僕も居るから。ここで泳ぎの練習しよう!ね?」
「う……うん…」
上手くアイズの手綱を握ったベルは、アイズの手を引いて肩まで浸かる。
まずは、水になれることを優先した。
「ちょっと…あったかい…」
「あはは、こんなもんじゃないかな?」
水が顔に迫ったからか、アイズの呼吸が浅くなる。
「ほら、アイズ。呼吸が浅くなってる。深呼吸して。ここじゃ溺れることはないからさ。」
「う、うん…」
スーハーと息を吸って、心を落ち着かせる。
(…そう、恋人と言えど、ベルは年下。元は姉と弟…弟にカッコ悪い所なんて見せられない…!)
…と、これは建前で、以前ダンジョンで溺れかけた時に、ティオナやティオネ、そして話を聞いたロキにまで笑われたことを未だに根に持っているだけ。この少女アイズ・ヴァレンシュタインはとっても負けず嫌いなのだ。
「ふんぬ…!」
「お、震えも止まったね。」
「私だって、これくらい…!」
「よし、偉い。そしたら、次は顔を水に浸けてみよう!」
なんだか幼児を相手にしている気分になってきたベルだが、普段のアイズを見ていると、成長した幼女と言っても良い気がしてきた。そんな事はつゆ知らず、アイズは気合を入れる。
「よし…行くよ…!」
ザブっと、アイズは勢いよく潜る。ベルはそれを追うように潜り、アイズの目の前に身を沈める。
水の中に入ると、目の前にアイズが目をギュッと瞑った状態でプルプルと我慢している姿が、小動物のようで可愛くて、そのまま見ていたい気になったが流石にこのままでは可愛そうなので、可愛く握られている両手を優しく握り、目を開けていい様に合図を出す。
アイズは、初めて水の中で目を開ける。不思議と、今までの恐怖がそこにはない。それは、目の前にベルがいるからなのか、それとも、知らず知らずのうちに水を克服していたからなのか。
まぁ、後者は絶対に無いと宣言できるが。
それはさておき、アイズが初めて見た水の中の世界は、最高のものになった。
透き通った水、色とりどりのサンゴに熱帯魚。そして、微笑む君。
嗚呼、なんで怖がっていたんだろう。
(こんな綺麗な光景を…今までベルと見れなかったんだ…)
アイズは、少し後悔した。リヴェリアに刷り込まれた恐怖を早く克服すれば、もっと早く、ベルとこの景色を見ることができたのに。そんな事を思っていると、察してくれたように手をキュッと握って、彼は微笑むのだ。まるで、「これから、もっと色々なものを見よう」とでも言うように。
それにつられるように、アイズも微笑んだ。
その後は、特に問題もなくアイズの水泳指導は幕を閉じた。さすがは冒険者と言った所なのか、アイズはベルの指導をスポンジの如く吸い上げた。
その後は、面白くなったアイズが調子に乗って潜水。普段使わない筋肉を使ったせいか、足を攣ってベルに救助。お説教の流れができあがった。
「…やっぱり、水怖い…」
「あれは、アイズが悪い。調子に乗りすぎです!」
「うぐ…ごめんなさい…」
プカプカと、アイズを抱きながらラッコのように浮いている二人。
「…でも、こうやってゆっくりプカプカしてる分には…怖くないでしょ?」
「…うん…ベルも、いてくれるし…」
その言葉を聞いた後に、ベルは満足げに頷いた。
「よーし!今日は目一杯遊ぼう!」
「うん!」
それから二人は色々なことを楽しんだ
「ベル、そのスポンジみたいな筒何?先端に穴…?」
「これはね…この穴をよく見てて?」
「…?────ぶきゃぁっ!?」
瞬間、その穴から勢いよく飛び出した水が顔面に直撃して、アイズがひっくり返って、笑うベルにガチ説教したり。
「なんか…眠い…」
「…あれ…?アイズ…?アイズ!?流されてる!沖に流されてる!!」
ベルが目を離した隙に、レムレム状態のアイズが浮き輪に乗って沖の方に流されかけたり。
「行くよー!アイズ!」
「はーい!いいよー!」
「そーれっ!」
「よーし…ハァッ!────あっ」
「…バレーボールが…割れた?」
バレーをやったら、勢い余ってバレーボールを破裂させたり。遊びに遊んだふたりは、ヘトヘトの状態で宿泊場所の海辺にあるコテージに駆け込んだ。
流れ込むようにコテージに入った2人は、備え付けられているタブルベットにドサッと倒れ込む。
「あー…疲れたぁ…もうヘトヘトだよ…」
「本当…私も疲れちゃった…」
「このまま寝れる…」
二人はウトウトとしながら、ベッドで向かい合う。なんだか夢見心地なのだ。
「シャワーは…」
「一緒に入った…よ?…明日の支度は…?」
「明日でいっか…」
「後は…」
確認事項を言い合う二人。今日やったことと、明日のためにしておくべきことを言っていると、二人が同時に声を上げた時
「「あっ」」
二人のお腹が、くぅっと鳴った。
「ご飯…忘れてた…」
「あぁー…そうだ、ちゃんと用意してたんだった。」
ベルはそう呟くと、重い体をよっこらと起こした。
「折角ニョルズ様に譲ってもらった海鮮もあるし…そうだな、アレにするとしますか!」
「私も…行く…」
心地いい疲労感を引きずりながら、二人はコテージ備え付けのキッチンに立った。
「…何作るの?」
「えっと…これこれ!」
ドンッとキッチンにおいたのは、ラップに濡れ布を被せられた固まり。ベルがその布を剥がすと、全貌が見える。それは、白い塊。砂糖、塩、ドライイースト、薄力粉、強力粉をお湯を加えながら混ぜられたもの。それを一次発酵させたピザ生地だった。
「じゃあ…作るのはピザ?」
「そう!せっかくだし、シーフードピザでもどうかなってね。」
「シーフード…おいしそう…!」
アイズは余り食べたことがない未知の味に、目を輝かせた。
ベルは、早速調理にかかる。
台に濡れ布を敷き、その上に生地を乗せ、手の平で押しながら発酵時に出たガスを抜いていく。
「そうしたら…もう一回丸めて布を掛けて…30分放置、タイマーをセット。この間に材料とかをやっちゃおうか!」
「わかった…!」
ベルが取り出したのは、カニ一杯とロブスター1匹。
「おっ、大きい…」
「今日ニョルズ様に譲ってもらったんだ!」
ビチビチとのたうち回る大きなエビと、もそもそと動くカニを、アイズは警戒しながら眺める。その両者の目と目が合う。
瞬間
ロブスター達はアイズに大きな爪を向け、敵意を露わにする。対するアイズも、負けじとシュババっと構えて、敵を前に警戒する。
そうして、両雄の邂逅は果たされる。
「…!」
「何してるの?アイズ?」
両雄が構える中、ベルが平然とした面持ちで、ロブスターを鷲掴みにした。
「!?」
「…?本当にどうしたの?」
ベルが疑問を感じる中、アイズは見た。
ロブスターの体の向こうに見える、グツグツと煮立ったお湯。アイズは考え至った。
あの煮え湯に、この
アワアワと狼狽えるアイズをよそに、ベルは調理を進める。
「変なアイズ…?」
そのまま、ベルはロブスターを煮え湯に突っ込んだ。アイズは、此のときばかりはゾッとした。
真顔で煮え湯に突っ込むベル。ワサワサと動いていたロブスターが、一瞬にして動きを止める。いつもは天使か子うさぎに見えるその横顔が、悪魔にも見えてしまった
(や、殺られる…!ベルを怒らせたら、煮られる…!?)
ガタガタと震えながら、さっと煮え湯にロブスターと蟹を突っ込んでいくベルを見て、アイズは決心した。
(ベルを…怒らせないようにしよう…)
心に決めたアイズは、ベルの手伝いをそそくさと開始する。
「さって、次は…何震えてるの?」
「ぴぃっ!?…い、いや、なにもない。そう、なんにもして無い。私はいい子」
「…?」
何いってんだ?という顔をしたベルは、「多感な時期だから仕方ないか…」と、親のようなことを呟きながら、次なる食材を取り出す。
「次は、イカを捌くよ。」
「いか…わたし、これ始めてみた…」
「癖が強くて、鮮度が悪くなっちゃうオラリオじゃあんまり普及してないんだよね。」
アイズは興味深げにイカを見つめる。触ってみたり、匂いを嗅いでみたり。
「…なんだか、此の匂い…どこかで嗅いだことある気が…」
「さぁ!!!早速捌いていこうか!!!!」
強引に話題を切って、そのまま調理を再開。スパスパと捌くベルの手付きに、アイズは「おぉー」と話題をすべて忘却の彼方に放り投げた。
「さて、輪切りにした所で…そろそろいいかな!」
湯だつ鍋にトングを突っ込んで、アイズの敵を取り出す。敵達は鮮やかなまでに赤く染まっていた。アイズは宿敵たちに黙祷を捧げた。
「よいしょっ」
「!?」
そうしていると、ベルがいきなりバキぃッ!と真っ二つに切り落とす。
アイズが驚いていると、ベルが漸くその表情に気づき、あははと笑った。
「そっか、アイズ初めて見るもんね。ロブスターの捌き方は複数あるんだけど、これが一番簡単でさ。」
「そ、そうなんだ…」
「よいしょ」
「あぁ…!」
そう、アイズは思い出した。この世界は残酷なのだ。弱肉強食。自然の摂理。彼らの体は、無駄にはしない。しっかり食べて自分の糧にしよう。
アイズが達観した思想に目覚めた時、ベルはすでに他の調理にかかっていた。
縦半分にしたロブスターを、フライパンでじっくりと焼き上げる。
ジュウジュウと心地よい音が、アイズの耳に届き、潮の香りとともに香ばしい香りが食欲をそそった。
「で、ほんの少し焼き目がついたら…フランベ!そしたらすぐ取り出す!」
白ワインをシャッとフライパンに流し、炎をたち昇らせる。香りを更に付け加えるのだ。
「…ぶどうのいい匂い…」
「当然!デメテル様と試行錯誤を重ね続けた、香り付けのために作ったワインだからね!店でも好評なんだ!」
無邪気に笑うベルを見て、本当に料理が好きなんだなぁ、なんて、人でもないただの行為に嫉妬してしまう。
「ベルって…私がいなかったら、料理が恋人だったんじゃない?」
ちょっと、不機嫌気味に尋ねるアイズは、少し膨れていた。しかし、ベルは少し考えてから、いいや。と応える。
「それはないかなぁ…」
「えっ、どうして?」
予想とは違った答えに、アイズは面食らった。
「だって、アイズがいなきゃ…君がいなきゃ、君が笑ってくれなかったら、僕は料理なんてしてないよ。」
「────……!」
しばらくして、漸くベルの言葉の意味に気づいたアイズは、顔を真っ赤にした。付け加えられた「楽しいのも事実だけどね」という言葉は、まったく聞こえなかった。
じゃあ…私のために…
アイズがたどり着いた答えは大正解。ちらっとベルを見ると、顔にはでていないが耳だけを真っ赤に染めている。それを見て、アイズは更に顔に熱を籠もらせた。
アイズはベルの首元にすり寄って、へニャリと笑った
「…えへへ…ありがと…」
「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~、好き。」
「…私も…」
「ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"っっっっっ!!!」
「ベル!?」
尊さがマックスに至ったベルは、限界だった。我慢していた顔の熱が、一気に燃え上がる。
「だ、大丈夫…大丈夫だから…ふぅ…アイズ、君って偶にクリティカルかましてくるよね…」
「クリティカル…?」
「あー、ごめん。僕が悪かった…なんでも無い…」
「…なんでも、無いの…?」
「えっ…アイズ?どうして顔を寄せて来て…」
「ベル…」
蕩けた様な表情で迫るアイズに、ベルも触発される。ドキッとした。アイズがねだるときの表情は、どこか蠱惑的で、普段の凛とした(?)美しさとは別の魅力が顔を出す。
そのまま、ついには軽く唇が触れた時。
間が悪くピピピピっ、とタイマーが生地を寝かした時間を告げる。
ピタッと目の前で止まった恋人の唇に、アイズは口惜しそうにすっと離れようとした。
が、ベルはそのまま直進。唇を深く重ねる。数秒だったか、あるいは数分だったか。長く感じるキスの時間が、甘く感じた。
チュッ、というリップ音が響きベルが離れた。
「ごちそうさま────ア・イ・ズ」
ぺろっ、と唇を舐めて、ニヤリと笑った。
「────────あっ」
そこから、宿敵達の様に湯だったアイズの記憶はない。
ただ、気づいたら調理が終盤に差し掛かっていたということだ。
「…………はっ…!あ、あれ?」
「あ、やっと戻ってきた。もうすぐ調理は終わるよ?」
「えっ、あっ…そっか…うん…」
未だに惚けた様なアイズは、話半分でベルの話を聞いていた。
「で…ピザ生地はこうやって広げたら…ほっ!」
広げたピザ生地を、指先で回す。それを肩、背中を通して宙に放り投げ、トリックを華麗に魅せる。
それをみて、アイズは漸く目が覚めてパチパチと手を叩く。
「す、凄い!」
「ふふん。どう?僕の隠し芸。」
「マリアさんのところでやってみたら?皆に教えてって、せがまれるかも。」
「確かに…それは良いかも。」
そんな事を離しながら、二人は調理を再開する。
「回して、厚さを均等にしたら…トマトケチャップを全体に薄く塗って…そこに、さっき解したカニとオマール海老を満遍なく散らして…オニオンスライス、厚切りにしたベーコン、リングにしたイカを乗せて…あっ、そこにあるマヨネーズ取ってくれる?」
「これ?」
「あ、もう一個右の…そうそう。ありがとう。此の具材の上にモッツァレラチーズをタップリと…で、此の上に僕が作ったマヨネーズをかける!」
出来上がったそれを、ベルはオーブンに入れる。
「後は待つだけ。」
「どれくらい待つ?」
「様子を見ながら10~20分かな?」
そして、雑談を交えながら待っていると、オーブンの窓から見えるチーズが、まるで氷が溶けたように生地全体にチーズが広がり、泉のように蕩ける。それが、徐々に徐々にプクプクと泡立ち、焦げ目を付けていく。生地はふんわりと膨らんでいき、薄っすらと香ばしい匂いを漂わせる。
「おぉ…!プクプクしてる!」
「うちの窯じゃないから、少し心配だったけど、上手く出来てるね。焼け目も丁度いい。」
焼き上がったピザを前に、アイズは目を輝かせる。香ばしく香るチーズの匂い、ベーコンの肉肉しい香り。そして、ほのかに香る磯の匂い。すべてが空腹のアイズを促進させる。
これはベルの持論だが、よく言う【最高のスパイスは空腹である】というものは、本当によくあたっていると考えている。
だって、隣にこんなにも当てはまっている人物がいるのだから。
「はーい!おまたせアイズ!できたよ!」
「ふぉぉ!」
──今日の献立──
メレン産シーフードピザ
早速テーブルに運んで、ピザカッターを走らせる。
直径60センチの大きなピザを、八等分に分ける。きっとこれだけでも、二人ならば十分にお腹いっぱいになるだろう。
席について、手を合わせる。もうこの所作も、慣れたものだ。
「「いただきます」」
アイズは、早速ピザに手を伸ばし、1つをすくい上げる。
トロンとしたチーズが、ピザを離すまいと、乳白色の糸を引く。それを、アイズは細く美しい白指で断ち切り、絡め取り、口に運ぶ。
「んっ…チーズおいし。」
「良かった。」
そうして、アイズは重力に負けて下に垂れ下がるピザを、下から掬うように齧り付く。
「ん~!おいひい…!」
ウットリとした様に、アイズは目を閉じて口に広がる香り・食感を楽しむ。
モキュモキュとしたモッツァレラの下にあるオマール海老のぷりっとした食感と、カニの香り。イカのコリッとした食感と生地のふわっとしながらもサックリしたクリスピーな食感。すべてがアイズの味覚を楽しませた。
伸びるチーズを舌で掬って、口に運ぶ。
あゝ、美味しい。
「ベルの料理は、やっぱり美味しい…」
「それは良かった。さ、いっぱい食べて!」
「うん!」
そうして、二人はいつものように食事を楽しむ。食べさせ合ったり、アレンジしてみたり、純粋な食事を楽しんだ。アイズが最後の一切れを口に放り投げて、指についたソースを舐め取る。
「ごちそうさま…今日も美味しかったよ。」
「はい、お粗末様。」
(…なんか、こう…いけない気分になるなぁ…)
それを笑顔で眺めるベルは、そんな事を考えていた。
食後の紅茶を飲んでいると、アイズはベルに連れ出され、夜の海岸に足を運んだ。
「何があるの?」
「君に…ううん、君と見たい景色があってさ。」
そうして、海岸にたどり着いたアイズは、感嘆の声を漏らした。
「…凄い、綺麗…」
目の前に広がったその景色は、光の道。月明かりに照らされた、海面が、真っ直ぐな光の道を作り出している。幻想的なそれは、光り輝くヴァージンロード。
いつか、ベルとこんな場所で。
アイズの願う理想の幸せ。それはまだ訪れなくて構わない。だけどいつかは、恩恵を捨て、人並みの一生を彼と遂げたい。そんな、ありふれた願い。
私に、ヒトならざる血が流れていると知っても、欠片も変化しなかった君の接し方が。どれほど嬉しかったことか。
「…ありがとう…ベル…」
「何が?」
隣に零すと、不思議そうに聞き返すベル。アイズは、ゆっくりと微笑んだ。
アイズは立ち上がり、白いワンピースを夜風に揺らしながら、ベルに背を向ける。
「全部…君に会えたこと…こうして一緒にいてくれることも…全部…感謝してるの、今までの全部に。」
「…そっか。」
アイズは、大きく息を吸う。
「大好き、ベル。私を見つけてくれて、ありがとう。」
ベルは、少し目を見開いた後にクシャリと笑った。
「こっちこそ…僕を見つけてくれてありがとう。大好きだよ、アイズ。」
笑顔を向ける二人。白いワンピースを、月明かりが純白のドレスに変えてくれる。手をつないで、光のヴァージンロードを二人で眺め、また笑った。
いつか、本当のヴァージンロードを二人で…そんな約束が、あったとか。なかったとか…それはまた、別の話。
後日談
「アイズー?泳げるようになったって、嘘だったの?」
「そ、そんな事ない!べ、ベルと行ったときは泳げたの…!」
「まったく…仕方がない、また私が指導してやるか…」
「う、や、やめて…!た、助けてベル!」
「此処にベルはいない…さぁ、アイズ…特訓だ。」
「こ、来ないで…!私は…後何回溺れればいいの…!?」
ファミリアでメレンに来たアイズは、泳げなくなっていることに驚き、結局リヴェリアの厳しい指導が入ることになった。
「次はどうやって…!い、いつ溺れるの…!?私は…!私はッ!
────私の傍に、近寄るなああ────ッ!」
号泣して返ったアイズは、ベルに慰めてもらった。
────────────────
感想、よろしくおねがいします。
遅くなってすみませんでした。