「ぎ、い……あぁ……!」
「なに叫んでんだよ。おねーさん達に生意気な態度とってごめんなさい、だろぉ? おい、さっきなにしようとしてたんだっけ? 大人に暴力ふるおうとしたんだよなあ、クソジャリがよお。生意気に」
「……」
「なんか言うことあるだろ? ほら、負け犬みたいにワンワンって、鳴いてみなよ」
痛すぎてそれどころじゃない。
……考えろ、道はある。でも、まずは、変数を……変数を、作り出す……。
「……わん、わん」
「アハハハハハハッ! こいつ、本当にワンワンって鳴きやがったっ」
快哉して、この女は由香里の方を向いた……と思う。
「ねえ、女の子。あんたも大変だね。こんな低脳ゴミクソチビ野郎なんて友達にもってさ」
由香里は、黙っている。
「もしかして、彼氏とかだった? こんな弱い奴やめといた方がいいよ~」
由香里は、黙っている。
「なによ、その顔。いやいや、冗談よ。そんなに恐い顔しないでったら~!」
由香里は、黙っている――多分、心のなかで笑っているんだろう。
この女の愚かさを。
「景山さん、でしたっけ? 足元、ご覧になってください」
「……え?」
鉄の味が口内を支配している――唇の裏側にあるもの、すべて。前歯から奥歯まで、しっかとこの女の足首に噛み付いている。
「! てめえぇーっ、なにしやがったっ!」
大したタネはない。俺が噛み付いている部位の感覚を失くしてやった。
絶叫とともに俺を振りほどこうとしている。死んだって離してやるもんか。
「このガキッ!」
が、ついに肩に蹴たぐりが命中した。引き剥がされる。
「……!」
サッと身を起こして、後退する。
景山の方を見やる。
「……チッ!」
舌打ちをしたのは景山じゃない。由香里だ。
俺の方に歩いてくる。追い越してしまう。
景山と対峙した。開口一番、
「この度は、真に申し訳ございませんでした」
が、お辞儀はしない。
「おそれいりますが、お引き取りください。傷が浅いうちにお退きになることをお勧めいたします」
顔が笑っていない。
「許すわけねーだろ、ボケッ。こうなったら本気でやってやるよっ」
「……寒い?」
思わず身震いをする。なんだ? 何が起こっている?
「霧?」
凍てついた……凍てついた霧が、拡がっているッ! あっという間に、この周辺を包み込んで――
「由香里!」
まだ、なんとか視界は生きている。
「なんだよ、これ……」
景山が右手を振り上げるのが見えた――たちまちのうちに集まっていく冷気。やがて、それらは塊となって、
「
女の右腕、その延長線上に氷柱のような剣が生える。
「くらいなっ」
剣を振り上げて向かって来る。
さて、どうする?
「待ってください!」
由香里の声がする。
が、躊躇はない。氷の剣の矛先は、前方にいる由香里へと――
「由香里!」
すんでのところで回避する。俺が声を出す前に真後ろに跳んでいた。
「ちょっと、そこの雑魚。さっきからうるさいよ。あんたも斬ってやろうか?」
どこだ? 霧のせいで視界が怪しい。
……見つけた。景山は微かにしか見えないが、角度的に由香里だけは見える。
「ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」
再び謝罪に出る。今度はしっかりと頭を下げている。
「本当に、すいませんでしたっ! 今後は、このようなことがないように注意を徹底してまいります。どうか、どうかこの度の件についてご配慮くださいますようお願いします」
景山は不敵な笑みを浮かべている。
「そこの美人さん。ちょっといい? ウチね、難しい言い方わかんないの。もっと簡単に言ってみ?」
「……彼を諦めてください」
「だめえぇ~~ッ! こいつは、これからウチが家に持って帰ってぇ~、いろんなことして遊ぶんですぅ~~!」
「どうしたらいいですか?」
「
睨みあう両者。視線をカッチリと合わせている。
「おい! 煙草の火が消えちまっただろう」
割り込んできたのは、さっきの川上という男だった。
霧が薄くなっていく――
「お前たち。さっきも言ったとおりだ。こっちの意図は伝わってるよな? 戦いがしたいんだよ、戦いが。オレたちはプロだ。この道をギブアップしたお前さん達とは違う……いいか? 少しでも多くの経験と知識が欲しいんだよ。これから生き残っていくための! さて、そこの女。お前がどうしても戦いたくないなら、こいつを解放してやってもいい。ただし、その場合はお前さんに来てもらう」
「……」
「無論、オレ達に勝てば話は別だ」
男は、にやついている。
由香里は何も言わずにいる。
「……あー、わかった、わかったよ。ハンデ無しというのは酷だろうからな。この女、景山秋実に一撃当てられたら勝ちでいい」
「決まりですね」
「おいっ! 由香里」
由香里は振り向いて、どこか悟ったようなスマイルを俺に向けた。まっすぐ、景山の方へと。
――右手の人差し指が天を向いている。心なしか左右に揺れている。
「ちょっと、あんた。言っとくけど、女だからって手加減しないよ? 歯とか折られてもいいなら、好きにおいで」
「そうですか? じゃ、遠慮なく」
景山に近づいていく。
「阿呆な子……え!?」
この戦いの部外者となった俺にもわかる――景山は動けないんだ。
由香里はどんどん近づいていく。右手の指の振れはさらに大きく。
「お前、なにしやがったっ」
女のすぐ前へと至る。
「どうかしました? 年上さん」
「……」
「あたしの勝ちですね」
景山に触れようとする。
「引っかかったね、このアホッ!」
速いッ!
回し蹴り。その右足を、地面に固着した靴から抜きながら蹴りを放っていた―― と、俺が認識したその時、すでに由香里はいない。
読んでいたのだろう。身を屈めている。敵人の残った片足を両手で掴んだなら――押し倒すッ! 見事、尻餅をつかせることに成功する。
「ぐっ……ああ、もう……ウチの負けかよ……くやしい」
悔しがる景山をよそに由香里は立ち上がり、こちらを振り向くのだった――満面の笑みとともに。