卑密の太陽   作:渡邉 実一

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#07 「Dive or Die」(4)

 ついに飛び降りた。

 真下の光景が目に入る――砕け散ったガラスが玄関付近に散らばっている。傍らには死体がある。 

 手を繋いだままの二人。繋がった手を通して体重を感じつつ、空気抵抗に恐怖をおぼえる。

 高まる恐怖心。声が出そうになるも、由香里の体温を感じて耐える。

 ……時間を長く感じている。

 

『だめだ、このままだと――』

 

 ……浮いた。浮いていた。

 厳密には違う。ゆっくり、ゆっくりと高度が下がっている。

 一人だけなら浮くことができるに違いない、と思って由香里を見る――真剣な面持ちで目を閉じている。片手でスカートを押さえながら。

 ふわふわと空中を漂っていたと思ったら、もう地上まで三、四メートルのところだった。

 つま先から、地面に着地する。しっかとした地面の感触があって、そして――

 歓声とともに、拍手が起こった。数十名の市民が文化会館の前に残って館内の様子を気にかけていた。見た目からして保護者と思われる。

 道路にはパトカーが停まっている。が、警察官がこちらに来る様子はない。無線で何か話している。

 

「ああぁ、やめてくれえええっ!」

「あ、いや、いやああああぁッ!!」

 

 あの階から阿鼻叫喚が響いている。けたたましく打ち震える重火器の音も。

 

「くそっ!」

 

 地団駄を踏んだ。右掌を握り締める。

 

「渉! 汐町(しおまち)さん!」

 

 集が走ってくる。

 

「館内の避難は終わった。だが……」

 

 四階の方を見て眉を潜める。

 

「諦めろ。いったん、こうやってドンパチが始まったらどうしようもない。どちらかが死ぬまでだ。お前らもわかってるだろ? 使用者(エッセ)はな、こういう理由で社会から隔離されてるんだ」

 

 ……戦いという名の音楽を聴いているばかりだった。

 もう何もできない。俺たちの行為に何か意味はあったんだろうか? いや、ない。

 意味のないことをしてたんだ……いや、でも。少しくらいは……。

 もういい、諦めた。せめてここで見ていよう。聴いていよう。感じていよう。

 

「ねえ」

 

 誰かの声がしたような気がする。残念ながら心のゆとりがない。

 

「ねえってば!」

「?」

 

 振り向くと、そこには――梔子(くちなし)ほのかがいた。

 笑んでいる。

 

「わたしが、なんとかしようか?」

「!?」

 

 ほのかに近付いた。多分、怒気をはらんでいたと思う。

 

「おい、自分が何を言ってるのか、」

「わかってるよ」

「……え?」

 

 頭が追いつかない。

 

「なら、梔子(くちなし)さん。お願いするわ。やってみせて」

 

 由香里が前に出る。

 

「渉。この子、使用者(エッセ)よ」

 

 そうか、そういうことか。あの時、感じた違和感は……いや、でも。なんであの時、わからなかったんだ?

 

「どうして……」

「どうして、あの子は鬼食免(きじきめん)を付けていないのか」

 

 集が言葉を先回りする。

 

国府(こうふ)の森の人間はな、付けなくていいんだよ。贔屓じゃない。ちゃんと理由がある」

 

 どういうことだ? 理由がわからない。いや、それでもいい。そこは本質的なところじゃない。そんなことより、

 

「どうやって解決するんだ? 多勢に無勢、乗り込んでも殺される」

 

 ほのかは深呼吸をした。息を吐き出しながら、

 

「……」

 

 印章(シンボル)が見えた。黄色がかったような緑? そうだ、うん。どちらかと言えば、緑の方が強い。

 大気が印章(シンボル)の色にどんどん染まっていく。強い風に吹かれたそれらは、散り散りになって彼女の周りから消え去って、現われて、消え去って、現われて……奔流が駆け巡る。

 悲鳴がまた聞こえた。あそこが地獄であることを思い知る……ほのかに視線を移した。目を閉じている――開かれた。

 

 ――《大地加速(グランドアクセラレーション)》――

 

 地面が揺れる。

 耳が潰れそうなほどの大気の奔流。ところどころに植えてある木々がごうごうと鳴っている。思わず頭を押さえた。

 だめだ、今にも――吹き飛ばされる!

 

「由香里ッ!」

 

 吹きすさぶ風のなか、由香里の手を取った。

 集の方を向く。

 

「集、どこに逃げればいい? この、超強力な概念力(ノーション)……巻き込まれるッ!」

 

 凄まじい風圧だった。声が届いている自信はない。視界すら封じられている気がする。

 集は、ひたすらに佇んでいる。

 

「おい、集!」

「渉、大丈夫だ。暢気に構えてろ……これは攻撃じゃない」

 

 あっさりとした調子で答えている。

 

「これは単なる強化魔法(バフ)だ。攻撃手段でもなんでもない。が……国府(こうふ)の森の使用者(エッセ)が使うとこうなる」

「……どういうことだよ、おい。ただの強化魔法(バフ)って」

 

 強風が吹き荒れる中、集は平然とこちらに歩いてくる。

 

「彼女が桁違いに強い。それだけだ」

 

 俺は、ほのかに視線をやっていた。

 由香里の肩を抱いて。その震えを感じながら。

 

「……」

 

 ほのかの指先が、文化会館へと向けられる。

 

 ――《岩流圏暴走(アセノスフェア・クラッピング)》――

 

 声は、高らかだった。

 その瞬間、由香里を飛び抱えて身を伏せる。

 ドオ……ンッ!

 

「うわあぁッ!!」

 

 大地から拒まれたかのように飛び上がった。当然のごとく着地に失敗する。

 

「……」

 

 静寂が戻っている。どれくらい、じっとしていただろう。聴覚が生きているのを確かめて立ち上がる。

 

「……?」

 

 ない。

 文化会館がなくなっている。

 ……急に、周りが暗くなった。ただ、なんとなく。本当になんとなく、空を見上げる。

 あった。文化会館が――今ちょうど、太陽の光を遮る位置にきたところだ。

 

「……ははっ」

 

 笑うしかなかった。

 上空を移動するだけの物体となった文化会館を見ている。次第に、その影が山岳の方へと移ろっていく。

 太陽の光が戻ってきたことで理解する。高度が下がり始めたのを。

 どこだ? どこにぶつかる? 大丈夫だ、市街地じゃない。山の方に落ちるコースだ。多分。多分。多分――

 考えているうち、文化会館を見失った。なんだ、いったん落ち始めると、どんどん加速するんだな。

 

「あ、もう、落ちる……」

 

 呟いたのは、ほのか。

 パカンッ。擬音で表すとしたら、こんな感じだろうか。遠く離れているからだろう、あっけない音だった。

 『こっぱみじんにならないんだ』という、率直な感想とともに――山岳の尾根に突き刺さった、建物だったものを見ながら、思う。

 

 (第7話、終)

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