卑密の太陽   作:渡邉 実一

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#01 誰にも届かない鼓動(2)

「さて、そういうわけで……それまでは、石器はせいぜい磨いたりするまでが関の山だった。でも、時代を経るごとに、粘土を焼いたら硬くなるとか、鉄や銅でも頑張ったら溶かせる、ということに気がつくわけだ。そして、冶金技術が広がりを見せた頃が石器時代の終わりの区切りになる……よし、ここもテスト範囲だからな。縄文時代と弥生時代の区別もつけられるように」

 

 落ち着かない教室。クラスの半分以上がおしゃべりに興じている。

 別段かわったところはない。いつも、こんな風だ。

 たまに、非常ベルが鳴ったりする。誰かがいたずらで鳴らしているのだ。そんなことは先生も生徒もわかっているから、非常ベルが鳴っても気にしない。

 俺はただ、機械的にノートを取っている。前の席を見る。篤は、熱心だった。ノートに独自の書き込みを加えまくっている。

 砂羽は、教科書のページが明らかに違ううえに、落ち着かない様子で貧乏ゆすりをしている。

 

「……」

 

 チラッと、真後ろを振り向いた。本当に、チラッとだけ。

 ……由香里は、片方の肘をついて教科書を読み込んでいた。ピンク色のマーカーが引いてある。

 

「ハイ! それでは~~っ!」

 

 教壇に立つ教師、赤木が大声を上げる。

 喧騒は止まない。

 

「静かにしなさい!」

 

 喧騒が少しばかり収まった。だが、時間の問題だろう。

 

「今日、いや前回もだが、先生な、大事なことを話したぞ。さて、なんだっけ? 身分制度に関することだったよな。はい、だれか」

 

 ……誰も手を挙げない。

 そんな中、篤だけが手を挙げた。

 

「どうした、ひとりだけか? わりと簡単なとこなんだぞ」

 

 生徒らを煽っていくも、誰も手を挙げない。

 

「ぎゃははははッ!!」

 

 教壇の近くの席で大笑いをしている者が約三名。

 箱田だった。ピシッとした制服の着こなしだけど、れっきとした不良グループのリーダーである。

 一緒に話をしているのは、鵜飼尚吾。俺の――

 

「やかましいッ!」

「あ?」

 

 どなる赤木に対し、睨みを利かせる箱田。一触即発。

 赤木は、深呼吸をしつつ、

 

「みんな聞きなさい。こんな成績加点チャンスはめったに無いぞ。今年は受験だろう」

 

 ここで手を挙げないのは不経済だと言っている。

 ……数人が手を挙げた。ひとりが指名される。

 

「ええと、弥生時代から国家が成立しはじめて……身分制度ができますっ」

「ああ、これは……もうちょっと! でも、平生点加点しちゃうぞ! ほかには」

 

 篤以外の全員が手を下ろしてしまった。

 赤木は、そぞろに教室中を見渡した。誰も手を挙げないのを確かめてから、

 

「よし、それじゃあ、神部(かんべ)。いってみようか」

 

 篤を指名する。

 落ち着いた調子で、回答が始まった。

 

「はい。以前に赤木先生がおっしゃったこと、そのままで失礼します……まず、弥生時代から国家が成立をしはじめ、身分制度が始まったと教科書には書いてありますが、事実と異なる部分があります。まず、縄文時代には国家の前段階としてのクニがあり、戦争がありました。そして、敗北したクニの人々は、勝利したクニの人々の奴隷となりました。特に、旧支配者層は弾圧を受け、生活するうえで著しく不便な地域へと強制移住させられました。これこそが、現代でいうところの被差別集落問題という国民的課題の始まりであり、その基礎を固めていったのが縄文時代です。すなわち、マルクスの用語でいうところの階級闘争です。虐げられた者たちは、物的生産過程の変遷によって古い生産関係を破壊し、新たな生産手段を身に付け、やがては支配者層への反逆を果たす。この典型が、平安時代に起こった鉄器の生産性革命における自立的村落の始まりです。これはそう、すなわち、弁証法的発展です」

 

 教室内が静寂に包まれる。

 ――静けさを破って、拍手が聞こえた。赤木ひとりによる。

 

「素晴らしい! 神部~、相変わらずだな。今回も満点を期待してるからな。弁証法的発展、なんと素晴らしい響きよ! ああ~、でもな。さすがに教科書にない範囲はテストに出せなくってな、申し訳ない。でも、君のようにやる気のある生徒がいる以上は、いつかはそんな問題を出してやろうと思うぞ、先生」

「恐縮です」

 

 教室内の空気は、しらけている……と思う。

 誰かが舌打ちをした。コソコソと話がはじまる。

 いつものことだ。

 

 *  *  *

 

 昼休み。

 トイレから戻ってくると、自分の席を確かめる。

 すると、当然のように由香里が俺の席を自分のと合体させている。

 

「渉、早く早く」

 

 『早く俺の弁当を広げろ』と言っている。

 

「ねえ、今日のお弁当は?」

「これ」

「卵焼きとウインナーがこんなに! 羨まし~!」

「そうか?」

「栞さん、お料理上手だもんね」

「……」

 

 ツッコミを入れることができない。

 いや、「こんなの誰でも出来るだろ!」とはっきり言えばいいのに。でも、俺には言えないし、言わない。

 

「おいしい」

 

 ごく当たり前に、卵焼きを口にする。俺はただ、おいしそうにもぐもぐする様子を眺めているだけ。

 さりとて、腹は減っている。今朝食べた分は、とっくに消化されている。

 ウインナーを手で摘んで、口に入れる。冷たい肉味を感じる。

 

「由香里の弁当は?」

「ん? いつものやつ。あたし、これいらないよ? あげよっか」

 

 レタスとハムが挟まっているサンドイッチを取り出した。コンビ二で買ったもの。

 

「じゃあ、もらうわ」

 

 サンドイッチを手に取ったなら、弁当を差し出す。

 

「ありがと。いつも」

 

 栞にいつも頼んでいた。できるだけ、多めに弁当を作って欲しいと。成長期の身体にこんなんじゃ足りない、と。

 それがいつの間にか、量が多くなってるだけじゃなくて、もう一組の割り箸まで付いてるときた。

 そんなこんなで、俺はサンドイッチを齧っている。

 ハムもチーズもレタスも、なんだか塩っ辛い。ああ、でも運動した後だと、こういうのがうまいんだよな、と思いながら――ふと、篤の席に目をやった。

 ……あの手紙が置いてある。中身が覗いている、あの手紙が。

 

「篤の机にモノが投げっぱなしなんて。珍しい」

「そういえば、最近ここにいないことがあるな」

「あたしは見てないよ。ねえ、砂羽は? 知ってるんじゃない?」

 

 砂羽は、もくもくと握り飯をほおばっている。

 水筒のお茶で喉を潤したなら、

 

「……ほかの男子といっしょにいる」

 

 静かな調子でそう告げた。

 寂しそう、とはなにか違う。心配、とでもいったらいいのか。

 

「あー。見たことあるわ。箱田とかと一緒に話してるとこ。いつの間に仲良くなったんだろ……でも、どうやって? ねえねえ、捜しに行こうよ!」

「……そんなに気になるか?」

「うん、気になる。教えて渉」

「そうか。気にしない方がいい」

「えー、なんで?」

「そのまま気にしないという選択肢はどうだろう」

「……何も気にせず、教えてくれるという選択肢はいかが?」

「篤を捜すのは諦めて、トイレで女子会話に混ざってくるのはどうだ」

「混ざってくるついでに、渉からアドバイスをもらったあたしが、篤を捜してみるのはいかが?」

「トイレに行ってみたはいいものの、ほかの女子に相手にされなかったので、そのまま引き返すことになるかもよ」

「そんな傷ついたあたしのために、渉が篤を捜しにいくのはいかが?」

「そして諦めて帰ってきた俺を、優しいお前らが放っておいてくれる未来を信じてる」

「そ・ん・なっ!!」

 

 由香里がキレてしまった。

 

「そんな諦めて帰ってきた渉が、あの山まで優しく吹っ飛ばされてみるのはいかが?」

「……」

 

 俺は、ふいに篤の机にあった封筒から手紙を取り出した。

 特に理由はない。話題を逸らしたいだけだ。

 サッと、三つ折りになったそれを開いたなら、流し読みをする。

 

「あ! 渉……人の手紙、とっちゃだめ」

 

 砂羽から注意が入る。

 

「いいだろ、俺にも来てる手紙なんだから。中身はわかってる」

 

 手紙の本文に入った。

 ――ほら、やっぱり。

 

ハ教総 第 13 号

永化3年4月9日

 

児童生徒・保護者 様

 

ハッピーマウンテン市教育委員会(教育総務課)

 

辻町地域学習会について(ご案内)

 

 平素よりハッピーマウンテン市教育行政へのご協力を賜っておりますところ、謹んで感謝申し上げます。

 さて、来たる4月21日(水)に表記の学習会(中学生が対象です)を行いますので、皆さま奮ってご参加ください。当日は、各々教科担当の先生のほかに、人権問題について見識のある方をお呼びする予定です。

 保護者の皆さまにおかれましては、引き続き活動へのご理解ご協力のほどお願い申し上げます。

 

 要約しよう。隣保館で学習会があるとのこと。

 手紙を破り捨てた。

 

「ちょっと! 渉」

「ばかじゃねえの。こんな会」

「……やりすぎだよ」

 

 抗議の声など知らぬとばかり、俺は、

 

「いったい、こんなところに通ってなんの意味があるってんだ? 意味がないからクソ会だって言ってんだ」

 

 すると、由香里が立ち塞がるようにして、

 

「やりすぎだよ。篤はね、あの国府高校に行くのが目標なんだよ。だから、この会に参加してるの」

「とっくの昔に知ってる。この会がそれに何の関係があるっていうんだ」

「うちの先生だって、ほかの学校の先生だって、国府高校の先生だって参加するんだよ? 関係あるに決まってんじゃん」

「そんな会に行かなくても、あいつは成績いいだろ」

「成績いいだけじゃだめなんだよ。公立高校なんだから。内申点」

「……ねえ」

 

 ここで、砂羽が割り込んでくる。

 ……目が笑っていない。

 

「ど、どうした? 砂羽」

「そんなに篤が気になるなら、今から直接聞きに行ったら? 手紙、破ったこと……謝らないといけないよね?」

「……」

 

 所在なさげに、砂羽の目をみる。そっぽを向かれた。

 が、また俺の方へと視線を戻す。かと思えば、またそっぽを向く。

 

「……わかったよ。行けばいいんだろ。行くよ。探しに」

 

 すごすごと、教室から出て行く羽目になった。

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