卑密の太陽   作:渡邉 実一

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#11 心らしきものが消えて(前)(3)

 ……ずにゅっ!

 

 地面がぬかるんでいる。手のひらを空に向けてみた。雨は降っていない。

 もう少しだ……ああ、ようやく見えてきた。国府(こうふ)の森のスタート地点が。

 森林のど真ん中に自然道が延びている。高く成長した樹が頭上を覆っていて、雨が降っても濡れる心配はなさそうだ。

 植生は……針葉樹だろうか? 竹が多い気がする。竹って、針葉樹だっけ?

 

「さ、行きますか」

 

 一瞬、頭をもたげる。集のことが。

 かぶりを振った。前方に進んでゆく。

 

「お前、どこのもんじゃっ!!」

 

 今まさに、国府(こうふ)の森に足を踏み入れたところだ。

 目の前に、声の主はいない。

 となると――

 

「どこのもんじゃと聞いとる!」

 

 真上を見る。

 

「!?」

 

 ――刃が降ってきた。人間ごと。

 バックステップッ! 真後ろに跳んでかわす。ズリュッという、ぬかるみの気持ち悪い感じ。

 ……背の小さい少年が立っている。

 

国府(こうふ)の森になんの用じゃ、お前」

「入れてくれよ」

「……あ?」

「俺を、国府(こうふ)の森に入れてくれよ」

 

 門番は、小刀を突き出して構える。

 

「ここから先に入りたいってか? そんなもん許さんわ!」

 

 ため息を吐く。

 

「なんじゃ? その余裕は。ほら、足元を見てみい」

 

 体勢を整えるべく、足先を上げようとする――上がらない。ぬかるんでいただけの地面が、すっかりと汚泥になっている。

 門番を見た。にんまりと笑っている。

 不思議だった。憎しみが伝わってきてもいいはずなのに、どういうわけか、楽しげな感情が伝わってきたから。

 

「そら、いねやっ」

 

 汚泥など無きがごとく、俊敏な動きで迫り来る。

 逆手に持った小刀を、まっすぐに振り下ろして――

 

「がっ!?」

「捕まえた」

 

 速い。が、単純すぎる。

 なんのことはない。俺は今、こいつの手首をしっかと左手で掴んだなら、残りの右手を上からスッと差し込んだ。そして、次の瞬間には完成していた――必殺の――腕がらみ(アームロック)がッ!

 

「がぁっ! ちくしょっ、いてぇ……!」

「……なあ、門番くん。俺、国府(こうふ)の森に入りたいんだけど」

「知るかぁ、入りたいなら、オレを殺してからにしやがれっ」

「わかった」

 

 腕がらみ(アームロック)を解いた。

 小刀を離していなかった門番は、サッと身構えようとする――よりも早く、次の寝技(?)が決まっていた。

 

「ごッ! おご……」

 

 神速、と言ったら自画自賛になる。

 ……袖車締め。片方の順手で頚動脈に沿った横襟を握り、もう片方の逆手で反対側の前襟を握る。そして、全力で――引きつける!

 

「ご、ご、お……」

 

 立ち姿勢での絞め技は不安定だが、これぐらい密着すれば支障はない。

 あとは、時間の問題……事切れた。

 

「ふう……いやいや、事切れさせちゃだめなんだよ」

 

 力が抜けて、だらりとなった敵を投げ捨てたなら、

 

「せーの、オラッ!」

「ぐ、げぼ、げほっ」

 

 そいつの元に歩み寄り、心臓にカツを入れてやる。まだ咳き込んでるが、そのうちに目が覚めるだろう。

 そして、俺は森の奥へと――足取りは、軽やかに。

 

 *  *  *

 

 さっきとはうってかわって、地面が乾いている。

 スニーカーで歩いているが、靴裏に土くれが付く心配すらないほどの、それくらい乾いた地面。

 入口から約一キロの地点。ここまで来る間に、農道や里道の名残りが見られた。かつては、ここいらでも農業に勤しんでいたのだろうか。

 俺は、おもむろに足を止める。

 

「……さて! そろそろいいだろ? 俺は初心者なんだ、手加減してくれよ」

 

 ガサガサと竹やぶが揺れる。

 

「ハハッ、ボクに気が付くなんて。外の連中にもまともなのがいるんだね」

 

 真上から声がする。

 

「さっき学ばせてもらったよ……変り映えのない」

 

 俺は、やや大きめの声で返事をする。ボソッと悪口を付け加えて。

 

「それはどうも。得物を使うなんて無粋な真似をしてすまなかったね。しかし、次はどうかな?」

「!?」

 

 ――真下からだ。気配を感じる。

 危険だ! と感じて、前方に走り込んだ。

  

「なんだ、今のは」

 

 何メートルか走って後ろを向くと――

 幾つもの土くれの塊が宙を舞っていた。旋盤のように。

 回転を加えながら突っ込んでくる。何発も、何発も。

 

「くそっ!」

 

 ひたすらに避け続ける。

 

「いづうっ!」

 

 肩に当たってしまう。

 ……痛い。冗談抜きで痛い。どこか折れたかもしれない。

 が、今のでわかった。これは、土だけじゃない。

 

「中身は岩石ってわけか。どうりで痛いわけだ」

 

 ――笹の葉が落ちてきた。

 樹上にいるであろう敵人を、しっかと見つめる。暗闇でよく見えない。

 今しがた俺にぶつかり、地面に落ちた土くれを掻き分ける。ああ、やっぱりだ。手のひらサイズの石だった。おにぎりかよ。

 拾った石を、しっかと握り締める。

 

「ハハッ、しっかりと罠にかかってくれたね。どうだ、ボクの輝石投射陣(ダイヤモンドクラスター)の威力は」

 

 ハハッ、じゃねえよ。どっかの遊園地にいるっていうネズミかよ。公民館の視聴覚ルームの中でしか見たことないけど。

 

「その、ダイヤモンドなんとかっていうの。けっこうきついかも。肩が痛てえ。なあ、手加減してくれねーの?」

「ハハッ、この世からいなくなったら、痛い思いをしなくていいんじゃないかな?」

 

 今のこいつの台詞を、あのネズミと重ねてみる。

 

「ブフッ……そりゃあ、名案だと思う」

「いったい、なにが面白いんだい?」

 

 敵の影が揺れるのを確かめる。身を乗り出したのだろう。

 なるほど、あそこか。

 

「ところであんた。概念力(ノーション)を使うときって、技の名前、叫ばないといけないタイプか?」

「さあね。人によるんじゃない」

 

 地面が盛り上がる際の、わずかな音を聞き分ける。

 ――今だ。たった今、地面からダイヤモンドなんとかが噴出した。高速回転が加わった石ころが、土くれを伴ってこちらに飛んでこようとしている――飛んできたッ!

 前転、横っ飛び、地面を転がる、伏せ、ありとあらゆる動きでもって、石をかわしてゆく。

 

「しつこいね、きみっ!」

 

 ゴ、ゴゴ……! 幾つもの土の塊が地面からせり上がって――宙を舞っている。

 

「トドメだっ!」

 

 物体が四方八方から迫ってくる――その軌道は、暗闇の中でも俺を器用に捉えているんだろう。

 

「……あ?」

 

 すべて、不発に終わる。

 真砂土という衣を身にまとった岩石は、なんの抵抗もなく地面に落ちた。

 

「ど、どういうことだ……? 目が、目が見えない! おごっ!」

 

 鈍い音が聞こえる。人が落ちてきたから。受身すら取れず、地面にバウンドして跳ね返った、あわれな肉の塊。

 何をどうしたかといえば、①攻撃を避けながら敵の位置を把握する、②敵が本気の攻撃に出るのを待つ、③視界を遮断して混乱させる、④最初に拾っておいた石をぶつける、⑤樹から落ちてくる。以上。

 落ちた敵のところまで歩いていく。胸ぐらを掴んで持ち上げた。様子を確かめる。

 

「おい、どうせ生きてんだろ。目、覚ませ!」

 

 頬をバシバシ叩いていると、

 

「ぐ……お前、どこの聚落(じゅらく)の者だ」

「その辺の田園地帯に住んでる」

「嘘をつくなよ……お前も使用者(エッセ)だろう」

「そうだ。山野辺から越してきた」

 

 こいつの感情が動いた。瞳孔の動きでわかる。

 

「山野辺……そうか。復讐に来たんだな」

「なんのことだ」

「とぼける……なっ、う……!」

「まぁ、あの高さから落ちたらな」

 

 血まみれの頭部にフェイスタオルを当ててやる。

 

「なにをする……? おい、やめてくれ、侮辱だ!」

 

 構うものか。血を拭う。

 

「……なあ。俺さ、国府(こうふ)の森に入りたいんだけど。何か方法とかあったら、教えてくれない?」

「プライドがないのか! ボクらが根絶やしにしたんだぞ、お前の故郷……を……」

「滅んだとは聞いてる。まあ、今の俺達には大した話題じゃない」

 

「気絶してる。出血がひどいな。カバンがあれば枕にできたんだが……おっ」

 

 先ほどまで戦いに使われていた石を持ち上げる。

 

「このくらいの石でちょうどいい。枕代わりになるな」

 

 『でも、こいつはやれないんだ』とタオルを取りながら呟いた。

 頭を石枕に乗せてやった後、さらに奥へと歩みを進めていく。

 残りは、ええと……直線距離だと3,4キロか? でも、山道だからな。もっとあるんだろうな。道がグネグネしてるだろうから。

 足取りは軽やかに。ここまで来ると心の(おり)も消えつつある。

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