……ずにゅっ!
地面がぬかるんでいる。手のひらを空に向けてみた。雨は降っていない。
もう少しだ……ああ、ようやく見えてきた。
森林のど真ん中に自然道が延びている。高く成長した樹が頭上を覆っていて、雨が降っても濡れる心配はなさそうだ。
植生は……針葉樹だろうか? 竹が多い気がする。竹って、針葉樹だっけ?
「さ、行きますか」
一瞬、頭をもたげる。集のことが。
かぶりを振った。前方に進んでゆく。
「お前、どこのもんじゃっ!!」
今まさに、
目の前に、声の主はいない。
となると――
「どこのもんじゃと聞いとる!」
真上を見る。
「!?」
――刃が降ってきた。人間ごと。
バックステップッ! 真後ろに跳んでかわす。ズリュッという、ぬかるみの気持ち悪い感じ。
……背の小さい少年が立っている。
「
「入れてくれよ」
「……あ?」
「俺を、
門番は、小刀を突き出して構える。
「ここから先に入りたいってか? そんなもん許さんわ!」
ため息を吐く。
「なんじゃ? その余裕は。ほら、足元を見てみい」
体勢を整えるべく、足先を上げようとする――上がらない。ぬかるんでいただけの地面が、すっかりと汚泥になっている。
門番を見た。にんまりと笑っている。
不思議だった。憎しみが伝わってきてもいいはずなのに、どういうわけか、楽しげな感情が伝わってきたから。
「そら、いねやっ」
汚泥など無きがごとく、俊敏な動きで迫り来る。
逆手に持った小刀を、まっすぐに振り下ろして――
「がっ!?」
「捕まえた」
速い。が、単純すぎる。
なんのことはない。俺は今、こいつの手首をしっかと左手で掴んだなら、残りの右手を上からスッと差し込んだ。そして、次の瞬間には完成していた――必殺の――
「がぁっ! ちくしょっ、いてぇ……!」
「……なあ、門番くん。俺、
「知るかぁ、入りたいなら、オレを殺してからにしやがれっ」
「わかった」
小刀を離していなかった門番は、サッと身構えようとする――よりも早く、次の寝技(?)が決まっていた。
「ごッ! おご……」
神速、と言ったら自画自賛になる。
……袖車締め。片方の順手で頚動脈に沿った横襟を握り、もう片方の逆手で反対側の前襟を握る。そして、全力で――引きつける!
「ご、ご、お……」
立ち姿勢での絞め技は不安定だが、これぐらい密着すれば支障はない。
あとは、時間の問題……事切れた。
「ふう……いやいや、事切れさせちゃだめなんだよ」
力が抜けて、だらりとなった敵を投げ捨てたなら、
「せーの、オラッ!」
「ぐ、げぼ、げほっ」
そいつの元に歩み寄り、心臓にカツを入れてやる。まだ咳き込んでるが、そのうちに目が覚めるだろう。
そして、俺は森の奥へと――足取りは、軽やかに。
* * *
さっきとはうってかわって、地面が乾いている。
スニーカーで歩いているが、靴裏に土くれが付く心配すらないほどの、それくらい乾いた地面。
入口から約一キロの地点。ここまで来る間に、農道や里道の名残りが見られた。かつては、ここいらでも農業に勤しんでいたのだろうか。
俺は、おもむろに足を止める。
「……さて! そろそろいいだろ? 俺は初心者なんだ、手加減してくれよ」
ガサガサと竹やぶが揺れる。
「ハハッ、ボクに気が付くなんて。外の連中にもまともなのがいるんだね」
真上から声がする。
「さっき学ばせてもらったよ……変り映えのない」
俺は、やや大きめの声で返事をする。ボソッと悪口を付け加えて。
「それはどうも。得物を使うなんて無粋な真似をしてすまなかったね。しかし、次はどうかな?」
「!?」
――真下からだ。気配を感じる。
危険だ! と感じて、前方に走り込んだ。
「なんだ、今のは」
何メートルか走って後ろを向くと――
幾つもの土くれの塊が宙を舞っていた。旋盤のように。
回転を加えながら突っ込んでくる。何発も、何発も。
「くそっ!」
ひたすらに避け続ける。
「いづうっ!」
肩に当たってしまう。
……痛い。冗談抜きで痛い。どこか折れたかもしれない。
が、今のでわかった。これは、土だけじゃない。
「中身は岩石ってわけか。どうりで痛いわけだ」
――笹の葉が落ちてきた。
樹上にいるであろう敵人を、しっかと見つめる。暗闇でよく見えない。
今しがた俺にぶつかり、地面に落ちた土くれを掻き分ける。ああ、やっぱりだ。手のひらサイズの石だった。おにぎりかよ。
拾った石を、しっかと握り締める。
「ハハッ、しっかりと罠にかかってくれたね。どうだ、ボクの
ハハッ、じゃねえよ。どっかの遊園地にいるっていうネズミかよ。公民館の視聴覚ルームの中でしか見たことないけど。
「その、ダイヤモンドなんとかっていうの。けっこうきついかも。肩が痛てえ。なあ、手加減してくれねーの?」
「ハハッ、この世からいなくなったら、痛い思いをしなくていいんじゃないかな?」
今のこいつの台詞を、あのネズミと重ねてみる。
「ブフッ……そりゃあ、名案だと思う」
「いったい、なにが面白いんだい?」
敵の影が揺れるのを確かめる。身を乗り出したのだろう。
なるほど、あそこか。
「ところであんた。
「さあね。人によるんじゃない」
地面が盛り上がる際の、わずかな音を聞き分ける。
――今だ。たった今、地面からダイヤモンドなんとかが噴出した。高速回転が加わった石ころが、土くれを伴ってこちらに飛んでこようとしている――飛んできたッ!
前転、横っ飛び、地面を転がる、伏せ、ありとあらゆる動きでもって、石をかわしてゆく。
「しつこいね、きみっ!」
ゴ、ゴゴ……! 幾つもの土の塊が地面からせり上がって――宙を舞っている。
「トドメだっ!」
物体が四方八方から迫ってくる――その軌道は、暗闇の中でも俺を器用に捉えているんだろう。
「……あ?」
すべて、不発に終わる。
真砂土という衣を身にまとった岩石は、なんの抵抗もなく地面に落ちた。
「ど、どういうことだ……? 目が、目が見えない! おごっ!」
鈍い音が聞こえる。人が落ちてきたから。受身すら取れず、地面にバウンドして跳ね返った、あわれな肉の塊。
何をどうしたかといえば、①攻撃を避けながら敵の位置を把握する、②敵が本気の攻撃に出るのを待つ、③視界を遮断して混乱させる、④最初に拾っておいた石をぶつける、⑤樹から落ちてくる。以上。
落ちた敵のところまで歩いていく。胸ぐらを掴んで持ち上げた。様子を確かめる。
「おい、どうせ生きてんだろ。目、覚ませ!」
頬をバシバシ叩いていると、
「ぐ……お前、どこの
「その辺の田園地帯に住んでる」
「嘘をつくなよ……お前も
「そうだ。山野辺から越してきた」
こいつの感情が動いた。瞳孔の動きでわかる。
「山野辺……そうか。復讐に来たんだな」
「なんのことだ」
「とぼける……なっ、う……!」
「まぁ、あの高さから落ちたらな」
血まみれの頭部にフェイスタオルを当ててやる。
「なにをする……? おい、やめてくれ、侮辱だ!」
構うものか。血を拭う。
「……なあ。俺さ、
「プライドがないのか! ボクらが根絶やしにしたんだぞ、お前の故郷……を……」
「滅んだとは聞いてる。まあ、今の俺達には大した話題じゃない」
「気絶してる。出血がひどいな。カバンがあれば枕にできたんだが……おっ」
先ほどまで戦いに使われていた石を持ち上げる。
「このくらいの石でちょうどいい。枕代わりになるな」
『でも、こいつはやれないんだ』とタオルを取りながら呟いた。
頭を石枕に乗せてやった後、さらに奥へと歩みを進めていく。
残りは、ええと……直線距離だと3,4キロか? でも、山道だからな。もっとあるんだろうな。道がグネグネしてるだろうから。
足取りは軽やかに。ここまで来ると心の