卑密の太陽   作:渡邉 実一

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#11 心らしきものが消えて(前)(5)

 ザザッ、という物音がした。ほぼ真後ろからだ。

 

「お前えぇ、ほのか様に何をしてるっ!」

 

 その場から飛びのいた。先ほどの気配のひとつだろう、ほのか以外の。

 足早に歩いてくる。盆提灯のおかげで、ある程度の姿はわかる。

 ……着物のようだ。おそらく髪が長い、真後ろでひとつに結ってある。視線は鋭い。腰に刀剣を携えている。

 

「お前が侵入者だな? 今しがた、入口で一人倒しただろう」

「そのとおり。で、今しがた、そこの梢でもうひとり倒した。地面から土くれを打ち出してくる奴」

「……彦一だけでなく、史朗まで」

 

 怒気が伝わってくる。

 

「ねえ、ふたりとも。けんかしないで」

「ほのか様。お静かに」

 

 俺と女は、すぐ近くで向き合った。

 視線が交錯する――初めて会った気がしない。

 

「すまなかった……でも、俺は目的があってここにいる」

「名は?」

 

 俺は澄ました顔で、

 

「秘密」

「正しい判断だ」

 

 真後ろに跳んだ。鼻先に切り傷ができている。

 

「やるな。わたしの剣の腕前を知っていたのか?」

「いいや。でも、なんとなくわかるよ。心のざわめきというか、そんなので」

「わたしの剣筋が汚れていたというのか」

「いや、別にそんなことは……」

 

 ここで俺は、あることに勘付いた。深呼吸をする。

 

「いや、汚れていたね。心のどこかで、『うまくやってやろう』と思ってたんじゃ?」

「……!」

 

 相手は黙ってしまう。俺は、じりじりと後ずさっていく。

 蒸し暑かった。提灯の明かりのせいだろうか? こめかみに汗が流れるのを感じた瞬間、敵人が走り込んでくる。速いッ!

 

 一振り目。正面からの一撃――横っ飛びによる回避、成功。

 二振り目。下段からの袈裟斬り。後ろに退がるも尻餅をついてしまう。

 三振り目。尻餅をついている俺に向かって、そのまま、ひと突きを――

 

「なッ!? 目が見え……」

 

 今だ! 双手(もろて)刈りを仕掛ける――クリーンヒットッ!

 耳は相手の太股に密着し、指先はひざ裏の腱をしっかと押さえている。

 

「倒れろ!」

「きゃあっ!」

 

 絞り出すような声とともに女が倒れる。刀が飛んだ。

 俺は顔を上げる。いいぞ、俄然有利になった。こいつの腕を絞り上げて、参ったをさせてみせる。

 

「こら、やめろ! いや、いやっ! いやあぁ! わたしの身体をよじ上ってくるなぁ、だめぇっ!」

 

 どこかで聞いたような悲鳴だ。

 両手を使って、こちらの攻めをブロックしている。が、無駄だ。俺は今、こいつの身体に密着している――後は攻め上がるのみ。

 俺は今、この女の腹部に耳をつけ、両手は肋骨の辺りを掴んでいる。この体勢から、こいつを寝技で攻略してみせる!

 ……あと少し、あと少しで、この女の肘関節を。敵人は地面を引きずって後退することで寝技を防いでいる。

 必死の抵抗。が、体力ならばこちらが有利。どんどん昇っていく。

 

「いい加減にしろ!」

 

 敵人が拳を繰り出した――フロントガードポジションからの一撃。 

 

「その腕、いただきッ!」

「ぐぅっ! あ……あっ、あああああああぁッ……!」

 

 完全に極まっていた――腕がらみ(アームロック)ッ!

 

「おら、剣士さま。気分はどうだよ。利き手をもがれた気分だろ」

 

 剣士の顔を見やった。

 ――夜の闇でもわかる。敵はいまや静かに笑んでいる。

 何か喋りそうだ。いや、わかる。こいつは今から喋り出す。その瞳を覗き込んだ。

 

「……どうして、わたしの得意技が剣だって思ったの?」

 

 左手が差し出される。

 笑っていた。たおやかに。

 

「時間よ、止まれ」

 

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「時よ、そなたは美しい」

 

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 (第11話、終)

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