ザザッ、という物音がした。ほぼ真後ろからだ。
「お前えぇ、ほのか様に何をしてるっ!」
その場から飛びのいた。先ほどの気配のひとつだろう、ほのか以外の。
足早に歩いてくる。盆提灯のおかげで、ある程度の姿はわかる。
……着物のようだ。おそらく髪が長い、真後ろでひとつに結ってある。視線は鋭い。腰に刀剣を携えている。
「お前が侵入者だな? 今しがた、入口で一人倒しただろう」
「そのとおり。で、今しがた、そこの梢でもうひとり倒した。地面から土くれを打ち出してくる奴」
「……彦一だけでなく、史朗まで」
怒気が伝わってくる。
「ねえ、ふたりとも。けんかしないで」
「ほのか様。お静かに」
俺と女は、すぐ近くで向き合った。
視線が交錯する――初めて会った気がしない。
「すまなかった……でも、俺は目的があってここにいる」
「名は?」
俺は澄ました顔で、
「秘密」
「正しい判断だ」
真後ろに跳んだ。鼻先に切り傷ができている。
「やるな。わたしの剣の腕前を知っていたのか?」
「いいや。でも、なんとなくわかるよ。心のざわめきというか、そんなので」
「わたしの剣筋が汚れていたというのか」
「いや、別にそんなことは……」
ここで俺は、あることに勘付いた。深呼吸をする。
「いや、汚れていたね。心のどこかで、『うまくやってやろう』と思ってたんじゃ?」
「……!」
相手は黙ってしまう。俺は、じりじりと後ずさっていく。
蒸し暑かった。提灯の明かりのせいだろうか? こめかみに汗が流れるのを感じた瞬間、敵人が走り込んでくる。速いッ!
一振り目。正面からの一撃――横っ飛びによる回避、成功。
二振り目。下段からの袈裟斬り。後ろに退がるも尻餅をついてしまう。
三振り目。尻餅をついている俺に向かって、そのまま、ひと突きを――
「なッ!? 目が見え……」
今だ!
耳は相手の太股に密着し、指先はひざ裏の腱をしっかと押さえている。
「倒れろ!」
「きゃあっ!」
絞り出すような声とともに女が倒れる。刀が飛んだ。
俺は顔を上げる。いいぞ、俄然有利になった。こいつの腕を絞り上げて、参ったをさせてみせる。
「こら、やめろ! いや、いやっ! いやあぁ! わたしの身体をよじ上ってくるなぁ、だめぇっ!」
どこかで聞いたような悲鳴だ。
両手を使って、こちらの攻めをブロックしている。が、無駄だ。俺は今、こいつの身体に密着している――後は攻め上がるのみ。
俺は今、この女の腹部に耳をつけ、両手は肋骨の辺りを掴んでいる。この体勢から、こいつを寝技で攻略してみせる!
……あと少し、あと少しで、この女の肘関節を。敵人は地面を引きずって後退することで寝技を防いでいる。
必死の抵抗。が、体力ならばこちらが有利。どんどん昇っていく。
「いい加減にしろ!」
敵人が拳を繰り出した――フロントガードポジションからの一撃。
「その腕、いただきッ!」
「ぐぅっ! あ……あっ、あああああああぁッ……!」
完全に極まっていた――
「おら、剣士さま。気分はどうだよ。利き手をもがれた気分だろ」
剣士の顔を見やった。
――夜の闇でもわかる。敵はいまや静かに笑んでいる。
何か喋りそうだ。いや、わかる。こいつは今から喋り出す。その瞳を覗き込んだ。
「……どうして、わたしの得意技が剣だって思ったの?」
左手が差し出される。
笑っていた。たおやかに。
「時間よ、止まれ」
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「時よ、そなたは美しい」
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(第11話、終)