「土曜日、みんなで遊びに行かない? グランカワノベに」
そう言って声をかけた安田――由香里を除く三人は難色を示している。
3年3組の教室。時計の針は十三時二〇分を指していた。教壇から見て右側、窓際の列に、砂羽、篤、渉、由香里の順で座っている。鬱々とした表情の宮本が、安田のすぐ後ろに佇んでいる。
……渉が席を立った。
「安田。今、教室の空気がちょっと変わったぞ」
「みたいだね」
暗い笑みを浮かべた。
「宮本ちゃんは予定ないんだって。藤原さんと前田は埋まってるみたいだ」
四人は顔を見合わせる。しばしの沈黙が支配した。
「ちなみに、どうして僕たちなんかを?」
篤が質問を投げた。安田が体の向きを変える。
「遊びたいだけだよ」
篤は机に肘をついた。
……おもむろに砂羽を見る。震えた手で机を握り締めていた。
安田の方に視線を戻す。
「やめた方がいい。僕はオススメしない。安田君だけじゃなく、後ろにいる宮本さんもそうだけど」
一瞬の間があった。
「……襲われたら死んじゃうよ。二人とも。わたし達は生き残るけど」
砂羽の声が響いた。低く、重く、しなるように。
宮本の顔つきが変わった。口角を歪めている。
「うん! そ、そ……そうだよ!?」
宮本は、安田の少し前に進み出る。
「そうだよね? 行くべきじゃないよね。やめと」
「行こうぜ」
渉だった。軽快な調子で言ってのける。
そのまま、ズイと宮本の前へと。
「……!」
身長差からか、宮本は見上げるように渉を見ることになる。
「宮本さんって、優しいよな」
「……どういう意味?」
「ここに居るってことは、俺達と遊びに行くつもりがちょっとでもあったんだよな?
「そんなこと……ないよ? 私」
視線を逸らす。
「大人だよ。俺なんかとは全然違う。羨ましいな、宮本さんみたいに優しい人間になりたい」
「ほ、褒めたって何にも出ないんだからね?」
「いらないよ。あ、でもノートは見せてほしいかも。成績いいし、字が綺麗なノートだから」
「えー。渉君、わざとらしいよ。そういうのやめなよ? フツーに寒いから……」
渉君、という発音に残りの三人は何かを感じ取った。
由香里は足先を椅子に絡め、篤は頬杖を深くした。砂羽の眉間に皺が寄っている。
「みんなはどうする? 由香里は行くよな」
「うん……行く」
「篤と砂羽は?」
「僕は勉強があるから無理だ。塾の体験講習があって」
「わたしは……家事がけっこうある」
渉は片目を閉じた。顔を傾けて二人の顔を眺める。
「そっか。じゃあ、俺と由香里と、安田と……」
宮本に視線をやった渉。
「その三人で行こう」
「なんでよ!?」
ツッコミが入る。
「私も行くよ?」
「危ないから止めといた方がいいんじゃない?」
「私、安田君と一緒に学級委員してるんだから! クラスのみんなのこと、考えないといけないんだからね?」
「ははっ、じゃあ宮本ちゃんも決定ということで」
渉は、由香里の顔を見た。はにかむように唇を結んでいる。足の甲をしきりと椅子にこすり付け、引っ掻いている。
* * *
大型ショッピングモール、グランカワノベの駐車場には数百台の自動車が停まっていた。最上階から駐車場を見下ろした視線が右に移ると、今度は立体駐車場が目に入る。
視線を元に戻すと、渉は息を吐いた。
「渉くん、ここは初めてかい?」
「これ、どうなってるんだ……?」
「どうなってるって、こういうものだよ。ボクらが居たのはハッピーマウンテンでも田舎の方なんだ。でも、喜んでもらえてよかった。一番上の階を集合場所にして正解だったね」
「入口じゃだめだったのか」
「野暮ったいよ、そんなの。まるで、『喫茶店で待ち合わせ』と言ったのに、『喫茶店の前で待ってる』くらいに野暮ったい……あと、この階は狭いから集まりやすい」
「そういうもんか」
二人は階段付近にいた。
ガラス張りになった窓の先には開けた土地が広がっている。市街地を貫く国道の端にはズラリと商店が並んでおり、それ以外は住宅地だった。
渉がフロアを見渡すと、中央の吹抜け部分にベンチが置いてあった。その奥にはゲームセンターがある。
「渉くん。今日はどうやって来たの? ボクは電車。宮本ちゃんは親に送ってもらうのかな」
「由香里と自転車で。姉さんに借りた。ついでに服と金も」
「え……?」
安田は頬を掻いた。
「ここまで十五キロはあるよ……?」
「うーん。由香里を荷物にしても五〇分もかからないしなぁ。そんなことより、この服の方がもの凄い違和感なんだが」
白色のチュニックの袖を引っ張るようにして足先を眺めている。灰色に近い黒のジーンズと、ぼろぼろのスニーカーが渉の目に映っている。
「これ女物なんだよ。姉さん、俺よりでかいんだ。安田は着こなしてる感じだな。大人っぽい。ええと……服の名前は知らないけど」
上に下に、安田の装いを眺めている。
ネイビーの襟開シャツに濃紺のスラックスを合わせていた。赤茶色のカジュアルシューズのつま先で、床をコツコツと蹴っている。
「店員さんが選んだ組み合わせなんだ。そりゃあ、誰だって決まるさ……渉くんだって似合ってるよ。細身だし、それに」
渉の右手首に巻かれた勾玉――
「ごめんね? 二人とも待ったよね」
宮本が小走りで二人の方に向かっている。横には由香里がいる。
安田は、由香里の七分丈のチノパンと、さほど主張していない胸の辺りをさっと眺めたなら、上気したその頬に視線を送る。
「ありがとね? 汐町さんが居なかったら、多分まだ迷子だったよ?」
渉の目線は水色のフレアースカートへと。真珠色のパンプスに目を奪われる。
「あ……!」
「どうしたの? 渉君」
「ええと、宮……宮……」
「宮本だよ?」
「ごめん……宮本さん」
「いいんだよ? 私、どういうわけか最近、人に名前を忘れられるの……それで、なんて言おうとしたの?」
「ええと、なんかさ。その服……ファッション雑誌で見たことある。おしゃれだよな」
「そ、そう?」
薄い生地のスカートを握り締める。
「あ、いや。その黒いポーチのこと。花の飾りが付いてる。かわいい」
「えぇ~!? 渉君……昨日から言ってるけど、なんにも出ないよ?」
安田は、ハッとなって由香里から視線を離した。渉の肘を小突くと、わざとらしく後ろを向かせて囁きかける。
「どうしたんだ、渉くん。女子を褒めるなんて。なにかあった?」
「いや、栞……姉さんがさ。こうしろって」
「……なるほどね。じゃ、次は由香里ちゃんだね」
「あいつはいいだろ」
「だめだよ。こういう場ではみんなを立てないと」
「うぐぐ……」
「言わないならボクが言うよ」
「……」
渉は由香里の前へと。
「……!」
少女は困った顔で目線を下に逸らす。
渉の目がぐりぐりと動いている。ベージュ色のチノパン、桃色の毛糸で編まれたシャツ、左手首にある
「今日はオシャレだよな。由香里」
「それって、いつもはイモみたいってこと?」
「そういう意味じゃねえ!」
落ち着かない様子でいる渉をチラリと眺めたなら、安田が後ろからやってくる。
「中学生で髪飾りって珍しいよね! すごく身分が高い感じがする。それ、どこで買ったの? 由香里ちゃんセンスいいね」
「これ? お母さんの。だいぶ昔のやつだけど……」
「そうなんだ。ねえ、近くで見せてよ」
由香里は、思案顔で安田を眺めている。
「安田君、見たいの? これで……どうかな」
近くに寄って髪飾りをズイッと示す。安田は身じろぎもせずに髪飾りを注視している。
「ああ、やっぱり……」
安田の瞼が少しばかり閉じる。
「似合ってる」
口角が上がる。その途端、彼の掌に違和感が生じた――渉がこっそりとメモを握らせたことによる。
「じゃ、みんな。そろそろ行こうか」
「安田くん? 今日はどこに行くの」
「んー、今が十一時だから……下に行って店を回ろう。そのうち昼になる。ご飯を食べて、最後はどうしよう」
「はーいっ!」
由香里が手を挙げた。
「こういうのって、最後まで決めない方がいいよ。なにがあるかわからないし」
「うん、それがいいかな……? じゃ、とりあえず」
安田の視線が、吹抜けの向こう側にあるゲームセンターに移っていた。
『予算1,500円以内。俺と由香里込みで。追記 前より500円ほど下がりました。ごめん』
と書かれたメモをポケットに仕舞いながら。