卑密の太陽   作:渡邉 実一

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#5.5:大嫌いな彼の手(2)

「土曜日、みんなで遊びに行かない? グランカワノベに」

 

 そう言って声をかけた安田――由香里を除く三人は難色を示している。

 3年3組の教室。時計の針は十三時二〇分を指していた。教壇から見て右側、窓際の列に、砂羽、篤、渉、由香里の順で座っている。鬱々とした表情の宮本が、安田のすぐ後ろに佇んでいる。

 ……渉が席を立った。

 

「安田。今、教室の空気がちょっと変わったぞ」

「みたいだね」

 

 暗い笑みを浮かべた。

 

「宮本ちゃんは予定ないんだって。藤原さんと前田は埋まってるみたいだ」

 

 四人は顔を見合わせる。しばしの沈黙が支配した。

 

「ちなみに、どうして僕たちなんかを?」

 

 篤が質問を投げた。安田が体の向きを変える。

 

「遊びたいだけだよ」

 

 篤は机に肘をついた。

 ……おもむろに砂羽を見る。震えた手で机を握り締めていた。

 安田の方に視線を戻す。

 

「やめた方がいい。僕はオススメしない。安田君だけじゃなく、後ろにいる宮本さんもそうだけど」

 

 一瞬の間があった。

 

「……襲われたら死んじゃうよ。二人とも。わたし達は生き残るけど」

 

 砂羽の声が響いた。低く、重く、しなるように。

 宮本の顔つきが変わった。口角を歪めている。

 

「うん! そ、そ……そうだよ!?」

 

 宮本は、安田の少し前に進み出る。

 

「そうだよね? 行くべきじゃないよね。やめと」

「行こうぜ」

 

 渉だった。軽快な調子で言ってのける。

 そのまま、ズイと宮本の前へと。

 

「……!」

 

 身長差からか、宮本は見上げるように渉を見ることになる。

 

「宮本さんって、優しいよな」

「……どういう意味?」

「ここに居るってことは、俺達と遊びに行くつもりがちょっとでもあったんだよな? 使用者(エッセ)に関わればどうなるか分かってて。それってさ……勇気がいるよ」

「そんなこと……ないよ? 私」

 

 視線を逸らす。

 

「大人だよ。俺なんかとは全然違う。羨ましいな、宮本さんみたいに優しい人間になりたい」

「ほ、褒めたって何にも出ないんだからね?」

「いらないよ。あ、でもノートは見せてほしいかも。成績いいし、字が綺麗なノートだから」

「えー。渉君、わざとらしいよ。そういうのやめなよ? フツーに寒いから……」

 

 渉君、という発音に残りの三人は何かを感じ取った。

 由香里は足先を椅子に絡め、篤は頬杖を深くした。砂羽の眉間に皺が寄っている。

 

「みんなはどうする? 由香里は行くよな」

「うん……行く」

「篤と砂羽は?」

「僕は勉強があるから無理だ。塾の体験講習があって」

「わたしは……家事がけっこうある」

 

 渉は片目を閉じた。顔を傾けて二人の顔を眺める。

 

「そっか。じゃあ、俺と由香里と、安田と……」

 

 宮本に視線をやった渉。

 

「その三人で行こう」

「なんでよ!?」

 

 ツッコミが入る。

 

「私も行くよ?」

「危ないから止めといた方がいいんじゃない?」

「私、安田君と一緒に学級委員してるんだから! クラスのみんなのこと、考えないといけないんだからね?」

「ははっ、じゃあ宮本ちゃんも決定ということで」

 

 渉は、由香里の顔を見た。はにかむように唇を結んでいる。足の甲をしきりと椅子にこすり付け、引っ掻いている。

 

 *  *  *

 

 大型ショッピングモール、グランカワノベの駐車場には数百台の自動車が停まっていた。最上階から駐車場を見下ろした視線が右に移ると、今度は立体駐車場が目に入る。

 視線を元に戻すと、渉は息を吐いた。

 

「渉くん、ここは初めてかい?」

「これ、どうなってるんだ……?」

「どうなってるって、こういうものだよ。ボクらが居たのはハッピーマウンテンでも田舎の方なんだ。でも、喜んでもらえてよかった。一番上の階を集合場所にして正解だったね」

「入口じゃだめだったのか」

「野暮ったいよ、そんなの。まるで、『喫茶店で待ち合わせ』と言ったのに、『喫茶店の前で待ってる』くらいに野暮ったい……あと、この階は狭いから集まりやすい」

「そういうもんか」

 

 二人は階段付近にいた。

 ガラス張りになった窓の先には開けた土地が広がっている。市街地を貫く国道の端にはズラリと商店が並んでおり、それ以外は住宅地だった。

 渉がフロアを見渡すと、中央の吹抜け部分にベンチが置いてあった。その奥にはゲームセンターがある。

 

「渉くん。今日はどうやって来たの? ボクは電車。宮本ちゃんは親に送ってもらうのかな」

「由香里と自転車で。姉さんに借りた。ついでに服と金も」

「え……?」

 

 安田は頬を掻いた。

 

「ここまで十五キロはあるよ……?」

「うーん。由香里を荷物にしても五〇分もかからないしなぁ。そんなことより、この服の方がもの凄い違和感なんだが」

 

 白色のチュニックの袖を引っ張るようにして足先を眺めている。灰色に近い黒のジーンズと、ぼろぼろのスニーカーが渉の目に映っている。

 

「これ女物なんだよ。姉さん、俺よりでかいんだ。安田は着こなしてる感じだな。大人っぽい。ええと……服の名前は知らないけど」

 

 上に下に、安田の装いを眺めている。

 ネイビーの襟開シャツに濃紺のスラックスを合わせていた。赤茶色のカジュアルシューズのつま先で、床をコツコツと蹴っている。

 

「店員さんが選んだ組み合わせなんだ。そりゃあ、誰だって決まるさ……渉くんだって似合ってるよ。細身だし、それに」

 

 渉の右手首に巻かれた勾玉――鬼食免(きじきめん)に視線をやる。

 

「ごめんね? 二人とも待ったよね」

 

 宮本が小走りで二人の方に向かっている。横には由香里がいる。

 安田は、由香里の七分丈のチノパンと、さほど主張していない胸の辺りをさっと眺めたなら、上気したその頬に視線を送る。

 

「ありがとね? 汐町さんが居なかったら、多分まだ迷子だったよ?」

 

 渉の目線は水色のフレアースカートへと。真珠色のパンプスに目を奪われる。

 

「あ……!」

「どうしたの? 渉君」

「ええと、宮……宮……」

「宮本だよ?」

「ごめん……宮本さん」

「いいんだよ? 私、どういうわけか最近、人に名前を忘れられるの……それで、なんて言おうとしたの?」

「ええと、なんかさ。その服……ファッション雑誌で見たことある。おしゃれだよな」

「そ、そう?」

 

 薄い生地のスカートを握り締める。

 

「あ、いや。その黒いポーチのこと。花の飾りが付いてる。かわいい」

「えぇ~!? 渉君……昨日から言ってるけど、なんにも出ないよ?」

 

 安田は、ハッとなって由香里から視線を離した。渉の肘を小突くと、わざとらしく後ろを向かせて囁きかける。

 

「どうしたんだ、渉くん。女子を褒めるなんて。なにかあった?」

「いや、栞……姉さんがさ。こうしろって」

「……なるほどね。じゃ、次は由香里ちゃんだね」

「あいつはいいだろ」

「だめだよ。こういう場ではみんなを立てないと」

「うぐぐ……」

「言わないならボクが言うよ」

「……」

 

 渉は由香里の前へと。

 

「……!」

 

 少女は困った顔で目線を下に逸らす。

 渉の目がぐりぐりと動いている。ベージュ色のチノパン、桃色の毛糸で編まれたシャツ、左手首にある鬼食免(きじきめん)、雪の形をあしらった髪飾り……。

 

「今日はオシャレだよな。由香里」

「それって、いつもはイモみたいってこと?」

「そういう意味じゃねえ!」

 

 落ち着かない様子でいる渉をチラリと眺めたなら、安田が後ろからやってくる。

 

「中学生で髪飾りって珍しいよね! すごく身分が高い感じがする。それ、どこで買ったの? 由香里ちゃんセンスいいね」

「これ? お母さんの。だいぶ昔のやつだけど……」

「そうなんだ。ねえ、近くで見せてよ」

 

 由香里は、思案顔で安田を眺めている。

 

「安田君、見たいの? これで……どうかな」

 

 近くに寄って髪飾りをズイッと示す。安田は身じろぎもせずに髪飾りを注視している。

 

「ああ、やっぱり……」

 

 安田の瞼が少しばかり閉じる。

 

「似合ってる」

 

 口角が上がる。その途端、彼の掌に違和感が生じた――渉がこっそりとメモを握らせたことによる。

 

「じゃ、みんな。そろそろ行こうか」

「安田くん? 今日はどこに行くの」

「んー、今が十一時だから……下に行って店を回ろう。そのうち昼になる。ご飯を食べて、最後はどうしよう」

「はーいっ!」

 

 由香里が手を挙げた。

 

「こういうのって、最後まで決めない方がいいよ。なにがあるかわからないし」

「うん、それがいいかな……? じゃ、とりあえず」

 

 安田の視線が、吹抜けの向こう側にあるゲームセンターに移っていた。

 『予算1,500円以内。俺と由香里込みで。追記 前より500円ほど下がりました。ごめん』

 と書かれたメモをポケットに仕舞いながら。

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