卑密の太陽   作:渡邉 実一

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#02 自分らしさの保証書(1)

 午前七時。国府第三中学校の東門が見える位置にいる。

 門を入ったところから校舎にいたるまで、延々と石畳が敷き詰めてある。

 が、それはメインロードだけの話。ちょっと目線をはずすと、舗装のされていない地面が目に入る。 

 俺は、そんな雑草という名の芝生で覆われた地点のひとつに立っている。すぐ隣にある技術教室が目に入った。窓ガラスに体操服を着た自分の姿を認める。

『いや、無理だろ』

『道ノ上くんなら、できる!』

 つい先日のことだ。

 和田先生から言い渡された罰は、花壇の設置だった。

 設置場所は、技術教室の窓に面したスペース。剥き出しの地面があるだけの。

 たったこれだけのことを命じるまでに一週間もかかったのか。

「こんなところに花壇だって?」

 あまりの絶望感。おっさん並みに心の呟きを漏らしてしまう。

 周りを見渡す。当然、誰もいない。

「ま、罰を受けるのが俺だけでよかった……おっ」

 東門から軽トラックが入ってくる。早朝であるためか控えめな運転に見える。

 ブイイィ、というエンジン音をともなって、こちらの近くに停まる。

 石畳と地面とのキワキワに着けていた。もう少しで、その間に埋め込まれた円柱状のレンガにタイヤをぶつけてしまうほどの。

 

「……おはようさん」

 

 その人が挨拶をしてくる。

 作業用と思しき帽子から、前髪がわずかに覗いている。これがあの、学校のテレビの中でしか見たことのない……土木作業員、というやつだろうか。

 作業服のところどころが痛んでいる感じが、なんだかリアルだ。

 

「おはようございます」

「……」

 

 あ、なんか会話が止まってしまった。ええっと、

 

「俺、道ノ上渉(みちのうえわたる)といいます。和田先生からは、お手伝いいただけるって……聞いてるんですが」

「ああ、そのとおりだ。三良坂(みらさか)という。今日から五日間、宜しくな」

「五日間!?」

「そうだ。といっても、工期は実質三日しかない。初日である今日は、とにかく準備に追われるし、最終日には完了検査があるからな。しくじるなよ」

「え、いや、一時間くらいやったら終わりかと。レンガ積むだけじゃないんですか」

「おいおい、花壇作るんだろ? レンガを積む前には、接着させるためのモルタルを用意する必要があるだろ。でも、それ以前に基礎になる土間コンクリートを打たないとな。まさか、地面に直接レンガを置こうと思ってた……なんてことはないよな。そんなことないよな? いやいや、それ以前に『設計』なり『仕様』なりがないと。プロが行き当たりばったりで工事してると思ったら大間違いだ」

「いや、俺、アマチュア……」

「いいや。プロだ」

「プロ……」

 

 そう言って、この三良坂という男は、軽やかな調子でこちらに歩いてくる。

 

「今回あんたに与えられた仕事はな。早朝と放課後の時間を使って、まともな品質の花壇を造成することだ。いいか、これは俺の仕事じゃない。あんたの仕事だ。あんたが動かなきゃ、俺は動くつもりはない」

「……そんな言い方」

「おい。確かに和田先生から依頼を受けたけれども」

「……」

「俺、学校の先生じゃねーからな。そこは忘れるなよ。いいか、これは因果応報。あんたに科せられた仕事なんだ」

「……」

 

 クソッ、やめてやろうか。

 ああ、でもな、今やめたら、由香里はなんて言うだろうか……。

 

「……五日間、宜しくお願いします」

「よし! じゃ、買い物に行くか」

「買い物? その車の荷台に置いてあるのは」

「これらは違う。工具類だ。さ、行くぞ。これは……道ノ上くんの仕事なんだろう?」

「……俺、なにからなにまでわからないんですけど。どうしたらいいんですか」

「どうしたらいいと思う?」

「……!」

 

 思わず、顔をゆがめてしまう。

 見られてただろうな。

 

「まーまー、落ち着け、キレたら負けだ。いいか、不可能なことをさせようとしてるんじゃない。それはわかるよな?」

 

 瞳を閉じる。

 ――五,六秒は経ったろうか。

 

「……手順、ひとつずつ教えてください。俺が思ってるより、だいぶ複雑なのは分かりました。でも、まずは準備物を集めないといけないのはわかります」

「わかるやつだな。よし、乗れよ。ホームセンターに行こう」

 

 *  *  *

 

 それから数分、今は国道を走っている。国道といっても、片側二車線しかない道路だけど。

 車が前に進まない。通勤ラッシュに巻き込まれてしまっている。

 信号は、未だに赤色のままだ。ああ、なんでだよ。もっと青の時間増やしてくれよ。こっちの道の方が、ずっと広いだろ。なんなら、永遠に青信号でもいいんだぞ。

 

「なあなあ、道ノ上くん。なんで罰なんて与えられたんだ?」

「聞いてないんですか」

 

 痺れを切らしたのだろうか。三良坂さんが話しかけてきた。

 

「うん、そこまでは聞いてない。気になる。ぜひ教えてほしいね」

「……教えないと、仕事に支障あります?」

「冗談だ。興味なんてないよ」

 

 車体がユルリと進み始める。信号は青になっていた。それから五分ほど走ったなら、ホームセンターに到着する。

 

「はい、これ」

 

 ホームセンター。材料市場。

 三良坂さんに必要物品リストを渡される。

 レンガの数から、砂袋、砕石袋、セメントなどの数量がきっちりと書いてある。

 

「じゃ、集めような」

「びっくりさせないでくださいよ。てっきり、俺が数量を決めるのかと」

「予算の都合がある。さ、材料を集めるんだ。場所がわからなかったら、遠慮なく店員にきけよ」

「……はい」

 

 貸出用のカートを使って材料を集める。

 数量は、セメント一袋、砂三袋、砕石を五袋。すべて25キロ入り。三良坂さんは後ろからついて来て、カートへの積み込みを手伝ってくれる。適当な単位になったら軽トラックの荷台に積み込む。

 

「あれ、会計は?」

「ああ、後でまとめて数量を言ったらいいんだ」

「そういうもんなの?」

「そういうもん」

 

 着々と積み込みが進んでいく。最後に載せたのは、塗装コンパネ二枚だった。

 早く終わった。所要時間は二〇分ほど。

 帰り道の通勤ラッシュは、それほどでもなかった。三良坂さんが言うには、午前八時を過ぎたあたりから車が少なくなるらしい。

 ……そして、中学校の東門へと入る間際だった、

 

「お?」

 

 栞だ。栞が自転車に乗っているのを見かける。

 麦わら帽子に、真白の花が彩られた温かそうなワンピース。これだけ見ると、どこぞのシュクジョ? みたいに見える。

 実際には、家のすぐ近くにある寂れた食料品店でアルバイトをしている。何年か前、「家計が苦しいんなら、もっと給料が高い仕事にしたら」と無責任なことを言った時、笑って濁された思い出がある。

 栞の指先が、いつも赤く剥けたようになっているのを思い出す。昔から、ずっとそうだった。

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