卑密の太陽   作:渡邉 実一

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#12 心らしきものが消えて(後)(6)

 出口付近にいる。もうすぐ八幡神社というところ。

 下山まで二時間もかかっていない。『あっという間だったな』、とばかり夜空を見上げる。

 

「さっすが、栞さんですね。渉とは大違い」

「由香里ちゃん。もっと褒めてもいいのよ?」

「この辺り、詳しいんですか?」

「わたしもね、若い頃は色々ね……」

 

 二人の後ろに尾いている。

 栞は元気そうだけど、由香里は少しびっこを引いている。それに鼻声だ。相当、疲れてるんだろう。俺がもっと強かったら……。

 感慨に耽るように、八幡神社に視線をやった。どうでもいいけど、カバンを国府(こうふ)の森の入口に投げっぱなしだ。

 

「……」

 

 八幡神社。

 今でも、ほのかの血の跡が残ってるんだろう。小走りに駆け出した。

 

「渉、どうしたの」

「ちょっとだけ」

「しょうがないわね」

 

 栞もついてくる。

 ほのかが吊るされていた場所はすぐにわかった。

 

「これ、血の跡ね。どうしたの」

「友達ってほどじゃないけど、知ってる奴がさ。ここに吊るされてたんだ」

「昔と変わらないのね。でもね、そういうのが必要なときもあるのよ」

「……」

 

 ただ、ずっと。血が染みた跡を見つめていた。

 やがて、さっと身を翻して由香里がいる方に歩いていく。

 俺は決意した。

 集に会いに行こう。いつになるかは分からない。でも、必ず――なんて言えばいいのか、今はわからないけど。でも、聞くんだ。あのことを聞くしかない。

 

「渉、止まりなさい!」

 

 栞の声だ。強張りとともに立ち止まる。

 眼前を見据えると、由香里の姿があった――首元に刃物を突き立てられている。

 

「動くんじゃなあどっ!」

 

 暗闇でもわかる。これは昨日、森の入口で倒した小柄な少年だ。

 由香里に視線を移す。ごめん、という言葉が伝わってきそうな瞳の色だった。

 

「昨日の落とし前をつけさせてもらおうか? 敵に塩を送られたままじゃね。あの石枕、快適だったよ」 

 これまた見覚えのある奴が。ダイヤモンドなんとかいうのを打ち出してきた。

 

「小僧。詰めが甘かったな」

「おい、女。あの一撃、痛かったよ。さんざん吹っ飛ばしてくれちゃって」

 

 午前中、この八幡神社で会った奴らだ。

 それだけじゃない……囲まれている。左からも、前からも、右からも、続々と敵が押し寄せている。

 数十人とか、そういう次元じゃない。もっと、ずっと多い。

 

「渉。最悪の場合、由香里ちゃんは」

「わかってる」

 

 ……後悔はしたくない。

 まだ集まりきってはいないだろう。隙があるうちに、なんとしても由香里を――

 足先で、トン、トンと地面を鳴らし、飛び出すべき瞬間を見定めようとする。

 神社の前に並んだ盆提灯の微かな灯かり。ある程度は、敵の数を把握することができる……少なくとも百人といったところか。

 すぐ後ろでは、栞がなにか呪文を唱えている。大技だろうか? 俺は、由香里の姿を見た――暗闇でもわかる。覚悟を決めた目。

 

「……いくか」

 

 ――みんな、待って――

 声がした。

 

「なんだ……いまの?」

 

 森の奥から女の声がした途端に、ザッ、ザッ、という靴音の連なりがあった――敵が一斉に向き直っている。声がした方へと。

 

「……」

 

 遅い。なかなか現われない。コツ、コツという、何かで地面を叩くような音なら聴こえてくる。

 

「……この音、松葉杖?」

 

 声の主が現れる。

 

「みんな、待って。この人たちを傷つけないで」

「ほのか! 元気になったのか」

 

 いつの間にか呼び捨てにしている。その声がする方に駆け出した。

 

「待て、小僧!」

「ここにおられるのは誰だと思ってる!」

 

 何人もの使用者(エッセ)が道を塞いでいる。

 ほのかのすぐ後ろには介助者の姿があった。

 

「どなたって……梔子(くちなし)ほのか、じゃないのか?」

 

 誰かが呆れるようにため息を吐いた。

 介助者が前に進み出る。

 

「……!」

 

 やっぱり。夕方に戦った、あの女剣士……だろうか? いや、間違いない。あの時の女だ。

 国府高校の制服であるセーラーに身を包んでいた。真後ろで一本に括っていた髪を下ろしている。

 

「このお方は……国府(こうふ)の森の四天王がひとり。緑ノ団、句芒(こうぼう)の梔子ほのか様である」

「四天……王……?」

 

 ああ、そうか。そういうことか。合点がいった。

 

「彦一。その子を離してあげてくれる?」

 

 恭しい声だ。

 

「ハイッ! ほのか様」

 

 由香里が解き放たれた。こちらに駆けてくる。

 ほのかも、ゆっくりと俺たちがいる方へと。

 

「ごめんね、渉くん。こんなことになって」

「謝るのはこっちだ。ほのかの仲間をたくさん怪我させた」

「ねえ、渉くん。お互い水に流せないかな?」

「そうしてくれるとありがたい」

 

 ……沈黙。和解ムードなのはいいが、何を話せばよいのやら。言葉を探る。

 

「うわっ!」

 

 ズイッと、ほのかが寄ってくる。やっぱり、相当に美人さんだ――胸が高鳴る。

 

「渉くん。これだけは言わせて……わたし、嬉しかったの。下界のお祭りに行って、あんな風に優しくしてくれたの、渉くんだけだよ」

 

 小声だった。吐息が伝わってきそうな。

 

「お……おう。じゃあ、またな。今度また、一緒に遊ぼう」

 

 ほのかは寂しげな笑みを浮かべる。

 

「じゃあね。渉くん、また逢おうね……そうだ、これ。あとで読んで」

 

 囁きとともに渡された、これは……手紙? サッと懐に仕舞う。

 

「みんな、聞いて」

 

 一転、ほのかは配下の方を振り返ったなら、

 

国府(こうふ)の森のために戦ってくれてありがとう……ありがとうっ! でもね、わたし。みんなに傷ついてほしくないの。だから……今日だけ、今日だけでいいから、この人たちを帰してあげて」

「……御意にございますッ!」

 

 あっという間にカタがついた。

 ひと揃いの掛け声とともに開かれた道。最後に、ほのかと手を振って別れた――

 そうして、俺たちは今、森の入口にいる。本当にあっという間だった。

 

「由香里。また明日な」

「……うん。じゃあまたね。わ・た・る・くんっ!」

 

 真似するんじゃねえ!

 さり気ない仕草で手を振ったなら、今日、一緒にいてくれた影が夜の闇に消えていった。

 

 (第12話、終)

 

 

 

 

 

国 人 第 7 号

永化3年5月12日

 

道ノ上 渉 様

 

国府町(人事委員会)

 

採 用 内 定 通 知 書

 

 あなたは、5月12日付けをもって国府町採用候補者名簿に記載されたので通知します。

 採用候補者名簿とは、採用試験に合格した者が名簿に登録され、国府町職員に欠員が生じたときに順次採用されるものです。

 この名簿の有効期間は1年間ですが、今この時をもって、あなたを採用する予定です。

 つきましては、国府町への就職の意思について、次の欄内に記入のうえ、郵送または持参にて5月31日までに回答してください。

 

 私は、国府町への就職を、

 

 □ 希望します

 □ 希望しません

 

  ※希望しない場合は、下の括弧内に予定している進路を記入してください。

   (             )

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