卑密の太陽   作:渡邉 実一

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#02 自分らしさの保証書(3)

 光陰矢の如し。

 すでに午後四時を回っている。

 篤に宿題を見せてもらっていたら、すっかり遅くなってしまった。

 

「……三良坂さん。遅れてすいません」

「まあ、誰にでもそういうことはある……いいよ、ちょうど準備が必要だったんだ」

「これでぜんぶ?」

「そうだ」

 

 花壇を設置しようとする場所のすぐ脇に置いてあったのは、塗装コンパネと、丸ノコと、スコップと、インパクトドライバーに工具箱。

 トラックの荷台に置いてあるのは、発電機、延長コード、木でできた小さな椅子、角材の破片。ほかにも、よくわからない器具がいくつか置いてある。

 

「どれからやるんだ?」

「まあ、まずは……これが設計書兼仕様書だ」

 

 メモ帳にフリーハンドで描かれた、花壇と思しき四角形。ほかにも書き込みが目立つ。

 

「ええと、タテ830mm×ヨコ1000mm×H600mm……四角形の端を基準にしてレンガを……なるほど……って、今朝はレンガ買ってないじゃないか。あと、モルタルや砂利の袋が見えないけど、どこにいった?」

「レンガを買ってないって? そりゃあ、今日はその工程まで辿りつくことができないし……軽トラックだからな。あんまり物を載せることができないんだ。ところでほら、メモの右上を見てみ」

 

 メモの右上。

 スケジュールが殴り書きしてある。

 

「……一日目。コンクリート基礎の型枠を作る。二日目。コンクリートを型枠に流し込んで整形する。三日目。午前にレンガを購入、午後にコンクリの硬度を確認し、レンガの仮置きをする。四日目。メジ用のモルタルをこねる。レンガを積み上げながらモルタルで固める。五日目。花壇に土を入れる。完了検査……」

「というわけで、さっそく型枠を作るぞ。トラックの上に小さな椅子がふたつあるだろう。取ってきてくれ」

「……はいよ」

 

 トラックの荷台から、高さ三〇センチほどの椅子ふたつを石畳の上に降ろす。その上に塗装コンパネを置く。やたらと長いので、引きずるように置く格好になった。

 発電機のスイッチを入れる三良坂さん。ワイヤーのようなヒモ(リコイルスターターというらしい)を引くと、ブブブブ……と、静かな音を立てて動き出す発電機。

 延長コードを使って、発電機と丸ノコとを繋いだ。

 

「これ……」

「これ? 発電機。ガソリンを電気に換える装置だ」

「知ってるよ! 発電機なら、週に何度か動かしてる。地下水の汲み上げ用ポンプ」

「へー……そうか、今どきの子はそうなんだな。俺が若い時は、親の手伝いとかで使ったな。渉くんの親父さんとかお袋さんとかは、こういうのを使う仕事なのか?」

「親父は仕事が忙しくて家にいない。たまに帰ってくる」

「じゃあ、お袋さんしかいないんだな」

「はやくやろう。みんなに見られる」

「ふーん……じゃあ、まずは……コンパネを切断しよう」

 

 三良坂さんは、胸ポケットから鉛筆を取り出すと、途中で九十度に折れ曲がった定規(サシガネというらしい)で直線の目印をつける。

 そうして、丸ノコのトリガーを引いたなら、ギュイイイ、という発電機よりも一回り大きな回転音が響くのだった。

 

「よーし、道ノ上くん。しっかりコンパネを押さえてろよ」

「わかった」

 

 ふたつの木椅子の上に置かれたコンパネ。上から体重をかけて固定する。

 

「切り始めようか」

「……うっ!」

 

 切断中の振動が伝わってくる。体重をかけているはずが、なにやら恐くなってきた。

 少しずつ、少しずつ。丸ノコの刃がこちらに近付いてくる。

 

「話しかけるなよ。油断してたら指が飛ぶ」

「……」

 

 刃が進んでいく。今は中ほど。

 

「……」

 

 4分の3まで行った。ここで、いったん止まる。

 三良坂さんは、サシガネを使って切断面がまっすぐかどうかを確かめる。

 

「……」

 

 再び、動き出した丸ノコ。

 

「……よっしゃっ!」

 

 切断完了。

 30センチ×180センチの板ができる。

 

「まだ切るのか」

「ああ、切るよ。これじゃ長すぎる」

「やらせてくれよ」

「だめだ」

 

 意外だった。

 今朝は、俺の仕事だと言ったのに。

 

「なんで」

「渉くんは、ほら……丸ノコの講習、受けてないだろ」

「それ受けたら、使えるのか」

「まあ、働いてないと受けられないけどな」

「じゃあ、使えないじゃないか」

「そういうことだ。残念」

 

 ……塗装コンパネの切断は進んだ。三良坂さんがひたすらに丸ノコで切りまくっている間、俺が押さえの役をする。 

 十分も経たないうちに切断が終わり、四枚分の細長い板が出来上がる。

 

「ええと、次は?」

「次は……なにをしたらいいと思う? 型枠って、なんのためにあるんだろうな」

「ええーと……型枠は……花壇の基礎になるコンクリートを囲うもの?」

「そうだ。出来立てのコンクリートはドロドロしていて、固まるまでに一昼夜以上かかる。ということは?」

「そうか、これから四隅を型枠で覆って、コンクリートが固まるためのハコを作るんだ」

「そのとおり。早速はじめよう」

 

 俺達はインパクトドライバーとネジ、角材の破片を拾い上げると、花壇の設置予定場所に移動する。

 

「さて。これから、花壇をどこに置くか決める。その細長い型枠の一枚を、地面にブチ込んでラインを作ってみな」

「わかった」

 

 恐る恐る、一枚の板を拾い上げ、地面に対して水平方向に差し込んだ。石畳が敷いてあるところと技術教室との、ちょうど真ん中の地点に花壇を置きたい。

 やがて、それらしい場所を見出すと、コンパネを地面に差し込んで位置取りをマーキングする。

 

「そのラインを基準にするからな。いいか、一番大事な作業だ。ここでつまづくと、以降の作業がすべて無駄になる」

「俺がやっていいの?」

「道ノ上くんの仕事だしな。ところで、なんでそこにした?」

「技術教室からほどよく離れてるし、歩行路、そこの石畳をはみ出ない限りは花壇に触れることもない」

「やるじゃん! なら、そこにしようか。そらっ」

 

 スコップを受け取る。

 いま引いたばかりのラインを基準にして、二人で四角形の穴の線を掘っていった。深さにして数センチほど。

 

「こんなもんか。よし、コンパネをもうひとつ持ってきてくれ」

「オッケー」

 

 掘ったばかりの穴にコンパネを差し入れる。さらに、もう一枚のコンパネと繋ぎ目を直角にして組み合わせる。

 次いで、インパクトドライバーを用意する。二枚の板の繋ぎ目に角材の破片を差し込んだ。

 

「これから穴を開ける。しっかり板を持っててくれよ」

 

 そして、インパクトドライバーのトリガーが引かれたなら――

 ガ、ガ……ウイイイイィィィ……ゴガガガガッ!

 

「おおっ!」

「こんな感じだ」

 

 ネジがコンパネを貫通して、角材の内部へと突き刺さっている。固定完了。

 

「いいか。まずは、ゆっくりと回転させてネジ穴を作るだろ。そしたら、一気に突き込んでやる。最後に、ダメ押しとばかりネジの頭まで木材にめり込ませる。見てろよ」

 

 手際の良い動きで、反対側からも同じことをした。

 最終的に合計四箇所、ガッシリと突き刺さったネジ。

 

「板同士の結節点、ひとつめ完了。あと三箇所だ。じゃあ、道ノ上くん」

「え?」

「次は、やってみるか?」

「俺、講習受けてないんだけど」

「インパクトドライバーはな、講習がいらないんだよ」

 

 答えは決まっている。

 

「……やる」

 

 インパクトドライバーの感触が伝わってくる。ずっしりと重たい。

 残りは三箇所、計十二穴。

 インパクトの先にネジを差し込んで、残りの板同士の結節点へと向かう。

 三良坂さんが、コンパネを運んでくれている。

 

「よし、これで……どうだ?」

 

 ネジの先を、コンパネへと当て込んだ。

 

「いい角度だ。よし、スイッチ押してみろ」

「……!」

 

 ガ、ガ、ガ…………ウイ……ウイィ……バチッ!

 

 ネジが吹っ飛んでしまう。

 

「もう一度!」

 

 ガ……ウイ……ウイ……イ……バチンッ!

 

「ああ、惜しい。もっと強く、前に押さないと」

「もう一回やりたい」

「何度だってやらせてやる……おっと」

 

 空を眺めた。夕闇が迫りつつある。

 

「そろそろやめるか?」

「まだまだっ!」

 

 今一度、挑戦する。

 ガ、ガ……ウイイィィ……ウイ……イ……

 

「……!」

 

 ウイイイイイイィィィ……ゴガガガガッ!

 

「やったっ!」

「よくやったな。じゃ、残りも頑張ろうか」

「おうっ!」

 

 ……悪戦苦闘。まさにその一言だった。

 この場所も、他の二箇所も、時間を要したものの終わらせることができた。

 差し込んでいた夕陽が、消えてなくなろうとしている。

 

「今日の目標は達成! 解散!」

 

 午後六時を過ぎている。

 

「まだできる! もっとやりたい」

「おいおい、勘弁してくれよ。残業申請、出してないんだよ」

「……渉? こんなところでなにやってるの」

 

 ――栞。東門に栞が立っている。自転車を引いて、こちらへとやってくる。

 

「渉。今日は五時間目で終わりなんでしょう? こんなところでなにをしているの?」

 

 手提げ袋を持っている。夕食の買い物帰りのようだ。ああ、くそ。いいところだったのに。

 

「ええと……これが例のやつ」

 

 栞を見ようとする。見上げそうになってしまう。

 俺と背がほとんど変わらない。むしろ高いくらいだ。

 

「あら、そうなの……これが? 土木作業なんてしないと、先生は許してくれないのね」

 

 今、感じた。確かに。

 三良坂さんが、栞に嫌悪の視線を送っている。

 

「三良坂さん。こちらは、俺の姉で――」

「初めまして。道ノ上栞(みちのうえしおり)と申します」

「……三良坂です。宜しく」

「三良坂さん、ておっしゃるの? 下のお名前は?」

「あなたのような女性が、肉体労働者の名前なんて聞くものじゃないですよ」

 

 ヘンな空気。ああ、これは嫌なヤツだ。

 

「……これは、失礼しました。お名前を伺う必要のない方に声をおかけして」

「そりゃあどうも。あなたのように高貴な方のお名前を伺えて光栄ですね」

 

 ……教室まで制服を取りに行き、着替えを済ませて帰ってきた後も――今日の片付けをする三良坂さんと、無言で立っている栞がいるだけだった。

 流れ解散となり、栞と一緒に家まで帰った。ああ、ホント苦手だ、こんな空気。いくつになっても慣れやしない。

 (第2話、終)

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