俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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四日目(金) 伊東先生が大人だった件

「こりゃ楽しそうだな」

 

 陶芸部部室にて、削り作業を見学中。

 冬雪がL字のカンナ(超硬カンナと言うらしい)を添えるように当て電動ろくろを回転させるだけで、リンゴの皮剥きみたいに粘土が削れていく光景が実に面白い。

 

「……こんな感じで、高台を作る」

「コウダイ?」

「茶碗でも湯呑みでも、底にちょっとした円状の台座があるだろう?」

「んー……あったか?」

「そうなるとキミは、アルカスと同じようなエサ入れで食事していたことになるね」

「あった! 物凄くあった気がする!」

「……削り過ぎに注意。底が抜けると失敗」

「了解だ」

 

 手本も終わったところで、一昨日作った出来損ないの湯呑みを手に取る。

 それを逆さにして電動ろくろへ乗せた後で、中心を合わせたら四方を粘土で軽く固定。回転させながらカンナの刃先を当てると、面白い具合に削れていった。

 

「ひょおおお。もしかして陶芸で一番面白いのって、削りなんじゃないか?」

「……かもしれない」

「確かにキミみたいな不器用でも比較的簡単にできるという点では、一番向いている工程かもしれないね。ただしあんまり調子に乗っていると底が抜けるよ」

「くっくっく、俺を舐めて貰っちゃ困るな阿久つぁぁっ?」

「少しばかりフラグ回収が早すぎないかい?」

「お、俺の湯呑みが……なあ、抜けた底をくっつけたりできないのか?」

「……これは無理」

「残る作品は四つ。この中から一体どれだけが生き残れるか楽しみだね」

 

 悪の大魔王かお前は。

 

 

 

 ―― 一時間後 ――

 

 

 

「ふぅ、終わったぁ」

「……お疲れ」

「思ったより生き延びたようで何よりだよ」

 

 結局あの後にもう一つ底が抜けてしまったが、残り三つは無事に削り作業が完了。一つは高台を作れず平坦な底になったが、それでも二つはまともな作品だ。

 

「こうやって完成すると、何かこう……込み上げてくるな」

「トイレなら部屋を出て右だね」

「尿意じゃねーよっ!」

「……底にマーク」

「ん? マークって何だ?」

「このままだと、どれがキミの作品かわからなくなるだろう? まあこれならマークを付けなくてもボクや音穏の作品とは区別できるけれど、今後を考えて一応ね」

 

 相変わらず一言多い阿久津。割と良くできたと思うんだけどな。

 

「……高台の凹み部分に軽く掘る」

「しかし突然マークって言われてもな……二人は何にしてるんだ?」

「……音符」

「ボクは三日月にしているよ」

 

 各々が自分の名前をもじった、実に分かりやすいマークだ。

 となると俺のマークはこれ以外にないだろうと、完成品の一つを手に取り軽く掘る。描いた模様は例の120円少女が髪を留めているヘアピンと同じものだった。

 

「ま、こんな感じだな」

「これは犬の足跡かい?」

「違う」

「……キツネ?」

「違う!」

「まさかハートとか、気持ち悪いことを言い出したりはしないだろうね?」

「最早わざと間違えてるだろお前?」

「……桜の花びら?」

「正解! 冬雪さんに1ポインツ!」

 

 3ポイント集めた解答者には、アキトのパソコン粉砕チケットをプレゼントだ。

 そんなくだらないやり取りをしている中で、俺の湯呑みを手に取った冬雪は考え事でもしているのかジーッと眺めたまま固まっている。

 

「ん? どうかしたのか?」

「……何でもない」

「音穏の考えていることが気になるなら、ボクが教えるよ」

 

 代弁して答えた阿久津が、自分の作品と思わしき湯呑みを棚から持ってきた。

 受け取れという意味なのか何も言わずに差し出されたが、落として割りでもしたら何を言われるかわからないため両手で慎重に受け取る。

 

「!」

「わかったかい?」

 

 少女の言う通り、手に取っただけですぐにわかった。

 二つの湯呑みの圧倒的な違い。

 

「うわっ……俺の作品、重すぎ……?」

「そういうことだよ。最初のうちは仕方ないさ」

 

 湯呑みを回収した阿久津は、元あった棚へと戻す。入部してから今までコイツが陶芸をしている姿は見たことがないが、やはり人にものを言うだけの腕はあるらしい。

 

「それならそうと、はっきり言ってくれよ」

「……いいの?」

「遠慮されたところで、俺の腕は成長しないからな」

 

 寧ろ絶対に落ちる。俺SUGEEとか自己満足して終わること間違いなし。

 

「……じゃあ50円」

「ん? 何がだ?」

「……文化祭で売った場合の値段」

「…………マジですか?」

「……マジ」

 

 陶芸者としての道のりは、まだまだ遠そうだ。

 

 

 

 ★★★

 

 

 

「なあ阿久津。土浦蕾って知ってるか?」

 

 削りの作業は後片付けも少なく、一段落着いた後はいつも通り勉強部へ変身。阿久津が冬雪に色々教えるのを話半分で聞きつつ、その合間で少女に質問した。

 

「なんだい? 藪から棒に」

「いや、知らないなら別にいいんだ」

「ボクと同じヒマワリ組だった女の子のことかい?」

「覚えてるのか? マジで凄いなお前」

「いいや。同じ小学校に行ったならともかく、幼稚園の頃に同じ組だっただけで別の小学校に行った同級生の名前なんて流石に覚えていないよ」

「え? じゃあ何で知ってたんだよ?」

「きっと質問してくるだろうから、何か知っていたら教えてあげてと梅君から連絡があってね。これでジュースの借りはチャラだそうだよ」

 

 どうやら梅のやつが、余計な世話をしてくれたらしい。ジュース一本分の支払いすら踏み倒そうとするなんて、アイツも中々に金欠みたいだな。

 

「まあ残念ながら、ボクはキミが求めているような情報は何一つ持ち合わせていないね。いっそ筍幼稚園に直接行って思い出した方が早いんじゃないかい?」

「おや? お二人は筍幼稚園出身でしたか」

 

 削りが終わった頃に「遊びに来ましたよ」とか言って現れた伊東先生が、回転椅子をぐるりとターンさせて振り返る。

 黒板に書いていたのは『Do you know me? どう、湯呑み?』なんて微妙なギャグ。多分その謳い文句じゃ新入部員は入らないですよ先生。

 

「まさか先生もそうだったんですか?」

「いえいえ。先生は違いますよ。ただ先生の親友が今、丁度勤めているんです。もし筍幼稚園に行かれるんでしたら、打ってつけの話がありますけどねえ」

「打ってつけの話?」

「はい。お二人は『休日ふれあいの会』というのを覚えていらっしゃいますか?」

「いや全然」

「ボクもちょっと……どういった会なんでしょうか?」

「保護者の方やボランティアの学生さんが子供と一緒に遊ぶ、筍幼稚園で月に一度あるイベントらしいですが……お二人がいた頃はなかったんでしょうかねえ?」

 

 そう言われてみると、何だかあった気がしないでもない。

 阿久津は相変わらず思い出せないようだが、伊東先生はそのまま話を続けた。

 

「その休日ふれあいの会ですが、どうも最近集まりが悪いみたいでして。もし皆さんが宜しければ、手伝っていただけたりすると先生的にも助かっちゃいます」

「……私も?」

「勿論、冬雪クンもですよ。何ならお友達を呼んでもらっても構いません。人数は多い方が賑やかになりますし、子供達も喜ぶと思いますからねえ」

「明後日となると、こんな直前に参加表明をしては迷惑ではないでしょうか?」

「正規申し込みの期限がいつまでかは知りませんが、迷惑どころか大歓迎みたいですねえ。人数さえ教えていただければ、連絡や手配は先生の方でしておきますので」

 

 白衣からスマホを取り出し操作し始めた伊東先生は、今正にリアルタイムで連絡を取っているかの如くさらりと答える。

 人の縁はどこで繋がるかわからないというが、まさかこんな提案をされるとは思わなかった。即答できず悩んでいると、斜め向かいに座る少女が手を挙げる。

 

「……行く」

「「え?」」

 

 意外にも、最初に参加表明したのは冬雪だった。

 少女の返事に対し、伊東先生はニコニコ笑いながら黒板に名前を書く。

 

「テスト一週間前、それも知らない幼稚園だというのに冬雪クンは優しいですねえ」

「……子供、好き」

「ふむ。音穏が行くなら、ボクも参加しよう」

「これまた意外だな。お前は子供とか嫌いだと思ってたけど」

「性善説派のボクは、大人より子供の方が好きだね。言葉を返すようで悪いけれど、子供が苦手なのは近所でもお兄ちゃんをできていなかったキミじゃないかい?」

 

 だってアイツら、素直すぎて遠慮しないじゃん。はないちもんめとかやっても姉貴や阿久津や梅の名前ばっか呼ばれて、俺が呼ばれることなんて皆無だったし。

 

「冬雪クンも阿久津クンも、ご協力ありがとうございます。米倉クンはどうしますか?」

「えっと……ちょっと待ってもらってもいいですか?」

「はい。明日まで待てますよ」

 

 流石にそこまで待ってもらう必要もなく、席を立つと携帯を取り出しつつ一旦陶芸室の外へ。そして電話帳の一番初めに登録されている友人へと電話を掛けた。

 

「…………もしもし?」

『も、もしもし櫻君、どうしたの?』

「相生か? 実はかくかくしかじかで――――――」

『えっと……うん、大丈夫。そういうことなら、ボクも手伝うよ』

「悪いな。今度何か奢るわ」

 

 陶芸部の活動もそうだが、男一人に女二人だと色々アウェーだからな。

 相生なら冬雪ともクラスメイトだから問題なし。ついでに言えば阿久津とも先日顔を合わせているので、正に打ってつけとも言える。持つべきものは友だ。

 

『あ……ね、ねえ櫻君。冬雪さんと阿久津さんも来るって聞いたけど、人数制限ってあったりするの?』

「ん? いや特にないし、多い方が助かるって話だな。誰か呼びたいのか?」

『う、うん。友達に保育士を目指してる女の子がいるんだけど、呼んでも大丈夫かな? 他にも女の子がいるなら、話も合うかもしれないし』

「勿論オッケーだ。詳しいことは後で連絡する」

『うん、ありがとうね』

 

 通話を切った後で溜息を吐く。断るのも悪いのでついOKと答えてしまったが、仲間を増やすつもりなのに結局男一人に女四人……じゃなくて男二人に女三人か。

 こうなったら仕方ない、あまり気は進まないがコイツにも聞いてみよう。

 

「もしもし?」

『俺だ。今機関のエージェントに追われている』

「すいません間違えました滅びよ」

 

 ノータイム通話切り。

 やっぱ止めておこうと思った矢先、アキトの方から折り返し電話が掛かってきた。

 

「…………もしもし?」

『間違い電話なのに滅びよとか言っちゃう米倉氏の塩対応、マジぱねぇっす』

「用があるのはこっちなのに、電話を受けた側が意味不明な状況報告を始めるからだ」

『フヒヒ、サーセン。つい癖でやっちゃったお。んで、どしたん?』

「実はかくかくしかじかで――――――」

『幼女と触れ合いですとっ?』

 

 …………やっぱコイツに話したのは失敗だったかな。

 少し後悔しつつも、今はガラオタの手も借りたいので仕方ないと諦める。

 

「ふれあいの意味が違う。それといつ誰が幼女に限定した話をした?」

『冗談冗談。イエスロリータ、ノータッチだお!』

「わかった、欠席な」

『ちょまっ! オタクの人権尊重を示すためにも、ぜひ参加したいでありますっ!』

「はあ……んじゃ、詳しいことは後で連絡するから」

『おk把握』

 

 通話を切った後で陶芸室へ戻ると、チョーク片手に並ぶ三人の姿。どうやら木偏の漢字を書くゲームをしていたらしく、黒板にはずらっと木ばかりが並んでいた。

 しかし『櫻』の傍にある漢字が『朽』や『枯』と悪意ありそうなものばかりなのは何故なのか。もっと『様』とか書くべき漢字があっただろ、犯人の阿久津よ。

 

「おや、お帰りなさい米倉クン。援軍要請は如何でしたか?」

「クラスメイト二人に、その友達が一人参加することになりました。なんで俺を含めて男子三人、女子一人追加でお願いできますか?」

「勿論です。流石は米倉クン、人数を倍にするなんて凄いですねえ。冬雪クンと阿久津クンも、お友達を呼んでいただいて構いま……先生、閃いちゃいました」

 

 黒板に『構』を書く伊東先生だが、二人は既に漢字を思い付いていたようで『棚』と『朴』が返される。どうやら状況は劣勢らしいが、他に何かあったかな?

 

「船頭多くして船山に登ると言いますし、ボクは大丈夫です」

「……同じく」

「それでは暫定六名で向こうには伝えましょう。その他の詳細は米倉クンに連絡しますので、残りのメンバーへの通達は米倉クンにお任せしても大丈夫でしょうか?」

「了解です」

「持つべきものは生徒ですねえ。皆さんご協力ありがとうございます。ではでは先生は仕事に戻るので、青春の続きをどうぞ」

 

 伊東先生はそう言うなり、スキップしながら陶芸室を出ていった。珍しく随分と慌てていたみたいだが、もしかすると本当に仕事が忙しかったのかもしれない。

 

「ほら櫻、キミの番だ」

「ん? このゲーム続けるのか?」

「当然だろう? 伊東先生は、キミの代役として参加していたんだからね」

「……敗者が勝者にジュース奢り」

「…………マジですか?」

「……マジ」

 

 前言撤回。責任取ってくださいよ先生。


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