俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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二十二日目(月) 僕の告白が蕾だった話

 ◆

 

「あ、雨……参ったなあ」

「葵君、ひょっとして傘ないの?」

「う、うん」

「良かったら、駅まで一緒に行く?」

「えっ? で、でも……」

 

 それって、もしかしなくても相合傘ってこと…………だよね?

 これ以上ないくらい嬉しい提案だったのに、予想外の誘いで思わず言葉に詰まってしまう。すると夢野さんはニコッと微笑んで、まるで僕の心を読んだかの如く応えた。

 

「私は相合傘とか気にしないから大丈夫だよ。あ、でも葵君が嫌かな?」

「そ、そんなことないよ! む、寧ろ…………嬉しい…………かな……」

「え?」

「ご、ごめん、何でもない! そ、そうじゃなくて、その、夢野さん自転車だから逆方向だし、遠回りになっちゃうかなって思って」

「それなら大丈夫。実は今日、私も電車なんだ」

「えっ? 自転車じゃないの?」

「うん。朝起きたらパンクしてたから、慌てて電車に切り替えてね。危うく遅刻しそうになったし、もうドタバタして大変だったんだよ?」

「そ、そうなんだ」

 

 こういう時に限って、相談役の友達は一足先に帰っていたりする。でも仮にこの場に居合わせたとしたら、間違いなくGOサインを出している気がした。

 夢にまで見ていた一緒の下校。

 僕の答えを待つ夢野さんを、雨の中いつまでも待たせる訳にもいかない。

 

「そ、そういうことなら…………い、入れてもらっても……いいかな?」

「勿論」

 

 ありがたく言葉に甘えつつ、桃色の折り畳み傘に入れてもらった。何て言うか一緒の下校を夢見てはいたけど、まさか初めてが相合傘なんてドキドキが止まらない。

 雨に濡れないよう近づく夢野さん。未だかつてないほど距離が縮まる中で何をすればいいのかわからなくて、目をきょろきょろさせつつ必死に考えを巡らせる。

 

「か、傘持つよ!」

「ううん、大丈夫」

 

 それならせめてと、僕が車道側になるようさりげなく回り込む。頭が真っ白になってるせいで話題も中々浮かばず、パっと思いついた疑問をそのまま尋ねてみた。

 

「で、でも今から家に帰ったら、もう自転車屋さんも閉まってるんじゃ……?」

「それなら妹にお願いしておいたから大丈夫。元はと言えばパンクしてたのも(のぞみ)のせいだったから。もっと早くに気付いて欲しかったけどね」

「えっと……妹さんが夢野さんの自転車を借りたの?」

「ううん。借りたんじゃなくて、私の自転車って妹と共用なの」

 

 夢野さんの妹さんの話は時々聞くけど、姉妹の仲は良い方だと思う。だけど自転車が共用なのは仲が良いからじゃなくて、家庭の事情的な問題かもしれない。

 夢野さんと話してると「あれ?」って感じることが時々ある。

 何となくではあるけど、最近になってようやくその理由がわかる気がしてきた。

 

「まあ今日は雨も降ってるし、たまには電車通学も良いかな」

「い、今みたいに梅雨の時期だと自転車は大変だね」

「ううん。それ程でもないし、もう慣れちゃったから。ついこの前に入学した気がするけど、どんどん時間が過ぎてっちゃう……一年前の今頃って何してたっけ?」

「えっと……あ! 遠足とか!」

「遠足! 懐かしい! 葵君はどこ行ったの?」

「僕は……場所は忘れちゃったけど、山に登って滝を見たよ。夢野さんは?」

「私は牧場だったかな。牛の乳搾りとか体験したの。あとお昼は飯盒炊飯でカレーを作って、美味しかったし面白かったかな」

「ぼ、僕の所もカレーだったよ! 中々薪に火が点かなくて困ってたら、アキト君が何でか知らないけど着火剤を持ってきてて」

「本当? ミズキも持ってきてたけど、火水木君のお陰だったんだね」

 

 雨の並木道を歩きながら、懐かしい思い出話に花を咲かせる。

 音楽部での日常や夏の合宿。文化祭や体育祭といったイベント。それに陶芸部でやったハロウィンパーティーのコスプレにクリスマスの闇鍋と、思い返せば一年間色々あった。

 

「あっという間だったけど、楽しかったね…………私達、もう二年生なんだ」

「う、うん」

「二年生の夏は、去年以上に楽しくなったりするかな?」

「き、きっとなるよ! ぼ、僕が夢野さんを楽しませるから!」

 

 友達の真似をして少し気取りつつ応えてみる。言った後で調子に乗り過ぎた気がして恥ずかしくなったけど、夢野さんは僕に笑いかけてくれた。

 

「本当? じゃあ楽しみにしてるね」

 

 ドキンと胸が高鳴る。

 良い雰囲気だと思った。

 落ち着くよう、自分に何度も言い聞かせる。

 …………大丈夫。

 きっと上手くいくって、付き合った二人も言ってたじゃないか。

 

「ゆ、夢野さん……た、大切な話があるんだけど、いいかな?」

「どうしたの?」

 

 脚を止めた僕を、夢野さんが不思議そうに見る。

 あの時、ネズミーランドでは勇気を出せず言えなかった言葉。

 何度も家で思い描いていた場面は、正に今この瞬間だった。

 ゆっくりと息を吸う。

 そして僕は、大好きな少女の目を見つめながら想いを声に出した。

 

 

 

「僕、夢野さんのことが好きなんだ!」

 

 

 

 はっきりと気持ちを伝える。

 僕の告白を聞いた夢野さんは、突然のことに驚いていた。

 

「は、初めて音楽部で会ったときから、ずっと……ずっと好きでした!」

 

 伝えたいことは他にも沢山ある。

 しかし上手く言葉にできないまま、僕は頭を下げて腕を差し出した。

 

「ど、どうか、付き合ってくれませんか?」

 

 あんなにイメージしてた筈なのに、完成度の低い告白だったと思う。

 後は神に祈るだけと、目を瞑り黙って返事を待った。

 

 

 

「……………………葵君、濡れちゃうよ?」

 

 

 

「えっ?」

 

 返ってきたのは、いつも通りの優しい言葉。

 そしてポツポツと身体に当たっていた雨の冷たさが消える。

 不思議に思い顔を上げると、自分が濡れるのをお構いなしで夢野さんが僕を濡れさせないように傘を差していた。

 

「そ、それじゃ夢野さんが濡れちゃうよっ?」

「ううん、このまま聞いて」

「で、でも――――」

「私ね、告白なんて生まれて初めてされたからビックリしちゃった。葵君からそんな風に想ってもらえてるなんて凄く嬉しいし、幸せだと思う」

 

 夢野さんは雨に濡れながら、何とも言えない表情で静かに語る。

 そして胸に手を当てゆっくりと息を吐くと、僕の告白へ答えを返してくれた。

 

 

 

 

 

「…………でも、ごめんなさい。葵君とは、これからも友達のままでいたいかな」

 

 

 

 

 

 何でだろう。

 振られたにも拘らず、返事を聞いた僕は笑顔を浮かべていた。

 

「そ、そうだよね……ぼ、僕の方こそゴメン……」

「ううん。葵君は悪くないんだから、謝ることなんて――――」

「そんなことないよ……だって僕、夢野さんには好きな人がいるって知ってたから……」

「え?」

「夢野さん、櫻君のことが好きなんだよね?」

 

 どうしてこんなわかりきったことを聞いているんだろう。

 答えなくていいよと慌てて撤回するより早く、夢野さんは隠し事がバレた子供みたいにばつの悪そうな顔を浮かべつつ口を開いた。

 

「そっか、気付かれちゃってたんだ」

「う、うん」

「私としては隠してたつもりなんだけど、そんなに分かりやすかった?」

「そ、そんなことないと思うよ」

 

 建前でフォローしてみたけど、本音を言えば相当分かりやすいと思う。アキト君にも知られてた訳だし、もしかしたら陶芸部の人達も気付いてるんじゃないかな。

 差し出していた手を引っ込めた僕は、夢野さんが持っている傘に手を添えると、本来守るべきである持ち主に雨が当たらないよう角度を直した。

 

「だ、だから僕、応援してる! 夢野さんが櫻君と付き合うために、協力できることがあったら何でも言って! 僕なんかじゃ頼りないかもしれないけど、できる限りのことは何だってするから!」

「葵君…………うん、ありがとうね」

「ど、どう致しまして」

 

 止まっていた脚を動かして、夢野さんと一緒に駅へ向かう。

 全てが終わったと思うと不思議と心が軽く、次々と浮かんでくる話題の数々。実は付き合った音楽部の二人は僕の片想いを知っていたというネタ晴らしだけで、道中の話は尽きることがなかった。

 

「それじゃ、また明日」

「うん」

 

 先に来た電車に夢野さんが乗ると、程なくしてドアが閉まる。

 ガラス越しでも手を振ってくれる優しい友人に、僕は最後まで笑顔で手を振った。

 完全に電車が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。

 

「…………」

 

 未だに雨の降っている曇り空を黙って見上げる。

 夢野さんは友達のままでいたいと言ってくれた。

 それだけで充分だ。

 頬を一滴の雫が流れ落ちる。

 どうしてだろう。

 

 

 

 ついさっきまでは、ちゃんと笑っていられた筈なのに…………。

 

 ◆


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