俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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十四日目(月) 二人の妹の出会いが練習試合だった件

「ただいま」

「「おかえり~」」

 

 何気ない挨拶一つにふと温かみを感じながら、帰宅した俺は声のしたリビングへ向かう。

 台所で夕飯の支度をしている母親と一言二言交わした後で扇風機の前に陣取り涼んでいると、ソファで寝転がっている妹がリングで留めた単語帳を捲りつつ尋ねてきた。

 

「蕾さん、どうだった?」

「ああ。もう大丈夫そうだ。それより梅、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいか?」

「ふっふっふ~。もしかしなくても梅のギネスチャレンジでしょっ? 5秒くらいできるようになったよっ! 見たいっ?」

「違うっての! そんな大道芸、別に見たくもなんともないわっ!」

 

 よくよく見れば、リビングの傍らに何故かバスケットボールが転がっている。ひょっとしなくてもコイツ、またギネスに挑戦してたんじゃないだろうな。

 

「じゃあ聞きたいことって……あっ! ストップ! 梅、当てるから! お兄ちゃんの考えてることを当てる新しいギネスにチャレンジするから言っちゃ駄目!」

「どんなギネスだよそれ?」

「むむむむむ……ズバリそれは、丸い物が関係するでしょう!」

「アバウト過ぎだろ」

「見えます、見えます…………その丸い物とは、バスケットボール!」

「んー、まあ関係してるっちゃしてるか」

「でしょっ? そして更にもう一つ! それは月に関係してるでしょう!」

「あー、外れだ。もしかして阿久津のことだと思ったのか?」

「え~? 違うの~? おっかし~な~。偏差値が上がってギネスに挑戦した梅なら、お兄ちゃんの考えてることくらい余裕のよっちゃんだと思ったんだけど……」

 

 相手の思考を読み取るのに偏差値もギネスも関係ない件。こういう発言をする辺り、学力が上がってもアホなのは変わりないとバレるから黙っていてほしい。

 

「むむむむむ……じゃあそれは、歯ブラシが関係――――」

「してねーよっ! 単に練習したギネス見せたいだけじゃねーかっ! 聞きたいのは望ちゃんのことだよ。お前、一緒に遊んだりしてるんだろ?」

「む~。この前も映画見に行ってきたばっかりだけど、それがどったの?」

「今まで望ちゃんと一緒の時に、コンビニで何かあったりしたか?」

「はえ? 何かって?」

「詳しくは俺もわからんが……そうだな。例えるならガラの悪い客に絡まれそうになったのを助けたとか、失くした財布を見つけたとか、そういう望ちゃんをサポートするような感じのことだ」

「何それ? 別に無かったと思うよ~」

 

 ギネスチャレンジを見たくないと言ったせいか露骨に不機嫌になった妹は、頬を膨らませそっぽを向くと再び単語帳をパラパラ捲りながら面倒臭そうに答えた。

 仮にそんな客がいたとしたら梅より先に店員が対応するだろうし、アホな妹ならまだしも真面目で几帳面そうな望ちゃんが財布を失くすなんて事態も考えにくいだろう。

 仮に夢野みたいに店員として仕事中だったとかならあり得る話かもしれないが、まだ中学生の彼女がバイトしているなんてこともない。

 

「初めて望ちゃんと会ったのって、いつ頃のことだったか覚えてるか?」

「ん~? いつだろ? そんな昔のこと、もう忘れちゃったし~」

「お前が書いてる日記とか見たらわかるだろ? ちょっと調べてくれ」

「え~? 梅、今勉強中なんだけど~」

「ほれ」

「音速の約340㎧ダァッシュ!」

 

 買ってきたシュークリームを見せると、梅は勢いよく跳び上がりドタドタと階段を上がっていく。相変わらずドタバタと騒がしい奴だが、まあアレはアレでアイツの取り柄か。

 相変わらずチョロ過ぎる妹に不安を抱きつつ、俺はもう一人の妹の言葉を思い出す。

 

『はい。大事に育ててます。本当、あのコンビニの一件といい今回といい、米倉先輩には私もお姉ちゃんも御世話になりっ放しで…………』

 

 コンビニの一件。

 帰り道でも色々と考えてみたものの、望ちゃんが口にし掛けた言葉に心当たりはない。

 彼女がコンビニで偶然俺を見掛けたという可能性は無きにしも非ずだが、少なくともあの場所で俺が望ちゃんに声を掛けられるようなことは無かった筈だ。

 梅に聞けば何かしらわかるかもと思ったが、見たところそんな様子も無し。そうなると更に昔……夢野のケースのように、俺が彼女と会ったことを忘れているのかもしれない。

 

「等速直線運動からの~~~~~慣性っ!」

 

 勉強したての理科用語を無駄に口にするようになった妹が、ボロボロの日記帳を数冊携えて戻ってくる。コイツの日記も長い間、よくもまあ続くもんだな。

 

「うわっ! 焼き芋大暴走ペリカン事件とか懐かし~っ!」

「どういう事件だよそれ」

 

 思い出を懐かしんでいるのか時には声を上げ、また時には唸りつつ日記のページを捲る梅。そんな一喜一憂する妹を眺めていると、少しして該当箇所らしき時期を見つけたのか、とあるページを基準に進んだり戻ったりを繰り返す。

 

「えっとね~、多分だけど中二の秋くらいからっぽい感じかも…………あっ! あったあった! 練習試合の時に声掛けられたって書いてあるっ!」

「練習試合っていうと、俺が見に行った時か?」

「はえ? そんなことあったっけ?」

「お前が部長になって最初のやつだよっ! 阿久津と一緒に見に行ってやっただろっ?」

「あ~、梅の応援しに来たとか言っておきながら、お兄ちゃんがミナちゃんと二人で仲良くバスケしてた時のこと? あれじゃなくて、ユニフォーム貰った日の練習試合!」

「別に仲良くバスケしてた訳じゃないんだが……まあそれは置いといて、中二の秋ってなると思ったより後だったんだな。何でまた声を掛けられたんだ?」

「初めましてって言われて何かと思ったら、蕾さんの妹だって聞いてビックリ。お兄ちゃんにも教えてあげようとしたけど、ユニフォーム馬鹿にされたから梅ダンク!」

 

 質問に答えるかの如く日記を読み上げる梅。あの時のあれはマジで痛かったな……。

 てっきりもっと早い時期に知り合ったのかと思いきや、梅が望ちゃんと仲良くなったのは俺が彼女を初めて見た後。そうなるとコイツはこれといって関係なさそうだ。

 

「わかった。サンキューな。ほれ、報酬だ」

「わ~い!」

「梅。もうすぐ夕飯だから食べるのは後にしなさい」

「え~?」

 

 母上からお預けを喰らい、梅はまたもや頬を膨らませる。

 まあそりゃそうだろうと呆れていると、俺はふと聞き忘れていたことを思い出した。

 

「そうだ梅。わんこっちってどこにあるか知ってるか?」

「知らないっ!」

 

 再び不機嫌になった妹を見て、思わず苦笑いを浮かべる。

 長かった夏休みも、いよいよ明日で終わりか。

 明後日から始まる二学期……そして週末に控えている文化祭のことを考えながら、俺は宿題に迫われていない平和を満喫しつつ軽やかに階段を上っていくのだった。


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