俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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十九日目(土) 三人の先輩が大学生だった件

「よう。二人とも、随分と早く来たな」

「何事も始まりは問題が起こりやすいものだからね。どんな感じだい?」

「……まずまず」

「表でミズキが呼び込みしてたからビックリしちゃった」

 

 机の上の作品を眺めながら状況を確認する夢野は、火水木と同じブルドッグのクラスTシャツ姿。そして阿久津が着ているのはクラスTシャツならぬクラスポロシャツだ。

 黒いポロシャツに描かれているのは、車両通行止めのマークに引っ掛かっている長髪の女の姿。F―4バスターズと書かれているパロディ要素満載なシャツを見れば、クラスの出し物がお化け屋敷系統であるということは一目でわかる。

 

「最初はガラガラだったけど、火水木のお陰で結構来始めた感じだな」

「それは何よりだね。交代時間には少し早いけれど代わろうか」

 

 レジ係だった俺が夢野と交代し、梱包係だった冬雪が阿久津と交代。最後の一仕事として冬雪が販売用の陶器を補充していく中、俺は廊下にいる火水木へ声を掛ける。

 

「ちょっと早いけど、もう交代でいいだとさ」

「オッケー。ユメノン、ツッキー。後は宜しくね」

「うん。ミズキも頑張って」

「呼び込みありがとう」

 

 何かしら別の用事でもあるのか、火水木は二人に声を掛けるなり足早に去っていく。性格的にも祭りを楽しむタイプだろうし、友達と一緒にクラスを回る約束でもしていたりするのかもしれない。

 そんな忙しそうな少女とは対照的に、これといって何一つ予定の入っていない俺はと言えばこの後の時間をどう潰すか悩みもの。下手にクラスに戻ってオカマ役をやらされては堪らないし、また去年みたいにアキトの奴と駄弁って時間でも潰すか。

 

「おやおやー? そこにいるのは、いつぞやの新入部員君じゃないかー?」

「…………?」

 

 聞き覚えのある陽気な声に振り返ってみれば、そこにいたのはアホっぽいというか能天気そうな女性。初めて見る私服姿も相俟って最初は誰だかわからなかったものの、隣にいる真面目そうな元部長と幸薄そうな先輩が一緒なのを見て気付く。

 

「やっぱりー。おっひさー。ブイブイー」

「ズキちゃん、私の手でピースせずに自分の手でピースしてくれます……?」

「まーまー。サっちん操縦するのも久し振りなんだからさー」

「操縦……それと二年生の彼を未だに新入部員と呼ぶのは、少々失礼な気がします……」

「大丈夫大丈夫ー。問題ナッスィン!」

 

 思えば姉貴も卒業するなりイヤリングを付けたり、髪を色々と弄るようになったりしたため、これが俗に言う大学デビューというやつなんだろう。

 橘先輩が金髪へ染めていたように、ズキちゃんと呼ばれているハイテンションな先輩も茶髪へとチェンジ。元部長も髪を染めてこそいないものの、伸びた髪にはパーマを掛けており化粧のせいもあってか別人に見えた。

 幸薄そうな先輩は…………二人とは対照的に、これといって変わってなさそうだな。

 

「どうも、お久し振りです」

「こんにちは。陶芸部はどう?」

「はい。お陰様で楽しくやってます。一年生も二人、入りましたよ」

「そっか。良かった」

「それじゃーお邪魔しまーす!」

「どうぞ。冬雪、お客さんだぞ」

「……いらっしゃいませ」

 

 先輩達の姿を見るなり、こちらへ駆け寄ってくる冬雪。梱包用の新聞紙を前にして座っていた阿久津もペコリと頭を下げたのを見て、俺は少女の元へ歩み寄ると声を掛ける。

 

「せっかく来てくれたんだし、店番なら俺が変わるから阿久津もゆっくり話してきたらどうだ? 何だったら一緒に文化祭を回ってきてもいいぞ」

「いいのかい?」

「これといった用事もなくて暇だったからな。冬雪の仕事を見てちゃんと梱包も覚えたし、これくらいの客入りなら俺と夢野でも大丈夫だからさ」

「そういうことなら、御言葉に甘えて少しの間お願いしようかな。もしも何かしらの問題が起こった時は、連絡してくれればすぐに駆けつけるよ」

「そんな心配しなくても、この手の仕事のプロだっているんだから大丈夫だ」

「うん。接客なら慣れてるから任せておいて!」

「それは頼もしいね。蕾君も、ありがとう」

「ふふ。どう致しまして」

「すまないね。埋め合わせは後でするよ」

「気にすんなっての」

「……梱包は丁寧に」

「了解だ」

 

 俺は阿久津と入れ替わると、夢野の隣へ腰を下ろす。先輩達は展示されている陶器や各種販売品、そして入口に置いてあるノートを見て回っていった。

 

「まだ一時間足らずで既に書き込まれている辺り、今年は客入りが多そうですね……」

「去年はバナが妙にはりきって廊下で声出してたけど、あれあんまり意味なかったのかもね」

「……今年もやりました」

「えー? 誰がー?」

「あの人みたいなタイプの部員が一人いまして。天海君……と言ってわかるでしょうか? 少し前までそこにいた、眼鏡を掛けた二つ結びの女の子なんですけど」

「うーん、ちょっと会えなかったかも」

「……マミは陶芸部の盛り上げ役」

「去年のハロウィンやクリスマスにはパーティーを企画してくれたし、合宿もバーベキューに肝試し、花火に蛍観賞と、昨年以上にイベント盛り沢山だったからね」

「蛍見たのっ? いいなーいいなー」

「……でもミナ、それでセンセイに怒られてた」

「それは詳細が気になる話ですね……」

 

 阿久津と冬雪が先輩達のいなくなった後の出来事を語る中、もう一人の当番である早乙女が陶器市に姿を現す。

 本来であれば一緒に店番をする筈の阿久津は、見知らぬ相手と会話中。そして何故か阿久津のいるべき場所に座っている俺という謎の光景を目の当たりにして、不思議そうに首を傾げた後輩は夢野の背後へ回り込むと小声で尋ねてきた。

 

「誰でぃすか?」

「OGの先輩だって」

「まあ陶芸部に残ってるメンバーで一緒に活動してたのは、阿久津と冬雪の二人だけどな」

「そうなんでぃすか。それで、どうして根暗先輩が店番をしてるんでぃすか?」

「阿久津と交代したんだよ」

 

 黒地に白い文字で『我等友情永久不滅』と書かれているだけという何とも微妙なセンスのクラスTシャツを着ている早乙女は、交代と聞くなり滅茶苦茶げんなりした顔を浮かべる。そんなにショックを受けなくても、明日の最初の店番はお前と阿久津の二人だろ。

 先輩達が入口のノートにメッセージを書き終え、阿久津と冬雪と一緒に陶器市を後にした頃になると再び客足は増え始め、数分後にはピークを迎えることになる。

 

「これは学生さん達が作ったの?」

「はい。販売品は全て部員が作ってます。それぞれマークを決めておりまして、例えばそちらの湯呑ですと私の描いたサクランボのマークが後ろに掘ってあるんです」

「あら本当。じゃあこっちのFeっていうのは、イニシャルなのかしら?」

「いえ。部員にクロガネ君という子がいるんですが、漢字で書くと鉄という字になりまして。それが原子記号だとFeなので、そのマークにしたいみたいです」

「そうだったの。それにしても、皆さん本当にお上手ねえ」

「はい。ありがとうございます」

 

 バイトで培った接客技術は伊達じゃないらしく、営業スマイルは勿論のことお釣りを用意しながら雑談を交わす夢野は流石といったところか。

 ちなみにマークと言えば、やたらと悩んだのが早乙女だったりする。自称夜空コンビの少女は阿久津が月と聞くなり星にしようとしたが、火水木の五芒星と被るため断念。それならば星華の『華』から花にしようとすれば、俺の桜の花びらと被ってしまう。

 結局最終的には月とセットになるものという理由で太陽にするという、早乙女星華の名前とは一切関係ないマークに決定。仮にお客さんに聞かれたら、何て説明すればいいんだろうな。

 

「早乙女、梱包頼めるか? 慌てなくていいから、一つ一つ丁寧にな」

「了解でぃす」

 

 流石に一人では手が回らなくなってきたため、後ろで見ていた早乙女にも梱包を手伝ってもらう。客足が途切れることは一切無くなり、最初の暇が嘘だったかのような繁盛だ。

 中には毎年来ているリピーターも割といるようで、屋代の陶器市が低価格で良い品物を買える穴場だと認識している人は意外にも多いらしい。

 

「お買い上げありがとうございます。こちらで少々お待ち下さい」

 

 お一人様につき五点までという上限に従いしっかり五つ買っていく人が増えてくると、梱包慣れしていない俺と早乙女の二人では捌く速度が追いつかなくなる。

 やがて受付には二、三人の列ができ始めるが、慌てて作業を雑にすることない。隣にいる早乙女の様子を確認しながら、冬雪の指示通り一つ一つを丁寧に梱包していった。

 

「お待たせ致しました。ありがとうございました」

「ありがとうござい……ミナちゃん先輩!」

「待たせたね。ボクも手伝おうか」

 

 ノートを書いている姿を見掛けても見に行く余裕が無いほどに忙しい中、三十分ほどしたところで救世主阿久津が帰還。早乙女の隣に加わると、梱包を手伝い始める。

 三人態勢になったことに加え、やはり手慣れている少女の存在は大きい。冬雪同様に手早く丁寧な阿久津の梱包技術を見て学びつつ、何とか列を捌き終えた。

 

「大体落ち着いたし、後はボクと星華君で大丈夫だよ」

「そうか? じゃあ後は頼むわ」

「米倉君。ありがとうね」

「お疲れ様でぃす」

 

 客入りも一段落し二人でも充分なレベルになったところで、俺の役目は終了。陶器市を後にするなり、とりあえずアキトに連絡を取ってみるのだった。


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