俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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十月(中) あの素晴らしい日々をもう一度

 屋代学園の修学旅行は、二年の終わりが見えてくる年明け……一月中旬にある。

 中学の時とは違って、学を修めるという割には少し早い気がする時期だけれど、逆に言えば大学受験というのはそれだけ大変ということなんだろう。

 二泊三日に渡ってボク達が行く場所は、綺麗な海と暖かい冬が味わえる沖縄だ。

 一日目はクラス行動で二日目は民泊のグル―プ行動だけれど、三日目は自由行動。だから今日のLHRで、ボク達は自由行動の班とコースを決めた。

 

『……大体そんな感じ』

「ふむ。それならこっちの行き先とも重なっているし、一緒に動けるかもしれないね」

『……ミナがヨネと一緒にいられるよう、私も頑張る』

 

 どうやら他ハウスでも今日のLHRでは同じようなことを決めたらしい。帰り際に音穏から電車内でそんな話を聞いてはいたけれど、その時は気にも留めていなかった。

 そして夜になった今は、別件で連絡が来たため通話中。無事に用件は解決し、雑談として互いの自由行動のコースについて話していると、櫻と一緒の班らしい音穏がそんな聞き捨てならない台詞を呟く。

 

「一応言っておくけれど、無理して櫻とボクを引き合わせる必要はないよ。コースが重なるからといって、櫻と一緒に観光するなんて微塵も考えていなかったからね」

『……でも、したいと思ってる』

「ボクは別に…………と、やっぱりそういう風に言われると、つい反射的に否定してしまうよ」

『……ミナはもっと素直になるべき』

「改めて心の整理をしたいんだけれど、久し振りに付き合ってもらってもいいかい?」

『……勿論』

 

 悩んでいるときは身体を動かすに限る。

 中学生の頃になってから、ボクはそんな解決方法を取るようになっていた。

 身体を動かすことに神経を集中させて頭の中を切り替えれば気が紛れるし、悩んでいた時には思いつかなかったようなアイデアや解決方法を閃く場合だってある。

 今までは、それで問題なかった。

 しかし何度考えても、解決せずに逃避を繰り返しただけの悩みがあった。

 膝の上にアルカスを乗せながら、受話器越しに大きく息を吐く。

 

「まず大前提として再確認しておくけれど、櫻はボクにとって近所の幼馴染に過ぎない。例えるなら手のかかる弟のような存在であるというのがボクの主張だよ」

 

 少なくともボクは四年以上に渡り、櫻のことをそういう目で見ていた。

 だからもしもボクに弟がいたとしたら、櫻と同じように接していたと思う。

 中学生の頃なんてまさに、反抗期の弟がいるような気分だった。

 それでも話しかけられたなら普通に応えるし。

 胸を触られても思春期なら仕方ないと思っていたし。

 授業をサボっていたことには目を瞑っていたけれど、仮に目に余るような悪事をはたらきそうだったなら間違いなく止めていただろう。

 桃ちゃんとは別のもう一人の姉として、困ったちゃんな弟を見守っていた。

 

「仲が良かったのは小学校の四年生くらいまでで、クラスが別々になってからは一緒に遊ぶこともなくなっていたし、中学生になってからは完全に疎遠になっていたこと。櫻からの告白も明確に断っていて、間違いなく好意がなかったことは前にも話したかな」

『……うん』

「そんな櫻を陶芸部に呼んだのは、単に大掃除の負担を減らす男手が欲しかったから仕方なくだね。入ったところで幽霊部員になるか、長続きせずに退部するとボクが大反対していたのを覚えているかい?」

『……覚えてる』

「すぐに飽きて来なくなると思っていたからこそ、予想以上に陶芸部へ顔を出してきたから驚いたよ。それでも窯の番をする前だって、櫻を当番要員に加えて大丈夫なのか不安だったから音穏に相談したのを覚えているだろう?」

『……そんなこともあった』

「だからその頃の認識は中学の時と大して変わらない……うん、ここまでは確実に断定できるよ」

 

 窯場で抱きつかれた時だって。

 睡魔に負けかけて騒々しかった櫻に膝枕をしてあげた時だって。

 コスプレで櫻のズボンを借りた時だって。

 体育祭で応援された時だって。

 プレゼント交換で櫻のスノードームが蕾君に渡され、ボクの文房具セットが櫻の手に渡った時だって。

 この頃はまだ間違いなく、単なる腐れ縁というか、奴隷というか、ペットというか、遊び道具みたいな幼馴染もとい反抗期の弟に過ぎないような存在だった。

 

「…………やっぱり櫻を見る目が少し変わったのは大晦日の時だね。例えるなら雛鳥の面倒を見る親の心境というか……あれを境にボクの中で櫻の危なっかしさが増して、誰かしらが面倒を見てあげないと不安に感じたのさ」

『……前に言ってた、ヨネが泣いてた大晦日?』

「その大晦日だね。ただそれだって今までの反抗期真っ盛りだった弟から、普通の弟へと昇進した程度に過ぎないかな。例えるなら音穏の弟君に対する気持ちくらいだよ」

『……弟は可愛い』

「反抗期が来ていなければそうだろうね。まあ櫻の場合は可愛いとまではいかないけれど、面倒を見ていてこう……微笑ましく感じる程度にはなったかな」

『……わかる』

「ただ、そんな櫻の面倒を見るようになってから、ボクの中で櫻に対する認識がまた少しずつ変わっていった……これに関しては音穏に言われるまで気付かなかったよ」

 

 百人一首で対決した時も。

 皆でネズミースカイへ行った時も。

 一緒にアルバイトをした時も。

 桜の咲き乱れる公園を散歩した時も。

 弟に過ぎない筈の櫻と過ごしている時間は、不思議と充実していた。

 

「確かに改めて考えてみれば、櫻と一緒にいたボクは楽しんでいたかもしれない。蕾君のことを応援している一方で、櫻と交わすくだらないやり取りを満喫していたね」

『……それなのにミナ、中々認めなかった』

「仕方ないじゃないか。櫻のサポートをしていたつもりだったのに、自分の方が楽しんでいたなんて…………今でも認めるのが恥ずかしいくらいだよ」

『……意地張って、ヨネと険悪になった』

「例え櫻がいなくても、ボクは問題なく楽しい日常生活を送れるということを音穏に証明したかったからね」

『……ミナ、本当に頑固だった』

「そんなボクの考えを知っていた筈なのに、スポッチで無理矢理に櫻とボクを引き合わせて勝負を挑んできた音穏も中々に頑固だと思うよ」

『……それでもヨネと一緒の方が楽しんでるって認めなかったミナの方が頑固』

 

 あの時は本当に驚いた。

 音穏が怒っているところなんて、今まで見たことがなかったから。

 初めての喧嘩だった。

 

「あの時のこと、怒っているかい?」

『……ちゃんと仲直りしてくれたから許す。私とも、ヨネとも』

「ありがとう。今は音穏の言う通り、櫻と仲直りして良かったと思っているよ」

 

 夏休みには梅君を交えながら一緒に勉強をして。

 文化祭も一緒にお化け屋敷へと入って。

 大皿を作るために手取り足取り教えて。

 再び櫻と共に時間を過ごすようになってから、考えていたことが一つある。

 

「どうして音穏は、ボクが櫻のことを好きだと思ったんだい?」

『……ミナ、ヨネと一緒だと幸せそう』

「そうなのかい?」

『……それにヨネだって、ミナと一緒だと幸せそう』

「それは蕾君の場合でも同じだと思うけれどね」

『……そんなことない。ユメの時の幸せとミナの時の幸せは違う』

 

 ボクは櫻のことを好きなのか、その答えは未だによくわからない。

 長年に渡って櫻のことを想い続けていた蕾君の恋心を考えると、一緒にいて楽しいと感じる程度のボクの気持ちを恋と呼ぶのはどうかと思う。

 それこそ恋も数学みたいに証明することができたら楽だった。例えば背理法を使うとして、ボクが櫻のことを好きだと仮定する。その好きという気持ちに矛盾があれば、ボクの櫻に対する感情は恋じゃないと証明できる……なんて、そう上手くはいかないか。

 

『……ミナには幸せになってほしい』

「ボクは今のままでも、充分に幸せな人生を歩んでいると自負しているよ」

『……じゃあ修学旅行のコースは変えておく』

「音穏もそういう意地悪をするんだね」

『……素直にならないミナが悪い』

「確かにね。ボクが悪かったよ。全く、音穏には勝てないかな」

 

 本当に我ながら、優しくて仁徳のある良い友人を持ったと思う。

 こうしてCハウスとFハウスの行き先が同じになったのも、きっと何かの縁だろう。

 膝の上で寝てしまったアルカスの頭を撫でながら、ボクは音穏へ素直にお願いをした。

 

「櫻と一緒に修学旅行を楽しみたいから、協力してくれるかい?」

『……頑張る』

 

 受話器越しの親友は、きっと小さな笑みを浮かべているんだろう。

 声を聞いてそう感じたボクもまた、クスッと笑いながら礼を言うのだった。


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