俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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一日目(水) 沖縄の星空が絶景だった件

「ZZZ……」

 

 前日の徹夜で睡眠不足だったアキトは、流石に限界が来ていたのかベッドに入るなり一分ちょっとで就寝。まだ眠くもないらしい葵は、ベランダからウッドデッキへと出る。

 

「わあー」

 

『ガチャ』

 

「えっ? 櫻君っ? 何で鍵掛けたのっ?」

「女子の部屋、夜這に行くまで入れま10! スタート!」

「えぇっ?」

 

 そんな冗談を言い残した後で、用を足しに一旦トイレへと離脱。再び戻ってくると葵はウッドデッキの椅子に腰かけ、空に向かって携帯を掲げていた。

 

「よっと。おお、流石に夜は少し冷えてくるな。カーディガンいるか?」

「と、取ってもらってもいい?」

「了解っと。ほれ」

「あ、ありがとう櫻君。昼は半袖でも良いくらい暖かかったのにね」

「そうだな。で、何してたんだ?」

「う、うん。星空が綺麗だから写真に撮ってたんだけど、もっと性能の良いカメラとかじゃないとあんまり綺麗には写らなそうみたいで……」

「どれどれ? んー、そうか? これでも充分綺麗に見えるぞ?」

「で、でもこの絶景に比べたら見劣りしちゃうかなって思って……」

「あー。そりゃまあ、肉眼の景色と比べたらそうかもな」

 

 葵の向かいの椅子に腰を下ろしつつ、星が瞬いている綺麗な夜空を見上げた。

 綺麗の一言で片づけるのは勿体ないくらい壮大な景観。本当に地元で見ている夜空と同じなのかと疑いたくなるくらいに、無数に散らばっている星の一つ一つがまるで生きているかの如く色々な光度と光彩を放ち幻想的な世界を作り上げている。

 

「おっ! ひょっとしてあれが噂のサザンクロスかっ?」

「み、南十字星はあれじゃないと思うよ。確かに沖縄県の南半分なら見える筈だけど、見られる場所としては波照間島が有名だよね」

「悪い。ノリで言っただけで、そこまでは知らなかった」

「えぇっ?」

「しかし世界って広いんだな。こんな景色を見てたら、悩みなんて吹っ飛びそうだ」

「ロ、ロマンチックだよね」

「この地球の偉大さに比べたら、俺なんて鼻くそみたいな存在なんだよな」

「えぇぇっ? そ、そんなことないよっ?」

 

 月明かりなら向こうでも味わえるが、星明かりというのは滅多に経験できない。大空を埋め尽くしている星々の灯火により、夜なのに空が黒く見えないくらいだ。

 こういう景色を見せられると、天文部に入るのも有りだったかなんて考えてしまう。まあ陶芸部でも火水木辺りが「天体観測するわよ」とか言い出したら変わらないか。

 

「ま、前に見た映画でこういう綺麗な星空のシーンがあって、あれも凄く綺麗だったんだけど、やっぱり生で見ると全然違うよね」

「ああ。CGなりVR技術はそのうち発達するかもしれないけど、それでも本物の景色に比べたら勝つのは難しいだろうな」

「そ、そうだよね。海といい星空といい沖縄だけでこんなにある訳だし、大学生になったら日本中を回って色々な風景を写真に撮っていきたいなあ」

「日本中って、そりゃまた凄い夢だな」

「う、うん。大学生って春休みが長いみたいだし、もしかしたらそういうこともできるかなって思ったんだ。アルバイトして良いカメラとか買って、免許も取って――――」

 

 楽しそうに未来の夢を語り始める葵。話を聞けば幻想的な景色に興味があったようで、前々から映画の舞台になった気になる場所については調べていたらしい。

 これが映画じゃなくアニメだったら、まさにオタクの聖地巡礼って訳か。カメラを首にぶら下げつつ車を運転する劇場カメラマン葵……想像できそうにないな。

 その後もデザインフェスタというコミケとは似て非なる存在の話だの、写真を掲載するブログを書いてみたいだのと、趣味ということもあってか葵にしては珍しく饒舌だった。

 

「――――乗馬もやってみたいし、わんこそばを食べてみたくて。後は日本三大祭りも見に行きたいし、富士山に登ってみたり海外旅行に行ってみたりもしたいんだ」

「そんでもって最終的には世界一周か。葵の場合、写真を撮るよりも撮られる方になりそうだな。目指せハリウッド!」

「えぇっ? え、映画は好きだけど俳優はちょっと……」

「冗談だ冗談。しかし色々と夢があるみたいで、葵が羨ましいよ」

「さ、櫻君は大学生になったらやってみたいこととかってないの?」

「やりたいことか……これといって特に思いつかないな」

「ど、どういう進路に進むんだっけ?」

「とりあえず教育学部のつもりだけど、その理由だって何となく先生とかって面白そうだなーくらいしか考えてないからさ。多分大学生になっても春休みはゲームのレベルを99に上げてから、全アイテムコンプリートとか挑んでそうだし」

「えぇぇっ?」

 

 アクティブな我が姉は約一ヶ月後に控えている春休みでボルダリングだのワカサギ釣りだのと、相変わらず四方八方へ多趣味な予定を入れているご様子。その中のいくつかは梅も一緒で、俺も誘われはしたものの丁重に断っておいた。

 葵みたいにやりたいことを考えておかないと、本当にゲーム三昧の毎日になりかねないな。卒業したら家庭教師なり塾講師なり、将来に役立ちそうなバイトでも始めるか。

 

「ん? 待てよ? こんな滅多に来れないリゾートなんて、絶好のシャッターチャンスだろ? あんなむさ苦しい男だらけの部屋でのゲーム大会に参加してて良かったのか?」

「う、うん。写真はいつでも取れるけど、皆との思い出は今しか作れないから」

「太田黒の奴が聞いたら、感動で号泣しながら抱きついてきそうな台詞だな」

「えぇぇぇっ? そ、それはちょっと……でも、僕達もあと一年ちょっとで卒業なんだね」

「そうだな」

「…………」

「………………」

「……………………ね、ねえ櫻君。聞いてもいいかな?」

「ん? 何だよ? 改まって」

「そ、その……さ、櫻君は、夢野さんに告白とかしないの?」

 

 星空を眺めながらくだらない話をして、少々沈黙を挟んだ後で葵が申し訳なさそうにそんなことを尋ねてきた……が、俺が答えるよりも早く首を横に振り始める。

 

「ご、ごめんっ! や、やっぱり……何でもない……」

「そこまで言った後で、何でもないって言い直すのは流石に無理だな」

「だ、だよね……で、でも僕なんかが聞くようなことじゃなかった気がするし、きっと櫻君には櫻君の考えとかもあると思うから……その…………」

「遠慮すんなって。思ったままのことを言っていいぞ」

「で、でも……」

「いいからいいから。寧ろ葵がビシッと言ってくれた方が俺も助かるからさ」

「え、えっと……櫻君、やっぱり阿久津さんのことが好きなのかなって……」

「…………」

「も、もしそうだったら、夢野さんにそのことを伝えてあげるのも優しさだと思うんだけど……そうじゃないと、その……夢野さん、ずっと待ってるから可哀想で……」

「………………」

「あっ! べ、別に櫻君が諦めたら僕にもチャンスがあるとか、そういうことを考えてる訳じゃなくて…………何て言うか…………」

「ああ。ちゃんとわかってるよ」

 

 音楽部で共に過ごし、夢野のことを誰よりも見ているであろう葵からそう言われ、答えを待ち続けている少女のことを思うと胸が痛くなる。

 

「何て言うか、俺も自分の気持ちがよくわからなくてさ。色々と考える時もあるんだけど、最終的に答えは出ないまま……いや、単に考えることを放棄してるだけか」

 

 こんなのは、ただの言い訳に過ぎない。

 俺は少し悩んだ後で意を決し、信頼のおける友人に語り出す。

 

「葵は夢野の旧姓が土浦だったってこと、知ってるか?」

「えっ? う、ううん……知らなかった……」

「実は夢野を産んだ父親は亡くなってるみたいでさ。俺もついこの間まではそんなこと知らなかったんだけど、それを聞いてようやく全てを思い出したんだ」

 

 俺は夢野との過去の関わりについて葵に説明する。

 幼稚園で親の迎えがなく寂しかった時に、桜桃ジュースを渡してあげたこと。

 小学三年生の夏祭りで手術を前にして不安だった時に、チョコバナナを渡してあげたこと。

 更にもう一つ。

 夢野が俺のことを覚えていただけじゃなく敬っていた大きな理由について、思い出した記憶を基に一つの仮説として話す。

 そしてようやく、自分が何に怯えているのか見えてきた気がした。

 

「…………ああ、そうか。多分そういうことなんだろうな」

「ど、どうしたの?」

「いや、俺が告白できない理由が少しわかった気がしてさ。今の自分の気持ちが分からないってのもあるけど、正直に言うと告白するのが怖いんだと思う」

「えっ?」

「中学校の頃に同じようなことがあってさ。友達から阿久津は俺のことが好きに違いないって言われたから、それを鵜呑みにして告白したんだけど盛大に振られたんだ」

「そ、そうだったんだ……」

「信じられないかもしれないけど、アイツとは二年くらいずっと話してなかった時があってさ。高校に入ってからまた少しずつ仲良くなれたんだよ」

 

 こうして再び話せるようになれたのは、本当に奇跡としか言いようがないと思う。

 それなのに俺は去年の春休みに再び告白し、同じ悪夢を繰り返した。

 幸いにも険悪だったのは四ヶ月で済んだものの、三度目は間違いなく絶交だろう。

 

「で、でもそれは阿久津さんの場合であって、夢野さんは違うよ?」

「だと良いんだけどな。俺って不器用だから、仮に告白して振られたら葵みたいに自然と話すこともできなくなって、確実に縁が切れて気まずくなると思うんだよ」

「…………」

「今は毎日が充分に楽しいし、このままでも良いかなって考えちゃうんだよな。こんなのただの甘えなんだろうけど、何て言うか……前に進むのが怖くてさ……」

「そ、そっか……櫻君は、それで満足できるんだね」

「ああ……」

「…………ぼ、僕は違った……夢野さんと一緒に色々楽しみたかったよ」

「!」

「学校で一緒にお昼御飯を食べたり、休日には二人で映画を見に行ったり、こういうリゾートで星空とかイルミネーションだって見たかった」

 

 目の前に座っている友人は、真っ直ぐにこちらを見据えながら口を開く。

 そして広大な星空を仰ぎ見ながら、先程夢を話した時と同じく楽しそうに語る。ただその表情はどこか切なげで、虚勢を張っているようにも見えた。

 

「今のままでも充分に楽しいかもしれない。だけど恋人でしか楽しめないことだって沢山あると思うんだ。だから櫻君も、そういう風に色々と夢のあることを考えてみてよ」

「夢の……あること……」

「うん。そうしたらきっと夢野さんと阿久津さん、どっちのことが好きなのかもわかると思うから。想像の中の櫻君の隣には、誰が座ってるのかって」

 

 葵に言われて、俺は大きく深呼吸をすると綺麗な星空を見上げる。眺めているだけで悩みなんて吹き飛んでしまうようなこの景色を、一緒に見たい相手……か。

 

「ご、ごめん。こんなこと偉そうなこと言って、何様のつもりだって話だよね」

「いや、言われた通り想像してみたよ」

「ど、どうだった?」

「座ってるのは葵だったな。隣じゃなくて向かいだが」

「えぇっ?」

「ふう……サンキュー葵。お陰で自分がどうするべきか分かってきた気がした」

「そ、それなら良かったよ。どう致しまして!」

「さてと。スッキリしたことだし、今からいっちょ海に泳ぎにでも行くかっ!」

「えぇぇっ?」

 

 この修学旅行中に、やっぱりちゃんと伝えるべきだろうか。

 そんなことを考えながらベッドに潜ると、修学旅行一日目の夜は幕を閉じた。


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