俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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十八日目(木) ドンドンゴリゴリクイックイだった件

 火水木女王の誕生と聞くなり、周囲に緊張が走る。

 今までに数限りない様々なイベントを企画してきた火水木。彼女がいたからこそ楽しかったことは数え切れないほどあるが、その中にはコスプレ、闇鍋、肝試しという、一部のメンバーにとっては苦い思い出を残したものもあった。

 そんな当たり外れの大きい少女が下す命令ともなれば、何も知らない望ちゃん以外は当然ながら警戒する。逆にその手のハプニングを期待しているテツだけは喜んでいた。

 

「さーて、何にしようかしら。やっぱりここはプロとして、手本を見せてあげるべきよね」

「何のプロだよ?」

「王様ゲームっていうのは、誰に当たっても盛り上がるような命令をしなくちゃ。ホッシーみたいに王様自身の欲を満たすのも有りだけど、自分を指定して自爆するなんて愚の骨頂よ。王様の欲を満たしつつも、指定された番号の人なり見ている人が喜びそうな命令がベストね」

「分かるッス! そうッスよね!! そうッスよね!!!」

「ってことでアタシの命令は、五番が六番を壁ドンからの顎クイして互いに下の名前で呼び合いなさい!」

「ぐぁああああ! 何で五番と六番なんスかっ? そこは一番ッスよぉおおおお!」

 

 涙でも流しそうな勢いで、外れたことを悔しがるテツ。コイツとことんツイてないな。

 確かにその願いなら、やる方も見る方も盛り上がりそうな内容ではある。仮に俺とテツの男同士ペアが当たってしまった場合でも、火水木なら問題ない……というか、寧ろ本当はそれを狙ってた可能性すらあるんじゃないだろうか?

 男としてはちょっとやってみたいシチュエーションではあるものの、俺の割り箸に書かれているのは残念ながら四番。という訳で必然的に、当たるのは女子同士のペアとなる。

 

「五番はボクだよ」

「っ?」

 

 放心していた早乙女がガバッと起き上がり復活するなり、自分の割り箸を素早く確認。そして壁ドンされる相手が自分ではないという現実を知るなり、またしぼんでいった。

 

「六番は私だけど」

「はいはい。それじゃあユメノンは……そうね。そこの壁際に立って頂戴。一応ツッキーに確認しておくけど、壁ドンも顎クイも知ってるわよね?」

「知識としては知っているけれど、こうして実際にやるのは初めてだよ」

「だからこそやってもらうんじゃない! それじゃあしっかり頼むわよ? ちゃんとお互いの名前を呼び合うまでね! よーい…………アクション!」

 

 火水木がニヤニヤしながらスマホを構える中、言われるがまま二人は配置に着く。

 そして壁を背にする夢野に対し、阿久津は勢いよく右手を突いた。

 更に左手を夢野の顎に添えると、そのまま軽くクイッと顔を持ちあげる。

 

「蕾君」

「み、水無ちゃん……」

「………………はいオッケー! うんうん、宝塚って感じの良い絵が撮れたわ」

 

 まるで映画監督のように頷く火水木。陶芸部の壁際には棚が多く、今回はコンクリの柱部分を背にしてやったため、壁ドンというよりは壁ペチという感じだった。

 それでも傍から見ていて自分もやってみたいという気持ちにはなったし、早乙女に至っては嫉妬心から机にデコをガンガン打ち付け始めている。そのうち暴れ出したりしないか、本気で不安になってきたな。

 

「ふむ。これの何が良いのか、今一つわからないね」

「やられる側としては、ちょっとドキっとしちゃったかも」

「そうなのかい?」

「そうッスよ! 壁ドンはやられる側になってなんぼッス! ここは一丁オレが――――」

「はいはーい。そういうのは自分が当たってからにして頂戴。次いくわよー」

「すぇーぬぉっ!!!!!!!」

 

 

 

『王様だーれだ?』

 

 

 

「……私」

「神様、仏様、ユッキー先輩様、オナシャス! 作品を百個でも二百個でも作るんで、どうかオレに希望を与えるような命令を! 陶芸神の御加護をお恵みくださいッス!」

「……じゃあ、二番と四番は一分間手を繋ぐ」

「いよっしゃあぁああああああっ! 四番! 四番は誰ッスかっ?」

 

 どうやら二番だったらしいテツは、勢いよく立ち上がるなり勝利のガッツポーズを取る。そして手を繋ぐことのできる相手を求めて、座っている残りのメンバーを見渡した。

 

「こういう時に限って、ネックだったりするのよねー」

 

 各々が自分の割り箸を確認した後で、火水木と同じようなことを考えていたのか妙に周囲からの視線を感じる。まあ確かにこれで俺だったら、色々と面白いんだけどな。

 

「残念。俺は七番だ」

「セェエエエフっ! 何でそういう不吉なこと言うんスかっ!」

「別に不吉でも何でもないわよ。仮にネックでも男同士の友情って感じでいいじゃない」

「ネック先輩と握手なんて、ヨネクランドに行けばいつでもできるじゃないッスか」

「ちなみにそのヨネクランドとやらには、他にどんなアトラクションがあるんだ?」

「…………」

「握手できるだけかよっ?」

「それで、結局誰が四番なんだい?」

 

 アホな会話をしている間も、一向に誰一人として名乗りが上がる気配はない。

 疑問に感じた阿久津の問いかけに対して、他のメンバーは違うとばかりに首を横に振る。

 …………ただ一人、悲しみのあまり机に潰れている後輩以外は。

 

「もしかして、早乙女さん?」

「………………………………そうでぃす」

「げぇーっ? よりによってメッチかよぉー」

 

 上がりきっていたテンションが一気に下がったテツは、大きく肩を落とす。

 そして露骨に溜息を吐きながらも、動く気力すらない早乙女の元へ歩み寄った。

 

「じゃあユッキー先輩、カウントオナシャス」

「……(コクリ)」

 

 躊躇いもなく早乙女の手を握り締めるテツ。

 しかしながらまだコイツは、これから始まる悲劇の未来に気付いていなかった。

 ムクッと起き上がった早乙女は、囁くような小声で呟く。

 

「…………………………覚悟はいいでぃすか?」

「へ?」

 

 恐ろしく汚い萌え萌えキュンをされた恨み。

 阿久津に壁ドンして貰えなかった嘆き。

 溜まりに溜まった怒りのエネルギーが放出される。

 例えるなら、こんな感じだろう。

 

 

 

『さおとめは すべての いかりを ときはなった!』

『ぼうそうした わんりょくが ばくはつを おこす!』

 

 

 

「ふんっ!」

「みぎぃぇぁああああああああああああああああああああああっ!」

 

 手を繋ぐと言うよりは、ガッチリとした握手が交わされた。

 心なしか握った瞬間に、メキっという音が聞こえてきたような気がしないでもない。

 

「痛ててててててててっ! ちょっ! 骨っ! 骨をグリグリすん痛ででででっ!」

「……十秒」

「十秒というよりは、重病になりそうな握手ね」

「ああ、そうそう。きっと望ちゃんも一年後には結構強くなってると思うぞ。陶芸部に入ると粘土を弄ることが多いから、握力が物凄く上がってさ」

「そ、そうなんですね。でも……その、あれ……大丈夫なんですか……ニャン?」

「この二人は普段からこんな感じだからね。気にする必要はないよ」

「そうそう。喧嘩するほど仲が良いってやつね」

「いや全然仲良くないッスから! ってか、どう見てもおかしいッスよねこれっ? 何でナチュラルに焼き土下座みたいな拷問っぽくなって痛っでぇええええっ!」

「……三十秒」

 

 強いといっても女子の握力はせいぜい40にいかない程度。普通に握られただけなら大して痛くもない筈だが、早乙女は執拗にテツの骨という骨をゴリゴリしている。

 改めて自分が当たらなくて良かったと安心する中、絶叫の続いた一分間が終了。ややスッキリした様子の早乙女が席に戻り、テツの右手は真っ赤に燃え……はせず、やや赤くなっており単純に痛そうだった。

 

「さー、続けていくわよー」

「すぇぇぇぬぉぉぉっ!!!!!!!!」

 

 

 

『王様だーれだ?』

 

 

 

「ふっふーん。またアタシねー。今度は何にしよっかなー」

「肘ドンッスかっ? 足ドンッスかっ? 床ドンでもいいッスよっ? それともおでこトンとか肩ズンとか、いっそのこと腕ゴールテープでも大歓迎ッス!」

 

 火水木が親になったと聞くなり、ビシッと姿勢を正しつつアピールするテツ。名前からして壁ドンや顎クイの派生らしいが、よくもまあそんなに知ってるもんだ。

 

「顎ドンなら、星華がしてやってもいいでぃすよ? 今すぐにでも」

 

 …………それは多分、脳が揺さぶられるやつだと思う。良い子は真似したら駄目だぞ?

 今度は一体どんな命令が下されるのかと思っていると、眼鏡クイをした少女は何やら良からぬアイデアを閃いたのかニヤリと笑みを浮かべだ。

 

「それじゃあ二番には七番を口説いて貰おうかしら。何なら告白でもいいわよ」

 

 随分と簡単そうに言ってくれるが、これはまた地味に恥ずかしそうで厄介な命令だ。

 今度は一体誰と誰が犠牲になるのか……そんな他人事気分で自分の割り箸を確認する。そこに書かれていたのは、まさかの火水木が口にした数字……それもあろうことか、よりにもよって二番の方だった。


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