俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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末日(金) 好きな理由が不明だった件

 三角関係という言葉は間違っている。

 しかし四角関係という言葉なら、性別的にも何らおかしくはない話。ただし今回のケースは三角関係がVの字だったように、四角ではなくコの字関係とでも表現すべきか。

 もっとも夢野の好きな相手は憶測であり、葵と両想いの可能性だってある。

 

「あれ? 米倉君?」

「!」

 

 そんな思わぬ告白を振り返る思春期の高校生、米倉櫻は拾った枝で砂にコの字を無数に書いていると不意に声を掛けられた。

 顔を上げると、そこにいたのは話題に上がったばかりの少女。いつも通り変わらない笑顔を浮かべた夢野を見て、内心動揺しつつも枝を置いてゆっくり立ち上がる。

 

「こんな所で絵なんて描いて、どうしたの?」

「何でもない。ただの迎え待ちだ……夢野は?」

「私、こっちに自転車止めたんだ」

「そうか」

 

 屋代までに比べたら少し距離があるものの、彼女は今日も自転車で来たらしい。確かに黒谷方面から来たなら、正面の駐輪場に回り込むよりこっちの方が止めやすいな。

 砂に書いたコの字を足で消していると、夢野はまじまじと俺を眺める。

 

「米倉君、何かあった?」

「ん?」

「そんな顔してるなーって。私で良ければ、話聞くよ?」

 

 絶対に話せないであろう相手に、そう優しく言われてしまった。

 別に何もないと嘘を吐いても良いが、変に隠すより適当な理由を付けて誤魔化した方がいいだろう。

 

「気持ちだけで充分だよ。ちょっと知り合いと一騒動あっただけだ」

「そっか……少し意外。米倉君も、喧嘩とかするんだね」

「いや、喧嘩って訳じゃないんだが……まあ人間関係で色々あってな」

 

 記憶に残ってないヤンチャだった幼少期は別として、喧嘩なんて今まで片手で数えられる程度しかやったことがない。基本的に口喧嘩も暴力も、全く勝てる気がしなかった。

 

「じゃあ、魔法掛けてあげよっか?」

「魔法?」

 

 夢野は先程まで俺が使っていた木の枝を拾い上げる。

 てっきり杖にして呪文でも唱えるのかと思いきや、彼女は消されずに残っていたコの字へ短い二本の線を書き足した。枠の中に縦と横へ一本ずつ、垂直のマークを描くように。

 そして完成したのは、小学生でも知っている簡単な漢字だった。

 

「…………円?」

「うん。円く収まりますように……なんてね」

「随分簡単な魔法だな」

「でも米倉君、顔が笑ってるよ?」

「そりゃ人の落書きを、こうも上手い具合に使われたらな」

 

 夢野の気持ちが明確になっていない今、俺が悩んだところで何も始まらない。複雑なコの字関係か円満に解決するかは、結局のところ彼女次第だろう。

 

「サンキュー夢野」

「どう致しまして。それじゃあ、またね」

「ああ。またな」

 

 小さく手を振る少女に応えた後で、駐輪場へ向かう後ろ姿を見届ける。

 迎えがやってきたのはその数分後。目の前で停止した車の助手席には監視役が乗っておらず、驚き呆然としていると窓が開けられ姉貴がウインクしてきた。

 

「お待たせ~」

「母さんは?」

「一人運転の許可、ゲットだぜ!」

「マジかよ」

 

 その記念すべき最初の犠牲者が俺っていうのが、素直に喜べないから困る。行きの運転を見る限り大丈夫だとは思うが、助手席に乗るとシートベルトをしっかり締めた。

 

「安全運転でお願いします」

「大丈夫大丈夫! パトカーに追われても振り切っちゃうから!」

「そういう安全は求めてねーよっ! 真面目に事故だけは勘弁してくれな」

「オケッ! ヤーヤーヤーヤーヤー♪」

「ちょっと待てっ! 何で狂ったタクシーのテーマを歌い出すっ?」

「出会ったぜ♪ よぉ前暗ぇ♪ ザにゃ~にゃらTシャツ、いいじゃん凄ぇ♪」

「ヤーヤーの部分しか歌えんのかいっ!」

 

 最終的には鼻歌になりつつも、車はゆっくりと発進する。

 ドリフトすることも空へぶっ飛ぶこともない、至って普通の運転。ハンドルを握っている本人も手慣れた様子で、こちらへ話しかけてくる余裕すらあった。

 

「体育祭、どうだった~?」

「可もなく不可もなく」

「食べたパンの中身がつぶあんだった……みたいな?」

「パン食い競争なんてないっての」

「校長先生を借りたら、中身がつぶあんだった……みたいな?」

「借り物競走も……いやおかしいだろそれっ?」

「うんうん。やっぱりこしあんよね~」

「そこじゃないっ!」

 

 屋代七不思議に『校長先生の頭からはみ出るこしあん』とかあったら物凄く嫌だ。

 ウキウキでドライブを楽しむ姉に対して、俺は少し考えた後で問いかける。

 

「…………なあ姉貴」

「ん~?」

「好きな人っているか?」

「そりゃ勿論、お父さんもお母さんも梅も鈴木さんも大好きよ~」

「誰だよ鈴木さん。そして何で俺が入ってない」

「全国180万人の鈴木さん頑張れ~。佐藤に負けるな~」

「…………」

 

 やっぱり聞くだけ無駄だった気がする。

 突っ込みもせずに黙っていると、姉貴も察したのか真面目に答えた。

 

「ラブの意味での好きなら、今はいないかな」

「前はいたのか?」

「そりゃ桃姉さんだって、昔は思春期の女の子だもの」

「何でその人が好きだったんだ?」

「ん~、何でだろ? 人を好きになる理由なんて、いちいち考えないってば」

「姉貴らしいな」

「そういう櫻は、水無月ちゃんのどこが好きか言えるの?」

「ん?」

 

 好きな理由を答えるとしたらまず外見だが、それだけなら夢野だって引けを取らない。

 子供の面倒見が良い……やはりこれも同じことが言える。

 だとしたら阿久津の魅力は恰好いいこと。勉強もできるし、運動もできるし――――。

 

(…………あれ?)

 

 理由を並べてみて、ふと気付いた。

 これは憧れであって、好きとは違う気がする。

 じゃあ俺が阿久津を好きな理由って、一体何なんだろうか。

 

「ね? 難しいでしょ?」

「!」

「私も初めて告白された時は、自分が信じられなくてつい聞いちゃったな~。何で私が好きなのかとか、付き合うってどういう意味なのかとか。今思うと凄く面倒臭い女だわ~」

「…………」

「ま~ま~焦るな若者よ。恋愛に答えなしってね」

「…………姉貴」

「ん~? 改めて桃姉さんを尊敬しちゃった~?」

「道、間違えてるぞ」

「マンモーっ?」

 

 確かに言われてみれば、あまり考えたことはなかったかもしれない。

 どうして俺がアイツを好きになったのか、300円の記憶と一緒に少しずつ思い返していくとしよう。男女間の友情は存在する会の会長、阿久津水無月のことを。




ここまで読んでくださりありがとうございます。
引き続き『俺の彼女が120円だった件』の4章を楽しんでいただければ幸いです!

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