俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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元旦(木) 出会いと別れと出会いだった件

「………………手術、上手くいったのか?」

 

 参拝の順路から外れた、人通りの少ない神社裏。

 石段に座り星がよく見える夜空を見上げている少女へ、今更な質問を尋ねた。

 

「触ってみる?」

 

 俺の問いかけに対して、夢野は服の袖を捲り右腕を見せてくる。女の子らしい細く魅力的な腕を前にして少し躊躇うが、いつまでも寒空の下で晒させるのも悪いので大人しく触れた。

 

「…………」

 

 柔らかい。

 プニプニとした肌を堪能していると、少女は艶めかしい声を上げる。

 

「んっ……米倉君、くすぐったいよ」

「わ、悪いっ!」

「それにそこじゃなくて、こっちなんだけどね」

 

 改めて指さされた場所を触ってみるが、やはりフニフニとしていて硬さはない。手術の痕すら判別できない腕から手を離すと、夢野は捲っていた袖を元に戻した。

 

「石灰化上皮種って言って、病気自体はそんなに重くなかったの。手術もあっという間に終わっちゃって、入院もしない日帰りだったから逆にビックリしちゃった」

「そりゃ良かったな」

「でも放っておいたら悪化する可能性もあるんだって。だからもしもあの時に米倉君が励ましてくれなかったら、大変なことになってたかもしれないんだよね」

「…………」

「だから私、米倉君と出会えて本当に良かった」

 

 300円の答え……そして夢野が今まで値札を貼っていた理由を理解する。

 要するに彼女は、少年に礼を言いたかったのだ。

 

「米倉君はね、私にとってヒーローだったんだよ」

 

 十年以上前に愛を誓った少女は、俺を見つめてそう言った。

 ただし彼女が大きな勘違いをしていることを、米倉櫻は今から伝えなければならない。

 まるでいつしか遊んだ人生ゲームの如く、共にスタートし何度かすれ違いながらも久々に同じマスへ止まった少女に、今の自分が山のような負債を抱えている事実を。

 

「本当にありがとう」

 

 やめてくれ。

 俺はそんな殊勝な奴じゃない。

 

「あのね米倉君。私――――」

「違う」

「…………え?」

 

 耐えきれず、思わず口をついて出た言葉がそれだった。

 隣に座る少女へ目を合わせず静かに立ち上がると、子供が手放してしまったであろう風船が引っ掛かった桜の木を見上げながら口を開く。

 

「桜桃ジュースも、チョコバナナも、何も考えずに渡しただけだ。現に俺は夢野のことを綺麗さっぱり忘れてたし、そんな大層な恩を感じるようなことじゃない」

「それは米倉君にとって些細だっただけで、私は助け――――」

「そもそも夢野がヒーローだって信じてたのは、俺じゃなくてクラクラだろ?」

 

 夢野の話を遮って喋り続ける。

 頭の中で想起されるのは、以前に小さな屋上で聞いた少女の一言。

 

『――――私はクラクラの彼女であって、米倉君とは友達だから――――』

 

 彼女が口にしたこの言葉が、一体どういう意味だったのかはわからない。

 しかし今の俺にとって、その言葉はピッタリ当てはまっていた。

 

「夢野を助けたのは、クラクラであって今の俺じゃない」

「違うよ、米倉君」

「違くないっ!!」

 

 思わず声を荒げた理由は、悟られたくなかったから。

 残念ながらそれは逆効果で、必死に堪えていたものが一気に崩壊した。

 

「悪い夢野……もういないんだ……」

「米倉君っ!」

 

 最後に絞り出した声が震えていたことに、夢野は気付いたのかもしれない。

 呼び止める少女を置き去りにして、俺はその場から全力で逃げ出した。

 

「くそっ!」

 

 拭っても拭っても、涙が溢れ出てくる。

 その理由は、自分が一番よくわかっていた。

 

 

 

『別に俺、みなのことなんて好きじゃねーし! あんな男っぽい女!』

 

 

 

『よぉ、根暗』

 

 

 

『またお前、授業サボる気かよ?』

 

 

 

『…………少なくともボクは、今のキミが大嫌いだよ』

 

 

 

 走っている間も次々と蘇る、忘れたい記憶。

 過去の自分から逃げようとすればするほど、消えるどころか逆に思い出していく。

 

「――櫻――?」

「っ?」

 

 そんな最中、参拝の列の中から聞こえてきた声へ反射的に振り返ってしまった。

 もし神様がいるのなら、心の底から恨みたい。

 何故ならそこには、今一番出会いたくない幼馴染がいたのだから。


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