俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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一日目(木) 始まりは些細な一言だった件

 ――ケンちゃんの作文――

 

 ある日、ケンちゃんの学校で作文の宿題が出ました。

 ケンちゃんはお母さんに作文を手伝ってもらおうと「お母さん、作文手伝ってよ」とせがみましたが「後でね」と言われました。

 なので作文に「後でね」と書いておきました。

 

 次はお父さんに「お父さん、作文って知ってる?」と問うと「おう。あったりめぇじゃねぇか」と威勢の良い答えが返ってきました。

 なので作文に「おう。あったりめぇじゃねぇか」と書いておきました。

 

 今度は誰に聞こうか悩んでいると、弟がアンパンマ○のビデオを見て「アンパ○マーン」と興奮していました。

 なので作文に「ア○パンマーン」と書いておきました。

 

 するとお兄ちゃんが帰って来たので「お兄ちゃん、作文教えて」と言いましたが、お兄ちゃんは電話中で「バイクで行くぜ!」と友達に話していました。

 なので作文に「バイクで行くぜ!」と書いておきました。

 

 

 

 次の日は作文の発表でした。

「ではケンジ君。作文を読んでみてください」

「後でね」

「ふざけているんですか?」

「おう。あったりめぇじゃねぇか」

「先生を誰だと思っているんですっ?」

「ア○パンマーン」

「後で職員室に来なさいっ!」

「バイクで行くぜ!」

 

 

 

 時期は小学四年生の二月末。この頃になってくると割と記憶も残っており、こんな創作話を誰もが語っていたのを覚えている。

 話し手によっては「学校が終わったらお家に伺います」からの「クッキー焼いて待ってるわ」と返す姉も登場するが、ビデオという辺りが地味に懐かしい。

 

「何度聞いても面白いね」

 

 そんな話をリクエストした幼馴染は、笑い過ぎて出た涙を拭う。

 髪はベリーショートで、隣にいる少年……いや、昔の俺より少し背は高い。当時も今も身長は平均程度だが、成長期の関係上この時期は女子の方が大きいものだ。

 

「みなにも教えてやるよ。お母さんが後でねで、お父さんが――――」

 

 雪玉を一緒に転がしながら、俺は偉そうに阿久津へ語る。真面目に聞く少女と復唱しながら、程良い大きさになったところで手を止めた。

 

「そろそろいいか。せーので持ち上げるぞ?」

「そっちは大丈夫かい?」

「ああ」

「「せーのっ!」」

 

 我が家の前に置いていた胴体の上へ、力を合わせて作った顔を乗せる。完成した雪だるまを前に、俺は阿久津とハイタッチを交わした。

 側面に枝を刺して顔に石を嵌め込み、頭にバケツをかぶせて完成。昨年は姉貴や梅と一緒に作ったが、確かこの年は姉貴が中学に進学し梅は風邪を引いていた。

 

「次はかまくら作ろうぜ!」

「構わないよ」

「じゃあ、みなの家の前に雪運ぶぞ!」

「ここでいいのかい?」

「おう! 集めるのは綺麗な雪だけな!」

 

 かまくらと言えば綺麗な白色であり、積もった雪の最下層にあるコンクリートが混じった雪や汚れた雪は集めたくない。

 これといった道具も使わずに手で雪を運び始めると、程なくして我が家のドアが開き母さんが顔を出した。

 

「櫻ー。ケンジ君から電話よー」

「はーい。ちょっと行ってくる」

 

 ちなみにケンジは冒頭の作文と一切関係ない、俺と阿久津の遊び友達だ。中学三年間で一度も同じクラスにならず、自然と関わりはなくなってしまったが……まあ、いい奴だった気がする。

 家に戻るとリビングでは延々と流れる保留中のメロディー。携帯のない頃はこうやって相手の家に電話を掛けていたが、今になって思うと物凄く懐かしい。

 

「もしもし?」

「サクラー? 今から遊ばねー?」

「今みなと一緒にかまくら作ってるから、ケンジも来いよ」

「まじで? 行く行く! あ! ユウキも呼んでいい?」

「おう!」

 

 学校が終わった後でも「帰ったら○○公園な」と集合して遊ぶ、小学生のフットワークの軽いこと軽いこと。何だかあの頃に戻りたくなってきた。

 阿久津に事後承諾を得た後で、少しすると二人が到着する。

 

「「おっす」」

「よう」

「やあ」

 

 小三の頃は男友達に交じれば少年と見られていた幼馴染も、最近は周囲の男子が声変わりし始めた影響で少し目立つようになってきた。

 結局その日は四人でかまくらを作っていたが、雪を山のように集めたところで門限になり中断。明日学校が終わったら穴を掘ろうと約束し解散する。

 ――――そして雪が止んだ翌朝。

 ランドセルを背負って家を出ると、そこにはスコップを手にした大人達がいた。

 

「お母さん、何してるの?」

「この道を通る人が滑らないように、雪かきしてるのよ」

「ふーん…………あぁっ!」

 

 キョトンとしながら母親を眺めていたが、あることに気付き大声を上げた。

 マンホールの上に雪を乗せて溶かしていた大人達。しかしそれで全てを処理できる筈もなく、残った雪は必然的に邪魔にならない道の脇へ集める。

 その結果、阿久津家の前に作ったかまくらへ汚れた雪が乗せられていた。

 

「昨日櫻達が雪かきしてくれたお陰で……って、どうしたの櫻?」

「ここに汚い雪乗せたの誰っ?」

「どうかしたのかい?」

 

 何も知らなかったらしい阿久津の父親が、不思議そうに首を傾げる。

 

「かまくらだよ! みな達と作ろうとしたのに…………」

「んん? この雪じゃ駄目なのかい?」

「綺麗な雪だけで作りたかったの!」

「まあまあ、かまくらはまた今度作ればいいじゃない。すいません阿久津さん」

「いえいえ。ごめんな櫻君。おじさん、知らなかったんだよ」

「行ってきます」

 

 やり場のない怒りに黙り込んでいると、ドアの開く音と共に黄色い通学帽子をかぶりランドセルを背負った幼馴染が現れる。

 汚されたかまくらを見て立ち尽くす少女と、そんな娘へ必死に謝る父親。阿久津もまたショックだったのか、一切口を開くことはなく俺達は学校へ向かった。

 

「…………ボクの父さんが申し訳ない」

 

 一列になった通学班で雪道を歩きながら、阿久津が静かに口を開く。本人は至って真面目だったが、今になって思い返せば正直言って笑える発言だ。

 まあ水をかけて固めもしなければ塩を使いもせず、ただ単に雪を積んでから穴を掘るつもりだったので、あのまま続けていても失敗した可能性は高い。

 

「みなは別に悪くないって。また今度作ればいいだろ?」

「ありがとう。ケンジとユウキにはボクが謝っておくよ」

「俺も一緒に謝るって」

 

 来年も再来年も、そのまた次の年も黒谷町に雪が積もる日は訪れる。

 しかし、また今度があるとは限らなかった。

 

 

 

 ★★★

 

 

 

「よねー、大丈夫かー?」

「ああ。もう平気だ」

 

 給食からの昼休みを終えて、階段の踊り場を掃除中。何を心配されているのかと言えば、昼休みにドッヂボールで顔面HITし鼻血を出した一件についてだ。

 

「しっかし、水無月のボール凄かったよな」

「名前付けようぜー? エターナルフォースブリザードってのはー?」

「ディアボリック・デスバーストの方が恰好良いって!」

「ル・ラーダ・フォルオルだろ!」

 

 止めてくれお前ら。その技は俺に効く。

 

「それにしても櫻と水無月って、本当仲良いよな」

「ん?」

「あー、おれも思ったー」

「そりゃまあ、近所に住んでるし」

 

 こんな話になった理由は、阿久津と一緒に保健室へ行ったからだろう。

 もっともそれは投げた張本人である少女が謝罪の意を込めてのこと。優しいだけで弱かった小三の頃ならいざ知らず、今の俺は鼻血くらいで泣きはしない。

 

「いやー、仲良すぎだってー」

「ひょっとして水無月、櫻のことが好きなんじゃね?」

「!」

「なーなー、よねはどうなんだよー?」

「ラブラブか? 櫻と水無月ラーブラブ!」

 

 友人が口にした、小学生にありがちな発言。中学生になっても囃し立てるような奴はいるが、それを受け流せるくらい人間のできた子供なんて早々いない。

 だからこそ俺もまた、そのおちょくりに対して過剰に反応してしまった。

 

 

 

「別に俺、みなのことなんて好きじゃねーし! あんな男っぽい女!」

 

 

 

 …………偶然だった。

 教室掃除をしている彼女が、こんな場所にいる筈はない。

 しかし少女は……阿久津水無月は階段の上に立っていた。

 

「!」

 

 ゴミ出しに行く途中だったのだろう。

 大きな袋を抱えた幼馴染は、足を止めたまま動かない。

 階段を下りることもなく、ただ呆然と立ち尽くす。

 

「………………」

 

 その時の表情は今でも忘れない。

 黙って俺を見つめる少女は、かまくらの時よりもショックを受けていた。

 そりゃそうだ。

 何故なら阿久津は俺のために髪を切り、男らしくなったのだから。

 

「っ」

 

 気が付けば無意識に階段を駆け下り、その場から逃げ出していた。

 そう、全ての始まりは照れ隠しによる些細な一言だった。

 

 

 

 ★★★

 

 

 

「――――ック、ちょっとネックってば!」

「…………ん?」

「何ボーっとしてんのよ? さっさと戻ってきなさい!」

 

 遠くから呼ぶ声に我へと返る。

 気が付けば随分と駐車場の奥まで来ていたらしい。作っていた雪玉を転がしながら陶芸室前まで戻ると、火水木は深々と溜息を吐いた。

 

「はあ……ネック顔でかすぎでしょ」

「俺の顔がでかいみたいな言い方するなよ」

「アンタだって前に映画館で、アタシに同じようなこと言ったじゃない」

 

 そういやそんなことあったな。まだ覚えてたのかよコイツ。

 とりあえずボーっとしながら作っていた結果、雪玉は火水木の指摘通り思った以上の大きさへ。ぶっちゃけこれは顔というより胴体サイズだ。

 

「ん? 何でお前ら、胴体二つ作ったんだ?」

「ツッキーがアタシの話を聞いてなかったみたいで、何か作っちゃったのよ」

「すまない。少し考え事をしていてね」

 

 阿久津が人の話を聞かないなんて珍しいな。今日は雪でも……降ってたわ。

 体調でも悪いのかと思ったが別にいつもと変わらない様子だし、百人一首の暗唱でもしながら雪玉を転がしていたのだろうか。

 

「それで、どうすんだこれ?」

「勿論積み上げるわよ? 三頭身の雪だるまでもいいじゃない」

 

 まあ日本の雪だるまは達磨(だるま)がモデルだから二頭身だが、外国のスノーマンは頭・胴体・足を表現するために三頭身らしいし問題ないか。

 俺達三人が作った雪玉は同じくらいの大きさだったので、協力して縦に三つ並べる。雪だるまというより串団子だが、装飾で何とかなるだろう。

 

「……できた」

「ん?」

 

 木の枝なりを刺して完成したところで、冬雪の雪像もできたらしい。降りかかる雪のせいで作業が難航していたようだが、一体何を作ったのやら。

 

「お、おお?」

「和洋折衷だね」

「ユ、ユッキー。これって……」

「……雪だるま」

「「「いやいや」」」

 

 違う、そうじゃないとばかりに三人で首を横に振る。

 本来の意味での雪だるま……要するに雪でリアルな達磨(だるま)を作った少女は、不思議そうに首を傾げた後で手をポンと叩いた。

 

「……目も入れとく?」

「ちょっ? 怖っ! ユッキーそれ怪しすぎだからっ!」

 

 完成品の不気味具合に突っ込む火水木。これでズッコケてくれたら『だるまさんがころんだ』ならぬ『だるまさんでころんだ』だったんだけどな。

 一通り雪遊びを終えた俺達は、霜焼けで真っ赤になった手をストーブで温めてから帰路へ着く。帰りの電車も阿久津と一緒だったが出てくる話題はテストの話ばかりで、今日は最後までバレンタインのバの字も出てこなかった。


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