俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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三日目(土) 家に帰るまでがバレンタインだった件

「そうそう。入試休みの二日間のどっちか、皆でネズミースカイ行かない?」

 

 帰り支度を済ませ陶芸室の電気を消した後で、靴に履き替えていた火水木が思い出したかのようにそんなことを口にする。

 アキトから前もって聞いていた情報通りの提案。入試休みのネズミーはアニメにおける水着回くらいに定番であり、ウチのクラスでもそんな話は出ていた。

 

「……金曜なら大丈夫」

「ボクは両方空いているね」

「ネックは?」

「ん? 空いてるけど、俺もか?」

 

 こういう誘いにおける火水木の言う皆=夢野を含めた女子四人組であり、普段なら俺が入ることはない。一応この場では知らなかった体を装っておこう。

 確かに入試休みのネズミーはお決まりだが、それは男のみや女のみのグループで行く場合。男女混合という話はハードルが高いのか滅多に聞かない。

 

「櫻を連れて行くのかい?」

「俺をパーティーに加えていると、たまに敵の攻撃を無効にするぜ!」

「RPGで割といるけれど、確率が低くて役に立たないイメージが強いね」

「そんな、酷い……」

「……敵って?」

「閉園後もネズミースカイに残ってると、いきなり背後から声がするんだ」

 

 

 

『ハハッ! どうしてこんな時間にゲストがいるのかな!』

 

 

 

「……ネズミーはそんなこと言わない」

「アタシも散弾銃持って追いかけてくるって聞いたことあるわね」

「……ネズミーはそんなことしない」

「二人とも、冗談はその辺にすべきだよ。夢の国をホラーワールドにしてどうするんだい? 音穏をからかって何かいいことでもあるのかい?」

「現実の厳しさを教えようと思った」

「ユッキーが良い反応するからつい」

「まあ今回の企画がパーになってもボクは別に構わないけれどね」

「「すいませんでした」」

 

 俺と火水木が揃ってマッハで頭を下げる。せっかくネズミースカイに行くってのに、こんな都市伝説を聞かされたらオチオチ夢も見られないよな。

 

「そうそう、メンバーの話だったわね。ほら、今までって陶芸室でパーティーばっかだったし、そろそろ皆で遊びに行ったりしたいじゃない?」

「同意を求められても困るね」

 

 そんなことはない。現に俺は物凄く一緒に行きたいぞ。

 

「……ヨネ以外も誘う?」

「一応予定としてはクリスマスの時と同じメンバー、陶芸部にユメノンとオイオイを追加した六人にするつもり。まだオイオイには聞いてないけど」

「ん? アキトは来ないのか?」

「あー、何か知らないけど今回はパスだって」

 

 アイツなりの気遣いかもしれないが、後で本人に聞いてみるか。

 話の途中で校門前に到着したため、詳細は後日連絡すると火水木が切り上げた。

 

「それじゃ、またネック」

「……お疲れ」

「ああ」

「浮かない顔をして、どうしたんだい?」

 

 棒付き飴を咥えた少女が不思議そうに尋ねてくる。

 その原因は言うまでもなく、未だに阿久津のチョコを貰っていないからだった。

 

「いや、ちょっと考え事をしてただけだ。じゃあな」

「ボーっとするのは構わないけれど、事故だけは勘弁してほしいね」

「わかってるっての」

 

 梅の誕生日プレゼントを貰った時みたいに呼び止められるかと期待したが、世の中そんなに甘くないと痛感。髪を切ったのは気まぐれだったのかもしれない。

 三人と別れた後で自転車に跨り溜息を一つ。貰えるかもという期待があっただけに落胆こそしたものの、ペダルを漕ぐ足はそれほど重くなかった。

 何故ならまだ俺には最終兵器彼女……ではないが、貴重なプレゼンターが残っている。当然忘れるなんてこともなく、真っ直ぐにコンビニへと向かった。

 

「いらっしゃいませ」

 

 今ではすっかり見慣れた、コンビニ制服姿の夢野が笑顔で出迎える。

 そういやバレンタインに女性店員のレジでチョコを買って、わざと置き忘れることでチョコを渡して貰うなんて斬新な手法を昔やろうとしたこともあったっけな。

 

「…………」

 

 しかし今の俺には【約束された勝利の菓子(エクスチョコバー)】がある。

 店内に客がいなくなった後でレジへ向かう。何も買わずに会いに行って貰えなかったら恥ずか死なので、桜桃ジュースとガム類を補充のために買っておいた。

 

「あ、袋なしで」

「はい。かしこまりました。お会計、380円になります」

 

 いつも通りのやり取りを経て、500円で支払いを済ます。スタッフ募集中の張り紙がふと視界に入るが、数時間バイトすれば携帯料金なんて簡単に払えるのか。

 

「お箸はお付けしますか?」

「ん?」

「また募金する?」

「勘弁してください」

 

 見覚えのある金額が表示されたのを見て、少女が小声で囁く。夢野にとっては良い思い出かもしれないが、俺にとっては黒歴史に近いレベルだ。

 

「120円のお釣りと、レシートのお返しです」

「……………………」

 

 まさか阿久津だけじゃなく、夢野まで肩透かしか?

 そう諦めかけた矢先、少女は足元から紙袋を取り出す。

 

「こちら、サービスになっております……なんてね」

「えっ?」

「ハッピーバレンタイン。それに誕生日おめでとう米倉君」

「あ、ああ、ありがとうな!」

「どう致しまして」

 

 やっぱり落としてから上げられると効果が違う気がする。可愛い笑顔を見せる夢野へ釣られるように、紙袋を受け取った俺は自然と笑みを浮かべていた。


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