俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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十六日目(金) カチューシャ絶叫グーチョキパーだった件

 開園と同時に、ネズミースカイは戦場と化した。

 アトラクションに優先して乗れるファストパスという名のチケットを巡り、並んでいた社会人や学生の一部が園内を全力疾走する。

 

「ああいう輩に限って、オタクはルールを守らないとか言うのよね」

 

 この手の争いに参加してそうなイメージの火水木だが、意外にもそんなことはなかった。棒引きで判断した格闘タイプは間違いだったのかもしれない。

 走っているのはコ○ッタとか使いそうな短パン小僧ならぬ半袖男。晴天とはいえ冬の海沿いにおいて明らかに服装を間違えており、きっと身体を温めたかったんだろう。

 

「駆け込み乗車もそうだけれど、余裕のない人は自分の都合しか考えないからね」

「何で俺の方を見る?」

「キミの時間ギリギリな行動は、早目に直しておくべきと思わないかい?」

 

 呆れ半分に答える少女だが、こうして言われている間はまだ幸せだ。見限られた時なんて、指摘しても無駄だと注意すらされなくなるからな。

 コミケの始発ダッシュばりな開園ダッシュの慌ただしさも、時間にして五分程度で終了し世界は平和に戻る。俺達も無事に目的のファストパスをゲットした。

 

「ねえミズキ。最初はどこ行くの?」

「そりゃ勿論――――」

 

 ネズミーカチューシャを装着し、夢の国の住人となった眼鏡少女の後に続く。

 人気のアトラクションはパスを使い、その待ち時間はそれぞれの行きたい場所へ順番で回る。そんな提案を開園前されており、まずは火水木セレクションだ。

 

「――――妊娠中のお客様、アルコールを飲まれているお客様、乗り物に酔いやすいお客様、規定の身長・年齢に達してないお客様はご利用頂けません」

「だってよ冬雪」

「……私、そこまで小さくない」

「寧ろ引っ掛かるとしたらキミの方じゃないかい?」

「ちょっと待て。俺に当てはまりそうな条件はないだろ?」

「精神年齢が規定に達していないね」

「ぷっ」

 

 阿久津の一言に火水木が噴き出す。お前だって同じようなもんだろうが。

 俺達が最初に乗るアトラクションはアトモスフィア・ホライズン。ネズミースカイ名物である三大ホライズンの一つであり、所謂ジェットコースターだ。

 

「ダイビング・ホライズンも好きなんだけど、今は点検中なのよね」

「えっと……ダ、ダイビング・ホライズンって、水に突っ込むやつ?」

「そうそう。夏場だと濡れて気持ちいいのよ」

 

 何それ超見たい……じゃなくて、そういう誤解を招く発言をするなよ。

 ちなみに来る途中と並んでいる最中に聞いた話だと、ネズミースカイに限った来場回数は火水木が二桁以上、阿久津が三回、冬雪が一回で他三人が初だ。

 実を言えば俺は初めてじゃなく幼い頃に一度だけ行ったことがあるが、梅がベビーカーに乗せられていたような頃だし全くもって記憶にない。

 

「それじゃグーチョキパーで」

「何作るの?」

「右手はチョキで左手もチョキで、可愛い子見ーつけた! ッアオ♪」

「…………何してんだお前?」

「な、何でもないわよっ!」

「あれ? 米倉君知らない? こういうネタする芸人さんがいるんだよ」

「「「へー」」」

 

 阿久津と葵も知らなかったらしく声が重なる。いきなり親指と人差し指を立てるなり、両手で四角を作って夢野を覗き出すから何かと思った。

 ノリノリでやった当の本人は、今更恥ずかしくなったらしい。火水木にしては珍しく若干顔が赤くなっているが、流石に「アオッ!」とか言ってたもんな。

 

「と、とにかく一緒に乗るパートナーを決めるの!」

「別に適当に二人組を作ればいいじゃないか」

「駄目よ」

「駄目駄目?」

「そこ、うっさい!」

「……何で駄目?」

「だって二人組にしたらネックが可哀想でしょ?」

「ふむ。それもそうだね」

「おい、仕返しでナチュラルに人を傷つけんな」

 

 アキトの差し金か知らないが、火水木の提案はありがたい。仮に自由だったら二人組で乗るアトラクションで、俺と阿久津がペアになる機会はなかったと思う。

 全員が一度乗った組み合わせになった場合はやり直しとすると、全パターンは6C2×4C2を3!で割った15通り。狙った相手と乗れる確率は2割か。

 

「グッチョッパーの分かれっこ!」

 

 掛け声は冬雪の「グっとパーの分かれっこ」の派生を採用。流石にグーパーグーパーグゥーパァをグーチョキパーにするのは無理だ……ってか口が回らん。

 綺麗に二人ずつ分かれるのは時間が掛かるため、ペアになった時点で抜けていく形式にした結果、今回は葵と冬雪、阿久津と火水木、俺と夢野に決まった。

 

「♪~」

 

 場内に流れている曲を、夢野が楽しそうにハミングする。別にテスト期間中も葵から目立った報告はなかったし、傍から見ている限り二人はいつもと変わらない。

 一体どうして急にあんなことを言い出したのか……確かにこういうテーマパークは告白にうってつけの場所だが、別に今日じゃなくてもいい筈だ。

 

「飛行士の皆さん、アトモスフィア・ホライズンにようこそ。宇宙船に乗りましたら、荷物を足元に置きセーフティーバーを締めてください。そして安全のため前方のバーをしっかりと握り、走行中は決して座席をお立ちにならないようお願い致します」

 

 笑顔を絶やさないスタッフの案内を受けた後で、前に乗っていた人達が帰還。おかえりなさいと温かい出迎えを受けた後で、俺達の番がやってくる。

 夢野の隣に座り安全バーを下ろすと、ゆっくりとコースターが出発した。

 

「米倉君、何か考え事してる?」

「ん? ああ、いや……何て言うか、こういう所って凄いなって思ってさ。ほら、スタッフさんの役のなりきり具合とかさ」

「もう、駄目だよ」

 

 夢野はそう言うと、そっと人差し指で俺の唇を抑える。

 まさかこんな場所でされるとは思わず、ドキッとしてしまった。

 

「ここは夢の国なんだから、純粋に楽しまないと」

「確かにそうだな」

 

 周囲で展開されるネズミー独特の世界観。建物の中にいる筈なのに、景色や空気の流れのせいか不思議と空へ上っていくような錯覚を受ける。

 そして物語はアトモスフィア……すなわち大気圏に突っ込む直前となり、それほど速くもなかったコースターに不穏な空気が流れ始めた。

 

「米倉君。実は私ね――――」

 

 バーを掴んでいた俺の手に、夢野が掌を重ねる。

 驚き振り向くと、こちらを見つめる少女は衝撃の告白をした。

 

 

 

「――――絶叫系、初めてなんだ」

 

 

 

「………………」

 

 

 

『キャアアアアアアーーーーーーッ!』

 

 

 

 加速した瞬間、無数の悲鳴が響き渡った。

 勿論叫んでいるのは夢野だけじゃなく、他の客の絶叫も混じっている。ちなみに俺は『シャァベッタァァァァァァァ!』を思い浮かべるくらい余裕だった。

 

「ここの隠れネズミーは見たことないのよね」

「確か月が見えた先だったかな」

「そうそう」

 

 慣れきっているベテラン二名も悠長に会話している。乗り物酔い云々の警告があったものの、阿久津は全く問題ないようでちょっと安心した。

 先頭にいる二人の様子はいまいちわからないが、この絶叫の中に冬雪の声も混じっているんだろうか。もしそうだとしたら、ちょっと聞いてみたい気はする。

 

『キャーッ!』

「!」

 

 美しい景色を眺めた後で大気圏に再突入すると、またもや悲鳴が響き渡った。

 重ねられた夢野の柔らかい掌がギュッと握られ、思わず意識が集中してしまう。気付けばあっという間に一周を終えて、俺達は宇宙船乗り場へと戻ってきた。

 

「おかえりなさーい」

 

 スタッフが出迎える中、夢野が重ねていた手をそっと離す。コースターから降りてアトラクションの外に出た後で、少女は名残惜しそうに振り返った。

 

「楽しかったね。これ、後でもう一回乗れるかな?」

「ほ、他にも沢山アトラクションはあるから、色々回った方が楽しいと思うよ」

「ひょっとして葵君、絶叫系苦手とか?」

「そ、そんなことないよ」

 

 否定してはいるが、得意って感じには見えない。何個か乗り回したらそのうちボロが出そうだが、葵の奴は大丈夫なんだろうか。

 

「じゃあ次……の前に、皆で写真撮らない?」

「構わないよ」

 

 偶然通りがかったネズミーマウスを見て、火水木が携帯を片手に駆け寄る。

 

「すいませーん。写真撮ってもらえますかー?」

 

 無言で頷いたネズミーはスマホを受け取る。

 そして火水木の方へ回り込むと、二人一緒に自撮りでピース――――。

 

「――――って、違うからっ!」

 

 思わず突っ込む火水木。何してんだよ中の人、面白いじゃん。

 ネズミーは「冗談だよ、ハハッ」と言わんばかりの動きを見せた後で、無駄にオーバーなリアクションを交えて俺たちを笑わせつつ写真を撮ってくれた。

 

「ありがとうございました」

 

 去っていくネズミーをボーっと眺める阿久津と、その背後に忍び寄る火水木。一体何をするのかと思いきや、ネズ耳カチューシャが幼馴染の頭にドッキングされた。

 

「ん?」

「次はツッキーが決めて頂戴。それは任命権の証」

 

 自分の頭に付けられた異物を確認のため手に取る阿久津。火水木の説明を聞いた少女は、渋い顔を浮かべてからやれやれと溜息を吐いた。

 

「付けないと駄目かい?」

「その代わり、次の指名者は好きに決めていいわよ」

「こういう時くらい、水無月さんも羽目外さないとね」

「……ミナもたまにはやるべき」

「はあ、仕方ないね」

 

 改めてネズミーカチューシャを頭に付ける阿久津。本来なら子供っぽい雰囲気になる筈だが、コイツの場合は十二支で一位に輝いた賢将ってイメージだな。

 

「に、似合ってるよ阿久津さん」

「阿久チューって件名で、梅に画像送っていいか?」

「却下だね。仮にそんな真似をしたら、キミの卒業アル――――」

「すいませんでしたっ! 写真も動画も撮りませんっ!」

「卒業?」

「気にしないでいいアルッ! それより早く次に行くアルヨッ!」

「何いきなり中国人になってんのよ?」

 

 せっかくSR阿久津ゲットのチャンスだったのに、卒業アルバムの短歌作文という黒歴史を掘り下げられては手を引かざるを得ない。くそ、何でや……何であんなもの書いてしまったんや。

 

「……ミナ、次どこ?」

「ボクとしてはタワドリの気分だね」

「GOOD!」

 

 俺もこれは乗りたかったけど、ジェットコースターの次に垂直落下かよ。

 立て続けの絶叫系アトラクションだったが、阿久津と火水木の悲鳴を聞くことはなかった。そして落下中の冬雪は「……ふぉおおおお」と静かに吠えていた。


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