早坂愛は奪いたい   作:勠b

1 / 23
早坂愛は奪いたい

「騙すよりも騙される側の方がいいな。嘘をつくのは嫌いだから」

 そんな偽善者の様な言葉を早坂愛は内心見下す。

 人は嘘で塗り固められている。外見はメイクで、表情や言葉、仕草すらも。平気で嘘をついて人は生きる。少なくとも、早坂の知る世界はそうだった。だからこそ、彼女も嘘で固まった世界に対して嘘で応える。仕草も言葉も外見も。その場その時に適した嘘で。

 気恥ずかしそうに疑問に応えた少年に嘘で作った感銘の視線を送りながらただただ見下す。大成しない偽善者と。

 そう、見下していた。

 それは、目の前の少年が取られる前の時。失くなってから気になり始めた。嘘つきの自分にも本当の自分で向き合ってくれた少年の大切さを。

 気づいた時には、遅かったのだ。

 

 

 

 

 

 ぞろぞろと帰宅してく生徒達を廊下から眺めつつ、手にした手鏡で自分の顔を見ていく。金色の髪を軽く整え、青色の瞳で自身の顔が変ではないか眺めながら軽く着崩した服装を見渡して問題ないことを改めて確認し、深呼吸して急かす心を落ち着かせる。

 最後に手鏡に向かって天真爛漫と言えるような笑顔を作り、問題ない事を確認したら図書室へと入っていった。

 机に向かって本を並べる学生達や1つの本を囲んで中身について何やら話している人達と、様々なグループがその目的に対して沿って動いていた中、ただ1人で教科書を広げて難しい顔をしている少年を見つける。それだけで、早坂の頬は緩んだ。

 

「おーい」

 適度に人がいる図書室で邪魔にならない様、それでも彼の意識を奪えるような声で必死に机に向かっていた少年に声をかける。一気に集中が早坂に奪われ、少年は視線を彼女に向けた。

「今日も頑張るねー」

 クスクスと笑いながら空いていた対面の席に腰掛ける。夕焼け空に照らしていくように鞄から出した教科書とノートを出していった。少年はその姿を見ながら何も言わない。彼からしても、早坂とテスト前の勉強会をすると言うのはもうお決まりの行事になりつつあった。

 気の抜けた声に少年は嘆息しつつ返す。

「1年生最後の試験だろ? 追試はいいけど、それに落ちたら流石にやばいって」

 将来を期待されたエリートたちが集う名門校である秀知院学園。エスカレータ式の学校というのもありおなじみの学友達が多くいるが、先生達とはそうではない。いきなり追試になるような生徒というのは嫌でも目をつけられてしまう。少年は勉強が不得意なため、こうしてテスト2週間前には落ち着ける所で勉強していた。そんな恐怖に火蓋を切ったのはつい昨日の事からだ。

 高校生になっても変わらない。早坂は期待した通りの目先の恐怖に苦しんでいる姿に内心安堵の息を吐く。

 そんな早坂の注意を引くように、見慣れた物が音をたてて存在感を顕にしていた。彼が使っている携帯だ。何時もはポケットに閉まっており、必要な時に取り出して触っていた少し旧型のそれが机の上に放り出して何度も何度も震えていた。少し止まったと思えばまた震え始め、止まったら震え……これを続ける携帯の画面は常に明るい。少年は早坂の視線に気づいて一瞬確認すると「うるさいよね」と言いポケットに仕舞った。

 

「大変だねー彼女でしょ?」

「いや、そうでもないよ」

 苦笑いに対して楽しそうに聞く早坂。今の自分なら、この態度が正解だ。そう振り返りながら内心湧く感情を押し殺す。本当は、今すぐにでもあれを奪って連絡先を消すなりブロックするなりして助けてあげたい。しかし、それは早坂には許されない。相手は彼の彼女なのだから。

 チクッと胸に痛みが走る。顔は崩さず興味を向けた視線を送りつつも内心は相手の名前を見ただけで平常心が崩れていた。

 

 今何処にいるの? 

 私は学校だよ。あと少しで帰れそう。

 まだ勉強中? しっかりしないから追試になるんだよ

 私も頑張るから、貴方も頑張ってね

 

 早坂が見ていた一瞬だけでもこれだけのメッセージが連続で送られ、それを伝えるように震えていた。

 可哀想。ただ素直に感じていた。私なら、もっと相応しい彼女になる。いや、成るのに。

 視線を教科書に戻していた少年の顔は、早坂からしたら、去年に比べてやつれているようにも感じ余計に心配になる。しかし、何も言えない。早坂はあくまでもただの友人なのだから。ただの、友人だから。

 また早坂の心を小さな痛みが襲う。

 

「今回範囲広いから大変だよねー」

「わかる。もう少し狭くしてほしいよな」

 そんな痛みから逃れるように彼との会話に興じていく。

「でもさ、早坂は勉強出来るのにテストの成績悪いよな」

「もーう、気にしてること言うような意地悪な人には教えない」

「教えてくれるの?」

「謝ったらね」

「ごめん、教えて」

 手を合わせて頭を下げる彼の姿に嘆息する。早坂は勉強自体は出来る。だが、本人の大量の仕事と学生の二重生活は思っていたよりも苦しめていた。テスト本番の静かな空気の中に晒されると集中力を奪うように来る睡魔のせいで中々良い成績が出せない。いや、むしろ悪い点数を叩き出す。最も、身分を隠すためには下の方が注目を浴びずに済むため助かるのだが。

 ただ、成績が悪くて早坂は良かったと思っている。テストの結果が悪かったおかげで目の前の苦しんでいる少年に出会えたのだから。

 

 中学2年生の夏頃、互いに違うクラスだった2人は追試の試験として空き教室に互いに机を並べて用紙に向き合っていた。

 今となってはいい思い出だが、当時の早坂は最悪だと強く感じていた。主が自身が追試と知りそれはもう大癇癪を起こしたからだ。これで落ちたら後が怖い。そう思いながら望んだ試験。

 その時は自分がこんな気持ちを彼に抱くと思っていなかった。3年生の頃になり、たまたま同じクラスになってからこの縁で話始めるようになった。

 知れば知るほど正反対の相手。政治家の息子というから、主にも仲良くするように言われたため、いい機会と思い近づいていった。知れば知るほど、自分にないモノを持つ彼が羨ましく感じていった。

 誰に対しても素直で、騙されやすくて、優しい彼に。

 始めは見下していた。政治家の息子という腹に一物抱えてなければとてもじゃないがやれない職業の子供がこんなにも子供染みた思想を持っていることに。余りにも幼すぎる事に。

 しかし、彼との会話は楽しかった。嘘の自分でも、受け入れてくれているようで居心地良く感じていた。

 それだけなら、今でも気楽だった。

 仕える主がいない放課後、暇な時に話す相手で終わっていたら早坂は幸せだったのだろう。もしくは、その段階で自分の思いに気づいていたら。

 しかし、その間に切っ掛けなどなかった。彼に彼女が出来たと噂を聞いて初めて知った。

 自分の居場所がないという事に。奪われたという事に。

 

「……早坂?」

 固まる彼女に顔を上げて心配そうに見上げる彼。

 いけない。自分の世界に入り込んでいた。早坂は慌てて笑って誤魔化す。

「今度意地悪言ったら教えないからね」

「気をつけるよ」

 早速、と切り出した少年の質問に適時応えながら自分の分を広げていく。本当は早坂には必要ない。今更復習なんて。ただ、これが今できる早坂と少年、2人の時間の作り方。手段に過ぎない。

 それも長くは持たないが。早坂は生徒会役員である主が務めを終えるまで。少年は彼女の迎えが来るまでの短い間。

 早坂はとてもじゃないが満足出来ないでいた。もっと傍に居たい。話をしたい。触れ合いたい。もっと、もっとと。願いはするが口には出来ない。

 ただの友達なのだから。

 

「そういえばさ」

 少年の急な切り出しに早坂は手を止めて応える。

「もうすぐ春休みだね」

「うん、何処か行きたいね〜」

 春休み。無事に試験が通り、それが終われば早坂達は2年生になる。それは、早坂からしたらとてもつまらない事だ。

「……彼女は今3年生だから、もうすぐ同じ学校だよね」

 自分から口にする。少年の口から出るよりも受ける痛みは小さいと思ったから。それでもやはり、心は痛みを訴えた。少しだけ和らいだのは、困ったような苦笑いを見れたからだろう。

「そうなんだよね」

 反応もしてないのに今だに震え続ける携帯が、彼の反応に文句を言っているようで、早坂には滑稽に見えた。

「あれれ〜あんまり嬉しそうじゃないじゃん」

 少しだけ見えた希望に興味が湧いた。他人の不幸は何とやら、早坂は溢れそうな笑を隠しながら様子を伺う。

「いや、嬉しいといえば嬉しいけど……」

 頬を掻きつつ言葉を濁す彼を逃さない様に視線を注ぐ。逃げるように目を泳がしていたが、すぐに彼は諦めた。

「少し、大変になりそうな気がして」

 言葉を選んだつもりなんだろう。彼女と同じ学校に通うことにそんな表現で応える。その様を見て早坂は内心勝ち誇った。

 少年の彼女はとても依存的で束縛していたのを早坂はよく知っていた。同級生である自分にも何度か相談に来ていたからだ。しかし、それを良しとしない彼女は早坂と2人でいることに何度も文句を言ったという。3年生の頃、早坂がこの気持ちに気づいた頃には2人っきりになる機会を奪われた。

 しかし、高校生になり彼女の魔の手から逃れた彼は謝罪と共に仲良くしたいと早坂の元に訪ねてきたのだ。それは彼女に愛想を尽かしたのか、それとも自分の隣が居心地良く感じているのか。定かではないが、早坂愛という人間を求められた事が彼女にとって身に染みる程の幸福感を味わえた。

 それももう終わる。

 来年になれば、彼女が早坂と2人でいることを良しとしないのは目に見えてわかっている。勉強を教えるという大義名分も、きっと切り捨てられるだろう。中学最後の試験は早坂ではなく1年下の彼女が教えていたのだ。それだけ優等生であり、負けず嫌い。自分の物を奪われないように囲いこんでいる。

 だからこそ、奪ったときの優越感は凄まじいものだろう。想像だけで早坂の身は震える。

 

「あんな彼女……」

 言いかけて早坂は止めた。彼女は自分の身が余り明るみに出るのを良しとしない。学生であり、主に尽くす身であるからこそ、慎んで学校生活を励まなければいけない。

 そんな自分が別れさせ、少年と付き合うことになると良くも悪くも目立ってしまうだろう。

 それに、周りからは別れるように色んな人に言われる場面を良く見る。事ある毎にメッセージを送って何処にいようと自分がいるという存在の誇示を忘れない彼女がいる事はクラスメートどころか、学年内でも有名な話になりつつあるからだ。気味悪がって彼の友人達がそう言う場面を見かける度に内心同意の言葉を送っている。それでも別れる気配がないのは、彼の優しさからか、彼女が欲しいという欲求からか。束縛されるのが好みなのかもしれない。何れにせよ、自分ならばどんな欲求も満たせると早坂は自負している。そんな自分の方が相応しい席があると。

「あんな彼女でも良い人なんだよ?」

「ふーん、ウチは話した事ないからわかんないけどね〜」

 フォローを入れられた事に早坂はムスッとする。表情こそ出さないが。

 気まずい空気が訪れた。早坂は話題を変えるべきか、深く進むか考え、次の言葉を探している時の事。少年のポケットから鳴る音楽が図書室中の注目を引き寄せる。慌てて音を切ると、「ごめん」とだけ言って駆け足で部屋を後にする。一瞬流れた重苦しさを感じる曲に知らない人は変わった曲を設定してると思っているだろう。早坂は知っていた、その曲が彼女からのラブコールのサインというのに。

 再び静かになる図書室。掛けられた時計を眺めるといい時間という事に早坂は気がついた。もう少ししたら主も役目を終えて帰宅の用意をするだろう。少し早めに近くで待機で入るように早坂は机に並んだ自身の荷物を仕舞っていく。

 

「ごめん、そろそろ帰るよ」

 仕舞い終わった頃合いに戻ってきた彼が慌ててそう言うと乱雑に荷物を詰め込め始めた。

「どしたし〜?」

「仕事が終わったから迎えに来たって連絡。メール返してなかったから怒ってるみたいだから早めに行って機嫌とらないと」

 そう言い残して「それじゃ」と言い彼は駆け足で部屋から再び姿を消した。鞄のチャックもきちんと締めず、半分空いていたがそれを伝える時間もない。

 意味合いこそ違えど、そんなにも彼女に会いたがる姿は早坂からしたら面白くも何ともなかった。ただただ不愉快。

 私なら、あんな風に嫌な思いさせないのに。私なら、私なら、私なら……っと内心彼女と見比べる。それでも、妄想は妄想。現実は変わらない。早坂愛は友人であり、少年にはすでに恋人がいる。気に食わない恋人が。彼女が嫌いというわけではない。好きでもないが。ただ、嫌なだけなのだ。自分に無いものを持つ彼女が。欲しかったものを奪った彼女が。

 

 嘆息混じりで早坂も部屋を後にする。そのままゆっくりとした足取りで人気のない廊下へ出向くと、そこから校門を眺める。彼女の顔こそ隠れていて見えないが、必死に謝っている少年の顔を遠くから見つめる。先程の平謝りとはわけが違う。今すぐ土下座でもするかのような勢いだ。ただ、メッセージを見なかっただけで。返さなかっただけで。

 あんな彼女の何処かいいの? 

 早坂は漏れた疑問を口にしながら、1人ボッチの廊下で主の指示を待つ。気を使うように笑いながら彼女と歩き出す少年の背を見送りながら。

 

 

 

 

 

「早坂、テストは大丈夫なの?」

 早坂の主である四宮かぐやは呆れ混じりに尋ねる。

「はい、追試にならない程度には」

 彼女の髪をとぎながら、早坂は無愛想に応える。感情を出さないメイド。それは学園での天真爛漫な彼女とはかけ離れた姿であり、早坂の1つの姿。

「ならいいけど」

 嘆息混じりに応えつつ、かぐやは欠伸をする。もうすぐ就寝という今は早坂と共に過ごす彼女達のかけがえのない時間でもあった。

「それで、調子はどうなの?」

「調子、とは?」

 主語のない質問に首を傾げて聞き返すと、かぐやはその白い肌を少し赤く染めながら少年の名前を口にした。

「あぁ、彼となら今日勉強を一緒にしましたよ」

「そ、そう。それで?」

「それだけです」

「それだけ!?」

 かぐやは大袈裟な反応をして振り向く。そのまま驚く早坂の肩を強く掴んだ。

「それだけって、このままじゃ取られちゃうじゃない!? いいの!?」

「と、取られるも何も……」

 元から私のじゃない。彼は初めから彼女のモノ。

「いい、早坂」

 咳払いを1つして次の言葉を溜める。何を言おうとしているのか、かぐやの顔は更に赤くなっていった。

「貴方は四宮家のメイド。欲しいモノは四宮家に関わる人間として何が何でも手にしなさい」

 そんな叱咤激励に早坂の頬は緩んだ。侍女である自分の事も気にかけるかぐやの優しさに触れれる者は決して多くはない。大抵の人は彼女の冷たい態度や言葉に責められる。しかし、最近は徐々にだがその氷も溶けてきている。

 彼女もまた、恋をしている。本人は否定をしているが、早坂は確信していた。だからこそ、同じ様に恋をする身近な自分を応援してくれていると。

 

「そして……」

 言葉を続ける前にまた口ごもる。珍しく狼狽する姿に新鮮味を感じながらただ早坂は待つ。

「そして、何をしたらつつつ、付き合って、告白させれたか私に教えること!!」

「はぁ」

 何を言い出すかと思えば。早坂はため息のように大きく息を吐いた。

「ですが、私の恋愛はプライベート。かぐや様に報告の義務はございません」

「なによっ!? クラスも一緒にしてあげたし、休みだってとりやすくしたんだからそれぐらいいいじゃない!!」

 我儘を重ねると勢いよく顔を反らされた。子供のような反応に早坂は思わず笑を溢す。

 かぐやは早坂の思いを知るただ1人の人物。始めは遠回しに仕事について交渉を試みた早坂だが、勘の良い主に全てを看破され知られてしまった。既に彼女がいる人を好きになる事に否定されると思っていた早坂だが、予想外の返事が返ってきた。

 

 いいじゃない。欲しいものは奪ってでも得るものよ

 

 とても中学生の言葉とは思えないそれは、早坂の思いを加速させた切っ掛けでもある。だからこそ、諦めきれない。様々な協力をしてくれている主のためにも。

 

「まぁ、早坂の恋の行方を楽しみにしてるわ。最悪、その彼女とやらにはどっか地方にでも行ってもらえばいいし」

 最悪それに縋るだろう。早坂は内心で主の言葉に感謝をする。

「かぐや様」

 しかし、口には決してしない。

「この早坂、四宮家のメイドとしてプライベートでも最善を尽くすつもりです」

 先ずは自分の力で挑む。何事も卒なくこなせる様に幼い頃から教育を受けてきた主の名前に傷をつかないように。

 その姿勢が伝わったのだろう。かぐやは満足気に微笑えんだ。

 

 たとえ間違っているとしても、どんな手段でも使いたい。

 騙されてもいいと語る少年だからこそ、嘘偽りの自分に相応しい。

 居心地良い、自分の居場所。そこでしか息ができないとすら思えてしまう。

 そんな居場所を……。

 早坂愛は奪いたい

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。