早坂愛は奪いたい   作:勠b

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赤錆身人は愛を知りたい

 赤錆身仁

 政治家の父を持つ少年は母の顔どころか名前すら知らない。

 顔を見ようにも、母の写真所か存在を確認を出来るものが家にはない。父子家庭には広すぎる家には他の者が住んでいた形跡1つ存在しない。

 名前を尋ねる相手がいない。父に尋ねた所で返ってくるのは無関心な言葉のみ。他の親族も彼の母を知る人等いなかった。

 

 それでもよかった。

 初めからいない人に、いたという事実すらない人を知りたがる程赤錆は好奇心に飢えていなかった。

 そして、子供ながらにわかってしまった。

 自分は名前も知らない女との間に出来た子というのを。

 

 まだ小学生になったばかりの頃。

 周りの子達は自身の名前の由来について興味を持ちそれをよく話題としていた。赤錆も例に漏れず興味本位で父に尋ねる事にした。

 誰もいない静かなリビングは子供だった赤錆には広く寂しい空間が広がる。それでも、仕事で忙しいと語り2人っきりの家なのにすれ違いの日々を過ごしていた父と話をしたいとこの日は言いつけを破り何時もよりも遅くまで起きていた。

 瞼を開くのも限界になったのは時計の針が10時を指しかけた頃。テーブルに持たれつつ勝手に閉じ行く視界を必死にこじ開けようと1人奮闘していた時に、ようやく聞こえたのは待ち人が帰ってきた事を示すドアが開かれる音。

 普段とは全く違う上機嫌な声で何かを話す父の顔を見ようと出迎えに行く時には襲っていた眠気等全て放って忘れていた。

 

 数日振りに見た父は驚きつつも赤錆を叱りつけたのを思い出す。言いつけを忘れて悪さをした自分の子を。

 それでも、涙を浮かべ謝罪をした後に続けた質問に大好きな父は短く応えた。舌打ちをして激しい苛立ちをぶつけながら。

 

 身から出た錆

 遊びで出来たのがお前だ

 

 子供だった赤錆にその言葉の意味を理解するのは、自分で意味を調べた数日後の事。

 母の存在に興味を無くしたのは、思えばこの時だったのだろう。

 激しく怒る父を慰めるように言葉をかける見知らぬ女性。様々な部位を露出させた派手な衣類に身を包んだ女と目があった。

 ここからは大人の時間だから子供は寝るようにと優しく言い聞かせた彼女の言葉。今でも赤錆はその声を思い出せる。

 短い間だが一方的に言われた言葉の数々。我儘な自分を責め立てた言葉達よりも恐ろしく、気味が悪く、最も気分を害させたその女の言葉。

 優しいその声かけに赤錆は逃げるように自室へ走る。

 何の知識も持たない子供は、この家で唯一寛げる夢の時間に早く行こうとベッドで丸くなって思う。自身の直感のような何かに。

 自分が夢の世界へ逃げる時に、大人である父は何をしてるのだろうか。

 それは、大人達の遊びだろうか。

 それは、自分が生まれた理由なのだろうか。

 それは、母の顔を知らない理由なのだろうか。

 何も分からない子供はただ、静かな部屋で1人頭を抱えて夢の世界へ逃げ行った。

 

 それは、無力な子供が出来る唯一の逃げ道だったから。

 

 そしてそれは、高校生となった少年も変わらなかった。

 無力な抵抗も終え、置いておいたパンを適当にかじり静かな携帯を見つめる。

 少し前まではアピールを欠かすことなく震え続けたのが懐かしく感じつつも、今では自分が相手にアピールする番。今日も彼女に挨拶を送ると直ぐに既読がついた。それでも返信が来ないことは知っていた。

 半ば諦めた気持ちを持ちつつも、それでもという思いにかけつつテーブルに置いてチラチラと見ながら食べていく。結局全てを食べ終えても何も変わらない画面に複雑な気持ちを抱いた。

 

 春休みのあの日、スミシーと伊井野が出会ったあの日から彼女からの連絡はない。

 前ならば頼まなくても大量に送ってきた言葉達は空に消えてただ一方的に送りつけるようになってしまった。

 伊井野はどんな気持ちで俺にメッセージを送り続けていたんだろう。そう思うと、まともに返してなかった自分自身への甘さが嫌になる。

 一言でも言葉が返ってきたらどれだけ気楽だろうか。せめて今日ぐらいは気楽に行きたい。そう願っていたのに。

 窓ガラスから映る日差しが自身の服装を照らす。真っ黒な制服を。

 

 始業式

 1年生は2年生に。2年生は3年生になる今日は、赤錆からしたら最悪な1日だと始まってすぐに決めつけていた。

 余りにも多忙で、多難であった春休みの終わりは余りにもあっけなく結局スミシーと伊井野そして早坂と会った日から特別な事等何もなく過ぎ去っていった。強いて言うならばその日に折角出来た友人とも春休みに会えなくなったと急に連絡があったぐらいだろうか。

 黒猫が横切るのは不幸の前触れ。スミシーは赤錆の中で不幸の前触れ所かその原因にすら思える程の印象を与えていた。

 そんな彼女からもあの日を境に連絡はない。此方の方は赤錆から連絡をする事すらないのだが。

 

 そんな春休みの終わりを告げる始業式。この日は3つの試練を告げる日でもあった。

 1つは連絡1つ寄越さない伊井野の存在。1人では支えきれない程の重圧を感じていた。

 せめて一言あれば。何かしらの会話が出来ればスミシーの説明も落ち着いて出来た。それに伊井野の機嫌を治す切っ掛けを作ることも。

 2つめは新しいクラス。正確には彼女、早坂愛と同じクラスになるかどうか。

 違うクラスでも話すぐらいは出来るが余所のクラスというのは少し入りづらい雰囲気を感じる。あの他人を受け入れるかどうかのクラス中の見定めるような視線は彼は好きではない。

 何よりも、2年間同じクラスで友人として付き合っていた事、それに春休みで唯一話せたあの日。ある意味では自身の多難な春休みの最後の思い出を楽しく彩ったあの日は赤錆からしたら救いを感じていた。

 気兼ねなく接することができ、気軽に様々な事を話せる彼女の存在は友人が少ない赤錆からしたら大きな心の拠り所でもある。

 そんな幸運の象徴のような彼女と同じクラスになれるかどうか。

 

 そして、3つめは目の前のトビラの先にある。

 大きく息を吸い、吐いていく。

 ドアを軽く叩いて声がしたらそっと開ける。

 自分にあてがわれた部屋よりも倍近く広い部屋の中央に置かれた1人で余りにも大きすぎるベッド。ここの主は目覚めたばかりなのか眠たそうにあくびをしながらそれに腰掛けていた。

 

「おはようございます。父さん」

 下着姿を隠すことなく堂々とテーブルに置かれていたタバコを手に取り火を付けると、挨拶と言わんばかりに濃い煙を自身の子に向けて吐く。

 目に染みる煙に顔をしかめつつ軽くそむけると、ベッドにはもう一人ゲストがいた事に気づく。

 首から下をシーツに包まれ安定した呼吸で休む顔も知らない女が。

 あぁ、またか。もはや口にするのも面倒になりつつベッド周りに散乱した衣類を見て呆れた気持ちになる。

「なんだ、もう春休みは終わったのか」

 隣の女の事も、自身が半裸で居ることにも触れず制服姿の子を興味なさげに見つめる。

 

「わかってるな、出来損ないの女の手からわざわざお前を引き取ってやった意味を」

 忌々しい感情を隠す事なく顔に出し、再び煙を赤錆に吐く。焦げるような匂いに混じってほのかに臭う獣臭さに吐き気を覚えながらも「わかってます」と小声で応える。

「お前が四宮の娘と同年代の子じゃなければ、俺も放っておいたのに」

 ため息の後に「面倒だ」と付け加える父の姿。

 そうそう話す事も、顔を見ることもしない実の父から向けられる実子に向けたとは思えない言葉の数々も赤錆からしたら聞き慣れた言葉になっていた。

「いいか、お前の顔だけでも売っておけ。四宮家と繋がりが出来れば、それだけで俺の未来は安泰だ」

「わかってます。頑張ります」

 そう言って頭を下げる。

 

 学校の始まりと終わりの日はこうして父と話すのが赤錆家の事例になっている。

 唯一この日のみが父と子が話す日。それ以外は顔を合わせても挨拶ぐらいしかしない。

 子からしたら、自身を道具としか見ない父に深く関わりたくなくて

 父からしたら、自身の錆の象徴を見たくなくて

 そんな2人の久々の会話はたったの数分で幕を閉じ、「行ってきます」の1言と共にトビラを閉めた。

 

 トビラに背を向けて改めて大きく息を吸う。焦げた匂いは消えていたが、何処か獣のような匂いを感じた。吐かれた息のせいなのか、自身に流れる血がそう思わせているのか。

 父と会う度に考えさせられることがあった。

 

 愛ってなんなんだろう

 

 そう思い真っ先に浮かぶのは唯一の心の許せる友人の顔。最も、彼女の名前だから思い浮かべるだけなのだが。

 あの悪夢を境に隠すことなく時折見知らぬ女を連れてくる父の姿と口先1つで嬉しそうに微笑む女達の顔。今日の女は何を言われていたのだろうか。

 根も葉もない嘘達を並べて騙し、蜜を吸って吐き捨てる。それが自分の父であり、捨てられた花は自分の母。

 当然、そんな女の事を身内が知るはずもなく居た形跡が残る事もない。

 そんな事になるとも知らずに、幸せそうに笑うあの顔達が赤錆は思うところがあった。

 

 嘘だらけの自身の父親。

 女に語る言葉も、新聞やテレビで見る凛とした姿も赤錆は第三者として見ることはあっても当事者として見たことはない。何処か他人の様に感じるし、実際他人と言われたら疑わないだろう。

 それ程迄に想像できない様な振り幅を持つ父は、何処にでもいける立派な嘘つき。

 そんな父の子だからこそ、赤錆は嘘が嫌いだ。自分が嘘をつくことを嫌う。

 それでも、彼の知る大人は父と女達しかない。

 騙す側と騙される側しか。

 ふと思う。いや、何時も思っている。

 どうせなら俺は、何も知らずに幸せな嘘で騙されたい。そのまま捨てられようとも。

 人を騙して捨てるぐらいなら、捨てられるぐらいが気楽でいい。

 乾いた笑いを浮かべながら玄関を開ける。

 

 嫌になる程綺麗な青空は今の赤錆からしたら目に染みる。

 ため息と共に気持ちを切り替える。

 新しいクラスに友人の名前がある事を祈りつつ、すぐに同じ場所に来るであろう彼女と学校で出会う前に話を出来ることを祈りつつ赤錆はもう1度と思い息を吸う。

 獣臭さは無くなり、自然な空気に胃の中を入れ替えようと。

 充分に堪能したらしい最後、誰もいない玄関に向かって返ってきたことない言葉を呟く。

 

「行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

 通行人達に聞かれないよう小声で早坂愛は呟いた。

 イヤホンから聞こえた少年への返事。届くことも、聞かせることも今は出来ない。

 何時もよりも少し早めに四宮家を出て学園に向う彼女は周りから見ても明らかに上機嫌な笑みを浮かべていた。

 早く出たのはクラス変えを見たいからではない。早坂からしたら既に主と彼と同じクラスにいるというのは知っていた。今回も、これからも。

 ただ早く来てやらなければいけない事があるから、わざわざ早起きをして用意を済ませ主に断りを入れた。

 

 かぐやは送迎者と共に車で学園へ向かう。

 彼女の近侍として学園にいる事を隠すためにも早坂は朝は別行動をとり何時も早めに学園で待機していた。

 それが少し早くなるだけ。主はため息と共に了承してくれた。

 

 順調に事が進んだ春休み。

 自分の悲願がようやく叶う日もそう遠くないと彼女は確信していた。

 どんな風にトドメを刺そうか、終わらせようかとは考えていない。むしろその後にばかり目が行っていた。

 終わらせ方は考えていた。

 

 元は人の噂から始まった恋愛。

 別に彼は伊井野の事を好きではない。そう早坂は決めつけている。

 束縛が強く、異性と話してるだけで目くじらを立て、会えない時は異常な程の連絡を寄越し、傍にいる時は常に付きっきりの彼女。

 ただ体よく使われているようにしか早坂には見えていない。

 

 それでも周りは嘘を言う。

 付き合っているんじゃないか、と。

 その言葉を信じただけ。だから私が助けるだけ。

 告白しようと考えてた事もあった。でも、私に相談するって事は悩んでいるという事。

 駄目なことは駄目と教えないといけない。

 嫌な事は嫌と口にするように教えないといけない。

 そんな手の掛かる子供のような所もまた、早坂からしたら可愛らしくて愛おしい。

 

 伊井野は赤錆を自分と同じ正直者の汚れない善人だと感じている。

 嘘を嫌う彼の言葉からそう感じ取って勝手にシンパシーを感じているだけと。

 だが、早坂は違う。

 赤錆を好きになり、真っ先に始めた情報収集で彼の事をよく知れた。父親の事を。

 表に出てないだけで女たらしな性格も、実の子に対する扱いも。

 もっとも、音声しか聞けない早坂は今日も連れ込んでいた女の前で話していた事は知らないが。

 

 そんな彼だからこそ、早坂は彼を汚れきった人と考える。

 四宮家の近侍として幼い頃から務めあげ、今まで様々な事をし、様々なオトナ達と関わって周りよりも汚れた自分と同じように。

 違いは単純。

 自分が汚れていると知っているか知らないか。

 汚れた父の背中しか見たことのない彼は自分の汚れを知らない。だから、人からの単純な悪意ある噂を気にせずに鵜呑みにして思い込んだだけ。

 

 誰かが守ってあげないといけない人。

 それは、彼をよく知る自分にしか出来ないこと。

 誰よりも、それこそ親や本人よりも知り尽くしている自分にしか出来ないこと。

 だから、私達はお似合いだよ。

 

 そんな事を思いつつ、これからの未来予想図を描いていく。

 そのための仕上げは簡単。

 

 噂で出来上がったカップルという関係。

 もう少しで誠になったかもしれない嘘。

 そんな関係を壊すには、やっぱり元を正すしかない。

 一度壊せば、簡単なアドバイスで幾らでも彼の動きを変えられる。

 駄目ならスミシーを出せばいい。

 ハーサカとして、男性の意見と称して付き合いを否定してもいい。

 

 あと少し

 そう思っていると、イヤホンから足音しか聞こえなくなった事に気づく。

 後は普通に通学するだけだ。だったら、少しだけ甘えてもいいよね。

 そう思って音声を切り替える。

 新しく聞こえた声に早坂の顔はまた真っ赤になる。

 紅潮した顔を隠すことなく、こんな思いをまたしたいと強請るような気持ちに押し負け早足で学園へと向かっていった。

 

 

 

 

 春休みが終わり、新たなる始まりも告げる始業式

 

 この日からそう遠くない未来に赤錆は愛に触れる。

 情けなく倒れ込んだ自身に向かって差し出されたその手の主に、胸のトキメキを感じる事に。

 新たな春を告げたその日は赤錆は人の愛情に触れ

 彼を取り巻く少女達の深い愛に襲われる

 もっとも深い感情は既に赤錆を襲っている事に気づいていないだけなのだが。

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