早坂愛は奪いたい   作:勠b

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早坂愛は教えたい

「情欲に流されるのはいい。だけど、流されているという自覚を持つんだ」

 早坂愛は教壇に立ち、黒板にでかでかと書いた言葉を口にする。

 自分達しかいない教室で放れた言葉。当然受取人は自分しかいない事を知りながらも、赤錆はその言葉に見向きもせずに机の上に置いた自身の腕にその顔を埋めていた。

 

「情欲じゃないけど、流されて付き合ってた? わけだから、これからは気をつけないといけないよ〜」

 書きたいことを書き終え、彼の隣の席に無断で座り、顔を近づけ反応を観察していく。

「ほらほら、何か言いたいことある人〜?」

「……ありません」

 勘弁してと言うように悲惨な顔を早坂に向ける。今にも泣き出してしまいそうなその顔を。

 そんな思いするぐらいなら始めから付き合わなくてよかったのに。

 早坂からしたらそれを見せられてもため息しか出なかった。

 

「付き合ってないってはっきり言われんだから、開き直ればいいんじゃね〜?」

「開き直るも直らないも、先ずは伊井野と話をしないと……」

「でも、逃げられたんでしょ」

「なんで逃げられたのかなぁ」

 再び顔を隠す赤錆。

 2年生になって早2週間。

 この間に赤錆は春休みに起きたトラブルを何一つとして解決していないどころか、更に増やしている。

 

 スミシーとは音信不通。また黒猫のように気まぐれに目の前を横ぎるかもしれない。

 彼女が言う今度が何時いかなる時になるかわからないまま過ぎていく。

 伊井野とも連絡を取れていない。

 スミシーとは違い、同じ学び舎に通う彼女。当然会いに行こうと思えば会える。

 赤錆は早速彼女に会いに行ったが、まだ風紀委員じゃないにも関わらず学校の見回りをしていると彼女のクラスメートに言われ会えないまま数日が過ぎていた。

 早坂にも協力してもらい放課後地道に探し回ってようやく昨日彼女と会うことができた。

 しかし、赤錆の顔を見るなり駆け足で逃げていったその様に彼の心は大きく抉られてしまう。実際今日は登校するなり殆ど顔を隠して席に座りっぱなしだ。

 この、2つの問題は既存のもの。そして、学校が始まり出来た問題は1つ。

 

 伊井野ミコと別れたという噂の一人歩き。

 付き合っていたかどうかという認識も出来てないまま広まり始めたこの噂。煙が立つことは始めからわかっていた。

 付き合いができてからの中学時代、同じ学校に居た時は毎日のように放課後クラスに訪ねてきた伊井野がこの一週間顔すら見せない。彼女自身は見回りをしているのに。赤錆を連れ回していない。

 赤錆の同級生殆どが知っていた光景とは違う今を見て誰かが噂したのだろう。

 伊井野ミコと別れた、と。

 

 しかし早い。早すぎる。

 赤錆も噂をされるのは覚悟していた。

 初日の時点で伊井野がかつてのようにクラスに顔を覗かせて早坂と話している事に文句を言いつつ見回りに誘ってきてくれたら、どれだけ気持ち的に楽だったのだろうか。

 見回り後にでも、スミシーの話を自分の口でして最後お互いの関係を見つめ直して定義付け出来たらどれだけ楽だったのだらう。

 

 付き合っているか、付き合っていないか。

 付き合うのか、付き合わないのか。

 

 傍から見たらカップルに見えた自分達。それを否定する伊井野に合わせていた所はあった。

 一時期告白を考えた事もあったが、結局は目の前の友人に相談をしていた。

 付き合うという感覚が、好きになるという気持ちがよく分からなかったからこそ無心にも目の前の少女に。その時は「もう付き合ってるみたいなもんだしいいんじゃない」と言われその言葉だけを鵜呑みにした。

 告白をして振られることを恐れたというのもある。自信がない。

 自分が伊井野ミコを好きだと言える自信が。

 人を好きになるというのがいまいち赤錆には分からなかった。

 幼い頃から愛情など与えられなかったから。分からない。

 父親の背を見てもその時だけの愛情を言葉して語る姿しか見たことがない。だから人を好きになる感覚がわからない。

 

 だからこそ、その関係を明確にすることを避けていた。避ける彼女の傍にいた。

 伊井野の傍で過ごす事によって人を好きになる気持ちが分かると考えたから。

 その結果がこれである。

 周りから見たカップルというカテゴライズに甘え、恋人の真似事をして気持ちを知ろうとした結果が今、伊井野を深く傷つけている。

 自分のせいで傷つけている。

 その現実が少年の身に重くのしかかっていた。

 

「まぁさ、落ち込んでたら進まないし」

 雑に彼の頭を数回叩き笑顔を向けるも反応はない。

 早坂からしたら、本当に不思議に見えた。

 付き合ってたって嘘が無くなっただけで、落ち込む事なんてないのにな。ただただ不思議に感じている。

 

 始めから2人が告白のような形めいた事をしていないというのは赤錆から聞いていた。噂話に飢えた周りが広めた虚偽。伊井野を疎む人達がからかい半分で広めた嘘。

 赤錆自身も悩んでいた不明瞭な関係にようやく終止符が打たれたのだ。むしろ喜ぶべきなのに。

 告白すべきかどうかの問にとっさに出た言葉。無意識の嫉妬から生まれた言葉のおかげでここまで宙ぶらりんな関係になってしまった。

 もっと早く好きでいたら、こんな事にならずにすんだのに。

 そう思うと、落ち込んでいる赤錆を自分が追い込んでいるように見えて胸が苦しくなる。

 自分の不甲斐なさが原因で生んだこの結果に。

 

 だからこそ、赤錆を助けたいと強く願う。

 そして、助けるだけでなく自分をアピールするチャンスとも。

 

 恋愛相談

 

 既に特定の意中がいる相手に対して、その悩みを聞きアドバイスを送る。

 相談する側は自分が直面する問題を他者に話す程弱っている証拠であり、受ける側はそんな弱っている相手に自分の優しさを印象づけるチャンスでもある。嫌な顔せずにしっかり聞く自分の優しさを。

 それ以外にも、相手に対して自分の意見を言うということは自分の考え方をしっかりと伝える機会。お互いの考え方を認識しあうというのは今後の付き合いで大事なことにもなる。もっとも、早坂は赤錆の事を殆ど理解していると自負しているが。

 相談相手というのは誰にとっても貴重な者。自分にとって大切な存在と格付けされる。

 現に中学時代からよく相談を受ける早坂は、赤錆からしたら誰よりも親しい友人としてカテゴライズされていた。

 この立場を保ちつつ、恋愛に対する考え方を伝える。恋愛が何一つわからない赤錆を自分の考え方で染める絶好の場なのだ。

 

「流され恋愛なんてダメダメ、誰も得しないし。

 赤錆くんは後悔してるんでしょ。

 伊井野ちゃんも、コーカイしてると思うな」

「……そうだな、自分で好きだと思った相手と付き合わないと」

「そそ、赤錆くんが好きだと思った人。

 でも、思ったってだけで告白なんてゼッタイダメ。

 きちんと相手の事を知って、分かってからじゃないと今度はスミシーさんみたいな人と付き合っちゃうかもね〜」

「ちゃんと知ってから付き合わないとダメ、か」

「そうそう。

 わかってきた? 

 困ったことがあったら助けてくれて〜相談に乗ってくれて〜何時でも優しくしてくれる人を探さないとね〜」

「そんな人中々いないよ」

 

 すぐ隣にいますけど。

 言いたくなる言葉を抑えて苦笑いの赤錆を真顔で見てしまう。

 

「理想は高くしないとダメっしょ! 始めからハードル低くしてたらそのうち誰でもいいやってなっちゃうよ」

「それは嫌だ。ちゃんとした人と長く付き合いたい」

 誰でもいい人と付き合う。その言葉を聞いてすぐに思い浮かべた父の顔。

 あの人のように、誰も彼もと付き合ってすぐに捨てるような大人にだけはなりたくない。

 

「だったら探してみないと。

 案外すぐに見つかるかもしれないよ〜」

「そうだね、頑張る」

 今度は互いに笑い合う。

 別に今は気づかなくてもいいや。私から告白でもしたら、きっとわかってくれるはず。

 そう思いつつも、やはり自分の気持ちに気づかない赤錆には少し感じるものはある。

 最もこれは、長い恋愛相談をしていた結果『恋愛対象』から『深い友情』に意識的か無意識かはわからないが括られたからだろうから。自分の事もよく知ってくれていると早坂は願いつつイジワルを考える。

 

「恋愛って難しいね〜」

「そうだね」

「でも、私も誰かと付き合いたいな」

「えっ?」

 意外な言葉と思われたのか、少し目を大きく開ける赤錆。

 そんな瞳の中心を奪おうと恥じらいを浮かべた様子を見せる。

 私を見てほしいから。

 

「私も、誰かと付き合いたい」

 念を押す様に言ってみる。

 誰か、という部分は嘘。付き合いたい相手は決まっている。そんな相手は呆然としているが。

 

 甘い空気が流れていく。

 時期が時期ならこのタイミングで告白する事も視野に入れるような雰囲気が。

 だが、今は出来ない。

 伊井野ミコと別れたという噂が流れる今は。

 四宮かぐやの近侍として学園にいる以上、目立つわけにはいかない。自分が目立つという事は、今後もあるであろう主からの無茶振りや様子を伺う仕事に足枷が出来るため。

 自分自身に来る甘えた考えを必死に切り捨てて口を閉ざす。

 

 幼稚園からこの今まで同じ環境で過ごしてきた人が多いこの学園に置いて、話題というのは重要だ。

 特定の大きな話題に皆飢えている。自分達が好きに話せる話題を。

『あの伊井野ミコと赤錆身仁が付き合ってる』という恋愛談や『2人が別れた』というような失恋談が。

 前者ならば、2人が傍にいる場面を見れば一時的に小規模ながら再熱し新たな話題を組み入れて伝播していく噂。しかし、後者は違う。結果だけを並べたこれは時間と共に風化していく。

 付き合うとするならば、その後。皆が忘れきたタイミングに。

 今付き合うと泥棒猫という不名誉なレッテル貼りと共に噂が大炎上してしまい、熱を冷めるのを待つのが難しくなるから。

 

 それでも、意識はしてほしい。

 早坂愛という少女も恋をしてみたいという現実に。

 少しでも意識を持って、それがあわよくば知らないところで恋愛感情として発展すれば早坂からしたら言うことはない。

 そこまでいかなくても、今後あるかもしれない他の女に対して芽生えた感情と自分を比較するようになればいい。

 自分の恋人としてどちらが相応しいか、見比べればいい。

 早坂を選べばそのまま、相手を選べば……。

 何れにせよ、今は付き合えない現状。

 時間稼ぎにしかならないが、それでも自分も恋愛候補の1人としてカウントされればそれでいい。

 ただ、それだけでは終わらなそう。

 意外にも固まっていた赤錆はゆっくり口動かしていく。固まっていても、その頬は紅潮していた。

 最も傍にいる異性からきた、急な恋愛相談。

 普段とは逆の関係に、急に来たその言葉に。

 早坂も期待する。

 

 

「早坂、それって──」

「──ここですか!! 恋愛してるっぽい部屋は!!」

 

 ただ、最悪なタイミングで最悪なゲストの登場によって早坂が期待する言葉も展開にもならなかった。

 1人異様にテンション高い彼女は、部屋に入ってくるやいなや早坂と赤錆の間に立ってその目を輝かせながら交互に向ける。

 

「ねぇ、ねぇ!! 恋愛してました!」

「してない」

「またまた赤錆くんはすぐ誤魔化すんだからー」

「してないし」

「えー、早坂さんまで誤魔化すんですかー?」

「千花、うるさい」

「ひどいっ!!」

 

 乱入者、藤原千花は冷たい一言に突き放されると早坂に抱きつく。

 暑苦しいと感じつつに無表情でその頭を撫でていった。

「もー、そんな甘い空気なんて出してないよちか……千花?」

「あっ、早坂さんも私の事千花って呼んでくれるようになった!!」

 子供のようにはしゃぎながら顔を近づける藤原に対して、邪魔と感じつつ首を傾げて赤錆を見る。

「えっ? 千花って?? えっ???」

「うん? どうかした?」

「どうかしましたか愛ちゃん?」

 疑問が頭を埋める早坂を置いて仲良く同じ問を同じタイミングで口にして早坂の真似をする。

 

 えっ? なんでそんなに仲良しなの!? 

「えっ? なんでそんなに仲良しなの!?」

 思考と同時に口に出た疑問。この際急激に仲を詰めてきた事は不問とした。

「なんでって言われましても……」

「昔から?」

「昔から!?」

 珍しく彼女の慌てふためく姿を見る赤錆。それを不思議そうに藤原と見ていたが、彼はいち早くその理由に気づいた。

 

「千花とは子供の頃よく遊んでたんだよ」

「でも、去年とか全然話してるとこ見てなかったよ!!」

「去年というか……伊井野と仲良くなってからピタリと話さなくなったね」

「うっ」

 思い当たるところがあるのか、藤原は気まずそうな顔をして2人から目を逸らして明らかに逃げる。

 

「不都合な風紀とか守らないから風紀委員の伊井野に目をつけられたら困るし」

「ううっ」

「持ち込んでるもの見られたら没収されるものよく持ってくるし」

「うううっ」

「注意深く見られると埃がポロポロ落ちてくるから、伊井野と仲のいい俺との縁をばっさり切ったんだよ」

「ううううううっっっ!!」

 

 仇返しと言わんばかりの言葉で切られた藤原はその場で蹲ると「しょうがないじゃないですか」と呟く。

 うわー、ひどっ。

 何一つとしてしょうがないことではないのに言い訳をする藤原の小さくなる背に早坂は少し軽蔑をした。

 いや、それよりも。思考を切り替える。

 

 藤原千花

 かぐやの付き人としてここにいる以上、主からの命は絶対。

 しかし、彼女が関わるとどんなささいな要件でもその命は一気に厳しいものとなる。

 思いつきでしか動かない予想不能な動きに思いつきでしか動かない思考回路。その場の流れや空気を平気で踏み潰すような彼女は現にいい雰囲気であるこの教室を狙って突撃するという明らかに常人ではない判断と行動の片鱗を見せつけてきた。

 そんな彼女が、赤錆と仲の良い。それも昔から。

 

「へー、そうなんだ〜」

 焦る内心を笑顔で隠す。

 赤錆身仁の家庭事情、家族関係なんなら本当の母親の事といった彼が知らない事すら調べ尽くしてる早坂。

 だが、調べていないことはある。

 学園内での交流関係

 正確に言えば調べる必要がないと思っていた。

 そんなもの、自分が傍で見ていれば嫌でもわかるのだから。

 だからこそこの衝撃的な事実に早坂は考える。

 取り急ぎで必要な情報は何か。

 得られたもの次第では進む道標を変えなければいけない。

 自分がした事が、藤原の味方になるような事があってはいけない。それではまるで自分が後押ししたような形になるのだから。

 

「ふーん、へー」

 とりあえず時間を稼ぐ。考えを纏めたい。

 女性というのは自分を飾りたいもの。しかし、学生という身分では限界がある。

 校則という限界が。

 はじめは校則に触れるか触れないかというグレーゾーンで各々オシャレを持ち込み自慢しあって共感し合う。

 自分達のオシャレが浸透してくると、グレーゾーンから一歩また一歩とはみ出していく者が出てくる。校則を破る者が。

 だからこそ、風紀委員であり正義感の強い伊井野という少女は疎まれている。

 そんな彼女に付き合う彼もまた、クラスの女性陣とは距離を置かれていた。

 嫉妬深い彼女からしたら、仲良く話しているだけで苦言を言われ、それが続けば顔を覚えられて何時しか通りすがっただけでもマークされるようになると思い始めたからだ。

 実際、早坂は中学時代ではよく指導のため声をかけられていた。尤も、始まる前に問題箇所を瞬時に修正して難を逃れたが。

 そんな早坂を見て、その愚痴を聞きより距離を置かれていたのが昨年。当時はいなくても、翌年には彼女が来ると思っただけで離れた距離は縮まる事を知らなかった。

 

 今もまだ埋まらない。

 まだ始まって2週間。噂話では別れたと言われているが事実はわからない。

 当事者達は始めから付き合ってないという昔からの言い分しか返ってこないのがまた不気味に見えたのだろう。

 結局は、噂が事実と確信するまで離れた距離を維持されている。

 だからこそ、早坂は今が絶好の機会。

 自分ぐらいしか接する事がないからこそ、ずっと変わらずに接していた自分だからこそ周りに見られても特別不審がられずにコミュニケーションを深める機会。

 それが、邪魔されようとされていた。

 

「書記ちゃんはさ〜」

「千花で良いですよ愛ちゃん」

「書記ちゃんはさ」

「……はい、なんですか早坂さん」

 自分の要望が叶わない事を察して戻しつつも少し寂しそうにする藤原。

「遊んでたって、なにして遊んでたりしてたの〜?」

 しかし、その質問が来ると難しい顔をして指を唇に当てる。コロコロと表情が自然に変わるのが彼女の魅力。作ってばかりの自分とは違うところ。

 

「少し前迄頃は妹と3人で買い物とか行ってましたよ」

「妹ちゃんと? 仲いいんだ」

「はい! 小学生ぐらいの時はよく泊まりにきてたんですよ〜」

「へー、書記ちゃん家にお泊りね〜」

 思い出したのか楽しそうに笑う藤原。それを見て赤錆は少し複雑な顔をしていたのを早坂は見逃さない。

 追及は置いておき、家族ぐるみで仲の良いというのはとても面倒と考えを絞る。

 

 家族公認で友好を深める事は早坂には出来ない仕掛け。

 両親共々四宮家に仕え、仕事一筋な2人は自分が会いたくても会えないことが殆どなのだから。

 それだけでも強く寂しさを覚える両親の娘である早坂から見ても、家族愛という輝かしい言葉とは真反対の家族に育てられた彼もまた、家族愛という暖かな希望に焦がれていると考えていた。

 それを簡単に使って距離を縮めていた藤原。

 何をするにしても、本当に彼女が関わると面倒になる。

 

「今度の休みの日に買い物行こ! ねっ!!」

「今はちょっと……」

「いいじゃないですか! 荷物持ちして下さいよ!!」

「うーん……」

「ねっ!! ねっ!!」

 悲しげに揺れる瞳で顔前を占拠するが、赤錆は難色な様子で返す。

 現在進行形で女性とトラブルを起こしている身である以上、下手に他の異性と遊びに行くのは点けられた導火線を加速させるようにしか感じなかった。

 彼女もまた、そんな彼を考えない提案には否定的だ。

 

「あーあ〜書記ちゃん嫌がられてるよ〜」

「嫌がられてないですよっ!!」

 くわっと後ろにいる早坂にその涙目を向ける。うーっと唸りつつ、このまま押しても意味がないと考えた彼女は気になっていた黒板の文字を口にする。

 

「情欲に流されるのはいい。だけど、流されているという自覚を持つんだ……?」

 口にしながら考える。何故この言葉がでかでかと黒板に書かれているかを。

 すぐに恋愛に紐付ける彼女の脳内からしたら、時期的を考え当てはめるとすぐに見当が行く。「あっ」と呟きニヤけた口元を隠して

「赤錆さん、伊井野ちゃんに欲を見出したんだー」

「違うって」

 苦笑するも、そんな言葉は藤原に届かない。

「1つ下とはいえ、相手は中学生ですよ? 

 中学生は犯罪ですよ〜ロリコンですよ〜

 あーあ、赤錆くんが犯罪者って知ったら皆驚くんだろな〜」

 

 面白い方に話を捉える藤原。

 だが、彼女がニヤける理由はこれだけではない。その後の反応が見たいから。

 少し怒っている赤錆の胸に「どーんっ」という掛け声と共に飛びつく。

「はっ!?」

「くっ!?」

 座っていた椅子からは勢い良く押し倒され、急な力の変化に対応できず激しく転がり回る椅子。

 その音が静かになると、頭の中が真っ白になりかけていた早坂の思考は落ち着く。

 同年代とは思えないスタイルを恥ずかし気もなく押し付けながら、「むふふ」と笑う藤原と、顔を真っ赤にして抜け出そうとする赤錆の姿に目眩を感じた。

 

「ほら流されるなら高校生でもいいんじゃないですか〜?」

「高校生でも犯罪だろ!!」

「はい! なんで、流されるのはもう少し後にしてくださいね」

「意味が分からない……!」

 首に回された手を両手で掴み必死に剥がす。

 嫌がっている様が目に見えてわかっても、それでも嫌なものは嫌。

 自分から力任せに剥がしに行きたいが、見えないように隠しつつ両手の拳をグッと丸めて堪える。

 恋愛脳の藤原に下手に行動すると、その軽い口からありもしない噂をポロリと漏らされてしまう可能性があるから。

 無駄に交友関係が広い彼女に好きにされては、嫌でも目立つことになる。

 何よりも、ペンは剣よりも強しという。力任せにするよりもスマートにかつ迅速に解決する方法を思いついたからだ。

 

「あーぁ、書記ちゃんが教室で男を押し倒して風紀を乱してるって伊井野ちゃんにチクッちゃお〜」

「すいません赤錆くん、足が滑って転んじゃいました」

 内心の焦りを思いっきり顔に出しながら大量の冷や汗として現れつつ、大急ぎで立ち上がり彼に手を伸ばす。

 少しでも立場が悪くなると瞬時に行動を変える昔から変わらないその姿にため息をしつつその手を取った。

 

「もー、遊んでないで仕事しなよー。生徒会は?」

「今大事な書類の完成前なんですよ。それが出来るまで休憩です」

「大変だな」

 取られた手を引っ張られるような形で立ち上がる赤錆。

 打ちどころが悪かったのか、片手で腰を押さえて「いててっ」と呟きつつ飛ばされた椅子を戻して座り直す。

「大変な私は疲れているみたいなので生徒会室で休みますね」

 痛みの元凶という立場であり、不都合な名前が出て来たところで居心地の悪さを覚えた藤原はそそくさと教室から出ていく。

「またメールしますからね、赤錆くん」

 去り際に顔だけ覗かせて伝えるだけ伝えると手を振りながら部屋を後にした。

 

「慌ただしいやつ」

 嵐のように過ぎ去った後の静けさに赤錆の呟きが残る。

 彼女の言う甘い雰囲気はどこへやら。残されたのは疲れきった空気のみ。

 ため息をする少年とは違い早坂はジッと赤錆を見る。

 先程まで他の女と抱きついていた少年の身体を。

 

 見られていることに気づくと、声をかけられる前に早坂は立ち上がり場の空気を変えるためにも黒板に書き記した文字を後ろから消していく。

 最後に残った情欲という単語を少し見て、勢い良く消し去った。

 

 情欲

 高校生ともなるとそこに重点を置いて相手を選ぶ男も多い。

 早坂も自分のスタイルには自信がある。

 しかし、万が一藤原がその気ならば。

 藤原千花が自分の恋愛劇に組みいってきたら。

 何をするかわからない、どんな被害が起きるか予想できない彼女の登場は早坂からしたら御免被りたい。

 それでも、藤原が関係すると言うならば本格的に絡む前に手を打つか終わらせなければならない。

 だがそれは早坂愛では難しい。

 他の役で行わなければ──

 

 思考が纏まるのを見て、再び彼の隣に座る。

 何もないのに楽しげな笑みを浮かべながら心配そうに見る赤錆を見ると、安心したのか同じように笑って再び顔を隠すように机にうなだれた。

 次の話題は考えた。

 口を開き掛けたその時に、再び勢い良く開かれた扉の音で閉ざしてしまう。

 

 その人物を見て、すぐにわかった。

 直接接した事こそないが、少し前に主から話を聞き遠目ながら先日見た顔である。

 今現在かぐやが一番関わるコミュニティに所属する1人。

 話を聞いていたからこそ、不穏な空気を感じる。

 感情の読み取れない無表情に内心ため息をつく。

 今日は邪魔されてばっかり。

 残念な気持ちを表に出さないよう隠しながら、その口が動くのを見届ける。

 

「ちょっと借りていいですか」

 

 言葉こそ自分に向けられているが、その差し出された指は赤錆をしっかりと捉えている。

 少年、石上優は必死に隠しても隠しきれない怒りを込めた瞳で固まった赤錆を見据えた。

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