早坂愛は奪いたい   作:勠b

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石上優は暴きたい

 様々な問題を生んだ春休み。

 結局の所、何一つ解決しないどころか、更に時間と共に問題が増えていく。

 新しいクラスになって2週間。

 同時に今年も同じクラスで過ごす事になった早坂と2人しかいない教室に突如として現れた人物。

 赤錆には久々に見た顔を、早坂はかぐやから聞かされた程度の認識しかないその男は固まる2人に向かって隠すことなく静かな怒りを向けていた。

 

「ちょっと借りていいですか」

 

 湧き上がる感情を理性で抑えようにも、まったく静まらない。少しでも感情に身を任せないように意識を向けつつ彼は赤錆を指差した。

 突然の出来事に何を言うべきか戸惑う赤錆、知っているからこそ面倒事だと察して考え込む早坂、握りしめた拳をポケットに入れ表に出さないよう押し付ける少年、石上優は久々に会えた先輩に無言の感情をぶつける。

 

 その始まりは今から1時間前にあった。

 

 はー、面倒くさい

 そう思いながら石上は誰もいない空き教室の隅で床に座り壁に背を預けていた。離れた所から見える扉の開き窓からは下校時間を過ぎたというのに人影が度々見える。誰かの顔が視界に入った瞬間には無意識に顔をそらしてしまう。

 

 石上優

 彼の名を知らない者は同じ学年の、同じ中学にいた人達にはいないだろう。

 良い意味での有名ではない。全て悪い話ばかりだ。

 周りに何を言われようと、どう思われようと関係ない。知る顔を見る度にそう思って気持ちを切り替えて膝に置かれたノートパソコンを見つめる。

 真面目な文が綴られるそれを流し見すると思わずため息が出てしまう。こんな風に生真面目に役割をはたすというのは自分のキャラではない。

 それでも、地獄のような日々から手を差し伸べてくれた恩人からの頼み。その願いに全力出応えたいという思いとそれに逃げたら自分に来るであろう身の危険から守るために応えなければいけないという責務から逃げるわけにはいかなかった。

 

 早く終わらせてゲームやろ。そう思いつつようやくその重い指を動かしていった瞬間。勢いよく開いた扉の音と、その犯人の顔を見た瞬間には軽やかに向かっていたキーボードから自らの耳へと行き先を変えて全力で塞いだ。

 

「何やってるのよ石上!!」

 

 それでも彼女、伊井野ミコの声はよく聞こえる。

 指差された石上は深い溜め息を、余りにも突然の出来事に渡り廊下にいた人は野次馬達はその場を遠目で眺めてくる。

 面倒な奴に見つかった。露骨に顔に出しながらこの場から出ていってもらおうとこれ以上何かを言われる前にノートパソコンを伊井野に見せつける。

「生徒会の仕事をやってるだけだから問題ない」

「なら生徒会室でやればいいじゃない!!」

「ぐっ!!」

 それを言われると石上に言葉はない。

 本来であれば生徒会役員である石上の仕事は生徒会室で行うもの。しかし、それは出来ない。

 

 組織内での人間関係

 

 自分以外は2年生というのもありある程度関係が出来ている生徒会という組織。

 しかし、石上は高校生になる前に会長である白銀御行とは既に知り合っており、彼こそが自分を救ってくれた恩人である。

 彼と接する事に問題はない。むしろ敵しかいないこの学校で唯一と言っていいほどの友人。その顔を見ることを拒む理由はない。

 問題はもう1人。

 四宮かぐや

 まだ数回しか会っていないが、何故かとてつもない殺気を彼女から感じていた。何故か机下に貼られていた喫茶店の割引券を拾っただけで語るも恐ろしい表情をされたのは石上にとってはしたくもない人生経験だった。

 それが生徒会に入ってすぐであり、更にはつい先日の事というのだから余計にあそこに居たくなかった。

 

 恩義ある会長のいる生徒会。そこには自らの命を狙う副会長がいる。

 生徒会に所属して早々の濃すぎる組織図に石上は頭を悩ませ、仕事を持ち帰りとして家でやる事によって生徒会室で過ごす時間を最低限とし、更に家でやるのとによって会長の助けになるという手段を作った。

 しかし、今仕上げているこの書類だけは緊急との事で少し離れた空き教室を使っていた。

 

 口にするのは簡単なこと。だが、かぐやの事を口に出すのは脅されているため言えない。

 しかし言わなければ目の前でガミガミと怒っている伊井野は納得をしない。

 

 人間関係のトラブルというのは何も組織内に限った話ではない。

 目の前の伊井野とは中学時代から犬猿の仲。風紀を守らない自分もいけないのだが、見かける度に怒ってくる。

 それは久々に登校してからも変わらない。

 一度出来た関係というのはそう簡単には変えられない。

 怒る側と怒られる側

 脅す側と脅される側

 嫌う側と嫌われる側

 組織での立場からなる関係であったら立場が変わることによって逆転する事はあるが、個人間で出来てしまったそれはそう簡単には変わらない。

 簡単には、変えられない。

 

「僕の邪魔をしたら会長達が困るけど?」

「ぐぬぬ……」

 その一言で口を止めると歯ぎしりをしつつ石上を睨みつける。

 誰もいない教室を無断でを使ってはいるが、それは生徒会の仕事をするため。学園のためにしていると言われると伊井野は黙ることしか出来なくなった。

 それでも、自分の中で落としどころがつかないのは事実。実際今は真面目にしているが目を離すとすぐに遊び始める可能性も十二分にある。

 そう思い、考えてすぐに伊井野は答えを導いて実行した。

 

「よいしょ」

「なんで座るんだよ」

 石上から少し離れた所で座ると、彼のパソコンと手をじっと睨む。

「石上がサボらないように監視するの。

 目を離すとすぐにゲームしそうだし、目の前でゲームしたらすぐ没収できるしいい事尽くめじゃない」

「僕がサボる前提で話すな!!」

「日頃の行いのせいでしょ!?」

「ぐぬぬ……」

 そう言われては何も言い返せない。実際さっきまで触らずにぼーっとしていたのだから。

 中学時代から伊井野に没収されたゲーム機、漫画、ラノベは山のようにある。

 日頃の信頼が低いからこそなせる結果に辟易しながら早く終わらせようと作業を始めた。

 

「…………」

「…………」

 2人の付き合いは長い。

 校則を平気に破る石上と絶対遵守を掲げる伊井野。

 顔を合わせる度に怒り怒られの2人にしては珍しい静かな時間。

 若い男女が2人っきりで過ごすその空間は今、一触即発な空気で包まれていた。

 隠れてゲームをしていないか、サボったらすぐに注意するという硬い意志の元、その気持ちを視線に変えて隠すことなく指の動きを追う伊井野。

 何か言いたいが見られていることに文句を言ってもまたうるさくなるだけと我慢をし、真面目に仕事をしている時に注意されたら言い返してやると機会を待つ石上。

 互いに互いの動きを睨み合いながら注意深く見ていく。

 

 そんな重苦しい空気の教室とは明らかに気圧が違う一歩離れただけの開きっぱなしの渡り廊下は、軽い気持ちの者たちが通り過ぎていく。

 何故か扉が開いてる教室をチラリと眺めて歩きさる人達には2人の気持ちも関係もわからない。

 だから、気持ちもない噂話を

 心のない言葉を平気で言える。

 

「あの伊井野って子赤錆くん振ってもう違う男作ってるよ」

「ッ!!」

「…………」

 

 静かな部屋には充分すぎる小声での会話。いや、伊井野に聞こえるように言ったかもしれないその言葉に彼女は酷く動揺する。

 その顔を見て、石上は何も言わずに目の前のモニターを見つめ淡々とキーボードを打っていく。

 

「赤錆先輩と別れたのか?」

 

 赤錆身仁

 その名前は中学時代の石上にとって伊井野の次に馴染み深いものであった。

 元々クラスでも浮いていた石上。性格的にも必要以上に誰かと接する事をしなかった彼からしたら数少ない知ってる先輩。

 彼の認識は自分と同じ学年の人ならば良くも悪くも知っている人は多い。

 

 伊井野ミコに絡まれている可哀想な先輩と

 

 元々その正義感と歪んだ価値観を押し付けるように注意する伊井野は同級生達に疎まれていた。

 そんな彼女が急に連れ回し始めた先輩。彼女とは違って風紀委員でもないのに。

 周りからしたら、それは可哀想と映るが伊井野からしたら違う。学園のためなら役職や立場に問われず働く事が大事だと考えているのだろうから。現に今も入学したてで風紀委員という役職じゃないにも関わらず石上の事を見ているのだから。

 

 そんな彼女に毎日遅くまで校内を連れ回され、注意をする伊井野とその相手にいつも割って入っていた先輩。石上も過去何度か注意を受けた際に赤錆は間に入っていた。

 もっとも、猪突猛進な彼女はせっかくの仲介人を無視して話を押し切るため意味はなかったが。

 

 そんな彼女に何故付き合うのか? 

 それは付き合っているからだろう

 それが少なくとも周りが作った結論である。

 伊井野も赤錆も何度もそれを否定していたが、そうでなければ赤錆が伊井野に大人しく連れ回される理由がわからないからだ。

 わからないからこそ理由をつけたがる。

 特に悪目立ちする伊井野のような人には。

 異性間の交流にも煩い彼女には、赤錆が彼氏だから傍に居させているという風に話を作っていれば注意された時に言い返す事ができるから。

 

 嫌われ者の自分とは違い、同情の意味で知り渡されている先輩。それが石上が知る赤錆身仁という人間だ。

 もっとも、石上は付き合っているとは思っていない。伊井野のちょろさからして付き合っているとするなら顔を赤くして口ごもり否定するだろう。はっきりと彼女の口から否定するという事は、付き合っていないのだろうと感じたからだ。

 だからこそ余計に連れ回されている赤錆が分からなかった。付き合う意味が。

 

 だが、それは石上が知ってる間の話。

 不登校だった石上はそこから先の事を知らない。

 周りが噂する、急に出始めた別れたという噂しか。

 

「別れたも何も、付き合ってないし」

 顔を俯かせながら呟く伊井野。

 彼女がそういうなら、そうなのだろう。

「じゃ、はっきり言えば」

「言ってるけど皆聞いてくれないだけ」

「……そっか」

 

 石上優は知っていた。

 彼女は周りからの冷たい言葉に何度も傷ついている事を。

 彼女はその視線に怯えている事も。

 彼女は正しくありたいだけの、ただの女の子ということを。

 

「終わったから帰る」

「……うん」

 それ以上言うことはない。そう言わんばかりにパソコンを仕舞い立ち上がる石上。

 伊井野もまた何も言わず何も見ない。自身の膝に顔を埋めて俯くだけ。

 さり際に横目でチラリと見ただけで声はかけない。

 普段とは余りにも違う彼女を見ただけで、彼にも心の余裕は無くなりつつあった。

 

 何があったか分からない、知りもしないが石上に見えている現実はただ、自分の知ってる努力を欠かさない直向きな少女を泣かせた男がいるという事実。

 束縛が強い彼女がその手を離すようなことをされたか、したという事実。

 誰が悪いかも誰も悪くないかもわからない。

 だからこそ石上は知りたい。

 嫌われ者の自分だからこそ、これ以上嫌われようと構わない。

 周りと違って学校にいるという意味を見出していない。

 嫌われてでも何があったかの真実を知って納得をしたい。

 

 誰よりも強がりな伊井野が自分の前で落ち込む程の事があったかどうかを。

 

 

 

 

 

 

 

「……こんな感じかな」

 そんな石上は校舎から少し離れた場所でベンチに座りながら赤錆の話を聞く。

 感情的に、というよりも落ち込みながら話していく赤錆の姿をよく見ながら。

「…………」

「……なんか」

 一通りの話を聞き、ゆっくりと咀嚼しながら飲み込んでいく。飲み込み終えて石上はなんとか1言を呟いた。

 

「なんか、本物の恋愛ってドロドロしてるんですね」

「恋愛に本物も偽りもあるの?」

 ようやく捻り出した1言に興味を向ける赤錆を無視して石上は考え込んだ。

 

 自分が学校に来ていなかった間は特に進展がなかった事

 春休みに急に現れた一人の女のせいで物事が面倒に歪んた事

 歪みを解そうとしても一方的な連絡になり、伊井野からの接触は避けられているという事

 そして、一緒にいた早坂の事。

 

 事態だけを並べれば単純。その女1人が悪者になるのだから。

 だが、石上は気になった。

 余りにも都合が良すぎる展開に。

 作り話で赤錆が自分を悪くないように仕立てているだけだと考えたが実際に送られた、送っているメッセージを見る限りその線は薄い。

 何よりも、本当は二股していたぐらいならばこの場で感情に身を任せるだけで少なくとも自分は満足した。

 だが、物事はそうも単純には行かない。

 これでは何方も被害者だ。

 

 この展開で得をする人がいるとしたら誰だろうか。

 考えてすぐに浮かぶシルエットは、ついさっき見た少女の面影。

 しかし

 

「そのスミシーさんって早坂先輩と似てたんですよね? 

 実は変装してたとかじゃないんですか?」

「ないでしょ、映画やドラマじゃないんだし。

 それに、スミシーさんと電話してる時に目の前に早坂はいたんだから」

 

 そう、早坂愛はスミシーとの最後の接触の時にその場にいた。

 だからこそ、彼女ではないと決めつける。

 面影を感じる少女を、もしも赤錆の事を好きであるなら一番得をするであろう少女を。

 

「なら純粋にスミシーさんを助けてフラグが立ったって事なんですよね」

「フラグ? ってのはわからないけど、まぁ、彼女を助けたから面倒にはなったな」

 

 スミシーという存在。

 たった一人で人間関係に大きくひびを入れた少女。

 本当に偶然出会っただけなのか、それとも仕組まれた出合いなのか。

 どうしても石上には彼女の存在が道具にしか見えなかった。

 だが、その思考を外へ追い出すように大きく息を吐く。

 

 恋愛ゲームと漫画の見過ぎで変な事考えちゃうな。

 とりあえずはそう切り替えた。切り替える努力をする。

 

「まぁでも、先ずは伊井野にきちんと話さないとダメっすよ。

 さっき会ったんで、僕が顔繋ぎしますから謝りましょう。

 スミシーさんにもはっきり言って、伊井野にもきちんと話さないと。

 こんな風にしたのは赤錆先輩なんですから、先輩がはっきりと言って終わらせないといけないっすよ」

 もしも

 まだ頭の片隅にある可能性に考える。考えてしまう。

 もしも、黒幕がいるとするならば自分という存在はノーマークのはず。

 中学時代でもそこまで話す仲ではなかったのだから。

 そんな自分が元の鞘に収まるように尽力すれば、誰も傷つかずに済む。

 石上はその思いで俯きながらも決意を固める赤錆を見つめた。

 

「そうだね。 

 はっきり言わないと」

 その姿を見て、自分の湧き上がる怒りを向ける本当の相手を見極めようと決心する。

 人の心をもて遊ぶ黒幕を。

 スミシーか、それとも、その裏にある──

 

「あっ、いたいた」

 

 場の解決が見えてすぐ、息を切らしながらの声に石上は振り向く。

「もう、探したんだかんね」

 早坂愛は肩で息をしながら、その乱れた呼吸を戻すように大きくいきを吸っていた。

 

「早坂、どうしたの?」

「急に石上クンが来たから、どんな人かと思って後輩に聞いたら……。

 怖くなって見に来たんだし!!」

 そう言って何事もなさそうに振る舞うのんきな赤錆を見てため息をつく。

 石上もまた、自分の悪評が広がったことを知り同様にため息をついた。

 ただ

 

「石上は変なことしないよ」

 

 息を吐いてる最中に聞こえた1言に固まる。

 

「聞いたのってあの噂でしょ? 

 暴力事件なんて石上は簡単にしない。

 千花と一緒で自分にルールがあるだけで、それに従っていれば風紀を守らないだけ。

 カッとなってすぐ暴力に走るんなら、とっくの昔に伊井野が殴られてるよ」

「……ふーん、そうなんだ」

 

 笑いながら話す赤錆を石上は見る。

 あぁ、そうか

「いや、流石に女相手に殴ったりはしないですよ」

「男なら殴ってた?」

「そりゃもう!! 毎日殴り倒してましたね!!」

 シャドーボクシングの真似事をして笑い話を広げる石上。

 赤錆はその姿を見て「こわいな〜」と面白そうに早坂はわからないといった顔で首を傾げる。

 

 僕の事を信じてくれる人だって中にはいる。どれだけ少なかろうか、いるんだ。

 そう思いつつ笑う石上。

 だからこそ、止めないといけない。

 そんな信じてくれる人を傷つけようとする奴がいるならば。

 疑う事を知らない赤錆の顔を見て、その決意を固めた。

 

 そして、その決意が試される時はすぐに来る。

 赤錆のポケットに収まって、そのなりを潜めていた携帯。

 それが激しく震えると共に、聞こえてきた音。

 スミシー

 彼女の名を記しながら。

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