早坂愛は奪いたい   作:勠b

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伊井野ミコは伝えたい

 1人部屋の隅で膝に顔を埋める伊井野。

 彼女の気持ちを無視して追いやるような声はもう聞こえない。

 静かな部屋で黄昏れる少女。

 そんな彼女を迎えに来たかのように、その人物は扉を開けた。

 

 ちらりとその人を見てすぐに慌てて立ち上がる。

「えっ、あっ、お、お久しぶりです!!」

 軽く頭を下げる伊井野。

 そして、そんな彼女に向けられた優しい誘惑。

「……本当にいいんでしょうか」

 甘言に戸惑いつつも、言われたことは不思議な程に甘く、咀嚼すればするほどに自然と飲み込んでいく。

「はい、はい」

 溢れていた疑問。

 その疑問も徐々になくなっていく。

「……そうですね、そうですよね!!」

 自分の都合の良い風に並べられた、その言葉達に。

 伊井野はただ、その目を輝かせた。

 優しく笑う彼女に向かって。

 

 

 

 

 

 

「スミシーからだ」

 震える携帯を取る手も心無しか震わせながら赤錆は呟く。

 それを聞いて、石上は横目で早坂を見る。

 手を後ろに組みながら驚いた顔をする早坂を。

 

「……出たほうがいいかな?」

 投げかけられた問に2人は息を合わせたように頷く。

 それを見て、大きく息を吸ってから赤錆は耳に当てた。

 

「もしもし」

「あっ、赤錆くん久しぶり〜」

 場の緊張感を壊すような柔らかい声。

 そんな声を聞き逃さないように2人は赤錆に近づく。

 

「どうかしたの、スミシーさん」

「バイトが忙しくって全然連絡取れなかったから、久々に声聞きたいな〜って思ったからかけたの」

 クスクスと笑いながら話す彼女。

 たが、「それに」と付け加えるとその声も消えて真剣味を帯びたものへと変わる。

 

「私、赤錆くんときちんと話さないといけないなって思ったから」

「話す……?」

 赤錆からしたら、その機会は是が非でも欲しいものでもあった。

 自分との関わりを帳消しにしてほしい、そう願い出るチャンス。

 電話を拒否しようとメッセージを無視しようと、何処からともなく現れそうな彼女に対して、はっきりと口にする機会。

 面と向かって、はっきりと。

 

「あぁ、いいよ」

「本当!? 嬉しいな、断られたらどうしようと思ってずっと悩んでたから」

 安堵の息と共に話すスミシー。

「それじゃ、また合う日はメールするね」

「うん」

 トントン拍子に事が進む中、石上は自分の携帯を取り出して慌てて文字を打っていく。

 

 どこの学校に通ってるか聞いてみてください

 

 その文字列をみせつけられた赤錆はわけもわからないまま頷く。

「スミシーさんはどこの学校に通ってるの?」

「えー、何急に」

 本当に唐突な質問に石上以外の全員が首を傾げる。

 ただ、石上のみが次の言葉に真剣に耳を傾けた。

 

「そんなに気になるなら、次あった時教えてあげる。

 楽しみにしててね」

 答えずにはぐらかすような回答。

 それに合わせて石上はまた次の質問を打っていくが

「それじゃ、私バイトあるから切るね」

「あっ、待って!!」

 そんな言葉をついつい漏らしたが、無慈悲にも一方的にその声は途切れた。

 石上は打ちかけていた文字列を眺める。

 

「なんであんな事聞いたの?」

 赤錆からしたら余り長く話したくない相手。世間話も避けたい所だった。

「学校がわかったら直接乗り込んで話に行こうと思って」

「凄いアクティブなこと言うな!?」

 誤魔化すように笑う石上の恐ろしい言葉に驚く。

 石上からしたら、この質問に意味なんてない。何でもよかった。

 ただ、少し気になったのだ。

 彼女、スミシーの声に。

「…………」

 口元こそ笑っているが真剣な眼差しで地面を見つめる石上の様子に早坂は嫌な汗をかいてしまう。

 石上優という男について、早坂は少しとはいえ知っているから。

 かぐやと同じ生徒会役員の1人。

 まだ彼が活動して間もないとはいえ、その観察眼と感の鋭さは生徒会でもずば抜けていると。

 先程の質問も本質は別にあるだろうと予想を立てつつ、諦めたように息を吐く。

 

 まぁ、もう遅いんですけど

 

 そんな風に内心呟きながら。

 

「それじゃ、伊井野の所に行こう」

 見たくもなくなってきた電話を仕舞って赤錆は石上に言う。

「そうですね、行きましょう」

 その前向きな姿勢に石上は関心を覚えた。

 何を言われるか、何をされるかわからないにも関わらず自分がやった事にしっかりと落とし前をつけようとする赤錆の姿に。

 自分だったら、きっと逃げようとしてしまうと思いながら。

 そして、本当に彼は悪くないんだと感じながら。

 

「伊井野ちゃんの所に行くの!?」

 急な言葉に早坂は驚く。

「あぁ、まだいるみたいだから。早めにきちんと話をしないといけないと思うし」

「でも、逃げられたんでしょ?」

「大丈夫ですよ、僕が逃さないんで」

「ふーん」

 2人の顔を順に見る。何を言ったところで止まる気はないと言わんばかりの顔を。

 

「石上くんも居るなら大丈夫かもね〜」

 会わせるのはまだ早い。

 その気持ちを出さないように意識しながら、とぼけた口調で石上に問う。

「石上くんと伊井野ちゃんって仲良いの?」

「ははは、あんな奴と仲良くするぐらいなら自分の舌を噛み切りますよ」

「なんでそうなるしっ!?」

 爽やかな笑みとは裏腹な言葉に思わず突っ込む。

「まぁ、仲悪いんだよね? 

 なのに伊井野ちゃんのために頑張るんだ〜」

 覗き込むような上目遣いで石上の様子を観察する。

「……別に伊井野の為なんかじゃないですよ。

 赤錆先輩が困ってるから助けたいんです」

 はっきりと応える。

 伊井野の為ではないと。

 赤錆の為に動いていると。

 

「ふーん」

「…………」

 面白そうに聞く早坂を石上は冷たく見る。

 まだ自分の中で黒の彼女を。

 もう少しと内心焦る気持ちを必死に隠す早坂を。

 互いの内心を決して表に出すことなく見つめ合う両者。

 その気持ちを何も理解できない赤錆はただ、声をかけるタイミングを逃して手をこまねいていた。

 そんな赤錆を助けるように横槍が入る。

 

「楽しそうじゃない、石上君」

 

 来た

 早坂は後ろからかかった声に笑顔を向ける。

「あっ、かぐやちゃん」

「四宮先輩!?」

「……四宮さん」

 早坂は嬉しそうな笑顔を石上は驚いた顔を、赤錆は気まずそうな顔を。三者三様の面に彼女、四宮かぐやはため息をつく。

 

「石上君、遊ぶのは勝手だけど仕事は終わったのよね?」

「仕事……あっ!?」

 その反応を見て再び大きく息を吐く。

 次の言葉が来る前にと石上は慌ててカバンからパソコンを取り出した。

「大丈夫です!! 仕事は終わったので命だけは……」

「いえ、終わってなくても命までは取りませんけど」

 けど、と続ける

「会長も藤原さんも貴方の仕事が終わるのを待ってますから、生徒会に一旦戻ってくれないかしら?」

「はい、わかりました!! わかりましたから、命だけは……」

「取らないって言ってるでしょ!!」

 子鹿のように震えた膝を隠すことなく必死に懇願する石上。

 そんな彼にだけ聞こえるように赤錆は耳打ちする。

 

「1人で行くよ、教えてくれてありがとう」

 それだけ言って赤錆はかぐやと石上の間に立つ。

「俺が石上を引き止めたんです、だから悪いのは俺で……」

「そうですか、石上君は私や会長の仕事が終わらない事を知っていながら赤錆君と話すことを選んだんですね」

「いや、そういうわげじゃ……」

 決して許さない

 そんな気持ちをひしひしと感じた石上の膝は更に震える。

「でも、珍しいですね」

「珍しい?」

 そんな彼を放ってかぐやは口元に浮かべた笑みを手で隠す。

 その冷たい瞳を強調するように。

「えぇ、珍しいですよ。

 ここ最近ずっと同じクラスなのに挨拶すらしなかった貴方がこうして私に話しかけるなんて。

 とても珍しい事じゃないですか」

「…………」

 それを言われて赤錆は逃げるように視線を逸らす。

「いいですよ、気にしてませんから。

 むしろ、四宮の名前だけを見て媚びへつらう人達よりも感心を持ちますよ」

「そうですか、それはよかった」

「ただ」

 

 かぐやは早坂から良く赤錆の話を聞く。

 彼女は赤錆が思っている以上に彼の事をよく知っている。

 だからこそ、言いたいことは山のようにある。

 それでも、明確に無関心を決めつける態度にどう接していいかわからず、結局何も言えないままだった。

 そんな状態が続いた中でようやく話すことが出来た機会。

 彼女は考える。

 自分が最も突きつけたい言葉を。

 

「ただ、私を無視するぐらいでは貴方の代わりにお父様をどうこうするような判断はしませんので、これからもそれを頭に入れて置いて下さいね」

「…………」

「…………」

「……えっ? お父さん?」

 

 石上だけが何も知らない。

 だからこそ、急な話の飛び方に何もついていけない。

 現れた疑問のおかげで集中する事ができ、目の前の恐怖心から関心がそれた。

「……覚えておきます」

 それ以上話したくない。

 そんな気持ちを伝えるように頭を下げて赤錆は早足でその場を逃げていく。

 

 ようやく言えた。

 かぐやは湧き上がる気持ちを笑顔に変えて自分から逃げるは恥だが役に立つ少年の背に手を振っていく。

 少し前の自分ならば、無視されるぐらい何も感じなかった。

 だが、最近は人に関心を持つようになってきた。

 だからこそ、余計な痛みを感じるようになった。

 一方的に、理不尽な痛みを。

 名前があるというだけで。

 そんな痛みを与えてくる人に1言言えた。

 それだけでかぐやは満足してしまう。

 後は早坂がこれを機に自分に対する扱いを改めるように言わせるだけ。

 問題の1つが解決し、上機嫌になりながら再び対面した恐怖に怯える石上に一歩近づく。

 

「石上君、少し話があるのだけれど」

「は、はいっ!!」

 涙目を通り越して泣き始めた石上。

 そんな彼を早坂はかぐやの後ろで見守る。

 視界の隅で徐々に消えていく赤錆を見ながら。

 

 今すぐに一緒に行って話を聞きたい。

 落ち着かせて、自分の考えを教えて理解をしてもらいたい。

 自分の主は怖くないと、何があっても抱え込まずに自分にだけは話してほしいと。

 誰かを巻き込む事なく、私だけを頼ってほしいと。

 伝えたい気持ちを必死に胸に押し込む。

 目の前の場を荒した元凶に掻き回された感情を向けながら。

 

 

 

 

 

 

 下校時間も大分経ち、人気がなくなった廊下を早足で歩く赤錆。

 少し前ならば、こんな事をしたら間違いなく怒られていた。

 自分の隣に立っていてくれた少女に。

 怒られる事をしながら、知りながらもその少女に会いに行く様に不思議な違和感を感じると思わず笑みが溢れてしまう。

 話せるかどうかわからない。

 顔を見るぐらいは出来るかもしれない。

 また逃げられて終わりかもしれない。

 そう思いながら、赤錆はようやく着いた空き教室の前で止まると息を整えようと呼吸を大きく──

 

「廊下を走っていた人は誰!?」

 そんな怒りが籠もった声と共に目の前の扉が勢いよく開かれる。

「うわっ!?」

「えっ? 赤錆先輩?」

 思わずたじろぐ少年の姿に伊井野は驚いた。

「……むぅ、色々と聞きたい事はありますけど。

 とりあえず、廊下を走ったら駄目ですからね」

「……気をつけるよ」

 普段の注意とは違い優しく言い聞かせるような姿。

 これを皆にすればこう煙たがれる事はないのに。

 そう思いつつ苦笑いをしてすぐに気づく。

 いつもの様に話してくれたという当たり前の大切さに。

 

「伊井野?」

「なんですか?」

「……逃げないの?」

「なんで逃げる必要があるんですか」

 ため息をついてすぐ小声で「あの時はまだ気持ちの整理がついてなかっただけだもん」と呟く。

 あの時、と聞けば昔のように感じるがそれは昨日の話。

 自分の顔を見て駆け足で逃げ出した少女。

 だが、今は

 

「あっ、昨日は廊下じゃなくて外だったから走ったんですからね!! 

 風紀は破ってません!!」

「スミシーの事」

 伊井野の言い分に耳を傾ける余裕なんてない。

 赤錆はただ、伝えたい事を必死に纏めながら口にする。

 

「今度、スミシーに会うよ。

 きちんと伝える。

 別にお前と付き合ってなければ、付き合う気もないって

 だから──」

「別にいいんじゃないですか?」

 だから、その次の言葉を探す時間を伊井野は与えなかった。

 

「赤錆先輩と私は付き合ってなかったんです。

 だから、赤錆先輩が『今』誰と付き合っても私には関係ありませんから。

 だって、私は──」

 

 ポケットから携帯を取り出す。

 画面を開いて何も触らずにその付けていた画面を赤錆に見せた。

 それは、彼からしたら最近見たもの。

 彼が伊井野に対して必死に送っていたメッセージのやり取りをしようと懸命に送っていた言葉達が綴られていた。

 

「前は私が何度も送るだけでたまにしか返事くれなかったのに、今は先輩の方からたくさん送ってくれますよね」

「まぁ、そりゃ」

 話したいのに返事もくれない。

 そんな不安な気持ちが先行して何度も何度も話したと言葉を変えて送っていた。

 春休み前とは逆の立場

 以前は事ある毎に送られてきたメッセージに嫌気をさしていたのに、自分がその立場になっていた。

 

「私、それが嬉しいんです」

 大切そうに、壊さないように、亡くさないように

 優しく両手で携帯を包み込んでそれをギュッと抱き寄せる。

 嬉しそうに微笑みながら。

 

「私の事を見てくれてる。

 私の事を考えてくれてる。

 私の事を心配してくれてる。

 私の事を気にしてくれてる。

 私の事を……私だけの事を考えながら、必死になってくれてる。

 それが、とても嬉しいの。

 前は何時も私が送って、返ってこない返事に不安だったけど今は違う。

 何もしなくても、何も言わなくても、何も望まなくても

 あなたが自分から私のためだけに動いてくれる。

 それが、幸せなんです」

 

「で、でも、俺が悪いって」

 嬉しそうに話し始める伊井野に。

 今でも忘れられない喫茶店での出来事。

 その時の感情とは裏腹な現実にちょっとした恐怖心を感じながら水を差す。

 

「あぁ、あの時は落ち込みました。

 でも、あの後教えてくれた人がいるんです。

 今誰と遊んでも成功する人なんていないって

 だから、今は遊んでても許してあげなさいって。

 私もそう思います。

 学生恋愛なんて長続きしない。

 恋愛なんて、結婚する前の遊びじゃないですか。

 憲法だって、結婚してから適応しますけど、その前じゃ何も適応されません。

 だから、大事なのは今じゃなくて未来なんだって」

 

 語る伊井野の言葉に赤錆は唾を飲み込む。

 誰かに言われた。

 だったら、なんで昨日は逃げたんだ

 伊井野にそう伝えたのは、学園の──

 

「でも」

 思考を回してすぐ、そっちにばかり気を取られていて伊井野の事を見てなかった。

 それが、彼女には許せなかった。

 

「私の事を見てくれないなら、遊びでも許さない

 私の事を考えてくれてないなら、遊びでも許さない

 私の事を心配してくれないなら、遊びでも許さない

 私の事を気にしないなら、遊びでも許さない

 私の事をしっかりと考えてくれてるんだったら、私は許してあげますよ

 今だけは、ですが」

 

 伊井野はそっと赤錆の胸に頭を預ける。

 以前のように、頭を撫でてほしいと無言でのアピール。

 それに気づきつつも、彼の手は指1つ動かない。

 動かしてしまえば、目の前の恐怖を跳ね除けてしまいそうになるから。

 伊井野からしたら、それは面白くない。

 動かないその手を取って無理やり自分の頭上に乗せて動かしていく。

 

「先輩、私は『間違い』さえしなければ許してあげますからね。

 何をしても、何をやっても。

 だから、忘れないでくださいね。

 私の事を」

 

 言いたいことを言え、更に甘えることもできて伊井野としては大満足に終わった急な出会い。

 彼女はそっとその手を傷つけないように外すと、最後に「帰りますね」とだけ伝えてその場を去っていく。

 1人緊張と恐怖で固まる赤錆を置いて。

 

 どうしてこうなったんだろう。

 錆びた思考回路が回り始めたのは、伊井野の背が見えなくなってから暫くした後。

 自分の手で顔を隠してその場でうずくまるように丸まってから。

 彼が動き始めた事により時が進んだ。

 そう感じさせるように、声が聞こえる。

 

「先輩」

 石上は何処からともなく現れると、赤錆に同情の視線を向けた。

「……すいません」

「……なにが?」

 誤魔化すように必死に笑う。しかし

「少しだけ聞きました。

 まさか、伊井野の奴あんな事言い始めるなんて思ってなくて」

 自分が伊井野と会わせた故の結果。

 勝手な正義心からきた目の前の惨状に石上は悔やむ。

「別にいいよ、悪いのは俺だしね」

 そう

 自分がしっかりとしていれば、こうはならなかった。

 自分が、自分のせいで

 

「……帰ろう」

 静かな時間と重苦しい空気に嫌気がさした赤錆は俯く石上に向かって言う。

 精一杯の強がりで笑いながら。

 

「先輩」

 軽くよろめきつつも立ちがあった赤錆に石上は向き合う。

「俺、先輩を必ず幸せにします!!」

「…………は?」

 急な言葉に戸惑っしまう。

「だから、いい彼女を見つけてください!!」

「えっ、いや、なに急に??」

「先ずは女心を学びましょう!! 

 おすすめのギャルゲーと漫画貸しまから!!」

「あっ、ありがとう」

「先輩に合う、先輩に相応しい最高の彼女を見つけたら、僕が全力でサポートしますからね!! 

 必ず教えて下さいね!!」

「う、うん……うん??」

 急な気合の入れ方に戸惑いを覚えたが、その勢いで赤錆は思わず笑ってしまう。

 錆びた思考も気づけば元に戻っていた。

 目先の問題は何一つとして解決していない。

 それでも、心強い味方が出来たことに先ずは安心感を覚えながら。

 

 面倒な味方が出来たことに思わずため息を吐いてしまう。

 誰もいない、おそらく来ることもない待ち人の机に座りながら空の席を見つめる。

 普段は対面になるように座るが、こうして傍で話してみるのも楽しそう。ふと出来た楽しみに早坂の頬は緩んだ。

 イヤホン越しに聞こえる彼の声を聞きながら、空いた席を見つめていると本当に話しているような錯覚に陥っていく。

 明日になれば虚しい空想じゃなくなるのに、

 本当に面倒な味方が増えた。

 

 だが、いい事も言った。

 赤錆に相応しい彼女

 そんな人が出てきたらサポートをしてくれる。

 なら、もう私の味方だ。

 だって──

 赤錆身仁に合う人等、同性異性問わずに自分しかいないのだから。

 少なくとも、あんな恐ろしい事を言う人が似合うはずなどない。

 これからも、これまでも。

 自分が相応しいに決まっているのだから。

 

 時計を眺めると、何時もならもうそろそろ生徒会も終わり帰る時間だ。

 だが、石上のせいで仕事が終わるのにもう少しかかりそうだ。

 ならば

 目を閉じて聞こえてくる声に小声で返事をしていく。

 聞こえる事のない、自分に向けられてない言葉達に、独り善がりに。

 早坂はただ、笑みを浮かべながら応えていった。


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