早坂愛は奪いたい   作:勠b

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赤錆身仁は祓いたい

「妹萌え、か」

 必死に語っていた後輩が消えると共に訪れた静寂ないつもの教室。

 心地よさと共に寂しさを感じながら、騒音を思い返しつつ赤錆はつぶやきながら口元に笑みを浮かべた。

 

 石上優という少年を赤錆は余り知ってはいない。

 2人の共通の友人であった伊井野ミコという少女を通してしか関わったことがないから。

 それでも、石上は無闇矢鱈に人に何かを説こうとするほどの聖人では無い事ぐらいはわかっていた。

 自分の傍にいる人に、自分と関わりがある人を大切にしたいという人。

 そう思ったのもつい先日の事だが。

 

 赤錆もまた、石上から見て大切にしたいと思われている。

 その認識だけが心地よく残っていた。

 

 そんな後輩からダイレクトに送られたメッセージは、恋愛という答えを知るための遠回りなヒント。なのだろうか。

 辞書で調べて出てくるような直接的な見飽きた答えとは違う、また1つの視点であり、1つの答え。

 どんな気持ちでそれを送ったかはさておき、届いたメッセージを噛み締めながら呟く。

 どれだけ咀嚼しても一向に飲み込まれない言葉を。

 

「お兄ちゃん」

 

 そんな工程に夢中になっていると、隣に座っていた早坂は面白そうに笑いながら赤錆を呼んだ。

 他所へと夢中になっていた思考を引き戻すように。

 

「何急に?」

「妹萌えって言ってたから! お兄ちゃんって呼んでほしいのかなーって」

 

 クスクスと笑いながら、何処か小馬鹿にしながら早坂は続ける。

 

「赤錆くんは年上が好きなの? 年下が好きなの?」

 

 それは、恋愛トークでは初歩的であろう問答。

 しかし、赤錆はそれすら言葉を詰まらせてしまう。

 

 年上がタイプか年下かタイプか

 

 年上好きな場合は、一般的に頼りになる相手、包容力を異性に求めるタイプ

 年下好きな場合は、自分から引っ張っていきたい、自分に自信を強く持つ者が傾向としてなりやすいといわれている。

 勿論、純粋に好みとして口にするだけの者もいるが。

 男性としては年上好きのタイプが多いというのが傾向だ。

 

 赤錆も男子学生。

 この手の話は同性間で何度かしたことはある。

 ただ、周りに比べて圧倒的に少ないが。

 中学生という異性に興味を持ち始める頃にはその話を振られていた。

 しかし、終わる頃には周りからは彼女持ちと噂され、更にその相手は同学年グループでは風紀委員として厳しい取締をしていたとの噂も重なりその手の話を全くと言っていい程振られなくなった。

 異性の話どころか、放課後はよく駆り出されたり、赤錆の傍にいた早坂が何かと標的にされていた場面を目撃されたせいでまともに話す関係すら減ってしまっていたのだが。

 

 だからこそ、改めて振られたこの問に赤錆は口を閉ざす。

 楽しそうに、大きな瞳を楽しげに揺らす彼女の視線から逃れる様に顔を反らしながら。

 

 率直に言ってしまえば、伊井野ミコは嫌われていた。

 彼女の口煩い注意に嫌気が差し、過度の干渉を避けるような人達が現れて

 噂が広まり、その幅が広まっていって

 同学年という枠組みから外れていって

 気がつけば彼女の周りに集まる人は決して多いとは言えなくなった。

 

 だからこそ、彼女の彼氏として扱われていた赤錆は恋愛という枠組みに触れる機会がなかった。

 それが、彼の救いでもあった。

 

 年上の女性との付き合い

 

 それを考えるだけで、赤錆は思い出してしまう。

 まだ中等部に上がる前の事。

 

 あ、身仁くんだ

 お父さん先に仕事に行っちゃったから暇なんだよね……

 ねぇ、お母さん欲しいでしょ? 

 もし私をお母さんにしてって言ってくれるなら……

 今から、とってもいい事教えてあげる

 

 ねえ、身仁くん

 

 誰かも知らない赤の他人が言った言葉。

 その言葉が頭の中を駆け巡る。

 獣のような匂いを隠すような強い香水の匂いが鮮明に思い出せる。

 何もできない、何もできなかった自分を

 嫌でも思い返してしまう。

 

 忘れていた

 過去に構えるほどの余裕がなかった。

 過去に怯える意味がない程今が充実していた。

 過去に縋る程の思い出がなかった。

 だからこそ、久々に襲い来る過去に赤錆は言葉と共に余裕を失う。

 取り繕う程の余裕すら。

 

「……赤錆くん?」

 

 誰よりも彼を心配する声に振り向く。

 覗き込むような姿勢で見上げる彼女の瞳は、改めて向き合う瞳に驚く。

 見開かれたその小刻みに揺れる視線に。

 赤錆もまた、彼女の瞳に恐怖する。

 その綺麗な青い瞳は、今の彼には全く違うものに見えた。

 忘れていた、忘れようとしていた、忘れた事にしていた瞳に。

 興味心と自己愛と目先の欲に満たされたような醜悪な瞳に。

 

「あ……あぁ!!」

 逃げたかった。

 今ならば逃げられるかもしれない。

 振るいたかった。

 目の前の餌に逃げられないように、悟られないようにゆっくりと徐々に徐々にと追い詰めていくその腕を今なら振るえるかもしれない。

 忘れたかった。

 嫌な事だと、そんな事もあったといつか思えると教わったから。

 全てをなかった事にしたかった父に全てを話して言われたからこそ、いつか忘れられると思って思い返さないようにしていた。

 誰にも言わず、誰にも言えず、誰にも答えず

 心配するその瞳達が醜悪な瞳に重なっていても、必死に隠していた感情。

 どれだけ蓋をしようと決して逃れられないその顔が目の前に映る。

 

「い……いや」

 

 頼りにならない見捨てられた言葉の次に思い返した言葉があった。

 嫌なら嫌ってはっきりいいなよ。

 数少ない友人から伝えられたその言葉を思い返して必死に呟く。

 逃げるように、祓うように。

 その汚れた瞳を退かすように彼女の顔に向かって腕を振るう。

 殴りたいわけでも、叩きたいわけでもない。

 あの時にしたかった事を、思い返してしまったからこそ身体が動いた。

 あの時にしたかったからこそ、座っていた椅子から立ち上がろうとする。

 見たくないものを見ないように、強く目を閉じて。

 ただ夢中で、ただがむしゃらに。

 

 その結果がどうなるか、そんな簡単な結果ですら思いつく余裕がなかった。

 

 ましては、振り上げた腕は振り切ることなく掴まれ逃げるように立とうとしたにも関わらず、目の前にあった机が目の前どころか眼前に迫る様な事になるとは考えてもいなかった。

「……急にどうしたの」

 少しばかりの緊張感をはらんだ声が頭上から響く。

「とりあえず」といいつつ掴まれていた襟首から手が離されると、そっと机の上に頭を落とした。

 額に感じたひんやりとした冷たさが赤錆の頭に響く。

 

「……うーん、まぁよくわからないけど」

 少し呆れつつも早坂は何も言わない、何もしなくなった事を確認しつつ掴んでいた腕を外すとそれもまた、ぶらりと空に舞う。

 改めてもう何もされない事を目視して安心からか息を大きく吐きつつ、机にうずめた頭を更に押し付けるように両手を乗せる。

 強くなっていく冷たさよりも、友人のその聞き慣れた声が赤錆を現実へと引き戻すように頭に入っていった。

 

「何も考えなくていいんだよ」

 いつも以上に優しく、いつも以上に甘い言葉が。

 

「赤錆くんが何でも1人で考えなくていいんだよ。

 私が何でも聞いてあげるから。

 辛い話があったら、私に言ってくれれば頑張ってって言ってあげる。

 悲しい話があったら、私に言ってくれれば一緒に泣いてあげる。

 嬉しい話があったら、私に言ってくれれば一緒に喜んであげる。

 昔の話でも、今の話でも、明日の話でも。

 私に言ってくれれば全部聞いてあげるし、全部一緒に考えてあげる。

 ずっと傍にいてあげるからね」

 

 そんな言葉が、冷静さも落ち着きも取り戻しきれてない赤錆の中に不思議とスルリと入り込む。

 その顔を見ようと顔を上げようとする。

 けれども、それを拒むように押さえつけられた両手に力が込められると、そのままそっと丁寧に赤錆の頭を撫でていく。

 

「こうみえて口硬いんだよ〜。

 誰にも言うなって言われたら言わないし。

 だから、何でも言っていいんだよ。

 誰かに言うなって言われる事でも私にだけは言っていいんだよ。

 人に聞かせたくないぐらい恥ずかしい話でも、笑わずに聞いてあげる。

 最後までちゃんと聞いてあげるからね。

 一緒にどんな問題でも考えてあげるからね。

 私だけが、赤錆くんの味方でいてあげるからね。

 ずっと、何があっても」

 

 最後には強く、深く印象つけるように力強く。

 だが、それでも優しさを忘れさせない声で耳元に囁くように呟く言葉。

 赤錆はそんな言葉を飲み込んでいく。

 それと同時に、頭を撫でられる感覚に不思議な感情を抱いていた。

 

 こんなふうに撫でられた事、なかったな。

 父親は昔から構ってくれることはなかった。

 母親はいない。

 自分を気遣ってくれる親族も。

 そんな赤錆の頭を撫でる人等いなかった。

 伊井野によくやっていた事は、するべきタイミングと思いしていた事ではなく、してほしいという気持ちからきていた事なのかもしれない。

 そんな風に思いながらそっと口を開く。

 

「……ごめん、なんか気が動転してた」

「そんなの、あんな酷い顔してたら誰でもわかるし」

「それと」

「……うん」

「俺は、年下の方が好きかな」

 

 ようやく答えた問いかけに早坂は笑い出す。

 赤錆もまた、口元に笑みを浮かべながら軽く咳払いをして場の空気を流す。

 

「俺、家族が欲しいな」

 そんな願いと共に話し始める。

 早坂からしたら大半は知っていることを。

 知らない体で相槌を入れながら。

 机に向かって押し付けられている赤錆は見れやしない。

 自分の過去をようやく知れた彼女の顔は、重々しい雰囲気とはかけ離れた満面の笑みを浮かべている事に。

 

 

 

 

 

 

 

 伊井野ミコはノートに走らせていたペンを止めた。

 高校生になり、中学とはまた違った範囲、教材を使った勉強に慣れる為にいつも以上にと気合を入れて自室で学習をしていた彼女にも譲れないものはあった。

 机の隅に置かれていた携帯が震えたのだ。

 震え始めてすぐに手を取り、相手を確認する。

 そこには、自分が望む相手からのメッセージが確かにきていた。

 

 一方的に連絡が送られてきたつい最近までの環境を伊井野はとても気に入っていた。

 しかし、それに自分が反応するともう連絡が来ないような……そんな粗末な不安で一杯になり返信をする事なく眺めるだけになった。

 いつしかそれが、自分をそれだけ大切にしてくれると思うようになった。

 

 それは、伊井野もそうだから。

 

 取られそうで、壊されそうで、汚されそうで。

 離れている時は何時も不安だった。

 傍にいないとどうしようもなく不安で、胸が辛く張り裂けそうで。

 傍にいないだけで、自分との間にある距離がその時間だけ離れていくようで。

 不安で不安でしょうがなく、正気がない。

 何をしているか気になったら連絡を入れ、嬉しい事があったら、悲しい事があったら。

 どんな細やかな事があっても必ずメッセージを送っていた。

 そんな気持ちで、赤錆が自分の事を心配してくれていると感じていた。

 両思いだと、感じている。

 

 だからこそ、今の伊井野に不安はない。

 学生恋愛を余り良く思わないからこそ、明確な関係を口にするのは憚れるが、両思いならば口にすることもおこがましい。

 好き合う者が互いに好きならば、最後は法の元でその関係性を固めるのが道理なのだと信じて疑わないのだから。

 

 そんな彼から送られてきたのは、今日は何をしていたのかという質問に対してだ。

 昨日から色々とメッセージを送っていたが、ようやく来た返信。

 昨日は久々に話したから、わざわざ送ることないと思われたのだろうか。

 それとも、全く連絡に気づかなかったのだろうか。

 自分の連絡を見た形跡がないのだから後者なのだろう。

 次にあったら、連絡ぐらいきちんと返すように言わないと。

 そんな風に思いながら、返ってくるまでの時間に対して余りにも短い文章に目を通す。

 

 石上の名前が出てきてイラッとして、妹萌えという単語に首を傾げ、早坂という名前に無表情になる。

 

 今はいい。

 好きなだけ、遊んでもいい。

 伊井野はそう思うことにした。

 そう思うようにする。

 遊ぶだけなら、別にいい。

 

 そんな風に思いながら、携帯を置いて変わりに傍においていた本を寝転びながら表紙を眺める。

 『家族計画』

 そんな4文字を指でなぞりながら。

 気が早い? 

 でも、今の内に備えてたほうがいいよね。

 そんな風に自問自答をしながら、既に何枚もの付箋を貼ったそれをそっとめくっていく。

 勉強の息抜きに、来るであろう未来を想像しながらそっと一息ついていった。

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