早坂愛は奪いたい   作:勠b

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早坂愛はサボりたい

「その、好きな人が出来たんだ」

 

 早坂からしたら、聞きたいようで聞きたくなかった言葉を向けられる。

 顔をほんのりと赤くして、羞恥心を隠すように顔を反らして言う所が本当っぽく感じて不快だ。

 

 いや、ぽいのではなく本当なのだということを早坂は知っていた。

 知っているからこそ、むしろ自分からそう言ってくれた事に対して嬉しくもあり苛つきもする。

 意中の相手にそんな事を言われたのだ。

 それも、その相手は間違いなく自分ではない。

 

 女性に対して少なからず苦手意識のある赤錆。

 だからこそ、自分から好意を持つ相手が現れる事はないだろうと思っていた所は早坂もあった。

 あったとしても、言い寄られて真に受けるぐらいだろうと。

 恋愛というただでさえ曖昧な定義から更に尺度を失った赤錆に限って自分から好意を持つ人が現れるなどないと。

 

 そう思っていた自分が甘かったと後悔をする。

 

 定義がないからこそ、1つ思えばそれを真たるものだと信じ込む。

 尺度がないからこそ、1つの出来事で確信を得てしまう。

 知識がないからこそ、思い込みを目の当たりにしてしまう。

 

 早坂愛は、赤錆という人間の曖昧さを知った上で見過ごしていた。

 

 彼は、自分が思うよりも危なっかしい人だということを。

 だからこそ

 だからこそ、自分が守ってあげなければいけないのだと。

 

 そう確信しつつ、早坂は友人の恋愛を祝う。

 その先を見据えつつ、どう転ぶのかいくつかのパターンを視野に入れながら。

 だからこそ、思い返す。

 何故こうなってしまったのかを。

 

 それは、つい先日の出来事。

 早坂からしたら苦渋の週末だった。

 

 

 

 

 

 

 

「かぐや様」

 車内でずっと、いや、昨晩からずっと珍しくそわそわとしているかぐやは早坂のその声でビクッと震えた。

「早坂、やっぱりこの服装は駄目かしら? 

 もっと殿方の好みに合わせたような──」

「いえ、それで十分に素敵ですよ」

 何百回と言われた答えだが、それでもかぐやは満足して「やっぱりそうよね」と頷く。

 今日は殿方、白銀との紆余曲折の末共に映画を見ることになったかぐや。

 

 所謂デート。と呼べればいいのだが、その実態は全く違う。

 映画のチケットをかぐやが用意し、それを白銀に送りつけ、普段からバイトや勉強で忙しい白銀のスケジュールから割り出した映画という長時間の拘束を可能とする時間が出来る今日このタイミングに彼女は待ち伏せているのだ。

 更には、今白銀が向かっていることを持ち前の家来達を使って確認、居場所の把握までしている。

 一歩も間違えることなくストーカー行為だ。

 普段から赤錆に対する求愛行動を咎められる早坂からしたら、どっちもどっちと言ってやりたい。

 いや、明確に愛し合っている自分達の方が正当化出来そうだ。

 

「かぐや様」

 

 呆れながらも再び主の名を口にする。

 

「なによ早坂、もうすぐ会長が来るんだから用件は手短にお願い」

 

 少し不機嫌そうに言うが、これは自分に募る緊張感から来る余裕のなさの現れだ。

 もっとも、ぞんざいな扱いには慣れている早坂は気にしない。

 気にしないが、1つ気になることはある。

 

「かぐや様が映画の鑑賞中、私達は助太刀する事ができません」

「駄目よ」

 

 手短に纏めようとした用件すら言えない。

 少しむっとするが顔には出さない。

 しかし、かぐやの方は明らかに顔に出して続けた。

 

「早坂、学校でのあなたを窮地を救ってあげた私への見返りはなんだったかしら?」

「……今日を1日空ける事です」

「そう。わかってるならいいわ」

 

 こちらの問答も何百回と繰り返したもの。

 全く同じやり取りを互いに繰り返しつつ時間は迫っていく。

 周りの使用人達と同じインカムを片耳に、愛用のイヤホンをもう片方に着けながら、早坂はイヤホンの方に神経を集中した。

 これが自分のできる最大限の譲歩だった。

 

 ただのデート(?)に対して割くような仕事を皆していない。

 それでも、仕事として全力で当たる使用人一同に紛れて不真面目な彼女の姿を周りが知れば手を抜きたくなる。

 しかし、そんな我儘が許されるのは普段から懸命に働きその忠誠心を買われている彼女だから許される事。

 多少の無礼も彼女達の仲だから許される事。

 

 そして何よりも、今日という日だから許される事。

 物寂しげに車窓から外を眺めつつ、恨み辛みを小言で呟く。

 

「……あーもう!! 

 しょうがないじゃないの!! 

 私はずっと前からこの日を狙っていたんですから、文句があるなら藤原さんに言いなさいよ!!」

 

 その強い言葉に早坂はため息をつく。

 そう、今日この日。まさにこの場所で早坂の思い人も来るのだ。

 

 映画館も複合したショッピングモール

 かぐやと白銀は映画館へ

 赤錆と藤原はショッピングモールへと。

 

 まるでダブルデートだ。

 そんな言葉が何度も頭に過ぎってはため息をつく。

 

 それに向かってかぐやはまた言葉を並べるが、待ち人を待つ彼女の言葉は早坂からしたら聞く耳を持てない。

 ただ、赤錆達の会話を聞き取れるように神経を削ぐだけ。

 

 こうするしかなかった。

 石上というどう転ぶのかわからない地雷を撤去するにはこの日を捨てるしかなかった。

 自分自身への言い訳を並べる。

 伊井野という問題を解消するにはこうするしかなかった。

 これが過ぎれば──

 考えて、自分の思いを見つめ直して落ち着かせる。

 

 本当ならば、この場に早坂は必要ない。

 すでに四ノ宮の人間が何十人とこの場にいるのだから。

 しかし、かぐやの思いは違う。

 何十人の使用人も必要だが、何よりも早坂という友人にそばにいてほしい。

 自分の恋愛がどうなるか、どう進むか今日の出来事次第でどう発展するのか。

 その時に自分の話を聞いてくれる人が、傍で見守ってくれる友人が。

 

 早坂に対して不満を覚えられると流石に自覚しながらも、それでも我を通したい。

 だからこそ、この約束取り付けて協力したのだから。

 今後の石上対策を。

 だからこそ

 

「……鑑賞中ぐらいは」

「くどい!!」

 

 約束を結んだのは早坂。

 彼女からしても、今後の障害を取り除きたいのは確かな事。

 悪魔の契約とも思われるかもしれないが、契約は契約だ。

 ただかぐやは観察眼のある石上の脅威を伝え、今後どころか初手を放っては全てが気泡に化すと伝えただけなのだから。

 その情報を知った上で契約を結んだのは彼女なのだから。

 

 たった1日見放すだけで急に事なんて進まないわよ。

 半年掛かったって上手く行かないものなんだから。

 

 友人の心配性に呆れつつも、それでも不安げな顔を見せられると複雑な気持ちだ。

 自分自身、少なからずとはいえ、本当に少なからずとはいえ思い人のような人がいる身。

 常日頃からどうしようもなく相手の事を気にしてしまう気持ちは痛いほど分かる。

 だからこそ、自分の我儘で隣に座ってもらっていることに、少なからず思うところはある。

 

「早坂」

「なんでしょうか」

 

 何時ものような冷静さを装っていはいるが、その顔はやはり少し暗い。

 そんな気を落とした、落としてしまった友人に向けての助言を伝える。

 

「いい早坂。

 これはチャンスなのよ。

 あなたが知らなかった赤錆くんと藤原さんの関係を知るチャンス。

 この際、今日はこのまま片方の耳ぐらいは大目に見てあげるからきちんとあの二人の関係を聞きなさい」

「出来れば直接目で見たいので両目両耳を許してくれないでしょうか?」

「それを許したら仕事じゃなくなるでしょ!?」

 

 一歩許しただけで何歩も進もうとする図々しさ。

 しかし、それだけ冗談も言える程度には前向きになったのだろう。

 少しだけ顔にも活気が宿った気がする。

 それを見て安心する。

 

 しかし

 付き合ってもいないの男が他の女と遊ぶだけでこうにもピリピリとしだす早坂には少しげんなりとしていた。

 重い女。

 そう一言で決めつける。

 もしも自分なら、もっと寛容的に……

 と、考えるもやはり白銀が他の女と遊びに行くのを指をくわえて見ているのは思うところが幾つもある。

 

「かぐや様、そろそろ」

 

 少しムッとしていたタイミングで早坂はドアを開け、かぐやを出すように促す。

 その顔は、何時もの見慣れた表情だ。

 

「……そうね、くれぐれもサボらないように」

「仕事をサボった事はありませんよ」 

 

 仕事と割り切るとすぐに切り替えるその姿に、何時もの近侍として、たった一人の友人としてのその対応の素早さに関心と何とも言えない安心感を得る。

 恋愛という人の心を狂わせる魔力があっても、そこには変わらない関係があるのだと実感させられた。

 

「行ってくるわ」

 

 車を出て、振り向きながら自信を表して早坂に言う。

 今回でもし、事が上手く行けば幾らかの余裕は生まれるはず。

 そうすれば、後は早坂の恋愛を応援する事に全力を注げる。

 

 彼女には釣り合うことの無い男との恋愛だが、当事者が好きと言うなら他者が口を挟むわけにはいかない。

 付き合って、好きあってから改めて後悔するか満足すればいい。

 

 ただその時赤錆くんにはそれなりの思いをしてもらわないと。

 こんなにも自分を思ってくれる人を無下にする人には、何らかの罰がないとね。

 私がわざわざ挨拶をしても返してくれなかったりと、彼には色々とこけにされていますから。

 そんな思いで口元が緩むと

「かぐや様」

 と震えた声が返ってきた。

 

 先程までの切り替えは何処へやら、一瞬で仕事モードは終わったとわかりやすく教えてくれるように、震えた手でショッピングモールを指差す。

「やっぱり、サボっていいですか?」

「いいわけないでしょ!!」

 もう、なんでコロコロと転がるのかしら!! 

 呆れながら、もう話す時間はないと告げるようにかぐやは待ちあわせ場所、もとい待ちあわせる場所に向かっていく。

 

 ……なにかあったのかしら? 

 いえ、きっとそう言って私の気を変えようという演技ね。

 こんな短時間で何か起こるなんてありえないわ。

 そう決めつけつつ、自身の待ち人を一方的に待つこととした。

 

 

 早坂はそんな主を遠巻きで見つつ、イヤホンから聴こえる声に冷や汗がたれる。

 人というのは、知らない事に対して恐怖感を覚える。

 特に、中途半端に知っている恐ろしい事に。

 

 病名と何となくの症状を知っているが、具体的な事は知らない。

 そんな病気にかかるのと、全く知らない病名を言われるとじゃ恐怖は違ってくる。

 知らなければ、恐怖感よりも不安感が強くなる。

 生死に関わるのか、重いのか軽いのか。

 無知だからこその不安。

 

 しかし、何となく知っていたら不安はない。

 ただ、恐ろしい病気だったら不安よりも恐怖を感じる。

 急に癌と宣告されたような、言いようもない恐怖を。

 

 早坂はまさに、恐怖を感じる。

 中途半端に知っているからこそ、怖いのだ。

 

 藤原と二人っきりではないと知っていた。

 妹も来ると言っていたからだ。

 三人での遊び。

 だからまだ、まだ許せた所はある。

 

 相手は藤原だ。

 余程のことがない限り恋愛に発展することはないだろう。

 その家族も何処かおかしい所があるというのは、かぐや経由で知っていたから。

 だから、恋愛に発展するなんて。

 そんな風に何処かで身構えていた。

 

 だからこそ、もう一人居るなんて聞いてなかった。

 私が知らない。なら、赤錆クンも知らない。

 赤錆経由で、彼の携帯に仕込んである盗聴アプリで常に入ってくる音は自分に届く。

 

 だから届いた。

 急だけど友達を連れてきたの、と

 届いた

 

 兄が何時もお世話になっています。白銀圭です、と

 

 兄、というのは恐らく今主と待ちあわせ場所に合流した白銀だろう。

 珍しい名字だ。そうはいない。

 

 何時もというのは学校を指すはずだ。

 クラブにも塾にも参加してない赤錆が普段から活動するのは学校ぐらいだかろ。

 

 だとしたら

 

 白銀御行は、それなりに美形だ。

 目つきの悪さが珠に傷だが、それを取り除けばかなりの美形。

 そんな彼の妹だ。

 恐らく、それなりだろう。

 

 白銀御行は常識人だ。

 少しばかし角が目立つところもあるが、藤原のような余りにもなズレはない。

 そんな彼の妹だ。

 常識人なんだろう。

 

 ……あぁ、かぐや様。

 サボったら駄目でしょうか。

 せめて一目見たいのですが。

 

 恨めしい目線で主を睨むも彼女はようやく映画館へと入っていった。

 ここからは簡単だ。この近辺を付かず離れずの距離で動いて周りに外敵のような物が近づかないか見張るだけ。

 ただ、そんな事は他の使用人でもできる。

 自分がいなくても。

 

 ……しかし、これは約束だ。

 今日という1日が何もなければ、石上という地雷を取り除ける。

 更には、今後のかぐやによる支援にも関わってくる。

 私情にかまけて仕事をサボったのがバレれば先ず怒られるだろうから。

 小言で済むだろうが、もしもこの映画作戦が失敗に終わったらその分の恨み辛みも自分に降りかかる。

 下手に機嫌を損ねて万が一協力者を失うような結果になれば。

 

 せめて付き合うまで。

 付き合ってからならば、彼女として何とでもできる。

 その地位さえあれば。

 

 大きく息を吸い、ゆっくり吐く。

 かぐやと白銀の姿が自動ドアによって隠された事を確認しつつ、早坂もまた動き始める。

 適当にふらふらと、辺りを歩きつつウインドショッピングの振りをしながらかぐやと交流のある者がこの近辺にいないか探す。

 白銀とかぐやのデート。

 これを知られたくないがため、周りに知り合いが来ないようにさせるのが使用人達の仕事。

 

 事前に来るのが分かっていた藤原だが、この映画チケットはかぐや達の元に来る前に一旦彼女の手に渡っていた。

 それを言えば丸く収まる。

 だからこそ、それ以外の外敵がいないか見渡す。

 

 辺りに散らばる様々な顔を一人一人大雑把に見渡しながら。

 あわよくば、赤錆が自分の元に訪れてこないかと。

 そうすれば、一目見ればわかる。

 

 知れば知るほど、この恐怖心に対抗する術がわかるのだから。

 

 


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