前後編にわけて、後編はクリスマス……か、年始までには必ず……たぶん……
前編は本編要素薄いですが、後編は少し関わってくる(予定)ですので見ていただけたら幸いです。
クリスマス
それは、男と女という異性の関係が一気に密接となる日。
ただの彼氏、彼女という関係から一歩先へと進むカップルが多いだろう。
それ以前の関係もそう。
彼氏彼女という関係にすらなれない微妙な付き合いである男女が先へと進む機会にもなる。
逆を言えば、この日で進展しなければこの先2人の関係が密接となるのは遠くなるだろうという事。
先に進みたいという人達は試され、挑む日。
これは、そんな聖夜に1人の少女が挑んだ日だ。
クリスマス当日。
伊井野ミコはこの日、自分が来年に通うこととなる学園の門前で過ぎ去る人達の顔を見つつ自分の携帯に連絡が来てないかの確認をせわしなく繰り返していた。
終業式
中等部である伊井野も高等部にいる待ち人も同じ学園の生徒。
学び舎こそ違えど節目に関しては同じ日程に統一されている。
伊井野はこの日、中学生生活最後になる終業式を終えると、友人達と適当に挨拶を交わして真っ先にここに来た。
彼女にも少ないながらも友人はいる。
本当は暫く会うことの出来ない友人達と満足行くまでおしゃべりをし、惜しみながらも別れるといった普通の学生らしい過ごしをしたい気持ちもあった。
事実、そういった普通の学生らしく過ごした記憶はない。
終業式という学校から開放されるこの日には、更にはクリスマスというイベントと重なった今日という日は特に学園内外問わずにトラブルを起こす生徒が現れる。最も、伊井野判断のトラブルのためそこまで大事ではないのだが。
だが、彼女の判断でトラブルと定められるのがまずい。
正義心に心動かされる彼女がこの日に風紀委員としての職務を放り出す事はない。
今日という日は、特に厳重に取りしまなければならない。
だからこそ今の彼女は機嫌が悪い。
こんな所で1分1秒も無駄にしたくないにも関わらず時間に待ちぼうけているこの身が。その理由が。
携帯を確認する。
昨日の夜に帰ってきた返信を最後に彼からの連絡がない。自分だけが何度も送っている。
朝起きた時も、出発する前も、学園につく前も、終わった後も。
何時も見るのは早いのに、今日に関しては全く見てくれていない。
ついさっき既読はついたが、何時もならもっとこまめに見てくれていた。
こんな日に限って見ることすら遅い。
今どこにいるかも、何をしているかも、誰といるかも、1人でいるかもわからない。
わならないという事実が腹立たしい。
見ているくせに返事をくれないことが悲しい。
自分からのメッセージは見ているくせに何一つとして教えてくれない事実。
まるで教えたくないと言われているような。
自分はその日にあった事どころか、嬉しい事や悲しい事はもちろん、些細な事でも時間ができれば連絡しているにも関わらず返事がくるのは極々稀だ。
その対応がますます伊井野に不安と怒りを覚えさせる。
「あっ」
集団に紛れるように静かに歩く少年に目が入る。
誰かと話しているわけではないにも関わらず、周りと歩幅を合わせながらゆっくりと歩いていく少年。
周りは友達同士なのだろう。
彼1人を置いて各々のグループで話している集団の中に意図的か無意識か忍ぶようにそこにいた。
人に紛れて自分を置いてさっさと帰りたいのだろうか。
約束も口ではしていない。
メッセージのやり取りで自分が誘い、返事をくれたもの。
今思うと、その返事も少しだるそうだった
喜ぶような表現もなく淡々と誘いを受け取るような、そんな機械的なようにも感じてしまう。
誘われたから、断る理由が見つからないから受けておいた。
そんな社交辞令のような風に感じ取れてしまう。
ふと思う疑問に言葉が止まる。
だが
「あっ、伊井野」
門前で顔を俯かせて佇む少女が目に入ると、彼は気づく。
「わるい、先生に成績の事で注意受けちゃって」
集団から離れて駆け足で伊井野に近づきつつ言い訳を並べる。
本当なんだろうか。
それも嘘で、本当はこのまま歩いていくのを自分が声をかけなかったのを不審に思って来ただけではないのだろうか。
疑問はある。
言われたことを鵜呑みに出来ない。
「連絡しようかと思ったんだけど、もう来てるって見たからさ。だったら送るよりも行ったほうが早いって思ったんだけど」
遅れた理由はわかった。連絡をくれない理由も。
この2つが伊井野が苛立せていた主たる理由。
その理由がわかった。
それだけで、彼女は──
「もうっ、心配なんですから先に連絡くださいよ!!」
口調こそ怒った雰囲気だが、頬は少し緩んでいた。
嫌われているわけではない。
どれも理由がきちんとあった。
そこが納得いくだけで、彼女の中あった不信感は全て消える。
2つの言葉があるだけで全てを鵜呑みに出来てしまう。
「ごめんって」
本当は怒っているわけではない。
彼女の顔をみて、それをわかりつつも形だけでも謝罪をしてそっと横に立つ。
「それじゃ、お仕事頑張ろう」
「遅れた分赤錆先輩には頑張ってもらいますからね!!」
「……はーい」
「もうっ、連絡くれたら許してあげたのに」
「そんなの書くの少し恥ずかしかったからさ、口で済ませたかった」
「心配したんですからね!!」
「……そんな心配することないと思うけど」
「ふんっ!!」
可愛らしく怒っているアピールをする伊井野。
そして、それに付き合う少年──赤錆。
去年まで同じ学校にいた者からしたら伊井野ミコの正義感は有名だ。
下手な学生なんかよりも名がしれている。
そんな彼女がわざわざ迎えに来るのも、このやり取りそのものを見ても2人の関係は傍から見たら一目瞭然。
言葉にする必要すらない。
だから、口にしない。
口にしたら伊井野が感情的になる事は昨年で赤錆の同級生達は見てきたのだから。
他の学年はそもそもとして興味がないのだから。
だから、裏で噂が独り歩きしていく。
2人の耳に入るほどに膨れ上がった、1つの手垢で汚れた噂話が。
伊井野ミコと赤錆身仁は付き合っている
そんな噂話が広まり、2人の同級生の中では周知の事実になっている。
風紀を重んじそれを振りかざす秀才と、富豪名家の子供が多く属する秀知院学園の中でも珍しい政治家の息子。
この2人は自分達が認知している以上に名が知れているのだから、その噂話は皆面白がる。
エスカレーター式という何時までたっても大きく顔触れが変わらない、刺激が少ないからこそ求める恋愛という話題の尽きない強い刺激を作る対象になっていた。
その刺激も、1年も過ぎれば皆当たり前と認知をして飽きてしまうのだが。
だから今更口にしない。
その事実が間違っていると聞き届けない。
認知された周知に今更メスは入らない。
だから誰も口にしない。
教室の窓から遠く離れた1人の少女が2人のやり取りを眺めている。
何を話しているかも、どんなやり取りをしているのかもわからない。
わからないことが、腹立たしい。
「早坂?」
「ん? どしたー?」
クラスメイトに声をかけられ顔こそ向くが視線は離れようとしない。
楽しそうに離れていく赤錆のその背中から。
早坂愛は口にしない。
その事実が嘘だというのを。
口にしないからこそ、出来る事があるのだから。
彼女はまだ、挑む事すら出来ない。
駅前の広場で簡単な昼食を済ませた2人。
食事という場面の切り替えのおかげで伊井野の機嫌が良くなったことを見て赤錆は少しだけほっとしていた。
彼女が怒るのは日常茶飯事だ。
それでも、本当に怒っている事はない。
今日もそうだ。
しかし、何故か今日は何時もよりも小言を言われることが多いのだ。
連絡をもっとほしい
その要望が多いのだ。
話し言葉こそ変えるが、中身を見たら全てそれに終着してしまう。
1日に何10件ものメッセージをもらい、その全てに返事を返すことは少しだるい。場合によっては今日のように返信出来ない場面もある。
とてもじゃないが安請け合い出来るものではない。
1度受けたら最後、出来なかった時のつけが怖いのだから。
その時はきっと、約束を破ったときはきっと、本当に怒ることになるのだろうから。
だからこそ、彼女の気が変わったのは1つの安心でもあるが……。
問題は、その向いた対象だ。
「伊井野、早く行かないと」
「むっ……むっ〜!!」
クリスマスイルミネーションに飾られた駅前。
そんな駅前で一際繁盛しているお店は決まっている。
年に1度の稼ぎ時と気合をいれて腕を捲くって振るうケーキ屋だ。
そんなケーキ屋に通りすがる度、飾られている食品サンプルや写真を見る度に伊井野は足を止めてしまう。
どうやら、1度胃に物を詰めてしまったことが原因らしい。
昼食前はこんなことなかったのだから。
伊井野は意外とよく食べる。
中学生の頃、昼食の時は食事の遅い自分の弁当を食べ終わった伊井野が物欲しそうに眺めてくるため少し分け与えていた。
忘れていたわけではない。
むしろ、その細い身体に無尽蔵に入りそうな程に食べるその姿を忘れたくても忘れられない。
何時しか弁当に必ず伊井野の好物を入れて伊井野避けをしていた努力を忘れてはいけない。
ただ、今は彼女の言葉を借りるのならば『仕事中』なのだ。
だからこそ、こういった誘惑は自分から断ち切ることを知っていた。
しっかりと……いや、欲望に負けかけることはあるが、それでも最後はしっかりと断ち切っていたのだから。
こんなにも物欲しそうに見つめ数分も足を止めることはなかったのだから。
「ほら、行くぞ」
「……まっ、待ってください!!」
「なに?」
「ここのケーキは有名店なんです!!
今なら待ち時間少なく済むそうなんで、食べてからでも──」
「ケーキは後!!」
「くっ……!!」
何度も繰り返したお諮問等だが、伊井野は今回ばかりは粘る。
「こないだ雑誌でも紹介されてたんですよ!!」
それは、クラスメイトとクリスマスについて話していた時。
クリスマスにカップルで行きたいお店ランキングという何とも伊井野の年代が好みそうな雑誌を中心に話題になっていた時に小耳に挟んだ話だ。
実際、周りのお店と比較しても小洒落たお店だ。
真っ白な部屋に数個のテーブルが置かれており、1つ1つに多くスペースをとって窮屈さを感じさせない。
そんな空間に作っている様子が店内から見つつ、外の景色も堪能出来るようにされている。
中学生や高校生のカップルが入るには少し背伸びした空間が醸し出されている。
こういったお店はまず値段が違う。
大衆向けに多数の商品を売って利益を出すのではなく、少数精鋭と言わんばかりに一部の顧客に高めの商品を売って利益率を上げている。
実際、伊井野が目にしているショートケーキはそこらで買うのに比べて何倍もの値段がする。
資金面だけで見れば問題はない。
方や裁判官の娘方や政治家の息子。
貰っているお小遣いの額もお小遣いの範疇を優に超えている。
「……たっか」
しかし、赤錆は伊井野に釣られて見たケーキの値段を見て呟く。
普通の学生ならとってもおかしくないリアクションだが、赤錆がとるのはおかしい話だ。
実際に貰っている額だけで見ればここのケーキを毎日数個食べても優に余る額だが、そんな発想は彼にはない。
値段を見て真っ先に思いついたのは近くにあるスーパーのショートケーキの値段。
2個入りのそれを2つ買ってもまだ足りない値段に本音が漏れた。
彼が貧乏というわけではもちろんない。
庶民的な生活を興じたいなんていう崇高な目的がないことも。
それでも、そんな生活を過ごす理由を、伊井野は知っていた。
その反応を見て「あっ……」と呟き、慌てて動き出す。
「ほら、赤錆先輩。休憩は終わりです。行きますよ」
「……えーっ」
キリッとした顔に戻るとそそくさと歩き始めた伊井野に何か言いたげに手を伸ばすが、すぐに戻して彼女の横につく。
彼女の切り替えに付き合う事には慣れているから。
「……はいはい」
「はいは一回」
子供に対する親のような注意にももう、何も言わない。
クリスマス
もしも今日という日が冬休みに突入していら、このよう寒空の下に駆り出されることはなかったのだろう。
赤錆からしたら少し面倒にも感じつつも楽しんでもいた。
こんな日に自分を慕う後輩と過ごせることに。
その関係を表す言葉が出てこなかったとしても。
伊井野ミコと赤錆身仁は付き合っていない。
それでも、中学生最後の年は登校日は毎日必ず顔を合わせていたし、放課後は見回りと称して学校内を2人で過ごした。
そこらのカップルなんかよりも、ずっと長く一緒にいた。
学校が終わっても過度に来る連絡に適度に返し、暇な時は電話をしていた。
それでも、2人は付き合っていない。
どちらかが告白をすれば、その形に名前がつくのだろうが。
2人はそれをしない。
赤錆は伊井野が自分とどうなりたいのかわかっていない。
付き合っていない。
それは、伊井野がはっきりと周りに茶々に応える。
だから、付き合っていないのだろう。
だが、彼女は異性間の交友に対して厳しい視線を送る。
学生という身分でそのような浮ついたモノに興じることに。
そんな関係に彼女はなりたいのだろうか?
……わからない。
結局の所、それは伊井野が判断することだ。
折を見て自分から告白しようとも思えない。
それはやめたほうがいいと『アドバイス』を貰ったのだから。
彼女が満足するまで付き合えば、彼女が時期を見て告白するだろうと。
本当に付き合いたいと向こうが思ってるのならば、そうするだろうも
と。
今は付き合っていない。
彼女が言う学生が社会に出るまでを指すならば、社会に出てから付き合ったことになるのだろうと。
そう思う。それまで付き合いがあれば。
今は下手に悩ませたくない。
学生恋愛に否定的な彼女に告白をし、この関係を壊したくない。
今はこれでいい。
自分を慕う女子と共に過ごす。
それで、愛情という曖昧な気持ちに触れたい。
好きな人と居るとどんな気持ちになるのか、好かれている人と居るとどんな気持ちになるのか。
子供の頃に皆が当たり前のようにしてきた体験を、自分がしてこなかった体験を感じたい。学びたい。知りたい。
伊井野という存在を利用しているようで感じが悪い。
だから、赤錆から彼女を連れ出すことは殆ど無い。
自分から傍に行くことも。
こういう都合のいい思考で自分を納得させようとする。
悪い癖だ。
親譲りの、悪い癖。
見られないように皮肉を笑みに映しながら周りをウロウロとしつつ歩く伊井野に付き合っていく。
2人の関係を1言で表す言葉はない。
付き合っているや、カップル等の周りを共に歩く集団に当てはまりそうな言葉は自分達に当てはまらない。
それが、伊井野には丁度良く、それでいて物足りない。
学生恋愛には反対だ。
節度を守れば許容出来る。
それが出来る人たちならば。
自分はどうだ?
その問答に強く返事ができない。
これが他者からの声ならば否定しただろう。
だが、相手は自分。
嘘をつけない。
節度を守って付き合う。それは、難しい事だ。
人間関係の中でという非常に曖昧なルール。
どうしても場の流れや、その場の雰囲気に飲まれて過ちを犯すことがあるだろう。
恋愛という、甘美な獲物を前にしては。流石の自分も耐えきれない事が出てくるだろう。
そう、人間は完璧ではない。
だからこそ、正しくあろうとする心がなければならない。
学生恋愛等というのは、責任を取れない子供が、大人の真似事をする切っ掛け作りになりなかねないのだ。
そう、人間は正しくなろうとするから価値がある。
だから、間違っている人は正さなければならない。
この仕事もそうだ。
終業式という学校生活の1つの終わりに調子に乗る学生達に指導をしなければならない。
それが、風紀委員としての自分の責務。
実際にさっきから見かける自分達と同じ制服を着た学生達に早く帰宅するように、遊ぶなら一度帰って着替えてからにするようにと何度も注意をしてきた。
終わって間もない今だからこそ、制服姿の学生達を多く見つけられる。
普段なら駅前まできてこんな事はしない。
だが、今日はクリスマス。
終業式当日がクリスマスとは……。
こんな日は必ず調子に乗った、乗ろうとする人達が出てくる。
そんな人達を注意するために、今日だけは特別に駅前まで来ての指導になった。
だが、外というのは危険がある。
普段の学園だけではないのだから、何があるかわからない。
予測できないトラブルが付きまとうのだ。
そう伝えると、赤錆が男として先輩として自分と共に見回りに協力してくれることを快く引き受けてくれたのだ。
クリスマス
制服デート
駅前の豪華なイルミネーション
……これは、流れなんじゃ?
そういう雰囲気なんじゃ!?
伊井野はこの日を何日も前から楽しみにしていた。
何も過ちを犯す前提ではない。
この関係に、名前のつかない関係から一歩先へと進みたいのだ。
クリスマスという絶好の日に。
去年のクリスマスは1人だった。
両親が仕事でいない中、1人でケーキを家で食べてその後は決まったスケジュールで勉強をしただけ。
味気ない、変わりない1日だった。
赤錆とは既に知り合っていた。
しかし、クリスマスにつれ出す理由はなかった。
去年はまだ、ずっと傍にいたのだから。
放課後も昼食時もずっと傍に居たのだから。
関係に名称にこだわる理由がなかった。
しかし、今は違う。
進級という避けられない事実が2人を分かつ。
来年になれば、以前のように毎日傍に居られる。
その来年が待てない。
もう半年も、その半分すら過ぎているのに。
その日が待てない。
明日には
明日には、同級生で好きな人が出来たと言われそうで不安だ
明日には、先輩に告白されたと言われそうで不安だ
肩書があれば
名前があれば
赤錆を守ることができる。
自分の隣から、奪われないように。
だから
だから、場の雰囲気に流されたい。
自分自身に言い訳ができるように、正当化できるようにと無意識に望んでしまう。
伊井野ミコは自分の欲に浸りたいのだ