早坂愛は奪いたい   作:勠b

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結局クリスマスに投稿できませんでした……
それでも、年内に更新出来てよかったです。


早坂愛は浸りたい

 伊井野ミコのプランは、とても不安なものだった。

 こういった恋愛関係の知識には乏しく、雰囲気作り等の細かい手配りが必要な段取りは彼女の性分にはあっていない。

 

 ただ、クリスマスという記念日に2人で歩き回りイルミネーションでも見ながら適当なお店でケーキでも食べる。

 それだけで雰囲気作りになるだろうと思っていた。

 

 お店のマークもしていた。

 しかし、それは赤錆の反応を見て諦める。

 先の事ばかりを見て彼の事情を考えていなかったことに反省しつつ立て直しの機会を伺う。

 伺うのだが……。

 

「ほら、制服姿で遊んでちゃダメでしょ!!」

「はっ? お前等だって制服だろ!!」

「私は学園の仕事中だからいいの!!」

 

 ちょうどカラオケ店から出てきた複数人のグループを見るやいない駆けつけて注意をする。

 

 当然ながら、同じ服装の人に指摘をされても気に食わない。

 集団でのブーイングで応じるが、伊井野は一歩も引く事なく言葉を吐いていく。

 そんな泥沼に咄嗟のすきを見て赤錆は身を持って間に入る。

 

「まぁまぁ、さっき俺達も警察に注意されたしさ。そろそろ解散したほうがいいと思うよ?」

「げっ……この人って」

 

 赤錆の顔を見てやたらと嫌そうな顔をしたのは、グループの女子達だ。

 恋愛話に花を咲かせるのはいつだって女性の方が多いのだろうか。赤錆と伊井野の顔を交互に見つつまだ気づかない人達に小声で赤錆の名を伝える。

 

 名を聞きすぐに思い出すと、皆それぞれ2人の事を明らかに邪険に扱う。

 

「なんだよ、人には注意しといて自分達はクリスマスに制服デートかよ」

「だから、付き合ってないって言ってるでしょ!!」

 

 その糾弾するような大声に周りの視線が集まる。

 注目を受けると、グループの1人がある一点を指差す。

 そこには、ギラリと視線をチラつかせた警察が1人。

 

 トラブルに巻き込まれたくない。

 それは、誰もが思う当然の心理。

 伊井野達には何も言わず、自然と早足気味でその場をグループ達は去っていった。

 

「もう! 始めから大人しく帰ってればいいのに」

「まぁまぁ」

 

 頬をふくらませる彼女を宥めつつ、未だに視線を外さない警察に赤錆は軽く頭を下げた。

 

「ほら、俺達ももう少ししたら帰ろう」

 

 時間だけで見ればまだ子供が遊んでいても問題はない時間だ。

 しかし、冬場という時期もありすでに空は真っ暗。

 それでも周りは不自然な程に光り輝いている。

 

「…………もう少し」

 

 何も成果を得られない自分を卑しく映えさせるような光達。

 昨日までは待ち焦がれた景色も当日にはこんなにも忌まわしく見えるのだろうか。

 

 ケーキを何処かで食べる。

 簡単な所から攻めようと、浅はかなりに考えたプランに戻そうと周りを巡視しつつ手頃な店を探していた。

 赤錆でも許容してくれそうな、そこまで高くないお店を。

 

 しかし、そういう時に限って仕事が舞い込んでくる。

 同じ制服姿の人を見ては注意をし、一度したら次はいないかとやっきになって力を入れる。

 数十分程して、巡視から散策へと切り替えたところにまた学生。

 

 それを何回も繰り返すうちに時間はあっというまに過ぎていった。

 

 まだ学生が出歩いていても問題はない時間。

 それでも、冬場という時期が今がもう夜中だと感じさせる程に空の明かりを無くす。

 こんな時間だからこそ、最後にロマンチックな雰囲気に飲まれたい。

 何も最後まで行きたいわけではない。

 そこまでは伊井野自身も考えてはない。

 ただ一歩。もう一歩だけ踏み込みたい。

 

 自分という存在を、特別にしたい。

 

 それだけが、彼女の望み。

 形のような物が欲しいわけではない。

 2人を表す言葉が欲しい。

 自分を安心させれるような。

 

 だから、伊井野は歩き始める。

 自分を正当化させるようなモノを探して。

 

 そしてそれは意外にも早く見つかる。

 

 駅前の広場に置かれた大きなクリスマスツリー。

 御利益でもあるのだろうか、その下に集うのは男女のペアばかりだ。

 隣同士で仲睦まじく話しながらその場に留まる集団。

 ツリーを照らす光に自分達が末永く幸せであるようにと願うように皆がその一つ一つ輝く様々な色をした光を見つめていた。

 

「綺麗……」

「ほんとだね」

 

 紛れ込むように集団に飛び込む二人。

 望んた形に成就している群れに交じると、伊井野もまた自分の望みが叶ったような気に錯覚させる。

 気持ちだけでは成れないものに。

 

「…………」

 

 赤錆は完全に光に視線を奪われていた。

 伊井野もまた、そんな彼の横顔を見て自分もと改めて視線を向ける。

 

 しかし、どこか落ち着かない。

 

 綺麗な景色に包まれて、寒空の下に暖かな光に囲まれる。

 そして、今がクリスマスという特別な1日だと誰にも伝えるかのように鎮座するクリスマスツリー。

 それを眺める男女。

 

 いい雰囲気ではないのだろうか。

 

 自分に問でみる。

 

 今こそが、今日一番の雰囲気ではないのだろうか。

 

 その気持ちがあるから、落ち着かない。

 

 ツリーを見ては彼の横顔を見る。

 そんな視線の反復をしていると、していたからこそ偶々目に入ったカップルの後ろ姿。

 

 こんな人混みにも関わらず堂々と口付けをする2人の姿。

 

 それは、伊井野の気持ちにより拍車をかける。

 

 伊井野ミコ

 正しくありたいと思う気持ちが人一倍強い彼女も、ただの思春期の女子だ。

 口付けはもちろん、他の事も想像することはある。

 

 自分と、自分が好きな特定の誰かとしている所を。

 

 想像し、まだ早いと拒否をして、想像だけならと再び始める。

 一通りを終えて来るのは、こんな未来があったらいいなと望む自分とどうすればそうなるかと悩む自分。

 踏ん切りがつかないのだ。

 

 あと一歩という踏ん切りが。

 自分の背中を押してくれる存在が足りない。

 

 そしてそれが今日。

 

 クリスマスという日が冬休みに入った、もしくは入る前だったら。

 自分から誘うの事は自分が許せない。

 学生恋愛に勤しむ自分の姿を、誰よりも自分自身が許せない。

 

 今日は違う。

 終業式後に遊び回る学生を取り締まるための学校周辺の視察。

 建前がある。

 

 この関係になり1年が過ぎた。

 赤錆が常に居ることがなくなってもう少しで1年が経つ。

 どうしようもない寂しさに耐える毎日に神様が与えてくれた記念日だと直感した。

 今日という日を。

 

 改めて赤錆の顔を見ようとしたのを邪魔したのは、聞き慣れた着信音だ。

 始めから設定されているそのリズム感のある音楽。

 多少でも触れる人なら真っ先に変えるそれを、よくわからないし必要ないからと変えようとしない今時の学生ではまず間違いなく少数であろうそれを愛用しているのはこの集団でも1人だけだろう。

 

 伊井野の予想通りに赤錆は携帯を手に取る。

 

「ごめん、少し電話してくる」

「…………はいはい!!」

「はいは一回でしょ?」

「うるさいなー!!」

 

 急に不機嫌になった空気を変えるための言葉もただ燃料を注いだだけに終わった。

 何故急に変わったのかわからないまま、相手を待たせるわけにも行かないと彼はその場を離れていく。

 

 もう少し電話が遅ければ言えたかもしれない。

 それを邪魔された事に対する八つ当たりだとわかるはずもないだろうが。

 

 伊井野自身、八つ当たりしたとわかりつつも彼のタイミングの悪さに嫌気が差す。

 そんな自分に癒やしを求めるように空に浮かぶ明かりを直視する。

 

 何時までも見れそうな輝かしい光りたち。

 厚い雲がその光をより輝かせて映えている。

 

 それらを眺め癒やしを求めること数分。

 たったの数分が今の伊井野には限界だった。

 

 遅い

 

 その言葉が頭を埋めていく。

 

 赤錆は余り長く電話を楽しむ方ではない。

 それは伊井野は身を持って知っていた。

 自分の電話では長くて5分。

 短くて2分程で電話が終えることもある。

 

 最も、用事があればそれ以上に付き合うこともあるのだが、伊井野からの電話はたいてい赤錆も反応に困る細やかな事が多いため話題がなくそれでおえてしまうのだが。

 彼女がそれに気づいていないだけで。

 

 そんな扱いをされる彼女だからこそ、この大事な時に数分も電話として離れることにどうしようもない不安を覚えた。

 

 周りをキョロキョロと見渡すも、校門前という特定の場所で少数の顔を見分けるとはわけが違う。

 何十人も居る集団の中で1人を見つけるのは至難の業だ。

 

 ならば、と自身も携帯を取り出して電話をしてみる。

 

 コール音すら鳴らずに今は電話に出られないとの機械音が聞こえ先ずは一安心だ。

 

 彼女が一番に感じた不安。

 

 それは、自分をこの場に置いていかれることだ。

 

 電話といってその場を離れてそのままさっさと帰ってしまったらどうしようと。

 自分一人何時間も置いてけぼりをくらったらどうしようと。

 

 それがなく、本当に電話をしているだけなら少しだけ安心する。

 ほんの少しだが。

 

 不安感が大きな息として吐き出すと、今度は吸った呼吸に不安が舞い戻る。

 

 自分達が合流できるのかどうか。

 

 それは、伊井野がこの場を離れなければいいだけの話だ。

 だが、それは出来そうにない。

 

 すでに自分の足は彼を探しに行きたくてうずいて仕方がないのだ。

 もしもこの場を離れたら。

 

 自分達が再び今日会うことなく自然な流れで解散することになる。

 だから迂闊に離れられない。

 

 ……5分。

 後5分だけ待とう。

 

 そう心に決める。

 イルミネーションを眺めてれば5分等あっという間だ。

 ただ無心で見つめているだけですぐに過ぎる。

 その間に来るだろうと信じて。

 

 1分

 クリスマスツリーと携帯を交互に見つめる。

 一応心配だからとメッセージを入れておく。

 

 2分

 クリスマスツリーよりも携帯を眺める時間が増えてきた。

 メッセージに既読はつかない。

 改めて心配だと送っておく。

 

 3分

 完全に頭が下がる。

 上を見る周りに囲まれ1人頭を垂れるその姿に周囲からは浮いてしまうが、そんな事に構っているほどの余裕はない。

 何度も送ったメッセージに既読はつかない。

 気づいていないだけかもしれないと思考が回ると同時にその指は止まらない。

 

 4分

 歪み始めた画面でもわかるように一斉に既読という文字が書かれる。

 それだけで、少し救われた気がした。

 

 今なら大丈夫と思い、急いで電話をする。

 数回のコールの後に息を切らした声が聞こえた。

 

 

「もしも──「どこにいるんですか!!」

 

 その声が決め手となり、浮いた彼女は周りの視線を掻っ攫う。

 

「え、駅前だけど」

「すぐに行くから待ってて!!」

 

 電話を切り、踵を返すと前に見えた集団は彼女の通り道を作ろうと端へと移る。

 潤いと共に籠もった怒りの瞳に誰もが関わることに無言の拒否を決め込んだ。

 

 それは伊井野には好都合だ。

 わざわざ集団を掻き分けて進む手間が省ける。

 といっても、駅前は目と鼻の先であり何も急ぐことはないのだが。

 それでも、彼女は早足でその場から離れていく。

 

 歩いても分も掛からない距離には、あきらかに怒っている彼女に対して戸惑いを隠せていない赤錆がそこにいた。

 彼女達の反応を楽しもうと、道を譲った者達の何人かが2人を遠巻きに眺めている。

 

「どこ行ってたんですか!!」

「ちょっと電話に行くって言っただろ」

「ちょっとって時間じゃなかった」

「10分もかかってないじゃん」

「……もういいです」

 

 涙声での睨みに赤錆は対応に困る。

 実際、彼からしてみてはきちんと伝えたにも関わらず向かってきた怒りに理不尽さを感じてしまう。

 

「……それで」

「なに?」

「それで! 誰と話してたんですか!?」

 

 置いていかれるかもしれないという不安。

 それが解消されたら来た次なるものは、離れた理由。

 

「誰と、何の話をしてたんですか!」

 

 自分を置いてまで話したかった人なのか。

 本当にそれだけ大事な人なのか。

 自分よりも大切な人なのか。

 

 もちろん、伊井野にも良識はある。

 例えば親からの連絡。

 それならば、そうと応えてくれれば安心する。

 

 しかし、赤錆の周りには1人不安な人がいる。

 もしも、彼女からの連絡ならば──

 

 どうも出来ない。

 

 怒ることしか、嫌がることしか自分にはできない。

 情けないが、それぐらいしかやれないのだ。

 

 自分は、ただの後輩なのだから。

 

「……受け取りの連絡がきた」

「受け取り?」

 

 人の名前ですらないその理由に首を傾げる。

 ふと視線を移すと、さっきまで持っていなかった小さな3つの箱が彼の手にはあった。

 

「……こういうのはサプライズが喜ばれるって知ったから、驚かそうと思ったんだけど」

 

 そう言いつつ箱の1つを伊井野に差し出す。

 そっと手に取ると、すぐにその箱の中身はわかった。

 

 自分が何度も目にして、時には食べたいと強く思っていた物だ。

 その商品が手元に送られる。

 

「……えっ、でもこれ」

「驚いた?」

 

 苦笑いしつつも伺うように様子を見る。

 一気に静まり返ったその様子を見てギャラリー達の視線も外れた。

 それは、周囲から見ても彼女の怒りが一気に下がったことを暗示させるようで赤錆の気も少し落ち着いた。

 

「よかったよ、伊井野が食べたいって言ってたものが手に入って」

 

 それは、伊井野が食い入るように見ていたお店のケーキだ。

 箱に書かれたその店名を見ただけで伊井野は驚いていた。

 

「高いって言ってたじゃないですか!」

「実際高いと思ったけど、せっかくの記念日なんだしたまには贅沢したいじゃん?」

「……記念日」

 

 クリスマスという記念日。

 赤錆からしたらさして興味のないイベントでもあった。

 だが、そんな日に付き合ってくれた後輩へのささやかな恩返し。

 そんな気持ちを認めてのプレゼント。

 

 記念日。

 それは、伊井野からしたら自分と2人でクリスマスを過ごしたという記念すべき日という言葉。

 そう受け取った。

 

「……赤錆先輩がこんな物くれるなんて驚きです」

「まぁ、伊井野は食べ物のほうが喜ぶと思ったし」

「人を食いしん坊みたいに言わないでください!!」

「ごめんごめん」

 

 すっかり元の調子に戻った様子に彼は安心する。

 

「でも、驚いたよ」

「えっ?」

「少し離れただけでまさか泣いてるなんて」

「なっ、泣いてはないもん」

 

 すっかり乾いたが、さきほどまで潤っていた瞳を思い返しつつ赤錆は微笑む。

 

「まだまだ子供だな」

「うーっ」

 

 恥ずかしさのあまり視線を反らす伊井野の頭を軽く撫でる。

 

「次からは遅くなりそうならきちんと伝えるよ」

「……そうです、赤錆さんが悪いんですからね」

 

 教訓として覚えておこう。

 そう記憶に刻みつつ、彼女の柔らかな髪をそっと撫でていく。

 

「……そ、そういえばここのケーキって予約できたんですか?」

 

 恥ずかしさの余り話題を変える。

 広場に人が集まっているとはいえ、都内の駅前にもそれなりの通行量はある。

 そんな人達こんな姿を見られるのは我慢ならない。

 

「あーぁ、それね」

 

 そしてこの話題の切り替えと同時に頭に置かれた手は離れ、困ったように頬をかく。

 手が離れるまではよかったが、そんな顔をされると思っていなかった伊井野は少しキョトンとした。

 ただ電話を事前にした等の簡単な答えだと思っていたのに。

 

「クリスマス当日は忙しいから無理だったみたいなんだけど、友達に頼んだらなんとかしてくれて……」

「……友達、ですか」

 

 秀知院学園

 そこには、様々な生徒が通っている。

 普通の学校には通っていないような特別な子供達の集まりだ。

 駅前のお店1つに我を通す事など軽く成し遂げられる子供達の集まりなのだから、彼の言葉に伊井野は不思議とも感じない。

 

 むしろ納得がいった。

 手にしていた箱は3つ。

 1つは自分が、もう1つは赤錆だとしたら残った1つはその友人にだろう。

 

 相手が誰か聞きたいところだが、その人のおかげで食べたかったものが手に入るため深くは聞かないでおく。

 その人はある意味では恩人であり、ある意味では仇敵になる。

 

 せっかく眼の前にあった幻想的な景色は変わる。

 同じ光でも白い空間を照らすだけの無機質な光が目の前に広がる。

 自分が何時も登下校で使う駅のホームの光は、今日という1日がもう終わりであることを告げているようだ。

 

 わかっている。

 我慢などできない自分がここまで来たのだ。

 自分が終わらせた。

 ここまで来てもう少し居たいなんてもう言えない。

 

 それを言ったら、建前が消えるように感じるのだから。

 それを感じたら自分が望んだなし崩し的な言い訳はただの見苦しい言い分に変わってしまう。

 

「…………」

 

 わかっていても帰りたくない。

 まだ夢に浸りたい。

 幻想的な世界に酔っていたい。

 この酔のまま、一歩踏み込みたい。

 

「……帰ろうか」

 

 それは、言われて然るべき言葉だ。

 

「…………」

 

 何も言わない。

 帰ろうとしなければならないのに、どこかしら考えてしまう。

 自分を納得させる言い訳を。

 

 黙り込み下を見つめる。

 必死に考え込みながら。

 

 それは、赤錆からしたら少し問題だ。

 これ以上の時間は彼に残されていないのだから。

 

「ほら、冬休みはまだあるんだから次また遊ぼう」

 

 子供を諭すように優しく伝える。

 その言い方よりも、その言葉に伊井野は反応を示した。

 

「……次?」

「予定が合えばまた遊べるだろ」

「また、遊べる……」

 

 考えていなかった。

 今日という日が、偶然に偶然が重なったようなこの日だけが特別な日だと思いこんでいた。

 

「……次の機会がある」

 

 それは、思ってもいなかったチャンス。

 冬休みという短いながらも学生に与えられた休日は、伊井野の心を揺らす。

 

 今日という日に固執しなくてもいい。

 また次の機会に雰囲気が重なれば、背中を押せる日が来る。

 

「それじゃ、ケーキを食べながら予定を立てましょう」

「食べるって、持ち帰りしたから店に入れないぞ?」

「なら、電話しながら決めましょう!! テレビ電話がいいな」

「……あー、うん。わかった」

 

 渋々と言った様子で引き受ける赤錆。

 そんな彼の様子に構いなく喜びを表情に隠さない伊井野。

 その顔を見ただけで、まぁいいかと感じてしまう。

 

「それじゃ、俺の方が遅いだろうから帰ったら連絡するよ」

「はい! 約束ですよ!!」

「約束ね」

「冬休み、また遊ぼうね!!」

 

 子供のように無邪気に喜ぶ後輩の姿に思わず赤錆も笑みが漏れる。

 とても1つ下の子とは思えないその姿が、自分の言葉だけでここまで喜んでくれるこの後輩の存在が、今の赤錆には不思議に見えた。

 

 自分もいつか、言葉1つでここまで豹変出来る日が来るのだろうか。

 急に怒り、急に泣き

 突然喜び、突然悲しむ

 喜怒哀楽の激しい彼女が自分の前ではより激しくなるように見えてしまう。

 それは、俺の事を──

 

「先輩、それじゃ連絡待ってますからね!!」

「あっ、うん」

 

 余程楽しみにしているのか手を振ってその場から離れていく伊井野に合せる赤錆。

 色々と思い悩む事はあるが、先ずは目の前の少女が無事に帰った事に一安心をした。

 もっとも、この後が長くなりそうで不安なため息を吐くのだが。

 

 伊井野の足取りは軽い。

 先程迄は離れていく気色にもう少しとかじりつきたかったにも関わらず、今は特に何も感じない。

 この後また話すことが出来るという事実に喜びを。

 また次があるという当たり前に感謝をする。

 

 だがらこそ、少し離れた後に気づく。

 

 ここから家に帰った場合、赤錆の方が自分よりも早いのだ。

 だが、彼は遅くなると言った。

 

 何故なのだろうか。

 聞いてから帰ろう。

 そう思って振り返ると、そこにはもう彼の姿はいなかった。

 さっきまで手を振っていた赤錆の姿はもういない。

 

 ……不安はある。

 だから、一度戻ろうと足を止めるが

 

「キャッ」

「危ないだろ、急に止まんな!!」

「す、すいません」

 

 すぐ後ろを歩いていたらしいスーツ姿の中年にぶつかる。

 向こうから当たってきていたが、急に止まった自分が悪いのも事実。

 そして、周りに迷惑を掛けないように再び歩き始めてしまう。

 

 ……まぁ、後でメールしよ。

 それに、後で電話できるしその時に聞いてみよう。

 

 そんな風に自分を納得させる。

 次がある。

 その希望が彼女を満足させる。

 

 植えた欲望を満たすような希望に彼女は浸っていた。

 

 

 

 

 

 石上優は眼の前の画面を潤んだ瞳でしかと見届けた。

 画面一杯に映る少女の笑顔を1人見て、何度も頷く。

 

「やっぱり妹萌えは原点であり頂点だ」

 

 自分の気持ちを言葉にしつつ、ゲーム画面を閉じてソフトを取り出す。

 それをケースに仕舞うと、既に10本以上入ったカバンの中に大切に仕舞った。

 

「いやー、赤錆先輩はどの妹が喜ぶんだろうなー」

 

 石上優

 彼は恋愛(ゲーム)マスター(自称)である。

 自室には数多くのギャルゲーがあり、それら全てを攻略してきた。

 そんな彼は現在、恋愛のいろはを知らない無知な先輩のためにと自身がオススメするソフトを選んでいる最中だった。

 

 だが、ソフトを見ると次第にそれらをプレイしたくなるというもの。

 結局選ぶだけでは留まらず、手にしたゲームを改めてプレイしては泣き、笑い時には余りにも理不尽な展開に腹を立てつつ楽しんでいた。

 

 多くの学生が休むであろう土日の休日を、彼もまた満喫していた。

 

 そして、次のソフトを選ぼうと席を立った瞬間、机に置いていた携帯が震え始める。

 

「げっ」

 

 手にとって映る相手の名前を見て声が漏れた。

 今後の指導をしやすくするためという理由で中学生時代に交換したまま自分からは1度も使っていない相手の名前がそこに映っていた。

 

 ……まぁ、出るか

 普段なら休日に聞きたくない声なのだが、近い内に話さなければいけないと思っていた相手でもある。

 一言二言苦言を呈さなければいけない相手だ。

 もしかしたら、この電話もその理由に関わりがあるのかもしれないのだから。

 

「……もしもし」

「石上?」

 

 何時もの煩い声ではなく、震えた声で名前を呼ばれた。

 それだけで、石上の目から気だるさが消える。

 

「なんだ伊井野、どうかしたのか!?」

 

 彼女、伊井野ミコが自分には先ず見せないであろう弱った姿に興奮する。

 

「……赤錆先輩とあんたって仲良いんでしょ?」

「えっ、まぁ、うん」

「赤錆先輩が連絡取れないの」

「取れないって……」

 

 時間を見てみる。

 今が夜遅くなら寝ているだけと一蹴できるがまだ夕方だ。

 寝るにしては早すぎるし二度寝にしては遅すぎる。

 何よりも、彼が今日家にいないというのは知っていた。

 

「友達と遊んでくるって言ってたのは知ってるけど……

 さっきまでは1時間おきにきちんと連絡くれたのに、急にくれなくなったから電話したのに出ないの」

「はぁっ!? 1時間おきに連絡きてたの!?」

「うん、してってお願いしたから」

 

 当たり前のように来た回答に頭を抱える。

 

「あのなぁ、付き合ってるわけでもないのに」

「今はそんなのいいの。

 とにかく、赤錆先輩から連絡来なくて、電話しても切ってるみたいでつながらないの」

「……で、僕に何をしてほしいわけ?」

「あんたなら何か知らないかなって」

 

 声こそ弱々しいが要求は図太いにも程がある。

 付き合ってもいない人の行動を制限するなんて、我が強すぎる。

 付き合っていても嫌なのに。

 

 ほんと、こういう束縛がきつい女は面倒だよなぁ。

 そんな事思いつつ、石上は大きく息を吸う。

 

「別に赤錆先輩だって子供じゃないんだから連絡とれなくても心配しなくていいだろ。

 それに、付き合ってもいない人にわざわざ構う程暇じゃないんじゃないか?」

「……でも、連絡くれるって約束したもん」

「……まぁ、僕は約束してないからしらないけど。

 それでも、もう一度きちんと話した方が2人のためだと思うけど?」

「話す?」

「今後の事とか」

「…………」

 

 今後の事

 多少大きな的として言っているが、その意味は伊井野にもはっきりと伝わる。

 

 2人の関係性だ。

 

 これから先もこの一方的な繋がりのまま付き合うのか、それともきっぱりと別れるのか。

 それは、伊井野には何も言えない。

 

「……もういい! あんたに頼った私が馬鹿だった!!」

 

 最後の強気の大声に鼓膜が破れるかと思い、携帯を離す。

 

「あっ、おい!!」

 

 だから、最後の自分の言葉は届く前に一方的に切られていた。

 

 なんだよあいつ。

 

 悪態をつきつつ携帯を放り投げる。

 気持ちを切り替えてギャルゲーあさりをしようとしたが、気になってしまう。

 

 赤錆と連絡がとれない。

 

 相手は自分達よりも年上だ。

 だが、少し心配な所はある。

 そう思うと、石上も不安になってきた。

 

 ……ま、まぁ僕の場合は友達として心配なだけだから

 

 そう言い訳をしつつ携帯を拾い上げる。

 

 先ず掛けたのは赤錆の携帯。

 しかし、コール音すら鳴らずに流れていく機械音。

 

「よかったな伊井野。着拒否はなかったみたいだ」

 

 もしかしたらと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 いや、もしかしたら自分も拒否にされているだけかも……。

 

 そう思うと泣けてきた。

 数少ない友人と思っていた人が減ったかもしれない。

 

「くそっ! 掛けたくないけど掛けるしかない!!」

 

 石上の交流関係は狭い。

 同学年では壊滅。先輩はほんの数人程度だ。

 それは赤錆にも言えること。

 

 幸いなのは、たまたまなのか、それとも相手が優しいだけなのかはわからないが、2人の交流のある人物達が被っているということだ。

 

 今日赤錆は友人と遊ぶと言っていた。

 その相手とは、石上のよく知る人だった。

 

 藤原先輩

 

 その文字に触れること数コール。

 

 ……どうやら、あの人も出ないようだ。

 

「あれ、本当に大丈夫なのか?」

 

 もしかしたら電車に乗っていたりと電話に出られないだけかもしれない。

 それでも、2人揃って

 赤錆に関しては少し前から連絡がとれないというのは少し奇妙だ。

 

 不安がっている時に、メッセージが届く。

 藤原先輩

 送り主の名を見て慌てて読み始める。

 読み始めて、言葉を失う。

 

「……赤錆先輩が、倒れた……?」

 

 短い文面を読み返す。

 

 そして考える。

 伊井野に伝えた方がいいのだろうか? 

 ……いや、面倒になるだけか。

 あいつが騒いだら、休まるものも休まらない。

 

 そう思いつつより詳しく知るために藤原へと連絡を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 伊井野ミコ

 

 彼女は赤錆の事で傷つき、悩む時は決まってクリスマスの日の事を思い返す。

 

 恐らく自分達の付き合いで最も幸せだった時のこと。

 

 それは、もう来ないのかもしれない。

 少なくとも学生の間は。

 

 学生恋愛に価値なんてない。

 

 それは、司法が決めている。

 何故なら、恋愛という曖昧な関係を司法は取り扱っていないからだ。

 

 司法が管理するのは、結婚した後という明確な形を残した間柄のみ。

 それ以前の関係がどれだけ拗れようとすれ違おうと価値なんてない。

 

 結局は、最後

 明確な形を残した者だけが明確なルールによって縛られ、守られる。

 

 それは、彼女からしたらわかりやすく納得しやすい、鵜呑みにしやすい話だ。

 

 学生という義務を果たす能力のない人達の恋愛に価値なんてない。

 

 そう思いこむように言いつつも、この日の事を思い返すと不思議と笑みが漏れる。

 

 私達なら、きっと最後は幸せになりますよね? 

 

 そんな言葉を思いつつ。

 

 だが、それにも限度がある。

 

 繋がりが薄い今でも繋がっていないのは不安だ。

 だからこそ、彼との連絡のやり取りは伊井野にとって唯一の希望である。

 その希望が、今まさになくなっている。

 

 不安

 不安しかない。

 

 その言葉だけが頭を埋め、それを取り除くように過去に浸る。

 それでも、何度電話をしても繋がらない携帯。

 それを持つ手が震えてしまう。

 自分を落ち着かせることなど出来ない。

 

 自分は正しい。

 恋愛は過程も大切だとわかる。

 それでも、最後の結果を残せないと意味がない。

 それは、自分が大切にしている六法全書が教えてくれた。

 知識ある先輩が教えてくれた。

 

 だから、きっとこの考えは正しい。

 

 そう言い聞かせつつ、何度も何度も繰り返し電話をする。メッセージを送る。

 いつか来る返事を急かすように。

 

 そして、それが来るまで自分を落ち着かせるようにクリスマスの出来事を思い返す。

 

 だが、クリスマスには続きがある。

 それは、伊井野ミコが知らない続き

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー」

 クリスマスツリーを眺める集団に紛れていた早坂は、ようやく現れた赤錆に笑みを向ける。

 

「待たせてごめんね」

 

 全身をコートに包まれているとはいえ、剥き出しになっている顔は寒さのせいか赤く染まっていた。

 彼女の白い肌がその赤みをより際立たせる。

 

「大丈夫だよー、バイト終わってからそんなに時間立ってないし」

「そっか」 

 

 変わらず笑みを浮かべたまま「それに」と言ってツリーへと視線を移す。

 

「こんな綺麗な飾り見てたら時間なんてあっという間だったしねー」

「綺麗だよね」

「うんうん、家にもこんな飾ったツリー欲しいな」

「大きくない?」

「いや、サイズは小さいのにするし!!」

 

 クスクスと笑い合いながら冗談を言う。

 

「そうだ、忘れない内に」

 

 赤錆は持っていた箱を1つ早坂へと差し出す。

 

「わー、ありがとー!!」

 

 彼女はそれを大切に受け取った。

 

「お礼を言うのは俺だよ。予約とってくれたしね」

「別に、毎年予約出来てるから大したことしてないって」

「でも、人気なんでしょ? 取りに行くとき凄い人だったよ」

「まぁ、毎年この時期には雑誌に乗ってるしねー。すっごい美味しいし」

「へー」

 

 こういった雑多情報に余り興味を示さない赤錆からしたら、このケーキ1つにどれだけの価値があるかなんてわからない。

 しかし、早坂のお墨付きというのならばそれなりの価値なんだろうと感じた。

 

「ふふふっ、本当はお店で食べるのが1番なんだよー」

「そうなんだ」

「そそっ。だから、美味しかったら2人で行こうよ」

「2人かー」

 

 思わず苦笑してしまう。

 

「2人は少し厳しいかな」

「えーっ、なんでー?」

「あー、ほら、伊井野がそういうの怒るからさ」

「むー」

 

 その名前を聞き反射的に少し目が釣り上がる。

 最も、それに気づくと彼女はすぐに戻したが。

 

「付き合う前からそんな重い人辛いよ。

 もっと自由をそんちょーしてくれる人の方がよくない?」

「……まぁ、少し不自由だけど」

「でしょでしょ」

「でもさ」

 

 赤錆は伊井野の事を思い返す。

 今日1日彼女に連れ回され、色んな感情を向けられた日を。

 

「伊井野なりに俺の事を慕ってくれてるって思ったら悪い気はしないよ」

 

 それが、赤錆なりの考えだ。

 

「…………そっか」

 

 それは、早坂からしたら無かったことにしたい言葉。

 

「じゃあさ」

 

 無かったことにしたい。

 

「もし、伊井野ちゃんが許してくれたら行けるんだ」

 

 なら、無くしてしまえばいい。

 

「えー、無理だと思うよ?」

 

 次はこんな思いをしないようにすればいい。

 

「そんなのわかんないし!! 私なりにお願いしてみるよ」

 

 そうさせてしまえばいいのだから。

 

「……まぁ、行けたらね」

「むふふっ、今から楽しみにしといてねっ!」

 

 少なくとも、その気持ちが今の彼女の原動力なのだから。

 忘れないように刻み込む。

 どんな思いを何時したのかを。

 

 思い返すと身体の奥が熱くなってくる。

 そんな自分を周りと合わせるように、引き戻すように空から落とし物が落ちてきた。

 

「あっ」

「雪だー!」

 

 小粒の雪がふらふらと早坂の前に落ちる。

 それを革切りに周りにもゆっくりと振り始めてきた。

 

「ホワイトメリークリスマスになったね」

「珍しいな」

 

 2人は感心しつつ共に同時にツリーを見上げた。

 ゆっくりと落ちていく雪に合わせて飾りの輝きは更に増すように見える。

 

「……綺麗だね」

「そうだね」

 

 そんな景色に釘付けになる赤錆と周りを軽く見渡す早坂。

 

 一通り大丈夫な事を確認すると、大きく息を吸った。

 

「実はね」

「ん?」

 

 友人の言葉に視線を向ける。

 

「実は、赤錆くんが来るまで結構待ったんだ」

「……あーぁ、ごめん」

「そこは怒ってないよー。けどね」

「けど?」

 

 そっと彼の横に半歩近づく。

 腕と腕が触れ合いそうな距離になると、赤錆は少し身を避けようとした。

 しかし、更に景色を見ようと集まり始めた集団にもまれてしまい思うように動けない。

 結局は余り改善されることはなかった。

 

「もしも、もしも少しでも悪いなって思ってるならね、お願いを聞いてほしいな」

「……簡単なのでお願いします」

「簡単だよ。すぐに終わるから」

 

 再び大きく息を吸い、吐いていく。

 肺の中に冷たさが埋まる。

 だが、それを持ってしても自分の興奮が収まることはない。

 それどころか、高まるばかりだ。

 

 落ち着かない自分の心に残念に思いつつも、珍しく昂ぶる気持ちに素直になりたいと動く体。

 それらを動かす熱に従うように、早坂は赤錆の片腕に自分の片腕を巻いていく。

 

「早坂!?」

「……少しだけ、ね?」

「…………」

 

 やばい。

 そんな単語が頭を埋める。

 

 完全に勢い余っての行動だ。

 明確に理解している。

 外で、誰が見ているかもわからない状況でこんな事をするなど。

 

 彼女がいる、そう思われている相手に自分が腕組をするなど。

 

 もしもこれがバレてしまっては、完全にお終いだ。

 秀知院学園という閉鎖された空間でこんな噂が立ってしまっては、今後の生活に、仕事に多大な影響が出てしまう。

 

 いつもの彼女ならば、間違いなくやらない。

 こんなチャンスが巡ってきても涙を呑んで耐えるだろう。

 今じゃなくても、その内好きなだけできるから

 そう自身に言い聞かせて。

 

 しかし、その我慢が今はできない。

 出来そうもない。

 

 ホワイトクリスマス

 注目をを独占するようなツリーの下

 周りにいるカップル達

 

 完全に場の雰囲気に飲まれた行動に自分の理性が追いつかない。

 

 離れないと

 離れたくない

 離さないと

 離したくない

 

 そんな言葉が交互に浮かぶ。

 

 だが、身体の方は自分に素直。

 自身すら知り得ない本能のような部分に従う。

 

 もっと、もっとと力を入れて完全に身体を密着させるように。

 赤錆の体温を奪い、より自身に熱を持たせるようにと。

 

「……あっ、やばい」

 

 突然の出来事に動揺と混乱から赤錆は聞き逃したが、早坂は小声で呟く。

 

「これ、欲しいな」

 

 貯まりに貯まる熱すらも忘れさせるような暖かさ。

 服越しとはいえ確かに感じる人の暖かみに早坂の心が漏れてしまう。

 

 幸福、幸せ

 

 それに気づいたときには、離れようという考えは完全に消えてしまった。

 

「……あのー、早坂さん?」

「……もう少し」

「恥ずかしいんだけど」

「恥ずかしくないよ。皆してる」

「俺は恥ずかしい」

「大丈夫」

「学園の人とかいるかもしれないし」

「…………」

 

 もう、それでもいいんじゃないだろうか。

 噂が立って悪目立ちしても、この幸せが毎日感じられるのならどんな無茶難題でもこなせれる。

 頑張った自分にご褒美がある。

 それがモチベーションとなって毎日を過ごせる。

 

 たった一人、赤錆さえ隣にいればそれでいいんじゃないのか? 

 

「…………そうだね、ごめん」

 

 離れたくないと必死に訴える気持ちに無理矢理指示を出し、ゆっくりと組んだ腕を離していく。

 

 理性が勝ったわけではない。

 本能か勝ったわけでもねい。

 

 このまま勢いに呑まれようかと思い赤錆の唇を見た時に、視線の隅に入った瞳。

 異常な程に揺れ動く瞳が目に入った。

 隠しきれないような動揺が。

 全く気づいていなかったが、心做しか彼の身体が少し震えていたようにも見える。

 

 赤錆身仁に好きになってほしい

 彼を好きな早坂愛を

 

 そう思うと、彼の嫌がることは今はできない。

 

 嫌がる理由なんて幾らでもある。

 きっと1番大きいのは彼女の存在なんだろう。

 

「ごめんね、一度男の人とやってみたかったんだー」

「……そういうの、好きな人にやりなよ」

 

 貴方ですけど? 

 

「あははっ。出会いがないんだよねー」

「あーぁ、いつかあるよ。きっと」

 

 もうない。

 もう出会いは済ませたから。

 後は──

 

「早坂可愛いから、きっと好きな人ができても上手くいくよ」

「……ッ!?」

 

 そうだよね。

 上手くいくよね。

 そう言ってくれるんだ? 

 

「ありがと」

「どういたしまして」

 

 2人の間になる雪が落ちる。

 それを最後に会話が止まった。

 騒々しい周囲とは違いただ静かに互いを見つめると、赤錆はすぐに目を逸らした。

 

「ごめん、疲れたからもう帰るよ」

 

 急な腕組からか、まともに直視出来ない。

 複雑な気持ちが入り交じるが、そこには喜びのような気持ちはない。

 ただ、このまま組まれていたら何かありそうな。

 そんなありもしない思いが浮かんで1人拒否感を感じる。

 

 嫌な記憶が少しだけ思い返されると、頭を軽く殴られたような気分になる。

 そんな情けない姿を、数少ない友人に見せたくなかった。

 

「うん、付き合ってくれてありがとう」

「俺の方こそ、ケーキ助かったよ」

「……来年は一緒に食べに来ようね」

「えっ? なに?」

「またケーキ食べに行こうねって!!」

「行けたらね」

 

 苦笑気味に応えつつ赤錆はそっとその場を後にした。

 

 複数のグループで作られた集団。

 そんな中で1人でいる早坂は少し浮く。

 

 しかし、それもすぐに周りに合わさっていく。

 

 駅のホームに赤錆の姿が紛れるのを見て、スーツ姿の中年がそっと彼女の後ろに佇んた。

 

「早坂さん、車の用意が出来てます」

「ありがとうございます」

 

 目線も合わせることなく応える。

 

「1日外にいて冷えているでしょう。明日もお仕事なんですから早く戻りましょう」

「……そうですね」

 

 最後にもう一度

 そう思いツリーを眺める。

 イルミネーションの光は、先程よりも神秘的にも、美しくも見えない。

 ただの光が浮いているだけ。

 

「来年もまた、見に行こうね」

 

 誰にも聞かせない独り言。

 それは、彼女しか知らなくていい思いのうち。

 

 クリスマス

 終業式という日が重なったからこそ、赤錆とこの日を過ごすことができた。

 

 もしこれが冬休みに入っていたら、仕事のせいで予定が組めないかもしれない。

 そもそも、相手に彼女もどきがいる手前まともに誘うことすら出来ない。

 関係を発展さることなど、そんな機会に挑むことすら出来ないでいた。

 

 重なったからこそ、こうして幸せな時間を過ごすことができた。

 

 いい思い出を得ることができた。

 

 その為に、様々な事をした。

 

 食いしん坊な相手が早く帰るために、わざわざこの時期に人気なケーキ屋を調べたり。

 終業式の後に駅前で遊ぶように何組かのグループを誘導したり

 わざわざ注意する程でもない時間なのに、帰るよう急かすように警察に言ってもらったり

 

 その苦労も全て報われた。

 

 そっと自身の胸に手を当てて、小さく息を吐く。

 胸の内にある暖かさを消さないように。

 無くさないように。

 

 少しでも自分の気持ちを冷めないようにと、そっと目を瞑り、ついさっきの出来事を1から思い返す。

 

 早坂愛は、今日という幸せな記憶に浸っていた。




年内最後の更新です。
来年も月1更新目指して頑張りたいです

亀更新の上駄文しか書かない私ですが、来年もよろしくお願い致します

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