「どうかしましたか?」
白銀圭から投げかけられた問に赤錆は視線を人混みから彼女へと戻す。
隣りにいた萌葉は彼とは違いジーッと見据えたまま赤錆の腕をより強く抱き寄せた。
「いや、大丈夫」
心配かけないように笑みを浮かばせるも、赤錆の心臓は少し早く鼓動する。
だが、そこまで慌ててはいなかった。
友人に似た髪の色をした女性
そんな女性を見ただけなのだから。
ただ、同じ色をした少女の事を思い出したため動揺しているだけ。
「萌葉達を見てる人がいたよね」
隣から同意を求める声がすると、視線を再び人混みへと一瞬戻す。
そこには既にその女性の後姿はなかったが。
「見てたかどうかまでは知らないけど……」
「ジーッと見てたよ。うるさかったのかな?」
「かもね」
「うーん、萌葉を見るのはいいけど身仁を見られるのは嫌だ。
やっぱり部屋に監禁して萌葉だけの飼い犬に躾けたほうがいいのかな?」
「もう、萌葉がうるさくしてるからですよ」
ため息を漏らしつつ千花もその話題に入ってくる。
妹の狂言が止まらない事に姉として感じるところがあったのだろう。
一旦話題を止めたものの、その目は少し輝いていた。
「それでそれで、どんな人だったんですか?」
自分達を見つめてきていた人物像をしりたいと好奇心を隠すことなく尋ねる。
「うーんと、凄い綺麗なお姉さんだったよ?」
「なるほどなるほど、他には?」
「うーん、遠くで見てただけだからそんなにわかんないよ」
お姉さんという言葉に赤錆の鼓動が少しだけ落ち着く。
後ろ姿しか見れなかったものの、確かにその姿は自分達とは離れた年をした人だった。
見知った同級生でも会いたくない同い年でもない、ただ少し面影を感じる程度の人。
嫌な事を思い返させるには十分すぎる切っ掛けだが、それだけだ。
「……まぁ、気にしないでおこう」
更に追求しようと迫ってくる千花を宥めつつ、それよりもと赤錆は白銀圭を見た。
覚えてますか?
と、先程疑問を投げかけてきた少女。
人形かと思える程に人並み外れた容姿をした少女。
彼女は赤錆と視線が合うと気恥ずかしそうに少しだけ視線を反らした。
「白銀さん、だよね……?」
「はい」
名前を呼んでみる。
おどおどとしながら帰ってきた返事に、赤錆は少しだけ考え込んだ。
全く覚えていない。
初対面と言いたい位には。
「えーっと」
赤錆の中には覚えていないと正直に言う以外の道はなかった。
問題は、どう伝えるかということ。
素直に頭を下げるにしてもどう伝えながら言うべきか。
「赤錆くん、白銀ですよ白銀」
「……わかってるよ」
「わかってないですよ〜」
考えを邪魔するようにニヤニヤした顔を近づける千花。
その顔が視界一杯に広がると、急に離れて指を1つ立てた。
「ほら、秀知院学園の白銀と言えば?」
「……なに?」
「む〜」
次は2を指す。
「秀知院学園の全生徒を仕切る人と言えば!!」
「生徒を仕切る? 先生?」
「むーっ!」
最後に3を
「私がよくお世話になってる人ですよ!!」
「……やっぱり先生じゃん」
「違いますよ!! 生徒会長ですよ!!」
「会長?」
と答えを聞いて初めてピンときた。
秀知院学園生徒会長、白銀御行の名前を。
「あー、会長の妹なの?」
「兄がいつもお世話になっています」
深々と頭を下げる圭をに合わせて赤錆も頭を下げる。
「いや、何もしてないけどね」
上げると同時に苦笑した。
白銀御行
秀知院学園現生徒会長
その存在は、赤錆とは全くと言っていいほどに無縁だ。
廊下ですれ違うか壇上で話す彼の姿を眺めるぐらいの人。
まともに話したこともない。
彼の部下である生徒会役員とは仲が良い人がいるが。
「ふふふっ、あの会長の妹なんですから失礼な事したらいけませんよ」
「別に誰が相手でもしないよ」
会長の妹だから覚えているか聞いてきたのだろうか。
それとも、学園で会ったことがあったのだろうか。
質問の意図はわからないが、話が流れたのは確か。
割り込んできた千花に内心感謝をしつつ今度は自分と思い口を開く。
「赤錆身仁。今日はよろしく」
「……よろしくお願いします」
流された事に不服そうに少し頬を含む圭。
それを見て怒らせたと思い話を戻そうともしてみるが、姉妹はそんな空気を無視するように話を進めた。
「それじゃ、今日のウィンドウショッピングはどこ行きましょう?」
「萌葉は水着が見たいな〜。
去年買ったやつは少し小さくなっちゃった」
そう言いながら中学生とは思えない豊満な胸を寄せつつ赤錆の腕に当てる。
柔らかい感触から逃げるように動かそうとしても絡められた両腕は逃がさないと伝えるように強くなる。
「ねぇねぇ身仁、今年の夏は海に行こうよ」
「あっ、海いいですね〜」
「まだ春が始まったばかりなのに気が早いだろ。
それに、俺は水着とか持ってないし」
「なら、萌葉が似合うやつ探してあげる!!」
「いいよ、行く予定ないし」
「むーっ」
嫌がる赤錆の顔を軽く睨む萌葉。
彼女が黙ると自分の番と言わんばかりに千花は手を上げた。
「海は海でもハワイとかいいでよすね。
今年の家族旅行はハワイはどうですか?」
「それは家族で決めたらいいんじゃない」
「だから、家族の赤錆くんに聞いてるんじゃないですか」
「家族じゃないだろ!」
「ふふふっ、今は家族じゃないですけどそのうち家族になりますよ」
「ふざけろ」
自分も水着が見たいと遠回しに言う姉にため息を返す。
そんな3人を少し離れて見る圭は黙々と何か言いたそうに萌葉を見つめていた。
「ねぇ、萌葉と赤錆さんは仲良いの?」
姉が黙ったタイミングでようやく自分の質問を口に出来た。
初めから突っ込みたい所だったが、家族旅行や優先したい自分の話を先にして遅くなった問に萌葉は笑みで応える。
「えっ、今更じゃない圭ちゃん」
「うん、初めから聞いとくべきだったかも」
「えへへっ、萌葉と身仁は昔からよく遊んでたんだよ。
親も政治家同士だからよく合同で食事に行ってたし学園に入る前からよく会ってたしね。
もう本当に家族みたいな関係なんだよ」
「家族……ね」
過去を思い返し嬉しそうに話す萌葉が言った単語を赤錆は明らかに顔を反らす千花に向ける。
「家族みたいなものですよー」
と弱々しく小声で返していた。
「それでそんな風に腕組んで歩く仲なんだ」
「そりゃもう。
兄と妹、飼い犬と飼い主みたいな関係なんだもん。
目を離してお痛しないようにしっかりとリードを掴んで見ておかないとね。
身仁は目を離すとすぐにふらふらしちゃうんだから」
「昔からよく迷子になってましたもんね」
仕返しと言わんばかりと千花の追撃に赤錆は「気をつけます」と同じように視線を反らして応えた。
「ふーん、仲いいんだ」
「うんっ! とってもね」
最後の確認なのかこれ以上の圭からの問はない。
ただ、2人の絡まれた腕を軽く見つめた後は赤錆へと視線を戻した。
「私はウィンドウショッピングを楽しみたいのでどこでもいいですよ」
話を進めよう。
そう赤錆に視線で訴えかける。
少しだけ空気が重くなった。
圭は気にしてないように振る舞い、そんな彼女に萌葉は笑みを向けたまま。
決定的に何が悪いとまでは赤錆にはわからなかったが、ただこの重くなった空気にどうしようかと狼狽える。
そんな彼を何時ものように彼女が救った。
「それで、赤錆くんは何処に行きたいですか?」
千花の何気ない問いかけに赤錆は感謝する。
彼女自身もまた、場の空気の悪さを変えようと視線を送る。
「俺は……最近充電の減りが早いからモバイルバッテリー? っていうのが欲しいかな」
「赤錆くんが機械を欲しがるなんて珍しいですね」
「……別に、普段から触らないだけで欲しいものはある」
そう言いつつポケットから携帯を取り出して充電を見る。
出発前まで充電しており出発から1時間近く経った現在ではもう少しで残りが半分になる程に減っていた。
もちろん、ここに向かうまでの道中で伊井野とメッセージのやり取りをして画面をつけっぱなしにしていたのも原因だが少し前から明らかに減りが早くなっている。
それは早坂が秘密で入れたアプリのせいなのだが、彼はそんなことは知らない。
自分の使い過ぎだと決めつけ、減りが早いのならばこういったものがあると正に元凶である早坂に勧められた物を購入するのが今回の買い物での彼の第一目標であった。
「へー、萌葉が充電のもちが良くなるように設定見てあげようか?」
「いいよ、友達にこないだ見てもらったし。
余り色んな人に携帯の中身見せたら駄目だってその人に言われたし」
「ふーん、男の人? 女の人?」
「……関係あるの?」
「うんっ、聞きたいもん」
「男の友達だよ」
「ふーん。ならいいや」
いい、と言いつつも納得していない顔を見せつつ萌葉は自分の携帯も取り出す。
赤錆が見慣れたそれは、彼が今現在手にしているのと全く同じ機種のものだ。
「でも、身仁じゃ設定とかわからない事一杯あるから萌葉と同じやつを一緒に買いに行ったのに……。
なんで萌葉じゃなくてその人に聞いたの?」
「萌葉がおすすめって言ったからこれを買ったんだろ?
それに、最近会えてなかったし……。
今度困ったことがあったら連絡するから怒るなよ」
「やっぱり身仁のリードはずっと萌葉が握らないと駄目だね」
「携帯も2人で買いに行ったんだ」
そんなやり取りを呆然と見ながら圭は呟いた。
赤錆は少し困りながら頬を指で掻く。
「携帯とかよくわからなかったから、千花に相談したら萌葉が一緒に付いてってくれたんだ」
「萌葉も機種変したかったしね。
せっかくだからお揃いの携帯にしたかったし、揃えたほうが夫婦って感じするでしょ?」
「夫婦な感じはしないけど、困った時に萌葉に聞けば助けてくれるって思ったからそれにしただけ」
「……ふーん。本当に仲良いんですね」
「まぁ、うん」
別に仲の良さを隠す必要はない。
というよりも、もう隠せられるレベルではない。
腕を組みながらずっとやり取りをしてるのに今更仲が悪いと言う方がおかしいのだから。
圭がどう思っているかはわからない。
余り感情を出さないようにしているのか、起伏が少ない性格なのかはわからないが喜怒哀楽も無表情に近い。
いや、怒に関してはわかりやすく漏れていたが。
殆ど初対面であろう彼女の感情を全く掴めれないまま赤錆は困った顔をする。
「まぁ、仲良くしてるよ」
「……そうですか」
また少しムスッとしていた。
やはり怒りの感情に関してはわかりやすい少女だと赤錆は思った。
彼がそれを感じるという事は、友人でもある萌葉は手にとるようにそれを理解しているということ。
その反応に合わせてようやく赤錆から離れると今度は圭に抱きついた。
「もう、圭ちゃんも拗ねないでよ〜」
「べつに、拗ねてなんてないってば」
フォローのつもりなのかはわからないが、ようやく離れた重荷に対して軽くなった腕。
その腕に抱きつく事こそなかったが、千花は萌葉の代わりと言うように赤錆の隣に立った。
「中等部でも赤錆くんは有名人みたいですよ」
「……別に知ってるよ」
自身が高等部に上がった後も度々中等部に訪れる事はあった。
中に入ることは希だったが、それでも校門前で伊井野の用事が終わるのを待つために居座っていた事が。
藤原萌葉と白銀圭は現在中学2年生。
現在高校2年生である赤錆や千花とは同じ学舎で会うことはない。
そのため、先ず互いの名前を学校で聞くことはない。
しかし、赤錆は違う。
「赤錆くんが卒業した後も風紀委員の活動は続いてたんですから、噂が下の子に届いちゃうのは仕方がないですよね」
困った笑みを千花は浮かべた。
伊井野が活動する度に、厳しく取り締まる度に嫌味のようにあいつには彼氏がいると言われるのだろうか。
赤錆身仁という名前と共に何かを言われていたのだろうか。
「……まぁ、気にしないでおくよ」
噂の渦中の人物と別れた人間が、年下の他の女と仲良くしてる。
それも自分の友人と。
白銀圭がどう自分を見ているのか、どう感じたのかはわからない。
しかし、そんな事を一々気にしても仕方がない。
伊井野とは付き合っていなかった。
そんな言い訳をわざわざこの場でするわけにもいかない。
聞かれたら応えてもいいかもしれないが、自分から言ってしまえばそれは立派な言い訳だ。建前だ。
自分からそんな言葉を吐くことを赤錆は嫌うのだから。
「ほら、早く行こうよ」
萌葉は圭に抱きつきながら静かに2人を見守る赤錆達に声をかける。
千花は笑顔で一歩踏み出し、赤錆を見る。
「萌葉達はまだまだ子供なんですから、私達お姉ちゃんお兄ちゃんがしっかり見てあげないと駄目ですからね。
私達も楽しみながらちゃんと見ててあげましょう」
そんな声に付いていくように赤錆も歩き始めた。