ウィンドウショッピング
店に並べられている売り物を見て回る買い物をしない楽しみ方。
この店にはどんな商品が置いてあるのか、どんなジャンルの物を取り扱っているのか。
店の外観だけではわからないようなことを実際に入店して回ることで様々な情報を仕入れ、次買い物へ繰り出す時への参考とする。
見て楽しむとは言うものの、道中見かけた気に入った物で買えそうな物はついつい手が出てしまうものだ。
自身の持ち金と相談し、手を伸ばせられる物ならば。
そういう意味では、この場では白銀圭は少し浮いていた。
自分以外は政治家の子供。親からして財力が決定的に違う。
娘に甘い身内を持つ藤原姉妹とはいつ比べても財布の中では勝てるはずがなく、必然と買えるもの、買えないものの差は大きい。
ぶらぶらと回ること数店舗。
ただ1人異性である赤錆もいるためか、自然と今日の向かう足は衣類を取り扱う店は少なく、小物や音楽等の娯楽品に訪れる事が多かったように圭は感じていた。
先陣を切る藤原姉妹の後ろを赤錆は通る店に毎回視線を移して物色し、視点と歩幅を合わせるように圭も周りを見ていた。
視点は彼とは違う目標の姿をいち早く見つけるため。
既に萌葉と共に見回ったため、今更改めてチェックしたいと思う店はそこにはなかった。
歩幅は話題があった際にいち早く声をかけ、かけられるため。
理想としては後者だ。
殆ど初対面の年上の異性。
何を話題にするのかも、どんな風に話しかけていけばいいかも上手く指針が定まらない。
兄と同年代というのも更に考えを崩れさせる。
白銀と聞きすぐに反応を示さなかったあたり、兄との面識は薄いと圭は考えていた。
それは正解。
赤錆と白銀御行の接点は殆ど0に近い。
きちんと顔を見たのも彼が生徒会長として檀上の上で生徒全体を相手に振る舞う時ぐらいだ。
後はせいぜい廊下をすれ違う程度。挨拶すらすることない。
殆ど初対面のような関係。
ここで自分がおかしな発言や様子を見せたら、そんな薄い関係の御行に対して『ほぼ初対面』から『おかしな妹を持つ会長』とレッテルと共に見方が変わるかもしれない。
自分からしたら普通な行為も、政治家の息子という生まれの立場からして大きく違う赤錆の価値観と共感、共通している部分は少ないだろう。
しかし、そんな生まれであっても高級品にすぐ手を伸ばさずにワゴン品という自分からしたら身近な存在に手を伸ばした姿に少しだけ好感と共に共感を持てていた。
お金があるという事は金銭に関して疎くなっていくという事。
自分では買えないような一流のブランド物を普段から着こなしたり、身につけたりして当たり前のように過ごす人の多い自分とは感性が違う人の集いで過ごす学園生活。
赤錆もまた、等部が違うとはいえそこで過ごす生徒の一人。
どこかは自分とは違う。
そう思うと、その何かを踏み込んでしまうと思うと行動に出れない。
立場だけじゃない。
年上の異性等普段から兄ぐらいしか日常では相手にしない。
その兄すら最近は余り相手にしていないが。
年上の男との会話を自分が率先して行うというのもおかしな話だ。
年下の女をリードするぐらいの気概は見せてほしい。
相手は少し前まで自分と変わらない年齢の相手を彼女にしていたのだから。
たったの1つ2つの差とはいえ、学生という限られたフィールドで過ごす自分にはその差は大きい。
決して年上の男性と話すことに緊張していると言うわけではない。
相手の反応を見てからそれに合わせていきたいという自分の考えに則っているのだ。
そう圭が考えている隣では、同じような事を赤錆も考えていた。
彼女に見られないように店に顔を大きく動かし深く注目してるふりをしながらも、その面は困っていた。
彼がよく相手をする異性は早坂、伊井野、藤原姉妹。
皆揃って自分から話を引っ張ってくれる人達だ。
他の異性、いや同性も含めても殆どの人が積極的に話をしてくれる人達の繋がりが多い。
環境に助けられていただけでコミュケーション能力の欠如を身を持って知り内心へこんでいた。
自分からしたら相手は初対面の異性。
向こうは自分の事を知っているらしい。
悪名なのかもしれない。
そんな先入観も邪魔の1つだが、初対面の相手というのがネックになっていた。
限られたコミュニティでの学生生活。
エスカレーター式の学校では接する相手が大きく変わることは少ない。
現に高校生になり入学してきた御行とは全く接点がないのだから。
ただ、赤錆の場合は周りからも1足離れた関係でしか接してくる人ばかりだったのだから新たに入学した生徒に気を向く余裕はなかった。
あった所で接しに行ったかどうかは別の話だが。
こういう時に考えてしまうのは親友の存在だ。
自分とは違いコミュケーション能力の高く、常に周りに人がいるような存在である彼女の事を。
思い出すとついつい周りを探してしまう。
休日のショッピングモールという実際に出くわしてもおかしくないような機会。
たまたまでも会えたならばこの空気を変えてくれるかもしれない。
こんな気持ちで過ごすぐらいならば初めから一声かけて話題を作っておくべきだった。
そんな後悔の念に駆られながらも視線を往復してざっと人混みに目をやっていく。
特徴的な綺麗な金髪が目に入らないか祈りながら。
そんな風に思っていると、違う助けの手が向けられた。
それは、自分か思っていた頼りになる親友とは違い、助けになるかどうか疑わしい存在。
その手の主はにやにやと嗤いながら二人を手招きする。
その顔だけで何がしたいのかを察したが無視をするわけにもいかない。
「赤錆くーん、こっちですよー」
明らかに怪しい満面な笑みを浮かべながら、気がついてたら店に入っていた藤原千花。
彼女は圭の事を置いて一人のカモを手まねこうと必死に呼びかける。
圭は普段三人で来る時は立ち寄る事の無い店にいる千花に新鮮さを感じており自身の名を呼ばれていない事に全く気づいていなかった。
「ほらほら、見てるだけじゃつまらないので買い物しましょうよ〜」
「ウィンドウショッピングじゃないの?」
「そんなの学生どうしで買い物する建前なんですから気にしなくて大丈夫ですよ」
「…………そうか」
赤錆自身初めから明確に買う物を定めて買い物目的で来たのだから何も言い返せない。
藤原姉妹とウィンドウショッピングに来て見るだけで終わる等出来るはずない。
それは店前で立ちつくす二人にはわかっていた。
そして、呼ばれた店を見て赤錆はその先の事すらわかってしまう。
先に一歩踏み出した圭は未だに看板を見て困りながら動こうとしない赤錆の姿に察する。
意識がバラけていた時に呼ばれたため何も考えもせずに導きに従っていた。
そんな圭の姿に後ろ足を押されるように赤錆もゆっくりと歩き始めた。
いやいやというオーラを隠そうとせずに。
「……行こう」
「……そうですね」
ごめんなさい、と思いつつ圭は赤錆の重い足取りに合わせながら共に店内へと入っていく。
「もう、あんな店前で止まってたら他の人に邪魔になりますよ」
入店してすぐに千花はわざとらしい怒り顔で赤錆を見る。
それに対して視線を反らしながら赤錆は不満げに言う。
「だって、ここって何時ものあれだろ?」
「ふふふっ、何時ものですよ〜」
何時も、という自分だけ置いて進む話なのにわかってしまう会話の流れに圭は呆れてしまう。
「千花姉やっぱり何時もあれやってるの?」
「……たまに、たまーにですよ。
私のオススメ商品を赤錆くんにプロデュースしてるだけですよ」
「無理矢理買わせてるの?」
「酷い言いがかりですよ!?
別に赤錆くんが欲しくないなら素直に断ればいいんです!」
「断る……か」
最近も親友にそう言われていた。
嫌なものは嫌と言うべき、と。
そんな事を思い返すと不思議と少しだけ気が楽になった。
「なら嫌だ」
「まだ何も言ってませんよ!」
聞く耳持たずの姿勢を見せた赤錆に驚きつつも千花は困り顔を見せる。
自分が言った矢先に順応する姿に違和感を覚えた。
何時も萌葉の前でも同じ事を言っても困り顔で終わるだけなのに、何故こうも早く飲み込んでしまったのか。
「むむむっ〜とりあえず、今回は違うから大丈夫ですよ」
「本当に?」
「はい! 信じてください!」
と、思ってはいたが所詮は赤錆。
長年の付き合いがある千花からしたら自分の土俵に持っていくことは容易い物だ。
子供のように素直な赤錆相手ならば疑われれば話を少し変えるだけで十分通じる。
この後の展開まで見据えつつ、かつ話に邪魔が入らないうちに千花は赤錆の手を取り引っ張っていく。
「ほら、これですよ」
コーナーの一角に並べられた大量のリボン。
そこの1つの指差す上機嫌な千花。
何時もの流れになってきた事に暗雲を感じる赤錆と、差された物を見て少し驚く圭。
そのまま彼女は口ら思った言葉が出てくる。
「千花姉のリボンってここで買ってるんだ」
千花が愛用する形のリボン。
同じ見た目で様々な色が狭しに仕舞われており、その豊かな色合いに包まれながら千花は何故か胸を張る。
「ここだけじゃなくて他にも色んなお店で買ってますよ。
ここのお店は色が多いのでよく来る方ですね」
自分のリサーチ能力の高さを誇りたいのか店の品揃えを自慢したいのか、それともどちらもなのか。
誇らしげに語る口調を聞きながら圭は流れるようにリボン達を見ていく。
赤や青のような定番の色をしっかりと抑えつつも全く同じ形のものが色だけ違う物に囲まれるのは少しだけ不気味に感じた。
「で、何が違うの?」
「ふふふっ、それはですね」
そう言いつつ既に買うものは決めていたのだろう。
視線を赤錆に向けたまま手だけで物を見ずにそれを取ると、両手のひらで大切に持ちながら白いリボンを赤錆に差し出した。
「嫌だ」
「まぁまぁそう言わずに最後まで聞いてくださいよ」
それを見て帰ろうとした赤錆の腕を掴みつつ千花は彼女の名前をゆっくりと口にした。
「早坂さんに感謝してますよね?」
無視して帰ろうとした赤錆も流石に親友の名前を出されては足を止めて振り返ってしまう。
不思議そうにそのリボンを見ながら急に出てきた名前に食いつく。
「早坂? そりゃ感謝してるけど……」
急に出てきた名前に圭だけはついていけない。
ここまでは何とかついてきていたが、ここまでらしいと割り切って赤錆の横でリボンを眺めながら聞き手に回る事にした。
「なら、感謝の気持ちを伝えないと駄目ですよ!
テスト勉強につきあってもらったり、一人ぼっちの時に話し相手になってくれたりして赤錆さんの事を一番助けてくれた人じゃないですか!」
「まぁ、そうだけど」
「感謝の気持ちは言葉じゃなくて物ですよ!
言葉だけじゃ伝わらない思いもあるんですから、そういう思いを贈り物として形にして渡すのが一番喜ばれるんです」
「喜ぶ」
こんな簡単な文言にあっという間に釣られる赤錆を見て千花は更にニコニコと笑みを強くする。
最悪早坂とペアルックで過ごすというのも悪くなはい。
そんなことを思いながら続けた。
「ただ、急に男友達からプレゼントを渡されても困ると思いますよ。
しかも、少し前まで彼女がいた人に渡されたら噂になっちゃいます。
ですので、私が見せて気にいったようなら私からプレゼントしましょう。
後で赤錆くんからのプレゼントって早坂さんに伝えておけば噂になる事もないですから」
そう言って流れるように赤錆に渡そうとしたが、それは寸前の所で止まってしまう。
隣でさっきまで周りを眺めていた圭に腕を掴まれてしまったから。
怒っているようでも、悲しんでる様子もなくただ不思議そうに彼女は尋ねる。
「その早坂さんって人はこういうリボン好きそうなの?」
「えっ?」
普段の親友の格好を思い出す。
私服姿で会うことは少なく、普段は学園の規制の中で収まったファッションで過ごす彼女。
容姿こそ可愛いという言葉が似合うが、千花のような大きなリボンが似合うと言われれば、言葉に詰まる。
「プレゼントを送るならきちんと相手に合うものを考えて送らないと嫌がられますよ。
特にこういう小物を送られたら次会うときに着けないといけないと思うと、それに合わせる服装から考えないといけないから大変なんです」
「そ、そうなんだ」
ファッションに疎い赤錆は横から来た意見に流され、改めてリボンを見る。
普段からアイデンティティのように着ける千花は制服姿の時にすら付けているから違和感はもうないが、早坂が改めてこれを付けて学園に来る姿を想像し、すぐに止める。
とてもじゃないが気に入りそうにない。
「物なんて貰えれば喜ぶものですよ!
家族や恋人でもないのに自分の好みに絶対合うものを貰ったらそれはそれでストーカーみたいで気持ち悪いですから!」
「ストーカー……」
「渡されて困るものだってあるの!
ただでさえ服装には気を使わなくちゃいけないのに、更に条件を強いられたらそのためだけに新しい服を買ったりして無駄遣いになるだけ!
そんな事されても迷惑なだけだから!」
「迷惑……」
あまり広くない店内で少女達の言い合いが始まる。
幸い人が少なかったために店員も遠巻きに見てるだけでどうするかを悩んでいるようだ。
もっとも、千花の意見に流れれば売上に繋がるという算段もあるのだろう。
ただ、そんな店員と千花の思いは圭の一言で黙することとなる。
「なら、千花姉が選んだプレゼントを嫌がられたらどうするの?」
その一言で千花はバツが悪い顔をした。
「赤錆さんから渡したら好意と思われるかもしれないけど、はじめに千花姉が渡したら友達からのプレゼントでしょ?
人によるけど、その早坂さんって人が友達からのプレゼントを断る人ならどうするの?」
「……買ったのは赤錆さんなんですから、もちろん駄目でしたって言ってお返ししますよ〜」
「こんなリボン男の人が貰っても困るだけじゃん」
「…………」
止めのような言葉に千花は逃げるように視線を地に向ける。
つい先程携帯ショップで見た景色はあまりにも直近すぎて、2人揃って容易にかつ鮮明に思い出せれた。
「千花姉、貰う気でしょ?」
「ま、まぁ、物は回り回って欲してる人に来るものですし?
人によって価値観は違うんで、無駄に買って困ったものは本当に欲しい人の手に渡るほうが物も喜ぶものですし?
赤錆くんが返って来てどうしても困るようなら、捨てる様な事になるなら慈善事業として私が貰ってあげてもいいかなって思っただけですよ」
早口で言い訳を並べる姿に2人は肩を落として眺める。
そんないたたまれない空気を変える様に千花はそっとリボンを戻した。
そのまま2人を見ずに真剣な目で陳列した山を見つめる。
「……私は自分が気にいるやつを探すので少し待っててください」
「さっきのやつじゃないのか?」
「あれはまぁまぁいいかなと思ったやつです。
自分のお小遣いで買うならもっと納得のいくやつを買わないと後悔しますから」
「……えぇ」
「男の人に貰うなら白色の方がいいんです。
自分の心が白に思われてるみたいで気分がいいじゃないですか」
「何回厚塗りすればお前の心は白になるんだろうな」
肩を落としながら千花と同じように様々なリボンをぐるりと軽く見て回る赤錆。
女性の買い物というのは長い。
学生という金銭に制限がついてまわる者には特に。
そういう意味では、圭も何処かでは千花の言い分に納得する所があった。
決して声には出さないが。
そんな2人、というよりかはぼーっと見ている赤錆の横顔を見て思う。
今が2人で話すチャンスなんじゃ。
真剣にリボンを見る千花は難しい顔をしながら1つ1つを手に取り着けた自分を想像して戻す作業を繰り返し、赤錆はそんな千花を見ては再び視線を品物達に向けてぐるっと回す。
明らかに暇そうに。
どう声をかけるべきか。
自分から離れる事を提案したら千花に何かを思われるかもしれない。言われるかもしれない。
変な想像を口に出されては溜まったものではない。
ただでさえ、妹の萌葉にからかわれたのだから。
これ以上変な扱いを受けることは好ましく思っていない。
別に顔に出していたわけではなかった。
ただ、考え事をしている最中に床をジッと見ていただけ。
横顔を見つめていても何かを言われそうで嫌だった。
リボンを見ていても思考がそれそうで嫌だった。
それだけの理由。
ただ、赤錆はその仕草を見て自分と共に退屈していると感じた。
つまらなそうにしていると。
実際にそうではあるのだが。
「千花」
「なんですか?」
「俺は疲れたから少し休んでくるよ」
「えぇ〜まだ全然歩いてないのに。
赤錆くん、体力落ちたんじゃないですか〜? おじいちゃんになったら大変ですよ〜」
「歩き疲れたんじゃなくて相手に疲れたんだよ」
「酷い! それじゃおじいちゃんになる前から大変な事になっちゃいますよ!」
「なんで?」
「ふふふっ、私と赤錆くんの縁は切っても切れない縁なんですから。
学生の時に私の相手を嫌がってると、将来私の相手をする時に困っちゃいますよ〜」
「残酷な運命を宣告しないで」
「酷い!」
せっかく可愛らしい顔で応えたにも関わらずの無慈悲な返事に項垂れながらもリボンを漁る手は止まらない。
そんな様子を見て赤錆は圭へと視線を移す。
「白銀さんも少し休まない?」
「あっ、はい」
こう来るとは思っていた。
流石にここで自分を置いて何処かへ行くことはないだろうと。
とりあえず、相手からの誘いを出させることは上手く行った。
こうして一言二言が進めば会話は成立していく。
先に店を出た赤錆の背を少し笑みを浮かべて圭は付いていった。
これはあくまでも赤錆さんからの誘い。
私が話そうと誘ったわけじゃないから、言い訳もたつ。
そんなふうに自分自身の言い分を並べながら。
「対象Fを中心にこのまま監視してください」
雑踏から少し離れた場所で雑音に飲まれるように小声で早坂はインカムに向かって指示を出す。
自身は変わらず映画館のフロアを展望出来る位置で無表情に人混みの束を眺めていた。
休日のショッピングモール。
千花達以外にもクラスメートはもちろん、学園の関係者達が来る可能性はある。
今日の自分達の任務はそんな自分たちを知るもの達に主であるかぐやが会長と共に映画を見ているという事実を悟られないこと。
早い話が人払いだ。
そして、早坂だけの任務が1つ。
かぐやが会長との進展で困った事があったらサポートに向かう事。
学園での早坂愛としての役割の1つになりかけつつある業務を指示されている。
そんな大役を胸に、インカムのマイクを切ると思わず溜息が出てしまう。
確かに、かぐやと白銀との関係でトラブルが起きた際に第三者が介入して場をごまかしたり発展させたりするのは難しい。
共通した関係者がいたほうがスムーズにどんな事も入る安くなる。
だからこそ自分が抜擢された。
ただ、タイミングが悪すぎた。
インカムとは違う耳に着けたイヤホンをギュッと自身に押し当てる。
どちらに集中すべきだろうか。
業務連絡が聞こえる方はトラブルなく進行している。
聞いているだけで退屈だ。
イヤホンからは楽しそうな会話が聞こえる。
彼と、彼女達の。
聞いてるだけで腹立たしい。
ストレスを貯めるぐらいならイヤホンを引きちぎってインカムに集中するだけで日は過ごせる。
ただ、その場合は何か向こうにあった時に対応に困ってしまう。
だから、我慢してでも聞かなければいけない。
その義務感もまた、彼女自身を苛立たせる正体の1つだった。
「……プレゼント」
リボンを渡されても困るのは事実。
自分にあれを付けこなせたとしても、付けて出歩く勇気はない。
だが、貰ったら無理をしてでも付けてしまうのだろう。
だから困る。
周りに『そういう関係』と思われてしまう。
思われてもかまわない。
想われたい。
周りに、好きな人に
自分達の関係をそう思って決めつけてほしい。
そのほうが幾分楽で、そうなったら随分楽だ。
彼女がいると思われたら良識ある人は友好の一歩から踏み出そうとしない。
だから、気持ちが楽になる。
しかし、今踏み出そうとしてるのは自分だ。
いや、踏み出していたのはだ。
彼女がいると思われている人に恋い焦がれたのだから。
そんな相手と友好的に接してきた。
放課後という人気のない時間で、ずっと。
幸いしたのは、彼女と思われていた人は嫌われ者だった事。
自分が慰めている様な間柄に映ったこと。
誰にでも接する早坂愛は、嫌われ者の恋人にも分け隔てなく接する人という風に見られていたこと。
その程度で止まるように色々としてきた。
だから、ここで駆け足に事を進んだら全てが気泡とかす。
あいつは初めから赤錆を狙っていた。
奪い取る気でいた。
そんな風に思われるのだけは避けなければいけない。
主のサポートという本業を疎かにするわけにはいかない。
噂がたつと目立ってしまう。
目立つととれる動きに制限がかかる。
大きな変化がそうそう起こらないこの学園では特に、大きな噂を立ててはいけない。
かき消す手段が少なすぎる。
「なにが欲しいかな」
だから、我慢をする。
今だけはどんなに腹立たしくても、自分の物に平気で触る人達の声を聞いても。
気持ちに余裕を持たせる為に考える。
自分なら、もっと彼を楽しませられるのにと。
声を聞くだけで満足していた。
暇があれば両耳でイヤホンを付けて過ごす時が増えた。
独り言や彼が発する小さな物音まで聞いていると、不思議と繋がっている気がして嬉しかった。
それも今はできない。
「……何でもいいや」
何も満たされない。
空虚な気持ちを感じる。
その空虚さは、自分の飢えだ。
初めてあった時から注目していた。
政治家の息子というレッテルだけで。
誰かのモノになった時、悔しくもあり悲しくもあった。
友人として祝えなかった。
空っぽの祝福の言葉に喜ぶ姿が嫌だった。
話せるだけで満足だった。
満足しようとしていたら、それすら許せない人がいた。
放課後2人で時間を潰すだけの時間。
用事があったのか、何も言わずに教室を出ていく背を見る日もあった。
何も教えてくれないのが嫌だった。
声を聞くだけで満足だった。
満足しようとしているが、それすら邪魔する声がある。
自分はまだ何も堪能していない。
何一つとして味わっていない。
満足行くまで感じていない。
そう感じると、彼女の飢えは止まらない。
それでも、今は我慢の時。
仕事のために、と。
「……映画みたいな」
そんな小さな呟きはすぐ後ろの人混みにすら届かない。
同じ場所にいても離れている彼の耳にも当然。
ただ、それで彼女は頬を少し緩ませた。
自分がこれを言ったら、どんな反応をするか。
ここにきてそれを伝えたらどうなるのか。
当然彼女にはわかった。
そこから起きる出来事を想像しながら、少しだけ自分の空腹を満たしていった。