早坂愛は奪いたい   作:勠b

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早坂愛は囲いたい

 早坂愛は器用だ。

 休日を使って自作PCを作るなど、最近のガジェットにも詳しい彼女の趣味の延長で作ったそれは悲鳴のような機械音をあげている。それを無視してテーブルに置かれた複数の雑誌とモニターを交互に見つつキーボードをカタカタとテンポよく鳴らしていた。そんな小刻みなリズム良い音が自室で鳴り響く事早数時間。かぐやの就寝を見届けてから始めた作業が終わる頃にはもうすぐ日が変わる時間になっていた。前々から始めていた事が無事に終わる事に達成感を覚えつつ、ようやく形になったその文字列を見て我が子のような愛着を感じ取り、満足気に微笑む。

 早速試しにと雑誌の後ろに置かれた複数のスマートフォンから1つを取る。学園で愛用しているピンクのそれは少年もよく見る物であり、早坂自身よく使う物だ。早速PCと接続しデータを移す。

 無事に終え、動作の確認をしながら今後のためにと青いスマートフォンにケーブルを指し替えつつ、今度は黒のスマートフォンを手にとる。ハーサカとしてのために購入したそれは、必要外の用途では殆ど使わないため連絡帳を開いても1人の名前しか書かれていない。迷う事なくその名前に電話をかけた。

 しかし、繋がる事なくすぐに電話は切られてしまう。早坂はむっとしながら画面を見ると通話中という文字が出てきて更に不機嫌になる。こんな時間に電話しているとなると、ほぼ間違いなく彼女とだろう。嫌な顔を思い出した。

 しょうがないか。そう思いながらメッセージを作り始める。手慣れた手付きで簡素な文を作り、送りつける。無事に送れた事を確認したら後は待つだけ。大量のメッセージに埋もれていないように祈りながら。いつ返信がきても反応出来るように両手で優しく包むように持ちながら、欠伸をしつつベッドに潜り込んだ。

 遠くない未来を楽しみにしつつ鞄の前に並んだノートPCと白い粉を眺めながら。

 

 

 

 

 

「一度来てみたかったんだ」

 早坂はハーサカとして狭い室内で口を開いた。それを聞く少年は嬉しそうな、それでも素直に喜べないような気持ちを前に出しつつ部屋を見ていく。真ん中に置かれたテーブルを囲うようにソファーが置かれ、部屋の隅にはモニターと大きな機械が置かれていた。我先にと言わんばかりに嬉しそうに笑いつつ早速早坂は腰掛けた。それに反して、一向に扉前で固まる少年。

「カラオケ、嫌いだった?」

 ハーサカは困った顔をしながら尋ねたが、そんな事ない事を早坂は知っていた。昔はよくクラスメート達と行く姿を何度も見送っていたから。彼女が出来てから、そんな風に友人達と遊びに行く事がなくなったのも知っている。

「いや、嫌いじゃないけど……。ここで勉強するの?」

 ファミレスの時とはまた違う騒々しさが部屋中を支配していた。集中したくてもそんな事出来るような環境ではない。それでもここにした意味は早坂にはある。この店でしか出来ない事が。

「音とか消せば静かになるよ?」

 わざとらしくたどたどしい振りをして操作していく早坂はモニターの音量を無くしていく。

「カラオケの意味あるの?」

 観念したのか、溜め息と共に早坂の対になるよう腰掛ける少年。

「一度来てみたかったんだ。1人で行くのは恥ずかしいし……早坂さんもバイトばかりで忙しいから。折角出来た友達と遊べる時に来てみたかった」

 

 春期講習もそろそろ折り返し。ハーサカとして勉強会を重ねて接していく内に少年の弱点を見つけた。友達という言葉に異常に弱く、それを言うとなんやかんやで付き合ってくれる事に。もっとも、早坂愛として言うよりもハーサカとして言った方がはるかに効果が大きいのは、設定を聞かされた彼の優しさを利用したものだろう。そんな優しさに惚れながら利用する自分に軽く呆れた。

「……まぁ、来ちゃったし別にいいんだけどさ」

 嘆息混じりにモニターを眺める。音こそないが最近流行っている曲の紹介がされていた。

「でも、折角来たんだし歌わないの?」

「それは勉強が終わった後にしよう」

 折角だから今日は遊ぼう。遊びたい。そんな邪な気持ちもあった少年からしたら、生真面目なハーサカの催促するように向けられた視線に苦しみつつ鞄から教材を広げていく。

「きちんと出来たら、早めに終わって遊べるよ」

「わかったよ」

 出来の悪い子供に向けて言うような優しい言葉遣いに気恥ずかしさを感じながらノートにペンを置く。

「僕も遊びたいから。頑張ってね」

 それを聞いて少年はやる気が湧いてきた。

 

 早坂からしたら元より友達としての地位があり、その関係で接していきていた。自然と少年の会話のペースや流れを把握していたため、ハーサカとして改めて接する事になり始めの曖昧な距離感は苦戦した。しかし、ある程度関係が築く事によりだんだんと早坂としてのポジションに近づく度にその居心地の悪さは消えていく。まだ出会って日は立たないがすっかり友人としての席に戻れた事に相性の良さを感じていた。

 少年からもそう。所々に早坂の面影を感じたが、親戚と言われているため似るものだろうと勝手に推測しつつも自然と近くなる距離感に悪い気はしていなかった。むしろ、最近会っていない友人の変わりのようで妙な安心感のようなものを抱いていた。何よりも、少年からしたら新しい友人が出来るという経験は久しぶりだ。今の学友達は昔からの顔馴染みばかりで新鮮さに欠けていたから。

 そして何より、彼女との関係を心配してくれる人に出会えたのが少年は内心嬉しかった。今のクラスメート達はそれを当たり前と捉えていて、もう誰も気にかけてくれる事はなかった。それは、早坂も含めて。

 

「飲み物入れてくるよ」

「助かる」

 空のコップを2つ手にしたハーサカの背中を見て、少年はふと思う。自分が早坂と全く遊んだ事がないことに。高校生になり、よく放課後に話すようになってはいたがそれだけ。休日に会ったり放課後に遊びに行くというのは全く無い。誘うことすら出来ていない。そんなことしたら癇癪を起こす人が自分にはいるから。

 それでも、今度ハーサカと早坂と3人で遊びに行きたいな。そんな思いが叶うはずがない事を少年は知らない。

 そのために、と教材へと視線を移してペンを走り出す。今は目の前の友人の願いを叶えたい。そんな気持ちで早く終えようと。

 

 そんな彼の様子をドアに取り付けられたガラス越しにこっそりと早坂は覗いていた。子供のように拙い夢を見ている少年を小馬鹿にするように笑みを浮かべてその場から離れていく。

 ここに来た目的は早坂にはある。カラオケを一緒に楽しみたいという欲求はあるが、それはあわよくば。本来の目的は違う。目的の要になる所につくと、それを眺める。

 ドリンクバー。ファミレスにもあるが、そこでは目立ってしまう。カラオケならば個室のため何をしても大きく目立つ事はない。それが今日の目的に一番重要なポイントだ。適当に目に入ったお茶を選んで1人分淹れていく。その後は自分の分。コーヒーをコップに8割方淹れてから周囲を警戒するように見回たした。春休みの夕方頃。同世代の人達が集まっているのだろう。早坂の周りにも4人程の学生と思わしき人達が同じ空間にいた。

 邪魔だな。そう思いつつ隅にコップを移して周りの目を見る。何処に視界が向いているか、誰かと話して集中が散乱しているか、1人でいるなら何を見ているのか。

 そんな事を確認しつつポケットに閉まっていた粉薬を開封して片手で握り隠す。余った手はミルクを取って蓋を開けた。

 自然に、自然に。自分に言い聞かせながらコーヒーにミルクを混ぜていく。真っ黒な海が白く汚れる様を見ている余裕はない。そのまま早坂はお茶に粉を混ぜていった。濁った色に白い宝石が落ちる様を早坂は楽しそうに眺めつつも手早く終えていく。全て淹れ終えたらポケットに空袋を仕舞って軽くかき混ぜて終わり。

 再び周囲を軽く見回すも、誰もそんな彼女の事を気にしている様子はない。これで、最大の危険地点は終えた。安堵した心が来ると、緊張と共に大きな息が口から吐きでた。

 

「お待たせ」

 緊張を全て抜け出させてから、何時ものように軽い笑みで彼の前へと戻っていく。

「ありがとう」

 何も知らない少年は差し出されたコップを受け取る。しかし、疑問に思ったのか首を傾げて中身を覗く。見た目だけならば変哲もないただのお茶。さっき迄手にしていた早坂も色んな角度で見て確認している。しかし、やましい気持ちが心臓の鼓動を早くする。

「あのさ」

「な、なに?」

 表に出さないように笑を作るが、何時ものに比べると幾らかぎこちない。バレた? うそっなんで? 

「なんでお茶?」

 肩をすくめて差し出された中身を尋ねる。そんな能天気な質問に乾いた笑みが出てしまった。

「ジュースばかり飲んでちゃだめ。今日は勉強が終わったらコーヒーでもコーラでも飲んでいいよ」

「厳しい先生になったね」

 そんな冗談の言い合いで無事に終わった事に安堵しつつ乾いた喉にコーヒーを入れていく。自分もお茶にしておけばよかったかもしれない。乾いた喉がよりうずくのを感じていた。

 そっと、少年もコップに手を付ける。友人から出された物。そんな物に疑うことなど先ずしない。迷う事なく口に運ばれたそれは、喉を鳴らして飲まれていくのを見て、早坂は大きく息を吐いた。

 あとはもう簡単。時計を軽く見たあと、落ち着いた気持ちで改めて少年の顔を見る。

 あとは待つだけ。内心の汚れた笑みを隠すような作り笑いで、書き記されるノートを眺めた。

 

 そんな時。部屋に聞き慣れない音が響く。少年が音の発信源に耳を傾けていると、それはすぐに早坂の耳に当てられる。

「早坂さん、どうしたの?」

 あるはずもない電話の主の名を口にしながらそっと部屋から退室していく。少年はまた、早坂の背を目で見送りつつまた彼女の事をふと思う。元気にしてるかな? なんて見送ったばかりの少年が彼女自身と思いもしない。

 そんな彼女のスマートフォンはポケットの中。取り出すことなく電話を切ると耳に当てていた携帯から流れていた何かにするような音は完全に消えた。

 先程とは違い今度は中の様子を見る事なく早坂は空いていた一室に無断で入るとインターホンへと手を伸ばす。待つことなく繋がると、相手の声からは戸惑いが感じ取れた。

 

「あのそちらの部屋は」「先日お話した早坂です」

 無用な話を聞く気はない。そんな意志を伝えるように言葉を被せる。

「店長はいらっしゃいますでしょうか?」

 少年の前とは違う無機質な声で淡々と要件を口にする。早坂の名前を聞き、相手は明らかに動揺を見せる。「お、お待ち下さい」と言われてすぐに目的の相手の声が聞こえた。

「早坂様、お待たせ致しました」

 慌てて電話をとったのだろう。少し荒い息遣いで様子を伺う様なおそるおそると言った様子で店長が出てきた。

「そろそろ用意の方をお願いしても」

「かしこまりました。手筈通りに」

 見えない筈の相手が頭を下げている光景が早坂には見えていた。声でこそ若い男性だが、学生の早坂とは明らかに年齢に差がある。そんな彼も彼女には頭が上がることはない。

「ありがとうございます。助けて下さったこと、かぐや様には私からお伝えしておきます」

 主の名前を出すと店長は「ありがとうございます!!」と再び深く頭を下げた。少なくともそのように早坂は感じとれた。

 彼を待たせるわけには行かない。その気持ちで一杯の早坂は用が終わったインターホンを戻して直ぐに部屋へと戻る。物事は着実に早坂の描く通りに進んでいった。その事実が彼女の笑を深くする。

 こういう時、自分の身分が役に立つ。大きな事を動かすならば主である四宮かぐやの力を借りなければいけないが、細やかな事象を起こすならばその名前を口にするだけでいい。自分が四宮家に仕えるメイドであり、両親はその幹部という立場は世間一般で見ても敵にしたくない役職だ。この仕事を続けていてよかったと感じる瞬間だ。

 

「おかえり」

 部屋に入って直ぐの落ち着く一声に深い笑みは暖かく変わる。

「ただいま。貴方のことが心配で電話したみたい。ちゃんと勉強してるか気になってるみたいだよ?」

「なんだよそれ。俺にすればいいのに」

「貴方にかけてもしてるって言うでしょ」

「確かに」

 そんな下らない雑談に笑い合う。

 早坂はこの時間が好きだ。出来ることなら、こんな性別すらも塗り替えた嘘偽りではなく、きちんと少年に向き合って笑い合いたい。そんな欲求が湧き出てしまう程に。

 それでも、それは許されない。少なくとも今は。

 彼女は他の女性との接触を極端に嫌がっていた。それを何度も体験している少年は、高校生になってから極端に異性との関わりが減っている。異性の友人等、早坂以外はいないだろう。だからこそ、彼女に最も警戒されてもいる節があるのだが。

 それでもああして付き合いがあるのは勉強を教えてくれる都合のいい女だからか、それとも意中の相手だからか。早坂からしたら後者を望むが、前者でも悪くはない。今だけは。

 

「あっ、間違ってるよ」

「ほんとに?」

 ノートに目を通しつつそっと指を指していく。今の自分の評価等早坂には興味がない。必要なのはこれから先。全てを奪い、笑うために、邪魔な人は取り除く。

 自分自身の幸福に向けて。それが、彼の幸せだと信じて早坂愛は疑わない。

 

 

 

 

 

 時計の針がもうすぐ一周する。今か今かとそわそわしてしまう身体と心を抑えながら、彼の顔を覗きつつノートを見ていく。

 

「うーん、難しいな」

 

 難問に出会ってしまい、先程からペンを止める彼にそんな彼女の様子を見る余裕はなかった。

 

「……はぁ、ちょっとトイレ行ってくるよ」

 

「行ってらっしゃい」

 

 ため息と共にペンを置き、気分転換も兼ねてか室外に行く背を今度は早坂が手を振って見送った。

 

 さぁ、急がないと

 

 彼女の思うように事が運んでいるなんて少年は知らない。

 

 

 

 利尿剤

 

 睡眠薬のような危険な錠剤に比べれば可愛い物をわざわざ用意し、少年は飲まされた。多少味に違和感があったが気にすることなく飲み干した彼。効果が出始めたのだろう。急に尿意を催した彼は部屋を出てトイレを探す事にしたのだが。

 

「清掃中?」

 

 置かれた看板にそう書かれたのを見てため息を付く。ここの構造はそう複雑ではない。全5階建ての建物の3階のフロアに案内されていた彼は、大人しく下の階へと行くことにした。しかし

 

「故障?」

 

「はい、そうなんですよ」

 

 2階のトイレ前で困った顔をしていた店員に言われた言葉を反復する。

 

「フロントのトイレでしたらご利用頂けます」

 

「はぁ」

 

 そんな店員の言葉に流されるまま1階へと降りていく。

 

 なんか災難だな。そんな軽い言葉で流しながら。

 

 言われた通り、フロントのトイレは無事に利用出来た。少し遠回りになったがそれでも用を終えて部屋に戻ろうとした所。

 

「お客様、よろしければアンケートにご協力下さい」

 

「えっ」

 

 受付前を通りかかると女性店員が少年を引き止めた。差し出された用紙とペンを見つめる。

 

「友達が……」

 

「今なら協力してくださった方を対象にクーポン券をお渡ししています」

 

「えっと……」

 

 少年はこういう押しに弱い。NOと言えない日本人でもある。より力強さを増して差し出されたペンを苦笑いしつつ手に取りつつ早く終わらせようと用紙を受け取った。

 

 

 

 きっと、こうなっているはず。早坂愛は予想する。フロアのトイレの封鎖、上に行こうが下に行こうが店員に邪魔をされてフロントへ行き、そこで強引にアンケートに記入させる。そういうを手に取るとついつい集中して取り組む所も早坂はよく知っていた。それでも、時間はあまりない。

 

 彼が部屋を出てすぐにテーブルにある見慣れたそれを奪い取る。彼のスマートフォンは違う主の手に渡っても変わらず震え続けていた。何時も置きっぱなしにしているそれを、そのまま忘れて何処かへ行くのはよくある事だ。震えて存在を誇示しても震えっぱなしのそれはもう、誇示ではなく当たり前になってしまっているのだから意味がない。

 

 

 

 愛しの彼のスマートフォン。覗き見て中身をこの眼前に晒し出したい所だがそんな事をする時間はない。

「早坂様」

 次々に送られてくるメッセージを軽く睨みながら眺めていると、先程声の主が部屋へと入る。取っ手のついたノートPCケースを両手で大事そうに抱えながらそっとテーブルに置きつつ若い男性は頭を下げた。

「ありがとうございます」

 そんな様子に目もくれずケースを開くと、早坂愛用のノートPCがそこにはあった。

「後は彼が来ないように適当に時間を稼いでください」

「かしこまりました」

 店長は深くは食い下がらず大人しく退室していく。

 

 

 後は時間との勝負。時計を見ている暇も余裕もない早坂は早速起動させ少年のスマートフォンをケーブルで繋げた。

 ……これで、もう準備は出来た

 ディスプレイもこの時のために直ぐに実行出来るように置いておいてある。

 これで私の知らない彼がわかるようになる。全部、全部わかってあげられる。歪んだ笑みを作りながら彼女は待つ。

 

 プログラムを実行しますか

 

 YES/NO

 

 そんな無機質な言葉に迷わず彼女は応えた。




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