また、折角なのでサブタイトルを付けるようにしてみました
春休みも折返しを過ぎもう少しで終わってしまう。そんな短い休みの殆どを好きではない勉強に費やした少年の数少ない本当の休日が訪れた。
前々から楽しみにされていたこの日のために早くから家を出て、ここ最近毎日来ている駅前の少し離れた公園のベンチに腰掛けると携帯で時間を確認する。珍しく震えが収まってるそれを握ることに違和感を感じてしまう。
約束の時間には30分は早い。それでも、このぐらいの時間が丁度いいことを少年は知っていた。
今から会うことになる少女と約束をすると30分〜数分前のタイミングで合流する事になる。ここまで幅がある理由も少年は知っているからこそ何も言わずに待つことしか出来ない。
自販機で購入していた缶コーヒーを一口含む。まだ少し肌寒さを感じる少年の身を暖めてくれた。
だが、震える心を暖めてはくれない。もっとも寒さで震えているわけではないのだが。
たどたどしい手つきでメッセージを開く。彼女からの連絡がないことを確認して、他のメッセージを開く。
彼女って私の事でしょ? 本当にいるなら今度紹介してよ。そしたら私諦めるから
つい先日出会ったスミシーと言う厄介者の美女。彼女からのこのメッセージを最後に少年は何の返信もしていない。
唯一この短い期間で話せた友人のハーサカもこれを聞き苦笑いをしていた。接触がない以上此方から関わらない方がいいと最もなアドバイスと共に。少年もそれには同意だ。
異性と話しているだけで怒る彼女にこんな事が知れたら……想像するだけで心に共鳴してその身が震えた。
誤解を解かなければいけないが、スミシーを紹介したらどんな顔をされるか。正義感の強い彼女の事だ、一度誤解されたら間違いなく少ない自由がより幅を狭くする。そう思うと気が重くなった。
「先輩、お待たせしました」
溜息が出かけた少年を止めたその可愛らしい声の主に振り向く。学園では見ないラフな格好とその小さな背丈が相成って可愛らしい彼女が嬉しそうに微笑んで手を振っていた。
「待ってないよ、伊井野」
コーヒーと共に買っておいたジュースを差し出すとそれを受け取り隣に座る伊井野。腕と腕がぎりぎり触れ合わないような近距離で照れ臭そうに話す。
「ごめんなさい、ポイ捨てされてたゴミがあったから纏めて捨ててたら遅くなりました」
きっと頼まれてもいないのにそんな事をする彼女の正義感の強さに感心しつつ、「頑張ったね」と伝えて頭を撫でる。ぷんっと可愛らしい音がつきそうなほどの愛くるしい反応と共に顔を反らした。
「もう、子供じゃないんだからそんな事しないでよ」
嫌そうに言っているが、甘えた声で頬を赤くし、頬を緩めてしまっては強がりにしか聞こえない。それどころか、チラチラと送られる上目遣いの視線にはもっともっととおねだりのような意志を感じた。少年は期待に応えるように撫でていく。
「頑張った子を褒めたいんだよ」
「もう、仕方ないな」
何が仕方ないのかわからないが、少なくとも強がりな彼女に合わせて「ありがとう」と断りを入れて続けた。えへへへと声が漏れている事に少年は触れずに続ける。
そんな彼女、伊井野ミコこそが少年の彼女である。もっとも、告白もしていないため付き合っているとは言いづらい仲なのだが。
両親の影響で正義感が強い彼女は入学してから常に学年1位の成績を保ち、風紀委員に席を置く誰もが優等生と認める少女。
ただ、肩書きこそ立派だがその人間性は年相応とは言えない。
融通が利かず、猪突猛進な所がある彼女は、学年でも浮いている。そのためか友人と言える友人は少ない。
自分の理想を曲げることなく他者に、何よりも自分に押し付ける彼女はその小さな身体には不釣り合いな重いモノを持ち合わせていた。その重圧に負けることなく他者と接するも関心を全くと言っていい程得られない。
そんな彼女と出会ったのは中学3年生の時。
放課後の人気のない別校舎に用事があったため訪れた時に泣いている伊井野と出会い、話を聞き慰めた。自分よりも幼い少女が持つその立派な正義に感心して。
それ以降、顔を合わせる度に話すようになり、傷ついた時は話し相手になり、彼女を支える様に自然となっていた。共有する時間が次第に増えていると思ってはいた。それが気がついたら毎日放課後は共に過ごすようになっていた。
風紀委員であった彼女の手伝いをするのが日課となっていた頃には手遅れ。
周りはそれを見て付き合っていると茶々を入れるが、伊井野はそれを否定する。自分の倫理観にそぐわないそれを。しかし、彼女の信頼ではその言葉は通らない。
面白い方にと話は広がり、収集がつかなくなった頃には伊井野も諦めたように事務的な反応しかしなくなる。いや、それどころか自分達が付き合っていると思い込むようになり始めた。
それに気がついたのは、少年が早坂に伊井野の事で相談をし始めていた頃。周りの空気を鵜呑みにして告白を考えていた頃には既に彼女の頭は固まって、異性との接触を嫌ってしまっていた。
そんな誰よりも真っ直ぐな少女が、少年の彼女である。
腕が疲れてきたため彼女の頭上から手を離す。「あっ」と残念そうな本意が漏れたのが恥ずかしいのか、伊井野は顔を赤く染めて俯いてしまう。
それでも、本調子に戻すためにと自ら会話を率先していく。
「勉強の調子はどうですか?」
「うーん……うーん」
「もう、頑張って下さいよ」
伊井野からの質問に何も言えない少年。春期講習として毎日勉強し、その後も友人と勉強会を開いてはいるが今一実感がわかない。
「私が同じ学年なら先輩に教えてあげたのに」
「伊井野は伊井野で大変でしょ? 俺は他の人と勉強してるよ」
「……早坂さんとは駄目ですからね」
念を押すような強い口調に少年は返事を濁す。
伊井野からしたら早坂という少女は危険因子だ。
同じクラスで仲が良いというのは渋々諦めるが、放課後も自分が誘わないと揃って話してばかり。中学生の時に2人が教室で話し込んでいる姿を見る度に嫌な気持ちで満ちてしまう。
ただ話しているだけ。浮気とか不倫なんかではない。それでも、許せない自分がいる。
伊井野からしたら、早坂は少年を狙っているとしか思えない。一度思ってしまったら彼女の考えは簡単には覆らない。だからこそ、自然体でもついつい口調が荒くなってしまう。
「今はハーサカさんって人に教えてもらってる」
「春期講習で一緒にやってる人ですよね」
この春休みはもちろん、高校生になってから学園が変わり伊井野は頻繁に連絡をするようになった。そのためだけにスマートフォンを買わせてまで。
そうでもしないと自分の知らない所で失ってしまいそうで怖かったから。
彼女はそれを苦とは思わない。例え少年側に立ったとしても。やましいことがないなら全てをさらけ出しても構わないと考えるから。そして、それが普通の事だと信じて疑わないから。
少年も疲れてはいるが初めての彼女。伊井野がカップルはそうすると言う事を信じてしまっていた。
「男なんですよね?」
「男だよ」
「……なんか、早坂さんと似てますよね」
「あーぁ、確かに」
少年は伊井野が一方的に早坂を嫌っていることを知っている。だからこそ、今の塾に行く事にしたのもハーサカを紹介された事も早坂が絡んでいたがそれを伏せている。
少年は異性の友人が少ない。伊井野の存在で絡まれたくないと皆避けるようになっていった。そんな中、今でも付き合ってくれる早坂は少年からしたら大切信頼できる友人。
だからこそ、トラブルは避けたい。これ以上奪われないように。
自らの大切な友人との繋がりを守りたいから。
「まぁ別にいいですけど。それじゃ行きましょう」
充分に休めたのだろう。ちびちびと飲んでいたジュースを最後は一気に飲み干して伊井野は立ち上がる。合わせるように少年も。
導くように前を歩く伊井野と距離が離れないようにペースを合わせながら少し後ろで歩いていく。
手と手を取るなんていうカップルがやるような事はしない。
それは、伊井野が嫌がることを少年は知っているから。
他者に言ったことは自分は必ず遵守する。そんな正義感の強い彼女と知っているから。
歩いて行こう直ぐに、ふと物陰を見た。スミシーと出会った場所を。
彼女に絡まれた時の柔らかい感触を思い出すと、今前を歩く彼女と重ねてしまう。
どちらがカップルに見えるのだろうか。
1年以上付き合いのある彼女と、出会って数日しかない彼女。
導くように前を歩く彼女と、導くように絡めた腕を引く彼女。
告白せず、付き合っているかどうか曖昧な彼女と、一方的に彼氏に指名した彼女。
こういうのって正反対な人に魅力を感じるのかな。そう思ってしまった所で視線を前へと戻す。戻そうとする。
物陰で一瞬スミシーが見えた。真顔で観察するように大きく目を見開く彼女を。
慌てて視線を戻すと、そこには誰もいない。よく見ようとしたが、人混みに入ってしまうとそんな落ち着いて見れなくなってしまう。
……気の所為でしょ。仮に見られても、伊井野を彼女って伝えよう。話しかけられたら……。スミシーさんの後に伊井野の誤解を解くとしよう。その時の自分の必死に頭を下げる姿を想像して止めていたため息が漏れてしまった。
伊井野ミコは付き合いたい
カップルとは、告白をして両思いになり始めて成立するものだと彼女はきちんと理解していた。
自分の気持ちを口で確りと表現して伝える。難しい事だが、それをすれば付き合えると思うと簡単な事に思えてしまう。
少なくとも、今ある辛い不信感が無くなると思えば。
伊井野は学生同士の恋愛にあまり肯定的ではない。付き合う事は構わないと妥協をしているが、それは学園の外で。聖なる学び舎でイチャつく等言語道断だ。
それを人に押し付けている自覚はある。皆が嫌がる気持ちはわからないが、自分が正しいという自覚が。
だからこそ、伊井野から告白するのは気が引ける。
押し付けている自分が率先して告白し、彼氏を作りその彼氏の横で楽しげに過ごす等出来るはずがない。
それを自分が認めてしまうと、人には言えなくなる。言う人がいなくなれば歯止めが効かない学生達が好き勝手やってしまう。
自分は正しい学生として立ち振舞、皆を導いていかなければいかない。それが正しい人の行いと伊井野は信じて疑わない。
だからこそ、だからこそだ。
周りを見る振りをして顔を横にして視線を後ろに送る。ぶらぶらと軽く小さく振りながら動く彼の手を一瞬見ると、掴みたくなる衝動に駆られるがグッと抑えた。
外したくないが、これ以上見ていては我慢が出来ない。何とか視線を前に戻した自分を褒める。
掴みたい、一緒に手を掴んで歩いて行きたい。そう思って止まらない。
周りの通行人達の中には同じように学生カップルがいる。楽しそうに手を掴みながら、腕を組んで歩きづらそうにしながらも楽しく会話しながら歩を進める人達が嫌でも目に入る。
もしも、もしも仮に
彼の方から告白されたら、伊井野はきっと受け入れる。考えることなく即答するだろう。
しかし、それは待てど暮らせど来ない。日が立つにつれて考えてしまう。
本当は嫌われてる?
好きなのは私だけ?
私なんかより早坂さんの方がいいの?
私の事捨てるの?
あれだけ優しくしてくれたのにもう優しくしてくれないの?
色んな不安が頭を過る。それは少年が高校生になってすぐにピークに達した。
自分がいない所で何をしているのかわからない。それが怖い。
何を言っているのかわからない。それが怖い。
誰と話しているのかわからない。それが怖い。
怖い 怖い 怖い 怖い 怖い
色んな恐怖が自分を襲う。
少しでも落ち着きたい。この恐怖から開放されたい。そんな気持ちで思考が埋め尽くされる。逃げ場を探す。
彼が携帯を壊したと言った。連絡を取りやすいスマートフォンにさせた。既読が付くと安心する。来ないと何時までもメッセージを送る自分がいる。落ち着きたいから。
彼が何をしてたか事細かに聞いてしまう。納得して始めて落ち着く。落ち着かないと何処まででも聞いてしまう。
夜になると何時も電話をしてしまう。声を聞くと安心する。出てくれないと何度も何度もかけてしまう。
ほんの少しだけでも息を吸える。彼と関わっている時だけが自分の息継ぎ出来る場所。
奪われないか何時も不安。取られないか不安でしょうがない。
彼の傍にいるときだけが落ち着ける。
「伊井野?」
だから
「何ですか?」
触れていいのは私だけ。
「いや、何か怖い顔してから心配で」
この優しさは私のもの。
「ふふふっ、心配してくれてありがとうっ、先輩」
私だけの宝物。
壊さないように逃さないように傷つけないように
心配そうに見つめてくれる先輩に伊井野は出来るだけの満面の笑顔を向けた。