早坂愛は奪いたい   作:勠b

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伊井野ミコは付き合いたい2

 付き合っている様な付き合っていない様な、そんなふわっとした関係である彼等が休日に揃って外出に行くのは良くても月に1度程。大抵は伊井野が誘い、少年はそれに乗る形である。

 初めは少年からも誘うことがあったが、彼女はそれに乗ることは少ない。それが続いたため、何時しか少年は彼女を誘うことを止めた。

 伊井野は自ら撒いた種に勝手に傷つくが、それを仕方が無いと思い誤魔化す。貴重な休日をデートのような形で過ごすと必然的に自分の時間が減ってしまうのだから。

 

 学年1位

 それは、伊井野の学園内での全てであり自らを肯定する絶対的な称号。それがあるから彼女は周りに対して自分の正義を押し付ける事ができる。秀才という冠があるからこそ自らを手本にするようにと周りに押し付けることが出来ている。

 だからこそ、休日の時間の割り振りは彼女にとってそこらの学生のような安いものではない。気軽に恋愛して遊び呆ける時間等取れない。

 しかし、全く遊ばないというのも嫌だ。学園内でしか関わりが無いというのは、裏を返せば休日何を誰と何処でどの様に過ごしたか知ることが出来ないと言う事。それは不安だ。

 何よりも本能に従えば休日は毎回遊びに行き、フラフラと話をしながら楽しい時間を共有していたい。それを理性で抑えなければいけない。

 それが伊井野が抱く理想的な学生恋愛だからだ。

 本分である勉学を優先し、長期休みやテスト明けのような気晴らし出来る所で逢引をする。それが学生という身分に相応しい付き合い方と定義し、自分に義務付け他者に押し付ける。

 この考えが伊井野ミコの常識であり、こうするべきと信じて疑わないのだから。

 

 少年は彼女の考えに特に異論はない。

 周りのカップルを見ていると、付き合って間もないのに手を繋いだり腕を組んだりキスをしたりと、1年以上付き合う自分達がしていない事を平気でするのを目にすると確かに思うところはある。

 しかし、伊井野には伊井野のペースがあると思うと何も言えない。彼女の指針に従うのみ。

 何よりも、少年には相談できる異性が少ないためどうすればいいのかが今一わかっていない。皆伊井野に目をつけられる事を避けてしまっている。そんな中でも友人として接してくれる唯一の異性である早坂は伊井野の愛着の強さを話し、極力従うようにとアドバイスをくれていた。だからこそ、下手な反抗はしない。

 

 下手にそぐわぬ行為をしてしまうと、どんな顔をされるかわからないから。

 愛されているのか愛されていないのかすらわからない。信頼されてるのかどうかすらも。

 過度に送られるメールがどのような思いで向けて来られているのかは気にするだけ無駄と思うことにしていた。

 一つ一つに意味を考えても無駄。わからないのだが。纏めて見て考え、直接会ってみればいい。

 否定や疑問はしない。この束縛だけが、伊井野から向けられるたった1つの愛情表現なのだから。

 

 そんな2人は都内にあるショッピングモールへと訪れた。

 映画館やゲームセンターのような娯楽施設から本屋や筆記用具店等生真面目な学生が好むような店まで幅広く揃えたそこは、安直なデートスポットであると同時に様々な目的で人々が集まる。

 家族のような関係や、友人同士で仲良く話し込む人達。そんな人々の中でも2人には憧れのように見える楽しげに過ごすカップル達が多数過ごしていた。

 片方は素直にカップルという枠に収まる事に片方は見栄を張らずに過ごせる自分に素直な人達に。

 

「……むぅ」

 だが、伊井野はカップルらしい行いをする彼等を見ても素直になれず、変わりに頬を膨らませて遠目で軽く睨む。

 それに気づいた少年が視線の先を見る。可愛らしい彼女と思わしき子が彼氏の腕に両腕を絡ませ、ゆっくりと歩幅を合わせながら談笑をしていた。

 そんな光景を伊井野の隣で見ると、よりスミシーとの出会いを思い返す。あんな風に抱き着かれ、有無を言わさず先導した彼女の事を。

「あの子、私と同じクラスの人」

 罪悪感にも似た感情が少年を襲う。そんな事知らない伊井野はその2人を足を止めてジッと見る。

 

 もしも、もしも自分がもっと素直になれたら。

 後ろを向くと何も言ってないのに合わせて足を止める少年の顔が自分の頭1つ上にある。複雑そうな顔をしていたが、伊井野が見ていた事に気づくと直ぐに心配そうな表情をして。

「どうかした?」

「ううん、何でもない」

 それが嬉しい。触れられなくてもわかる優しさが。

 

 自分が素直になるだけでもっと嬉しい思いや満足できる事をもっと沢山出来るようになる。

 そんな甘い誘惑が伊井野を襲うが、首を大きく振って振り払う。

 そんな事は必要ない。

 不安はある。

 それでも、彼が自分を大切にしてくれていると信じている。

 不安はある。

 それでも、自分を思ってくれていると信じている。

 言葉にしなくても、形にしなくても。

 むしろ、そんな風に言葉や形にこだわる事の方が馬鹿らしいとすら思ってしまう。思うようにしたい。

「行きましょう、先輩」

 そう言い聞かせる。臆病な自分に。意味はないとわかっていても。

 

 再び歩みを始めても周りに映る景色は変わらない。背景は変わって入るが目に入るものは変わらない。

 腕を組むカップル、手をつなぐ理由カップル、楽しそうに談笑するカップル、抱き合ってるカップル……。色んな形が見渡すだけで伊井野の目に入っていく。

「先輩は」

 言いかける。

 私と腕を組んで歩きたい? 

 私と手を繋いで歩きたい? 

 私と抱き合いたい? 

 それとも、それ以上の……

 

「伊井野?」

 押し黙る彼女を心配する。

「……ううん、何でもない」

 言えない。

 言いたいけど、求められたらどうなるか自分の事がわかっていたから。

 きっと、言われるがままにしてしまう。望むがままにされてしまう。

 それだけはいや。

 望まれたいという本能と、清く正しい自分でいたい理性が必死に言い争う。

 望まれるがままに動く自分の姿を想像して顔を真っ赤に染めながら。

 

「あー、伊井野」

 そんな彼女の気など知らずに軽く肩をぽんと叩く。ビクッと大きく震えた反応をした後は、恐る恐る視線を向ける伊井野の面前に指を立てた。

「少し疲れたし休まない?」

 優しく問いかけながら指先を変える。

 指示をされた子犬のように従順にそこへと視線を向けると

「たい焼き」

 子供でも見てわかるような愛嬌のある絵と共に書かれた看板を伊井野は嬉しそうに読み上げた。

「少し、少しだけですよ。忙しいですから」

「えー、1時間ぐらいゆっくりしたいんだけど」

「少しです!!」

 わがままな子を叱るように強く言いつつも、視線は看板に釘付け。それどころか、会話を早々に切り上げて早足で店へと伊井野は向かう。

 そんな仕草とまるで屋台の前に立つ子供の様に目を輝かせながら置かれたたい達を眺める様を後ろから見ていると、彼氏というよりかは保護者のような感覚になっていく少年。彼からしたら、次の展開もわかっていた。

 

 買うだけ買ってすぐそばのベンチで一匹のたいを頬張る。既に半分程無くなっていたそれの餡こを堪能しつつも隣の彼女をチラリと眺める。

 自分との間に置かれた2匹の鯛と1つの空袋。その手中にあったたいはついに最後まで小さな口に飲み込まれてしまう。

「よく食べるね」

「先輩が食べないだけです」

 わかっていても強がりなのだろう。嫌味な言葉に頬を膨らませつつも次のたいへと手を伸ばす。

「食べてる時の伊井野は可愛いよ?」

「……静かだからって言いたいんですか」

 そのまま軽く睨むように目を細めるも、口に含んだ新たなたいに「抹茶も美味しいと」口と頬を溢して幸せそうな表情をする。

「違う違う、そう思っただけ」

「そうですか」

 

 食い下がろうにも口に含んだ抹茶のクリームを堪能する事に夢中になる伊井野は再びたいを口に持っていく。本当に子供の様な反応で甘い物を頬張る姿に機嫌が良くなったと安心する少年。

 伊井野ミコはよく食べる。

 学年で見ても低身長の上その細身な身体に何処に入るのかわからない程には。

 特に今日のように歩き回る日は本当に食べ歩く。文化祭等の行事では見回りのためその時間殆どを歩いて過ごすというのもあり余程お腹が空いたのか昼休憩時に自分の分を食べ終えてすぐに隣で食べていた少年の弁当を食い入るように見る程には。

 それらを食べ終えてからも気になる出し物をちょくちょくとつまんでいたのだから余程食い意地が張っているのだろう。

 最も、彼女の色気より食い気と言わんばかりの食へ素直な所によく助けられているため少年としてはありがたく思っていた。

 

 もう一口とまた口を開けたタイミングで少年はまた伊井野の頭に手を乗せる。そのままゆっくりと優しく撫で始める。

 伊井野自身わかってはいた。自分が何かを食べている時に手持無沙汰になると決まってこのように撫でてくるのだから。

「人前でこんなの恥ずかしい」

「少しだけ、ね」

「……少しだけなら」

 とは言いつつも満更でもない。こうやって甘やかしてくれる少年の優しさは伊井野の価値観を揺るがすには充分過ぎる。

 駄目とは思いながらもされたいようにされるままで強く言えない。言ってしまえば止められるのは目に見えている。行動に移されてはもっともっとと望んでしまう本能に逆らえる程の理性がない。

 周りの手本になるように、見本になるような付き合い方をしたい自分の筋に逸れてしまう。

 だからこそ、言い聞かせる

 これぐらいなら大丈夫。手をつないでるとかそんなカップルみたいなものじゃない。これぐらいなら許される。

 そんな風に自分自身に言い訳をしつつ逃げるように新しいたいへと手を伸ばす。

 

 そんな彼女の気など知らず、ただされるがままの伊井野に大型犬のような愛らしさを感じながらのんびりと少年は撫でていった。

 そういえば、とふと思い出す。

 伊井野と初めてあった時の事を。

 泣いていた彼女をたまたま見かけ、どうしていいかわからずとりあえずの気持ちで頭を撫でたら

 

 人の頭を勝手に撫でるな!! 

 

 と涙目で必死に怒りながら手を叩いて来たことを。

 今思うと泣いていたとはいえ、初対面の子の頭を撫でた自分のデリカシーのなさに少し引いてしまう。

 しかし、そんな風に強がって吠えていた彼女もそれなりに仲良くなった今では耳と尻尾があればそれをパタパタと振っていそうな程に嬉しそうに撫でられながらおやつを共に食べている。

 付き合い方って大事なんだ。そんな風に思いつつ、タイミングを見て最後の尻尾を口に放おった。

 自分が飲み込むと、彼女も合わせるように最後のたい焼きを食べ終えて満足そうに息を吐く。

 

「美味しかったですね」

「美味かったね」

 そんな短絡的な感想をのんびりと述べていると、伊井野は「さぁ」と立ち上がる。

「早く行きましょう、先輩」

 また導くように誘導する彼女の姿勢に苦笑した。

 これだけ張り切る理由はわかる。だからこそ、正直少年は乗り気ではなかった。

「映画夕方でしょ? のんびりしようよ」

 

 今日の目的は映画鑑賞であった。

 それは伊井野が前から気になっていたものであり、少年からしたら全くと言っていいほど興味がなかった。

 それでも、彼女は半ば強引に泣きつくようにお願いをして渋々連れてこられたのだ。

 思わず彼女から逃げるように目をそらす。何か他の店でも指しててきとうにはぐらかそうと。

 しかし、そんな少年を逃さないと言わんばかりに宙に浮く一際目立つ場所にいたそれに目が入った。

 それを持つ主は母親と思しき女性と手を繋ぎながら片方の手で風船を持つ。中学生として見ても背の小さい伊井野の半分にも満たないその少女は楽しそうに母親に対して何かを話していた。

 再びその風船へと視線を戻す。ウサギや猫のような愛くるしい動物達をモチーフにしたキャラクター達がプリントされ、そんな絵柄に相応しいピンク色はこの人込みに一際激しい存在感を放っていた。

 

 女児アニメ

 主に少女にターゲットを絞ったそのアニメーションの総称。

 といっても、その幅は広い。小学生向けだったり、さらにその下だったりと。あの絵柄のは後者の方だろう。

 伊井野は中学生といえば中学生。ターゲットにボール1つか2つ分外れているとはいえ、その幼い容姿でも流石に誤魔化しきれない程度には今回のメインとなる客層とは離れているだろう。もっとも、あくまで狙っているターゲットというだけでそれ以外の客が見る事自体には何ら問題はない。ないのだが

 あのウサギや猫がスクリーン一杯に動く様を今から見ると思うと何とも言えない複雑な気持に襲われる。

 今回の目的がそこにあるのだから余計に質が悪い。誤魔化しようがないのだから。

 

 1人で行くのが不安と言うから何の映画か聞かずに共に行くことを快く了承した自分を悔やみつつ、諦めながら名残惜しい気持ちを無視してベンチから離れていく。

 先導者はようやく動いた少年にため息を吐きながら見守っていた。

 帰りたいなんて一言を呟かないように気をつけつつ。

 立ち上がってふと気づく。何時もはテンポよく何度も何度も終わることなく震え続ける携帯が、その原因が前にいるにも関わらず小刻みに震えていることに。

 ポケットから取り出してすぐ、デカデカと書かれた今一番見たくない名前から目を逸らして時間を見た。

 昼食には少し早い今から映画が始まる夕方もしくはそれが終わるまではこの複雑な思いで今日を過ごさなければいけないという事に本当に参ってしまう。

 少なくとも、問題事は今は間に合っている。携帯を見て止まる自分に不信感を覚える伊井野にこれ以上疑われないよう赤いボタンを押して見慣れた画面へと戻した。

 それもすぐに切り替わると、再び見たくもない文字が画面を占拠する。

 

「どうかしました?」

 携帯を見て固まる姿に苛立ちと不安を覚えて画面を覗き込もうと近づく伊井野。

「大丈夫だよ」

 必死に笑顔を作りながら大丈夫と言う。

 大丈夫、次伊井野に会うまでには誤解を解くから。

 そう思いつつ着信を拒否した。

 

「もう、電話してって言ってたじゃん」

 

 忘れられない声が背後から聞こえた。

 その可愛らしい声は昨日までならば聞きたかったが、今の少年には一番聞きたくなかった声。

「誰ですか?」

 背筋が凍る所か、全身が凍てつくあまり冷や汗をかき始めた少年を守るように間に立つ伊井野。

 先ず一番見せたくない相手の前に立つ彼女の小さな背中に勇気を貰って何とか、何とか少年は振り返る。

「私? 私は……」

 とぼけた口調で話しながら耳にしていた携帯を離して伊井野に向かって見せつけるように前に出した。

 

「スミシー、彼の彼女だよ」

 

 早坂はただただ笑顔で目の前の番犬に言い放った。

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