早坂愛は奪いたい   作:勠b

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早坂愛は付き合いたい

「ぶぐっ、ふぐぶぐぶくっ、ぶぐぐぐぐっ」

「ちゃんと聞いてる?」

 

 覇気なく伝えつつテーブルにうなだれるように見を預けながら少年はストローを使いコーラーを泡立てる少女に言う。

 そんな下から聞こえる声に早坂は苦笑いをする。

「ってか、下品だぞ早坂」

「えー、楽しいじゃん」

 早坂愛は茶化すように応えた。疲れ切っている少年に、高揚した気分を抑えきれない自分に。

 久々に早坂愛として会う事に緊張しつつも、珍しく少年の方から会う事を望まれたという事実が心臓の鼓動を早くする。

 ただ、ボロを出さないようにだけ気をつける。

 早坂愛として初めて共に来たファミレス。既に日が落ちた時間で会うのは初めての事だが、それでもここには共に何度も来ている。

 初めてだけど初めてではない。そんな矛盾を顕にしないように自分自身に言い聞かせる。

 

「大変な春休みだったんだね」

 苦笑しつつ少年と同じようにうなだれてみる。狭いテーブルは人2人を乗せる事等考えておらず身体の殆どを外に放る形になったが、コツンと優しく頭と頭が触れ合うのを直に感じるとそれだけで抑えきれない程の欲求が自身を襲う。

 

「春休みというか、今日の出来事なんだけどさ」

「うわー、1日大変だったね」

「本当にさ、どうしてこうなったんだろう」

 

 重い溜め息と共により肩を下げる少年。

 そんな少年の姿に早坂は自身の心を傷つける。

 ごめん。でも、もうすぐだからね

 そんな風に言いたい口を抑えながら。

 

「それで、何でウチを呼んだの?」

 誤魔化すように話題を反らす。

 表に出してこそいないが、早坂愛がこうして学園外で少年と会うのは初めてだ。

 誘った事は何度かあったが、休日に会おうものなら彼女であった伊井野から小言を言われそうと少年の方から何時も断られていた。

 そんな少年の方からの誘い。早坂愛に会いたいという誘い。

 決して学園での自分が本当の自分ではない。多分の嘘を含んでいる。

 それでもやはり、この慣れ親しんだ名前を指して呼んでくれたという事実が早坂を盛り上げてくれていた。

 ニヤけっぱなしのダラシのない顔を腕で隠しながら、もう少し甘えたいという本心から頭を軽く押し付ける。

 ちょっとした痛みを感じるも、それだけ近くにいるという現実を肌で感じる事に幸せを見出していた。

 

「こんな事早坂ぐらいにしか話せないからさ。誰かに話して少しでも気を楽にしたかったんだ」

 この言葉が余計に早坂に効く。

 学園でも目立っていない少年だったが、それは随分と過去の事。一学年違うとはいえ噂になっていた伊井野と仲良くしていた事でその名前は良くも悪くも広まっている。

 下手に付き合うとトラブルの元になると陰ながら噂されている事に少年は気づきつつも事実なのだからと何も言えずに過ごす日々。

 結局孤立こそしてはいないが、恋愛絡みの話となると周りに相談する事など出来ない。伊井野の目がある以上はトラブルをより大きくされてしまうのだから。

 同性相手だと、自分とは違うお手本のようなカップルの話を聞かされ悩み、異性相手ではそもそもとして余り長く話せる人等いない。余計な癇癪を買いたくない人達ばかりだし、何よりも少年もそれを良しとしない。

 それでも、早坂とこうして話すのは彼女だけが伊井野とトラブルになっても気にせずに話しかけてくれるからだ。周りはそれを見て余計に少年と関わらなくなったのだが。

 

「ふーん」

 興味なさげに応える。

「ふーん、私だけ……。ふーん」

「なんだよ」

「いや、何でもないし〜」

 自分だけが特別に見られている。そう解釈してしまう思考に囚われるとますます口元はだらしなく緩んでいった。見られたくない程に。より見られないように隠しつつも早坂は話題を掘っていく。

 

「それで、そのスミシー? さんって人とはその後どうなったの?」

「なんかごめんねって言って帰ったよ。伊井野の後も追ったけど見つからなかったし、連絡しても繋がらないし」

 テーブルの上になる放ってある携帯は確かに何時もとは違い、その存在感を消していた。

「どうすればいいんだろ」

 再び重々しい溜め息をつきつつ頭を抱える少年。トラブルこそあったが何一つとして解決せずに終わる1日にとてつもない不安を抱いていた。

 

「うーん、とりあえずスミシーさんにはきちんとつたえるしかないよね〜」

 白々しくもう1人の自分の名前を口にしつつ、早坂も考える素振りを見せる。

「でもさ、伝えてもわかってくれなかったよ?」

「うーん、それは伊井野ちゃんにも問題があるんじゃない?」

「問題?」

「うん、だって」

 首を傾げる少年に合わせつつ、しっかりと目を合わせる。

 もう少し、もう少し。

 そんな風に自分に言い聞かせつつ、だからこそしくじらないようにと気をつけつつ。

 腕から離れた顔にしっかりと力を入れて真剣な顔を作って向き合って。

 

「だって、伊井野ちゃんが私が彼女だって言えば納得したかもしんないし」

 

「それは……」

 それはそうだけど。なんて事を言えればどれだけ気楽だっただろうか。

 事実、今日一番傷ついたのがそれでもあるのだから。

 確かに告白なんてしていなかった。異性間の付き合い方にこだわりを持つ伊井野と付き合うには彼女のペースに合わせていくことしか一番だと考えてはいた。

 それが、自分に出来る唯一の事だと。

 異性間の付き合い方にもの申す後ろ姿を何度も何度も見てきたからこそ、彼女特有の付き合い方に従う事が互いに長く付き合える方法だと考えるからこそ、自分から距離を縮めるようなことはしなかった。

 最も、これは早坂に言われたアドバイスなのだが。

 

「ウチも付き合ってると思ってたから気にしなかったけど、付き合ってもないのにあんなに付きまとわれてたら嫌じゃない?」

「……どうだろ」

「わかんないよ」と弱気になりつつ顔をテーブルに押し付けて眼の前の光景全てから逃げるように振る舞う。

 どうすればいいか、どうしたらよかったか、どうするのがよかったか

 そんな自問自答の嵐に何一つ答えを見いだせないまま。

 そんな自分の殻に閉じこもる少年に追い打ちをかけるように「ねぇ」と早坂は続ける。

 

「嫌なら嫌ってはっきりいいなよ。

 伊井野ちゃんも、その方が嬉しいんじゃないかな」

「嫌って?」

「付き合い方とか、彼女かどうか曖昧な事とか、何よりも」

 一拍置く。小さく息を吸って淡々と言う事に意識をしながら。

 

「一度別れてはっきりと友達から始めてみたら?」

 

 ……言った。

 ようやく、言えた。

 緊張でかく冷や汗を拭く暇なんてない。

 その言葉の反応と様子で今後の全てが変わっていく。

 願うなら───願うなら、自分の理想の言葉が来ることに望みを託して。

 

「…………」

 

 これ以上は追い打ちをかけない。踏み込まない。

 自分は『学園での友達』であるから。『心配してアドバイス』をしているだけなのだから。

 自分の1言で別れさせるのは簡単だが、変な疑心感を持たれるのはとても癪だ。

 重々しく、永遠とも感じるような長い沈黙。それを打ち破る言葉を待つ。断頭台に立つ者のような気持ちを早坂は感じていた。

 次の1言で自分のプランを大きく変える必要があるのだから。

 もし、もしも望まない1言が来たら。

 今以上に強引な手段を用いらなければいけない。

 リスクを考えるとそれは控えて置きたいのが本音。

 

「……」

「……」

「…………ッ!!」

 

 沈黙を破るように何時ものように少年の携帯が震え始める。

 嬉しそうな、そうでないような。そんな複雑な表情を浮かべながらも手に取ると、画面を見てすぐに頭を抱えた。

「どしたし?」

 震え続ける携帯をゆっくりと画面を早坂に向けた。

 

 スミシーさん

 

 そう表記された画面を見て早坂は目を丸くする。

 

「えっ? これって?」

「……さっき言ってた人」

 少年は呟くと指を真ん中で止める。電話に出るべきか、出ないべきか。小刻みに震える指先は微動だにしない。

 電話に出るべきなのだろう。そう思う自分がいる。

 誤解を解いて、これ以上ない関わらないようにお願いするべきだろうと思う。それでも、1年以上付き合っていた、そう思っていた相手との仲をメチャクチャにした彼女。そんな彼女に次は──ー

 

「嫌なら嫌ってはっきりいいなよ」

 

 怯える子に優しく接するように、微笑みながら早坂は言った。

「……言っていいのかな」

 不安げに問う少年の背中を押すように頷くと、それを見た少年は不思議と動いた指に合わせて携帯を耳に当てた。

 

「…………もしもし」

 苦々しげな表情からなんとか捻り出したであろう言葉に対して、軽薄な冗談めいた口振りで返す。

「やった、今度はちゃんと出てくれた」

 スミシーと表記された相手からは感情を読み取れないような軽い口調で話し始めた。

「さぁ問題。私は今どこにいるのでしょうか?」

 そんな問いに対して早坂を凝視する。彼女越しにある窓ガラスを。

 日が落ちても街灯や建物から漏れでる明かりのおかげで今が昼かどうか混乱させられる程の光に群がるように性別、年代問わない人々が右往左往と歩きいく様を。

 

「あっ、目があった」

「なぁ、何がしたいんだよ!!」

 子供のようにはしゃぐスミシーに対して苛立つ少年。そんな彼を早坂は心配そうに見つめる。

「でもね、今日は言い忘れた事を伝えたいだけなの」

「言い忘れた事?」

 早坂も少しでも話を聞き取ろうと耳をスピーカーに近づける。彼女にも聞こえるようにと少年もまた、携帯を2人の間に置く。

 間接的にだが繋がっているように感じて高揚感を覚えた早坂だが、この場に相応しくない顔にならないようより一層真剣な顔を作り次の言葉を待つ。

 

「私はずっと貴方を見てるから、他の女と浮気は駄目だよ」

 優しくも何処か冷たい口調で聞こえる言葉に戦慄を覚える青年。今も何処かで見てる、目があったと語る見えない彼女からの言葉に喉が詰まる。

 それでも、冷たい空気で冷え固まった口が動いたのは共に携帯を握ったその手の暖かさに伝染されたからだ。

「スミシー、俺は」

 早坂の目を見つめる。

 淡い青い瞳に吸い込まれそうになりながらも、彼女の顔を見ながら彼女(スミシー)に向かって。言いたかった事をはっきりと。

 

「お前は、俺の彼女じゃない。俺はお前が嫌いだ」

「…………」

「…………」

 1人による2つの沈黙。

 嫌い。

 自分であって自分じゃない人物に向かった言葉。

 思い当たる節どころか、事を起こした本人である早坂に向けられた言葉。

 スミシーであって、私じゃない。そう思わせるように内心呟き続けるも効果はない。青くなる顔面を必死に歪ませる。

 良くできた友人を祝うように、自分を傷つける思い人へと必死の笑顔を。

 

「まぁいいや。また今度その話をしようね」

 つまらなそうに語る言葉を最後に一方的に電話を切られる。虚しい電子音を待ち焦がれていた少年はようやく聞こえたそれに安堵と共に再びテーブルへとその身を下ろした。

「頑張ったね」

 うなだれる少年の頭を撫でていく早坂。

 本当に頑張った。そう自分自身を褒めつつ、事が上手く行ったことに彼女も安堵の息を漏らす。

 

 この春休みは本当に事が進んだ。自分の思うように、望んだように。後が怖くなる程順調に。

 彼女もどきである伊井野との関係に亀裂を入れた。

 何時でも見張れ、その声が聞こえるように携帯に細工を出来た。

 友人としての立場を手に入れた。

 そして何よりも

 

 共通の敵

 

 集団での人間関係をより纏まりやすくなる要素であり、特定の個人を互いに敵視する事によってより団結を固める要素。

 伊井野もスミシーを敵と捉えるだろうが、その前に伊井野の前に余り姿を現せなければ自然と話題はなくなる。それどころか、前回の一件で苦手意識を持っているように印象付ければ少年の方から闇雲に話題を振ることはなくなるだろう。

 だが、早坂は違う。

 しっかりと言うようにアドバイスを送り、それで解決したかのように印象付ければ今後スミシーが少年の前で現れた際に縋るのは早坂の方。そして自分の言ったようにスミシーを動かせばいいだけ。

 そうお願いすればいいだけ。

 自分と付き合うようになれば、その直前のタイミングで退場させれば何事も無かったかのように振る舞うことができる。

 早坂の負の面を一重に背負わせた仮面。付けるも外すも捨てるも全て、早坂が決めればいいのだから、この敵は自分にとてつもなく都合のいいモノになる。

 

「最初から声をかけなきゃよかった」

「なんで声かけたの?」

「遠目から見たら早坂に似てた気がした」

「あはは、春休みはバイト三昧って言ったじゃん。欲しい服あるから働きっぱなしで疲れたし〜」

「……そっか」

 チラリと向けられた視線と目が合うとそれは直ぐに反れた。遠くに向けられたわけではなくほんの少しだけ横にズレたその先にある毛先をわざとらしくイジってみると再び顔を伏せる少年。

 彼は良く早坂の髪の毛を見る。一緒に話をしている時、勉強して手を休める時等手が空いた時にチラリと。その度に軽く自分の髪を触ると明らかに視線を大きく動かすのが面白い。

 似合ってるって思ってる? だとしたら嬉しい。大好きなママと同じ色の髪を。

 似合ってない? だとしたら嫌だ。どうしよう。

 どうしようもないから、好きになってもらうしかない。今のままの私を。

 好きにさせるしかない

 

 早坂からのキツイ視線に気づく事なくテーブルに顔を見合わせたまま深いため息。

 早坂からしたら上出来な春休みだが、少年からしたら今まで最も最悪な春休みといえた。

 休みなのに殆どを嫌いな勉強に費やすことになり

 彼女と思っていた人とは連絡が取れなくなり

 ここ最近は何故か携帯のバッテリーの減りが少し早くなり

 唯一の良い事は同性の友人が出来た事ぐらいだろう。最も、春期講習が終わればその関係がどうなるかはわからないが。

 

 それでも、この春休みを最悪と決定づけるのはやはりスミシーの存在が余りにも大きすぎた。彼女と出会って間もないにも関わらず持ってきた問題の大きさは少年のキャパシティを遥かに超える。ようやくはっきりと伝えた1言も何処まで本気に捉えられるか分からないとなると、暫く襲ってくるであろう問題の山々に目眩を覚えた。

 自分の行い1つでこうも転がなんて。ふと嫌な言葉がよぎるが考えないように目を伏せるも

 

「身から出た錆だね」

「…………」

 伏せた矢先に届けられたその言葉に明らかに不機嫌になる。

「早坂、そのことわざ嫌いなんだけど」

「えー、いいじゃん」

 とはいいつつも、明らかに不機嫌になる目つきから逃げるように片手を縦にして謝罪のポーズをとる。こんなに怒るとは思ってもいなかった。

「でも、名前の由来でしょ?」

「…………」

 それでも、踏み込むことは辞めない。

 何もこのやり取りも初めてではないのだから。

 伊井野なんかよりも長い。好きになった時は遅くても、付き合いは早坂の方が長いのだから。

 だからわかる。結局ため息をついて誤魔化すように視線を泳がす事になることを。

 案の定早坂の思ったようにため息をつく。逃げるように視線を泳がしたのを見て詰めるように早坂は口を開いた。

 

「お父さんも酷いよね〜身から出た錆だから、赤錆身仁なんて」

「……早坂」

 呟きつつようやくテーブルにへばりついていた重い身体を起こしてソファに持たれかかりつつ少年、赤錆身仁(あかさびしんじ)は天井を見つめる。

「何か今日いじわるじゃない?」

 力なく投げかけられた問に首を傾げる。

 それを言われて早坂は確かに自分が今少しイラついているのに気づいた。

 なんでだろ? 考えてみる。しかしそんな素振りを見せることなく考えてすぐにわかった。

 

「ねぇ、ウチの髪よく見てるでしょ?」

「急に何? ってかバレてた?」

「女の子は視線に敏感だし〜」

 苦笑する赤錆に向けるように毛先を向けて軽くイジっていく。

 言葉にする事を戸惑いを覚えていたが、それでも聞きたい。自分の好きな所を好きでいるかどうかに。

「似合ってるかな〜?」

 気にしてない素振りを見せつつも心臓は様々な事を起こした春休みで1番大きく鼓動する。一回、また一回と感じながら返ってくる言葉を待つ。

 似合ってないと言われたらどうしよう? 価値観を変えるのは大変だけど、どうしても不可能ではない。無理矢理にでも……

「綺麗だなって思ってるよ」

 …………

「その、似合ってるよ。とても」

 

「私、飲み物入れてくるね」

 何も言わず、顔を見せないように伏せてまだ半分はあるコップを手にする早坂に「え? は、はい」と声をかけようにも急に変わった雰囲気に何も言えずに黙る赤錆。結局静かにテーブルから離れる早坂の背を見ながらまずいことを言ったか考えつつ、戻ってきた時の言葉を考え始める。

 女心はやっぱりわかんないな。自分には理解できそうにないこの春休みで何度も間違えた難解な問いの分厚さに挫けそうな心を少しでも癒やすように外を見る。

 スミシーはまだいるのかな? 正直な所、赤錆としては早坂がいる時に出てきて貰うのが1番嬉しい。彼女なら、この難問に立ち向かう知恵と力をくれるから。

 頼りっぱなしの友人の機嫌を直す方法を考えつつ、彼もまた空になりつつあるカップを手にした。

 必死に融けかけた氷が入ったカップを頬に当て顔の紅潮を冷やす早坂の心境に対して赤錆はその少ない女性経験から答えを導き出そうと悩ませながら。

 

 

 

 

 

「最近遊び過ぎじゃないかしら」

 不機嫌そうに言うかぐやの髪をドライヤーで乾かしつつ、早坂は尋ねた。

「かぐや様、私は与えられた休暇の合間に遊んでいますが」

「それでも、他のメイドを貴方の用事に使うのは不当よ!! 今日なんて私の前で貴方の頼まれ事をしてたわ」

 そう言いつつ何かを持ったような仕草をした両手を互い合わせにする。少し考えて早坂は答えに辿り着いた。

「あの会話、かぐや様もお聞きになられたのでしょうか?」

「えぇ聞いたわ!! 最後まで傾聴したわよ!」

 スミシーとの会話は当然早坂が声を出さなければいけない。

 しかし、早坂は相手である赤錆の前にいたため当然そんな事は出来ない。だからこそ、事前に1つの携帯で録音した音声をスミシーの携帯を使って流したのだ。会話になるように幾つかのパターンを入れ状況に合わせて音声を切り替えるように他のメイドにお願いをして。

 早坂は四宮家で務めて長い。必然的に彼女の世話になった従者も多いため、その実行役は頼めばすぐに協力をしてくれた。

 最も、内容を聞いて引きついた笑みを浮かべていたが。

 

「大した女優よね!!」

「お褒めに預かり光栄です」

 かなり不機嫌な主からの世辞に冷静に返す。

 明らかに機嫌が悪い様子に察しがついている早坂は仕方がないと思いバレないように小さく息を吐いた。

 

「ご安心くださいかぐや様。残りの春休みは通常通り貴方様の傍にいさせて頂きます」

「……春期講習は?」

「用事は終わりましたのでもう行かないと先程連絡しました」

「なによそれ最後まで行きなさいよ」

「用は終わりましたので」

「……彼と会わなくていいの」

「かまいません」

 はっきりと応えた意外な返答に驚きつつ振り返る。

 嬉しそうに自分の金髪を撫でながらうっとりとする友人の顔を映すと、何も言わずに前へと向き直す。

 

「良い思い出が出来ましたので、これ以上汚れてしまわないよう残りの数日は大人しくさせていただきます」

「……そう」

 これ以上かぐやは言えない。語る言葉が出ない。

 少なくとも、唯一気の許せる友人が幸せそうにしているのを見てほんの少し安心感を抱きつつそっと目を閉じる。

 自分もいつか、こんな風に幸せに浸れる日が来るのか期待に胸を寄せながら。

 

 自慢の髪を褒められ、早坂はご機嫌だ。

 似合わないなんて否定的な事を思い浮かべていた自分を情けなく感じてしまう。そんなはずないのに。

 自分が好きということは、赤錆も好きでいるはずなのだから。

 そこに疑いの目を向けた自分を本当に恥ずかしく感じる。

 嫌いという重たい否定は既に蚊帳の外。もっとも、スミシーに言われた事であり早坂には関係ないと思っているのだが。

 綺麗という言葉が何度も頭をよぎる。

 始めて自分の容姿を彼に褒められた。お気に入りの髪を。

 スミシーとして彼の前に出る時も、自分の面影を残して気を引きたいという狙いと共にあった女性として前に出るなら触りたくないという思いで髪型を変えるだけで留めていた。大好きな母親との共通点。

 それを褒められた事を、何よりも自分を綺麗と言われた事に早坂はこの上ない幸福を味わって噛み尽くしていた。

 

 ふと耳につけていたイヤホンからため息が聞こえる。

 理由は手にとるようにわかった。先程ハーサカとして送った塾に行けなくなるというメールを見てだろう。

 付き合っていた彼女もどきとも別れ、新しく出来た友人共中々会えなくなる最悪な1日。

 だからこそ、昔からの友人と共に過ごしたという事実がより際立つ。

 赤錆くんも今日が最高の1日と思ってほしい。そう願いつつ

 恋の始まりとして、春を告げた1日になってほしいと願いつつ

 早坂は少し機嫌が良くなった主の髪を乾かしていった。

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