鉛色から空色へ   作:雨が嫌い

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東京武偵高。
それが僕の通う学校の名前。
武装を許可され、あらゆる荒事を有償で解決する何でも屋。
通称、武偵を育てる学校である。
まさに、この世の物騒なことを丸ごとつめたような場所だ。



第一部 緋弾の追跡者
第1斬


1.「先輩なんて人種に碌な奴はいない」

 

 

 

ピリリリリリリッ!

 

目覚まし時計の音で目が覚める。

うるさい。

なんでこいつは朝からそんな音を出すんだろう。

そんなんだと、眠れないじゃないか。

しかし、それを止めようにも騒音発生装置は布団から出ないと手が届かない位置にある。

止めた後に二度寝をしないようにと考えられた配置だった。

──誰だよ。こんなことしたの。

思わず悪態をつくが、ここは一人部屋で僕しか住んでいないわけで、そうなると必然的にそれを仕掛けたのは僕しかいないことになる。

……仕方ない。起きるか。

寝る前の僕、おまえはとんだ策士だよ。

最大の敵は自分とはよく言ったものだ。大袈裟か。

しかし、それにしても怠い。全然疲れが取れてないようだ。

これも全部あの人のせいだ。

だけど、悲しいかな。力なき小市民である僕は強大の力の前に常に無力だった。

戦姉弟だけに。

 

朝の支度を終え、今日も学校に向かう。

いつからか、朝の日差しはひたすらウザったらしいものになってしまった。

毎日曇ればいいと考えているくらいだ。どうでもいいけど。

 

教室に着くと、まっすぐと自分の机へ。その際に寄り道は必要ない。

ないのだが──

「よ、ソラ」

そんな僕に声をかける者がいた。竹中だ。

竹中彰。

金髪のショートカットにブラウンの瞳。犬を彷彿させるようなイメージを持つ僕のクラスメートである。

はぁ、またメンドイのに声をかけられたものだ。

何故なら、こいつは物凄いアホだからだ。

「ああ、おはよう。そしてさようなら。もう二度と声をかけてくるな」

「なんで!? いきなりひどくね!?」

朝からテンションたけーな。こっちは寝不足気味だってのに。

「うるさい、こっちは眠いんだよ。だから、一限始まるまで静かに寝てーの」

「ああ、そういう意味か。ビビったぜ」

それを聞くと竹中はほっと胸をなでおろすしぐさをする。

「そういう意味だ。だから話しかけるなよ。……永遠にな」

「いや、やっぱりそっちの意味じゃねえか!」

「うるさい」

「ゲフッ!」

叩けば静まるのは人も目覚まし時計も同じらしい。

それはともかく、ようやくゆっくりできそうだ。幸いなことに他の騒がしい奴はまだ来てないようだし。

 

 

 

 

うるさい──

 

「だーかーら! 二年で一番強いのはキンジ先輩に決まってるだろッ!!」

「あんな暗そうな人より、アリア先輩の方が強いに決まってるよ!!」

戻ってきた現実はやはり騒がしいものだった。

いや、騒がしいからこそ現実に戻されたと言うべきか。

実にうるさい。

睡眠妨害である。

こちとら、寝不足なのだから少しくらい寝かせてほしいものだ。

しかし何であいつらは高校生にもなってあんなにキーキーと騒げるのだろう。今は別に体育祭やらの学校イベントがあるわけでもないのに。

ここは元々騒がしさで定評のある学校だから仕方がないのだろうか。

否──。ただでさえ騒がしい学校なのだから、こう騒がしくする必要のないときくらい静かにしてほしいものだ。でないと本当に身が休まることが無い。

「遠山先輩なんて探偵科Eランクじゃん。そんな人がアリア先輩より強いわけない!」

そう唱えるのは、茶髪を白いリボンでツインテールのようにしている少女。

名前は間宮あかり。

特徴としては、とにかくちみっこい。思わず「おまえ本当に高校生か?」と、問いたくなる幼児体型な容姿体型をしている。こいつのウザいところは中身もガキみたいに騒がしいことだ。

この前あまりのウザさに、嫌がらせでランドセルを送りつけようかとも思ったことがあったけど、「なんかこれって犯罪的じゃね?」と思い直したのは記憶に新しい。

いや、違和感はないだろうけど。

「ハンッ! アリア先輩の方こそチビで全然強そうじゃねえじゃん!」

そう反論したのは竹中だ。

こいつはSランクがどれだけすごいのか分かっていないのか?

その辺からもこいつのアホさがうかがえるというものだ。強襲科でSもらっている奴が弱いわけないだろ。たとえチビでも強いんだよ。そう、チビでもね。それにおまえも十分チビだろうに。

ところで、こいつはその遠山先輩を追って神奈川から東京(ここ)に来たらしいが、そこまで好きなのだろうか? 今はやりのBLなのだろうか?

思えば僕にもやたら絡んでくるような……

──よし、今後はコイツから更に距離をとろう。僕はノンケだ。

「アリア先輩はね、一度も犯罪者を逃がしたことが無いんだよ!!」

「キンジ先輩はなっ、入試で教官を倒したことがあるんだぜ!!」

くだらない──

まさに、他人の自慢話ほど退屈な話は無いだろう。

そんなことしている暇があったら自分の自慢できるところを作るべきだ。

それができなきゃ静かに寝てろ、今の僕のように。

「「ソラ(朝霧君)はどう思う(の)!?」」

……何でそこで僕にフるんだこのアホどもは。

「いや、そんなのはどーでもい──「だよなー! やっぱソラもキンジ先輩の方が強いと思うよな!」…おい! だから僕は──「はぁ!? アリア先輩の方が断然強いよねっ、朝霧君!」……聞けよ」

何だこいつら。頭に蛆湧いてるんじゃなかろうか。

二人のアホは僕に先輩がいかに素晴らしいかを語ってくる。僕の反応何てお構いなしに。

おい、このアホ止めろよ。そう言外に込めて後方に避難している火野を睨む。

たけど、困ったよう目をそらされた。瞳には同情の色が混じっている。下手なことして、今度は自分が標的になるのが嫌なのだろう。

ちっ、役に立たない。

それと佐々木。おまえも間宮が神崎先輩を褒めるたびに殺気を飛ばすのヤメロ。マジでこえーよ。

他のクラスメートどもも無視を決め込んでやがるし。

結論が出た。助けなんていない。

「……はぁ」

なんで僕がこんな目に……

「ちょっと聞いてんのかソラ!」

「聞いてるの!? 朝霧君!」

結局、先輩自慢話は休み時間が終わり、授業が始まるまで続くのだった。

睡眠?

取れるわけないだろ。ケンカ売ってるの?

 

 

 

 

もうムリ。疲れた。

なんで人は疲れるようにできているんだろう。

「そう思いません?」

「………」

一般科目が終わり、やっとあの騒がしいクラスから解放され今日は自分の部屋でのんびりしようとした矢先に先輩から呼び出しを受けた。つまりここは先輩の部屋だ。

今この場には僕と先輩の二人きり。しかもその先輩はとびっきりの美少女だ。

はははっ、どうだ! うらやましいかー! 全国の男ども。

……なら、代わってください。お願いします。

本当に代わり(生け贄)がいるのならすぐさま代わってほしい所存だよ。

残念なことに僕と先輩の間に楽しげな空気が漂うことは無いのだ。間違っても間違いなんて起きやしない。

今も、僕のことなどまるでいないかのように扱ってるし。

何? そのヘッドホン引っこ抜けばいいの? ……しないけど。

「あのー。僕としてはそろそろ反応してほしいなぁ、なんて」

「……朝霧ソラ」

いかにも棒読みで淡々とした、いつもの先輩らしい口調で彼女は口を開いた。因みに僕がここに呼ばれてから小一時間、先輩は一言もしゃべることは無かった。辛かった。本当に辛かった。

呼び出しといて無言とかいったいどういうつもりだよ。あのウザいほど騒がしいクラスが若干恋しくなってしまったじゃないか。

「えっと、なんでしょうっ?」

しかし、こうなると話しかけられるだけのことがうれしくなるもので、僕には珍しく喜色のとんだ声で答えたんだ。すると彼女は──

「息をしないでください」

「………」

…何が、そんなに彼女をイラつかせてしまったのだろうか。

僕の反応がウザかったのかもしれない。

いきなりの死刑宣告である。実際彼女には僕なんて一瞬で殺せる力があるということが僕の恐怖を増強させる。

マジで? 武偵法9条破らないよね?

いや、でもこの人冗談言わないし。え? 何、僕ここで殺されるの?

頭をよぎったのは彼女と初めて会った時のトラウマ。

結果、息を止めたのではなく、恐怖のあまり『息ができなくなった』。

 

 

……

…………

 

「───ラ」

誰かが呼んでる。

だが何故だろう。起きたくない気持ちと、起きなきゃヤバいという気持ちが同じくらい湧いているのは。

「朝霧ソラ」

パァン!

だが、相手に待つ気持など無いのか、腹にかかる衝撃と共に無理やり意識を覚醒させられた。

「ガハッ! ゲホッ、ゲホッ!」

「やっと、起きましたか」

目の前にいるのは、蹲っている僕のことを見下ろす──見下している美少女。

『ろ』が抜けるだけで何ともイメージが変わる字なのだろう。

「…れ、レキ先輩。ハンドガン持っていたんですね…」

「はい、あなたを起こすために」

せんぱーい、間違ってますよ♪ 人を起こすには拳銃じゃなくて目覚まし時計を使うべきです。全くお茶目なんだから♪

「──って、殺す気か!?」

「? 起こすつもりですが?」

(アホか! 防弾制服着ていなかったらそれこそ永遠に目が覚め無くなるだろーが!)

なんて、言えない。

言ったら、余計にひどくなるのが目に見えているから。これ体験談。

うん、ドラグノフでなく比較的威力の小さい小型拳銃を使ってくれただけ良しとしよう。

レキ先輩ったら優しいなぁ。うん、優しい。

あはは、余りの優しさに涙が出てくるよ……

そう思わないと、やっていけない。心が折れる。

哀れ、武偵高は年功序列が普通高の比ではないのである。学年が上がるとそれだけ力も上がるので尚更たちが悪い。

「というか、なんで僕は寝ていたんですかね?」

「………」

この反応、どうやら彼女のあずかり知らぬことらしい。

彼女は基本無口無表情なので、微妙な仕草から判断しないと、とてもやっていけないのだ。

今も若干ふらふらする。どうも脳に酸素が行ってないみたいな感じがする。

余程疲れが溜まっていたのだろうか。どうにも思い出せない。先輩に部屋に招かれた所までは思い出せるのだけど。……何故、寝た気もしないのにこんなに時間がたっているのだろう?

「体調管理を怠ると任務に支障をきたします」

言外にこの二流が! という心の声が聞こえる。いや、本当に思ってるか知らないけど。

というか、疲れている理由の大半はあなた様なのですが。

 

レキ先輩は僕の戦姉(アミカ)である。

戦姉とは一組の先輩後輩の特訓制度である。

簡単に言うと、先輩は教官となり、一年間後輩を鍛える。その代わりに、先輩は後輩を自分の部下のようにコキ使うというわけだ。(偏見)

因みに僕は諜報科(レザド)。先輩は狙撃科(スナイプ)

──いや、繋がりねーだろ。なんで僕は先輩の戦弟(アミコ)になってんだろ……

 

とにかく理由は分からないが、ここに入学してレキ先輩に目を付けられた僕はレキ先輩に(無理やり)戦姉弟にされ、アイシールドも裸足で逃げだすパシリの日々に突入というわけだ。

やれ、銃弾の材料を注文先に取りに行ってこいだの。やれ、カロリーメイト買って来いだの。

そしてその仕事(パシリ)の大半を占めるのが──

「とにかく、呼ばれたってことは今日もするわけですか、遠山キンジそして……」

寝不足の最大の原因でもある。

「神崎・H・アリアの監視を──」

 




◆◇◆◇◆


朝霧ソラ
性別 男
学年 1年
学科 諜報科。
武偵ランク A

黒い髪に琥珀色の瞳、顔の造形は整っているがどこか近寄りがたいイメージがある、と言えばカッコイイが、正直に言うとぼっち気味なだけ。身長は168cm。やや痩せ形。
最近の悩みは目の下のクマが取れないこと。

──追って詳細を伝える。

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