鉛色から空色へ   作:雨が嫌い

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決闘。
決められたルールの中で武偵同士が戦うこと。
非推奨行為だが、校則自体で禁じられているわけでは無い。
教員に見つかった場合は内申に響くらしいが、蘭豹などはむしろ嬉々として受け取りそうである。
というか、結構隠れて行われてるらしい。

このこともそうだが、完璧に決まりを守っている武偵など、ほとんどいない。


第16斬

女子寮の一室。

翌日、体調が戻った僕はこの場所に来ていた。もちろん行き先はレキ先輩の部屋である。

自主的にここに来るのは珍しい事なのだけど、今回は絶対に行かなければいけない理由があった。

そう、昨日アホな先輩に聞かされた衝撃的な誤解を解くためだ。

「レキ先輩! 僕は撃たれて喜ぶ変態ではありませんから!」

「…何を言っているのですか?」

部屋に入るなりそう言った僕にレキ先輩は淡々と答えた。

「峰先輩にそう言ったそうじゃないですか!」

「理子さんにそのようなことを言った覚えはありません」

「え?」

まさか、騙されたのか?

「理子さんに言ったのは、ソラと親密になるには銃で撃って(躾けて)あげるのが一番だと」

「それだよ! 何重要な場所隠して言ってるの!? ──っていやいやいや! それでもいろいろ間違ってるから! そもそも躾けるって何!? 僕は先輩のペットでも何でもないですからね!?」

「?」

え? なんで、この人不思議そうな顔してるの?

「ソラは私のものですよ」

「!!」

な、何言ってんのレキ先輩!?

そんな私のものなんて……。いやいやいや! レキ先輩ごときに何狼狽えてんだ。

でも──

「?」

レキ先輩が小首を傾げる。

「───!」

それ以上そこにいることができず、真っ赤になってその部屋から飛び出した僕だったのだけれど。

 

……寮を出て冷静になってきたところで物扱いされていることに気づいた。

 

 

 

16.「おいくらかしら!」

 

 

 

教室に来るなりあかりに謝られた。

「昨日は本当にゴメンね。ソラ君だって聞かれたくないことはあるよね」

聞かれたくないことね…。あかりはなんだか誤解してるみたいだ。

まあ、だけど、僕からこの話を蒸し返すことも無いか。

僕にそんな暗い過去は無いが、逆に言うようなことでもないしね。

そうしてこの話は終わりになった。いつまでも引きずっているのもバカらしいよね。

 

 

──風魔に用があり、C組に訪れた時のことだ。

「おまえが朝霧ソラね」

ドアの前に立っている女が三人。もちろんそこに風魔はいない。

「そこ、邪魔なんだけど」

「この私が話しかけているというのに随分なものね」

「………」

何? こいつ。頭おかしいんじゃねえの?

「まさか、私のことを知らないだなんてことは無いでしょうね」

「知ってる。高千穂麗、強襲科Aランク。父親は武装弁護士。……鳥取出身」

ついでに後ろに控えている双子は相沢ナントカ。

「と、鳥取は関係ないっちゃ!」

「あ、それ、そこの方言?」

「…おまえ、私をバカにしているの?」

「正直どうでもいいとは思ってる」

早く、どけ。昼休み終わっちゃうだろ。

「…オホン。おまえ間宮あかりと親しいそうね」

「それがどうかしたのか?」

昔ならいざ知らず、今ははっきり友達だと言える関係だと思ってはいるが。

「と、ところであかりはクラスではどんな感じなのかしら?」

「はぁ?」

なんだ、こいつ。藪から棒に。

「べ、別に気になっているわけではないのよ。ただ、この前も何か危ない感じがしたし。か、勘違いしないことね。私がなれなかったアリア先輩の戦妹になった以上、その彼女に何かあれば私の評判まで落ちるかもしれないから言っているだけよ」

「………」

「仮にも私を倒したのだから、次に私があかりをイジ──倒すまで他の誰かにやられてしまうのを気にしているだけで……気にしていると言ってもあかり自身のことじゃないからっ。別にそんなんじゃないからね」

「…………」

「で、でも、あかりのことについて話したいのなら聞いてあげるのもやぶさかではなくてよ。あくまで武偵として相手のことを知ろうとしているだけだから。敵を知ることも勝利への一歩だもの」

「……………」

「そ、そうね、例えばあかりはどんなものが好きなのかしら。知り合いなのだから一つや二つ知っているでしょう? 言っておくけれど、これは対策の練るためだから。好きなものにはその個人の性格や………」

「………」

……お、おい。こ、こいつ、まさか…

「ほ、ほらあるでしょう? 好きな食べ物だとか、趣味だとか。仕方ないから聞いてあげるわ」

──間違いない。佐々木の同類(・・・・・・)だ。

なんだ。あかりにホレる奴はこうなるっていう決まりでもあるのか?

しかもこいつはこいつで、なんかメンドウな性格してるし。

 

付き合ってられないと感じた僕はマバタキ信号(ウインキング)で風魔を呼び出しここから離れることにした。

 

「ああ、でもそれがきっかけであかりと……ああ、いけないわ! あかり。イジメてほしいなんて…。だけど、こんなところで──」

「麗様」

「……なによ。今大事な…」

「朝霧ソラが逃げました」

「なんですって! この私の目を逃れるなんて…。さすが諜報科Aランクというところかしら…」

「「………(どこか抜けている麗様もステキ!)」」

 

 

 

 

「──ふぅ。風魔、呼び出して悪いな」

「いえ、あの状態なら仕方ないでござる」

「…いつもあんな感じなのか? あの人」

「普段はしっかりした級長でござるが…」

「あかり絡みだと、ああなるのか。…モロ佐々木と同じじゃんか…」

マジで勘弁してくれよ。そのうち佐々木みたいに脅してこないよね?

あれでも、強襲科Aランクなんだよな。

本気で襲ってきたら、一筋縄ではいかないだろうし。

今はどこにいるか分からない吸血鬼よりも、あかりラバーズの方が怖いな。

「マジで勘弁してくれよ…」

「心中、お察し申し上げる」

「ありがと」

風魔の優しさがうれしい。

やばいな、今の僕優しくされたらすぐ落ちる気がする。

もしも僕が女だったらチョロインと言われてしまうことだろう。

んー? 男だったなんて言うんだろう…?

ヒロインの男版はヒーローだからチョーローなのかな? なにそれかっこ悪…

「そういえば、用件なんだけどさ…」

そこで、僕は昼飯を食べていないことを思い出す。

予め買ってあるパンを取り出し、袋を開ける。

「風魔はもう食べたのか?」

「…いえ、某は──」

ぐうぅぅぅ──

「………」

「………」

「……食べるか? いくつか買ってきてあるし」

「かたじけない」

申し訳なさそうに、しかしその一方で嬉しそうに僕からパンを受け取る風魔。

こいつって、本当に安上がりだよな、機嫌とるの。

「で、用件なんだけどさ。ちょっと聞きたいことがあるんだよ」

「聞きたいことでござるか?」

モグモグ。

風魔はおいしそうにパンを食べてる。

物を食べている以上、当たり前のことだが、普段つけている口当ては外している。

…こうして見ると、風魔も結構美人だよなぁ。

まあ、でも風魔は遠山先輩にホレてるんだっけ? よくわからんけど。

「?」

モグモグ。

風魔はパンを食べながら、黙った僕を不思議そうな顔で見てくる。

「…ああ、ちょっと遠山先輩のことについて聞きたいんだ」

「師匠のことでござるか?」

今、僕があの人のことで知っているのは、あの人がHSSという特異体質なこと。

そのことを隠していること。そのため、必然的に女性と関わらないようにしていること。

武偵をやめたがっていること。

風魔の戦兄であること。

まあ、そのくらいだ。

僕は何で武偵をやめたがっているかを知りたいのだ。

正直に言うと、遠山先輩に武偵をやめられると困る理由があるからなのだけど。

「当たり触りの無いやつからでも、教えてくれないか?」

「…ふむ。しかし、弟子として師匠のことをおいそれと話すわけには……」

「このパン、全部食べていいぞ」

「!」

「………」

「………チラッ」

「………」

「………モグモグ」

「………」

「──師匠と初めて会ったのは神奈川の武偵高付属中でござった──」

……風魔にあんまり隠し事を話さない方がいいな。

 

 

 

 

風魔には悪いけど、特に大した情報は得られなかったな。

わかったのは風魔も竹中みたいに遠山先輩を盲信してるってことだけだ。

「はぁ…」

最近ため息が多くなった気がする。

溜息をつくと幸せが逃げると聞くが、実際は幸せが逃げているから溜息をつきたくなるのではないだろうか。

少なくとも、今の溜息でこれ以上幸せが逃げてほしくないものだ。

 

そんな幸せ捜索中の僕が見つけたものは、佐々木と高千穂(不幸の化身)だった。

……今度から、なるべくため息つくのやめよう。

よく見ると、あかりがオロオロしながらその二人について行ってる。

──もしかして、修羅場か?

モテるのも大変なんだなぁ。と完全に他人事で考えるが、僕がモテなくても大変だということに気づいた。気づきたくなかった。

確か、あっちは新棟の建設現場だっけ?

…関わらない方がいいな。

そう判断した僕は三人に見つからないようにその場を離れた。

確かに気になるけれども、二人が僕のことを共通の敵とでも見ていたらメンドウだし。

 

そんなこんなで寮の傍まで来た時だった。

PLUUUU!

電話だ。知らない番号。誰からだろ?

ピッ

「はい、もしもし」

『もすもすひねもすー?』

ピッ

間違い電話か。

 

PLUUUU!

ピッ

「はい、もしもし」

『もしかして誰か分からなかったぁ? りこりんだよぉー!』

ピッ

僕の知り合いにりこりんなんておかしな名前の奴はいない。

 

PLUUUU!

ピッ

『ちょ、ちょっとなんで切るのぉ!?』

ピッ

 

PLUUUU!

あーもう! しつこいな!

ピッ

「さっきからしつこいんだよ! ぶっ飛ばしますよ!」

『…さっきからとは何のことですか?』

「え?」

…あれ? 今なんか……あれ?

恐る恐る携帯の画面を確認する。

 

【着信 レキ先輩】

 

『それに、ぶっ飛ばすとはどういう意味ですか?』

「………」

『これは躾をやり直した方がいいのかもしれませんね』

「すすすみませんでしたー!! で、でも、違うんです! レキ先輩に言ったわけではなくてですね…。そ、そう! 全部峰先輩が悪いんです!」

『………』

「や、やだなぁレキ先輩。先輩のことを尊敬して止まない僕が先輩に暴言吐くわけないじゃないですか」

『……まあいいでしょう。それよりも、ソラ。あなたにしてもらいたいことがあります』

「え、えっと! なんでしょうか!?」

お願いだから、何でも聞くから、躾直すとかやめてください。

『服を部屋から取ってきてもらえませんか?』

それとついでにカロリーメイトを買って来い、とも言ったレキ先輩だったけれども。

彼女は今どこにいるのだろう? 部屋からと言うからにはそこにはいないだろうし。

それになんで服なんて持ってこさせるのかわからない。というか、僕のこと男として見てないよね絶対。

『場所は新棟工事現場です』

なんで今一番行きたくないところにいるんだよ…。

それに女子寮寄ってからって結構な距離に……

『10分以内に持って来てくださいね』

「え!? それちょっと無理が」──ブツ

ツーツー

「………」

 

PLUUUU!

ピッ

『ソララン、いい加減聞いてよぉー。結構大事な──』

「死ね」

『ええ!?』

ピッ

…最初から電源切っとけばよかったんだ。

 




◆◇◆◇◆


高千穂麗

性別 女
学年 1年
学科 強襲科
武偵ランク A

1年C組の級長。CVRから声がかかるほどの美人。
武装検事である父は、武装弁護士である佐々木の父と犬猿の仲。
高千穂、佐々木の本人たちもあかりを巡り争い合う関係に。
お金で解決しようとすることが多々ある。
高飛車な性格。M属性の男子に人気らしい。

正直、一番辛いのは気づかないあかりではなく、とばっちりのソラ。

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