鉛色から空色へ   作:雨が嫌い

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メイド。
清掃、洗濯、炊事などの家事を行う職業。
歴史ある職業だが、現代日本ではオタク的な意味が強い。
因みに、潜入先としては、武偵側、犯罪者側とともに多い場所でもある。

ソラもインターン時代、一度だけ潜入任務でなったことがあるらしい。



第17弾

17.「ガルルルル」

 

 

 

オレンジ色に染まる空。

俺とアリアの二人は帰路についていた。

「それにしても、今日は散々だったな…」

「そうね…。もうあんなとこに行きたくないわ」

「でも、これからやるんだろ? あの格好」

「──!」

俺にそう言われたアリアは顔を真っ赤にして黙ってしまった。

体はプルプルと震えてる。

作戦会議をした秋葉原の店のメイド服(・・・・)を思い出したのだろう。

まあ、確かにあの格好は…な。

「い、いくらなんでもあの衣装は無いわよ! イギリスならともかく日本でなんて場違い! は、恥っずかしい! 着ない! あたしは絶対着ない!」

「だが、メイドにならないと潜入作戦はできないぞ」

「で、でも…!」

「俺だって執事なんてやりたくねえよ。でも、一度受けちまったんだからしょうがねえだろ。武偵憲章2条だ」

「~~~~!」

はぁ…。こいつは貴族だしやっぱそういう格好するのはプライドが邪魔するのだろうか?

「理子の心配なんてするんじゃなかったわ…」

まあ、アリアは単純だからな。理子の奴の泣き落としに簡単に引っかかったし。

兄さんの情報で釣られた俺が言えることでもないか。

「…ん? あれってソラじゃない?」

アリアは唐突に少し遠くにある道を指さすと俺に言った。

「ソラって朝霧のことか?」

朝霧ソラ。

俺の一つ年下の後輩で今年の春に出会った奴だ。

このトチ狂った武偵高には珍しく比較的まともな性格の持ち主で、何がどうなったのかあのレキの戦弟でもある。

いつも疲れたような顔をしているのが特徴だ。

「ソラー!」

朝霧はアリアの戦妹である間宮の奴とも知り合いのようで、そこ経由でアリア自身とも親交があるらしい。

「………」

しかし、朝霧はこちらに気づかずどこかに行ってしまった。

「どうしたのかしら。あの子耳はいいはずなんだけど」

「ボーっとでもしてたんじゃねえか?」

「うーん。確かにちょっと様子が変だったかも…」

「まあ、どっちにしろどっか行っちまったんだ。それにあいつはしっかりしてるし大丈夫だろ」

その後は知り合いに会うこともなく、寮に戻った。

潜入ミッションか…。

確か、不知火はホストクラブに潜入したことがあるんだっけか。

で、来週に俺は執事になって潜入する。

ただ俺の場合、武偵としてではなく、ドロボーとしてだが……

 

 

 

 

 

唐突だが、今の俺は頭を抱えたくなるほど困った状況にある。

 

それは、武偵殺しのはずの理子が堂々と東京武偵高に戻って来たこと──では無い。

兄さんのことを理子が知っていて、それを俺にはぐらかしていること──でも無い。

武偵である俺とアリアが盗みと言う犯罪の片棒を担ぐようになってしまったこと──でも無い。

それをするために、執事の真似事をしなくてはいけなくなったこと──でも無い。

では何か?

それは実際に見てもらった方が早いだろう。

いや、俺は見たくないのだが……。なぜなら俺にとってそれは、ある意味銃より危険なものだからだ。

 

ここは救護科(アンピュラス)棟一階、第七保健室。

潜入作戦に向けて俺とアリアに特別メニューを作ったらしい理子に、特訓その1と称して、放課後ここに来いとメールで指示されたのが事の始まりだ。

だが来てみると、そこは無人。

で、しばらくすると、廊下から女子たちが喋りつつ来たので、強襲科で習った抜き足(スニーキング)で奥に隠れた。

そしたら、女子たちはいきなり脱ぎ始めた。

その時俺は、理子の奴にハメられたことに気づいた。

逃げ場を失った俺は、デカいロッカーの中に逃げ込んだのだが……

 

「……なんで、おまえもいるんだ武藤」

「そいつはヤボな質問だぜキンジ」

どうやらこいつはノゾキに来たらしい。外の茂みに逃走用のバイクまで隠して…。

そんなところに車両科(ロジ)Aランクの腕前を発揮するなと言いたい。

その後、理子からのメールが来た。

それは理子の下着の色を答えるというもので、現在部屋の中を見たくない俺にとって悪夢のようなものだった(10秒以内に答えなければ隠れているのをバラすと脅された)が、なんとかヒステリアモードにならずに達成した。

いくら俺でも女の下着姿くらいで興奮なんて……

アリア。

──その姿を捕えた時、俺の中の血流がざわついた。

なってしまった。あっけなく。

ど、どういうことだよ、これ?

今、そうなら無いように注意してたハズなのに…!

 

それから、少しして部屋に入ってきた小夜鳴先生によって女子たちが服を脱ぐ必要が無かったこと、つまり集団で勘違いしてたことが分かった。

皆、恥ずかしがりながら服を取りに行っているというのに、一人その場を動かない女子がいた。

レキだ。

潔いほど無地の下着を着てるな。まあ、そういうやつなら俺は反応しなくていいのだが。

レキはしばらく武藤がバイクを隠しているはずの窓の外をジーっと見ていたかと思うと、ダッとこっちに向かって走ってきた。

──まさかバレたのか!?

「お、おお!?」

武藤の奴も焦ってやがる!

バン!

そのままロッカーを勢いよく開け、俺たちのネクタイをつかみ引っ張り出した。

お、終わった…。

女子たちが今まさに悲鳴を上げようとした時──!

 

がっしゃあああん!

 

窓が割れ、そのまま俺たちのいたロッカーが吹き飛ばされる。

レキが引っ張り出してくれたおかげで、俺はなんとか助かった。

ただ、大柄な武藤はレキの力では素早く引っ張り出せなかったようで、ロッカーと一緒に吹き飛ばされていた。

「武藤!」

彼は片足がロッカーの下敷きになっており、苦痛に顔を歪ませていた。

しかし、そこは武偵。すぐさま腰のホルスターから銃を抜いた。

だが──

「──ウソ、だろ……?」

そう呟くだけで動きを止めてしまう。

いや、武藤だけではない。この部屋にいるすべての者が窓を割り、侵入してきたものに目を奪われている。

──それは銀色をした巨大な狼だった。

しかも100キロに迫ろうかという巨体だ。

間違いない。絶滅危惧種、コーカサスハクギンオオカミの成獣だろう。

しかし、何故こんな所に!?

 

狼は部屋の中で暴れまわったあと外へ飛び出していった。

その時ケガをした小夜鳴先生のことを女子たちに任せ、俺は武藤に投げ渡されたバイクのキーを手にそれを追いかけていった。

そして、バイクのエンジンをかけ、出発しようとした時だった。

ひらり、俺の後ろにレキが乗ってきたのだ。

「レキ!? 戻れ! 防弾制服を着ろ!」

「あなたでは、あの狼を探せない」

確かに、もう狼は見える位置にいない。レキの力は必要らしい。

「──しっかり掴まってろ!」

ドルルルル……!

唸り声を上げながら、バイクが走り出した。

 

 

 

 

「…少し、驚いたよ」

「何がですか?」

新棟の工事現場まで逃げ込んだ狼をバイクで追跡していた時、俺はある意味コーカサスハクギンオオカミよりも珍しいものを見た。

レキが放った銃弾が狼を外したのだ。いや、厳密にいうと少し掠っていたようだが、命中していないことには変わりない。

「外したからさ。レキもやっぱり人間だったんだな」

「? 私は元から人間です」

さすがのレキも動物を殺すことには躊躇いがあったのだろうか?

だがまあ、安心した。この娘の人間味を初めて見た気がしたからだ。

しかし、俺の考えは早計だった。

「──それに、外していませんよ」

「それは、どういう──」

狼を追い詰めた新棟の屋上まで登っている最中。ついてきたレキに真意を訪ねようとしたその時、どうっ、と重い音を立てて何かが倒れる音がした。

俺とレキはすぐさま屋上へ辿り着き、それを見やった。

狼が倒れていたのだ。

「──脊椎と胸椎の中間、その上部を銃弾で掠めて瞬間的に圧迫しました」

見ればその背、首のつけ根あたりに小さな汚れのような掠り傷がある。

走っているバイクの上でこんな神業をやってのけたのか。

さすが狙撃科の麒麟児と呼ばれるだけのことはある。

 

その後、更に驚くべきことにレキはその狼を手なずけてしまった。

まるで、狼と話が通じているように。

「…で、どうするんだ? その狼」

ヒステリアモードは既に解けている。まあ、もう安全みたいだからいいが。

「手当てします。服従していますから」

「それからどうする」

「飼います。そのつもりで追いましたから」

「だ、だが、女子寮はペット禁止だぞ? ……まあ、そんなルール厳密に守られていないと思うが、そいつはデカすぎる」

「では武偵犬ということにします」

おいおい、いいのかそれで?

犬じゃないと言っても、似たようなものだと精密な狙撃とは真逆な大雑把な答え返してくるし。

狼はお手するし。

「まあ、いい。それよりレキ」

「?」

「……そろそろ、服を着てくれないか?」

着替えをせず、急いでついてきたレキは、今の今まで下着姿なのだった。

そう言うとレキは狙撃銃と同じく、持って来ていた携帯を取り出し、誰かに連絡を取る。

「さっきからとは何のことですか?」

『───』

「それに、ぶっ飛ばすとはどういう意味ですか?」

なんだ、物騒な会話でもしてるのか? 服のことだよな?

『───!』

電話先の声は聞き取れないが、何だか悲痛な感じがしてならない。

「まあいいでしょう。それよりも、ソラ。あなたにしてもらいたいことがあります」

電話の相手は朝霧だったのか。

あいつも男だよな? 戦弟とはいえ、部屋から服を取ってきてもらうのは大丈夫なのだろうか?

少なくとも、俺は風魔にそんなことをしてもらうのは嫌だ。

レキは本当に羞恥心というものが無いのか…?

「10分以内に持って来てくださいね」

朝霧がどこにいるのかわからないが、無茶なことを言っているのは理解できた。

しかも、こいつどさくさに紛れてカロリーメイトも要求してたし。

 

朝霧を待っている間。

特にやることのない俺は、ふと気になったどうでもいいことを聞いてみた。

「そういや、飼うんだったら名前が必要だろ? どうするんだ?」

「………」

その質問にレキは少し考えるような間を空ける。

「…ソラ二号と」

「それはやめろ!!」

犬と同列とか、いくらなんでも可哀そうすぎる。

「……ではハイマキと」

「まあ、それだったらいいか。どういう意味なんだ、それ?」

「ウルスの言葉で『白い』という意味です」

ウルス…? どっかの方言かなんかか?

というか、白い…シロね。随分とベタな名前に収まったな。

ソラ二号よりは格段にマシだけどな。

 

──果たして、十数分後。

「すいません! 遅れましたー!」

ぜえぜえと苦しそうに息を吐きながら朝霧が到着した。

その姿を見れば、全力で走ってきたことは容易に理解できる。

「って、何て格好してるんですか!? ここ外ですよ!?」

下着姿のレキを見て、元から赤くなっていた顔が更に赤くなる。

そして、すぐに目をそらす。

「いや、いろいろあってな」

「遠山先輩? なんで……まさか野外プレイ!?」

「違う!! 何でそうなる!?」

「そ、そうですよね。と、遠山先輩に限ってそんなことしませんよね!」

いきなり学校に現れた狼を追っていたこと。レキが着替え中だったため、そのままついて来たこと。レキがその狼を飼おうとしていることを伝えた。

「お、狼…? 飼えるんですか…?」

まあ、それが普通の反応だよな。

「飼います」

既に着替えを終えたレキが会話に入ってきた。

「ダメですよ! レキ先輩はいいかもしれませんが、僕が襲われたらどうするんですか!」

「ハイマキはそんなことしません」

「もう名前付けてる!?」

唖然とする朝霧。

だがな、俺がいなければそいつの名前はソラ二号になってたんだぞ? さすがに言わないが。

朝霧は試しにとハイマキに近づく。

ガウ!

しかし、どう見てもハイマキは朝霧を警戒している。

「……レキ先輩」

「飼います」

「………」

どうやら、最初から朝霧の意見は聞いていなかったようだ。

「それと、これは何ですか?」

朝霧が持ってきたレジ袋からレキが小さな箱を一つ取り出す。

「あ、カロリーメイトが無かったんでバランスパワー買ってき──」

パァン!

「ゴフッ!」

「私はカロリーメイトを買ってきなさいと言ったはずですが」

「……だ、だから、置いてなかったんですって…」

 

なんかデジャヴだなと思ったら、俺とアリアのやり取りに似てるんだ。

この理不尽さといい、朝霧に親近感がわいてきた今日だった。

 




ハイマキ

性別 オス
種族 コーカサスハクギンオオカミ

絶滅危惧種のコーカサスハクギンオオカミ。
なんだかんだでレキのペットになった。
中々知能が高いようだ。
100kgはありそうな巨体。

ソラとは犬猿の仲。

名前付けの際、レキがソラをどういう風に思っているかがわかった。

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