鉛色から空色へ   作:雨が嫌い

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遺伝子。
生物の遺伝情報を担う主要因子。
生まれ持った遺伝子によって、ある程度その者の能力が決められてしまうと考えられている。
だから、偉大な先祖を持つ者は大成しやすいと言われている。

武偵高にも、優れた血統を持つ者が多々いる。
遠山のキンジ、そしてホームズ4世であるアリアもその最たる例である。


第19弾

──横浜ランドマークタワー。

 

十字架を取り戻したあと、理子は俺とアリアに銃を向けた。

初めから、こうするつもりだったのだろう。俺もそんな気はうすうすしていた。

アリアと理子は戦う運命にあると…。

──だが、理子との戦いは起こらなかった。

 

バチッッッッッッ!

 

小さな雷鳴のような音が上がり、理子が崩れ落ちる。

「……なん…で、おまえが……」

理子の背後にいた人物。

それは武偵高の非常勤講師であり、この二週間俺たちが潜入していた館の管理人だった男──

「小夜鳴先生!?」

 

突然現れた小夜鳴先生が理子をスタンガンで倒したからだ。

 

 

 

19.「フィー・ブッコロス」

 

 

 

理子の後頭部を銃で狙い、背後に狼を引き連れるその姿は、とうてい只の管理人とは思えない。

保健室で狼に襲われた時に出来たはずのケガも無い。まるで最初からなかったかのように。

それに奴は理子がリュパンの子孫であることを知っていた。

「どういうこと……? まさか、あんたがブラドだったの!?」

アリアがブラド=小夜鳴という新説をぶち上げる。

「彼は間もなく、ここに来ます。狼たちもそれを感じて、昂ぶっていますよ」

だが、それはすぐさま小夜鳴に否定される。

アリアは速攻で自分の推理が否定され顔が少し赤くなる。

そんな中、苦手な推理を頑張っているアリアを無視し、小夜鳴は俺に向かって言葉を投げかける。

「遠山くん、ここでキミに一つ、補講をしましょう」

「……補講?」

途中、要らぬことを小夜鳴が挟んだせいでアリアに睨まれたが、どうやら、補講というのは遺伝子の仕組みに対してのことらしい。

確かにあの日のテストは、(理子のせいで)俺はできていなかったけどな。

それにしても、今することか? 意味が解らない。

しかし、どうやらそれは次の話への前置きだったらしい。

「十年前、私はブラドに依頼されて、このリュパン4世のDNAを調べた事があります」

「お、おまえだったのか……ブラドに、下らないことを…吹き込んだのは……!」

理子はスタンガンによって麻痺させられた体を必死にもがき、小夜鳴を睨み付ける。

「リュパン家の血を引いていながら、この子には──」

「い、言うな! お、オルメス…たちには……関係ない!」

「──優秀な遺伝子が全く遺伝していなかったのです。極めて稀な例ですが、この子は遺伝学的には『無能(・・)』な存在なのですよ」

その時の理子の絶望したかような表情。

俺たちには絶対に知られたくなかった……そんな表情だ。

その後も、言葉で詰り、十字架を奪い、踏みつけ、理子のことを心身共に痛めつける小夜鳴。

何故だ…何故、あそこまで理子を嘲り罵る?

その疑問はすぐに解かれる。

小夜鳴が切り替わっていくのが俺にはわかったからだ。俺が先ほど、理子にキスされた時と同じように……

遠山の人間である俺だからわかった。

これは……これはヒステリア…モード…?

「そう、これはヒステリア・サヴァン・シンドローム──」

言いやがった。こいつも持っていやがるのか!

「優れた遺伝子を集めるのが私の仕事でしてね。先日、武偵高にお邪魔した時も、採血で一気に優良な遺伝子を集める予定でしたが……遠山くんがノゾいていたおかげで、あれは失敗してしまいましたね。不審な監視者がいれば襲うように狼たちに教え込んでいたのがアダとなりました」

優秀な血統の人間を集め、血から遺伝子をコピーしようとしていたのか。

吸血による、能力のコピー。

なるほど、ジャンヌも鬼と言ったがその通りだったようだ。

ブラドの正体それは──吸血鬼(・・・)

「しかし、思わぬところで彼の血を手に入れることができました。彼はいつも警戒が強いだけにあっさり手に入るとは思いませんでしたから」

「彼…? 今度は誰のこと言ってんのよ!?」

「キミたちも知っているでしょう? ──朝霧ソラくんですよ」

朝霧…? 何でここにあいつの名前が出てくるんだ?

あいつも、何か特別な血統なのか?

「キミたちは彼の価値を全く知らないのですね。まあ、彼自身わかっていないようでしたが」

「あんた、ソラに何したの!?」

「別に、少し血を抜いただけですよ。彼はある意味同じ失敗作でも、無能なリュパン四世と違い、それは面白い力を……おっと、そろそろ時間のようです」

小夜鳴は唐突に話を切り上げる。

そして、小夜鳴がヒステリアモードを使って何をしようとしているのか──

それが、わかろうとしている──

 

「さあ かれ が きたぞ」

 

まるで、神の降臨を迎えるかのような、恍惚とした声。

「遠山君は、HSSの私が何故4世を罵ることができたか疑問に思っているでしょう。最後に教えておきます。──私は人間(ホモ・サピエンス)ではなく、吸血鬼(オーガ・バンピエス)。したがって、人間の女は守るべき雌ではありません。人間から見た猿のような、まったく別の生き物なんですよ」

バキバキと体自体が作り変えられているような感じ。

変身…。そう表現したアリアの言はもっともだった。

びりびりと洒落たスーツは紙にように破れ、赤褐色に変色した肌が露出される。

肩や腕の筋肉は盛り上がり、足は獣のように毛もくじゃらだ。

上半身の肌には目のような白い模様が浮き出てきている。

 

「Ce mai faci…いや、日本語の方がいいだろう。初めまして(・・・・・)、だな」

同時に何人も喋っているかのような不気味な声。

その姿は、まさに化け物(・・・)だった。

 

 

 

 

「………た、す、け、て………」

ブラドに頭を掴まれながら、恐怖におびえながら、そしてやっと漏れ出した理子の本音。

何を言ってるのよ!

まったく、これだから理子の奴は──

言うのが遅い(・・・・・・)!」

──意地っ張りなんだから!

まずは理子を救出(セーブ)する。ブラドの逮捕はそのあと。

「キンジ、側面は任せるわ!」

あたしはブラドにむかって駈け出す。その行く手を遮るように、狼たちがあたしを襲う。

バンッ! バンッ!

しかし、狼たちは二つの銃声と共にその場に伏せるように倒れ込む。

キンジだ!

あたしはそのままの勢いでブラドの右側面に回り込み、ブラドに向かって銃を放つ。

肩、腕、脚に理子を避けつつ十発撃ち込んだ弾丸は、まるで効いていない。

傷口は赤い煙を上げながらすぐに回復してしまう。

あれが効かないとなると、やっかいね…。

早く、理子を助けないと…

 

その時、キンジがブラドの腕にナイフを刺し込む。

考えたわね、キンジ。どうやら、筋肉の構造は人と変わらないようね。

回復するといっても、一瞬傷がつくことには変わりがない。

腕の筋肉が切れれば、握力がなくなる!

もちろんすぐにその傷も回復されてしまう。

だけど、理子は救出できた。

キンジは理子を抱っこしてこの場から一時離れようとする。

なら、あたしはそれを援護──

 

ブシュッッ!

 

突然、ブラドの頭に突き刺さる刃。

この場の誰でもない、いきなりの攻撃に全員が驚く。

「テ、メェ…!」

「…うえ、やっぱり死なないか…。まあ、聞いてたけど、ねっ!」

「ソラ!?」

前触れもなく現れたソラは、ブラドの頭からナイフを引き抜くと、頭を思いっきり踏みつけ、その勢いでこっちに跳んで来た。

「こんばんは、アリア先輩。助けに来ました、なんて」

助けに…? いや、そもそもソラ──

「あんた、なんでこんな所にいるのよ!」

魔剣(デュランダル)の時もそうだったけど、この子はタイミングが良すぎる。

まさか、ソラもイ・ウーに繋がっているんじゃ……

「それ、今言う必要ありますか?」

確かに、今はブラドを何とかするのが先!

ブラドにした攻撃から見て、ソラがあたしたちの敵じゃないことはわかる。

「帰ったら、話してもらうわよ!」

「…まあ、仕方ないですね」

そういえば、小夜鳴も言っていた。ソラには何かがある!

きっと、イ・ウーにも繋がる何かが……。

「とりあえず、ブラドをこっちに惹きつけます」

ソラの言う通り、理子をブラドから離さないと。

「そうね、なら──」

「このクソ猿がァァァァッッ!」

頭貫通してもピンピンしているどころか、もう傷が塞がっている。

けれど、治るといっても頭を踏まれ刺されたことには癇に障ったのか、先ほどまでの嘲る様子とは違い、明らかに怒気を含んだ声を出す。

「怒っちゃいましたね…」

「ある意味作戦通りね」

ビシッ、ビシッ

ザシュ!

向かってきたブラドの周囲を回りながらあたしは二丁拳銃を撃ち続ける。

対するソラは、その隙間から攻撃してきた腕を避けながら斬りつけるヒット&アウェイを繰り返す。

──巧い!

強襲科にもちょくちょく来ていたから、根っからの諜報科武偵ではないとは思っていたのだけど……これは予想以上ね。

まだ、動きはどこかぎこちないところもあるけれど、高い身体能力でうまくカバーしているわ。

そして何より、あたしの動きに(・・・・・・・)合わせることが(・・・・・・・)出来ている(・・・・・)なんて…。

この前の魔剣戦でも気づいたことなのだけど、ソラはきっと一対一よりも、チームで戦った方が力の出せる武偵。

ソラの人に合わせる技術は、まだ未熟な戦闘技術よりも遥かに高い。

まるで、独奏曲(アリア)のあたしよりも合わせることが難しい者と日常的に組んでいると言われても、過言でないくらいに…。

 

「ちょこまかとしやがって、猿が」

「猿って…レディに向かって失礼ね!」

「アァ!? 何言ってやがるんだ、ホームズ4世。それにレディだと? おまえみたいなガキがか?」

「なんですって? あたしはもう16よ!」

「800年生きてる俺にしてみれば、人間なんてみんなガキだ」

冷静になってきたのか、また嘲るような口調で喋りながら、暴れるブラド。

しかし、その動きを一旦止めると、こちらに背を向け屋上の隅に立つ携帯電話用の基地局アンテナの方へ向かった。

 

その間にあたしとソラはキンジに近づく。

理子は安全な所に移したようね。

「やになっちゃう! あいつ全然攻撃が効かないわ!」

「アリア…ブラドには──」

「ブラドには弱点があるそうですよ? 先輩方」

キンジの言葉をソラが遮った。

「弱点……ですって?」

聞くと、ブラドの体に描いてある目玉模様の位置にその弱点があり、四ヶ所同時に攻撃すれば倒せるのだとか。

だが、見る限り目玉模様は両肩と右脇腹の三か所にしか見えない。

いや、それよりも──

「ソラ、あんた何でそんな事も知ってんのよ!?」

「朝霧…おまえ…」

キンジも何か疑わしげな眼でソラを見る。

「だから、細かいことはあとで聞きます! 今は時間が無い、でしょ?」

しかし、ソラは真剣で必死な目をしている。

嘘を言っているようには見えない。あたしのカンもそう言っている。

「わかったわよ! ただし、あとで覚悟しときなさい!」

「だが実際、四つ目がどこにあるのかわからない以上、勝負は賭けられないぞ」

「…いえ、最後の弱点の場所は既にわかっています」

「「何だと(何ですって)!?」」

「うわっ!」

「どこにあるの!? 早く言いなさい!」

「い、今言いますから! …ただ、僕が攻撃するには狙いづらい場所なので、先輩のどちらかにお願いしたいんですけど」

「どこだ?」

「さっき、頭ぶっ刺した時に見えました。口の中……舌に描かれた目玉模様(・・・・・・・・・・)が」

口の中、なるほどね…。

それなら今見える位置に目玉模様が三つしかないのも、頷けるわね。

「わかった、そこは俺がやる。アリア、キミには両肩を頼めるかい?」

「わかったわ」

「じゃあ僕は右脇腹ですね」

それぞれが攻撃する場所を示し合せる。

 

──さあ、反撃開始よ!

 

 




◆◇◆◇◆


小夜鳴徹

性別 男
所属 東京武偵高非常勤講師
学科 救護科

甘いマスクと温厚な性格で武偵高の女子に人気のある教師。
と、思われていたが、正体は吸血鬼ブラドの擬態だった。
学者然としていて、特に遺伝子関係の学問に対しては秀でている。
人間を虐げ興奮する嗜虐体質の持ち主。
ブラドとの関係は良好らしい。


『これからソラの正体についてどんどん情報が出てくるけど、感想には正体についてなどは書き込まないでね。さよっちとの約束だよ!』


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