鉛色から空色へ   作:雨が嫌い

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クエスト。
主に民間から寄せられる依頼。
武偵高の生徒はクエストを受け、達成することで報酬と単位を受け取ることができる。
クエストには推奨武偵ランクがある。
ただし、あくまでも推奨なので自分のランクと異なるクエストを受けることもできるが、余りにもランクがかけ離れている仕事や達成できそうもない仕事だと判断された場合、教務科の権限で生徒のクエスト申請を却下できる。
しかし、教務科の権限ということは、ランクが低くても、その力が認められている者は高位のクエストを受けることは可能ではある。
そういう意味では、神崎先輩の言ったように武偵ランクなんてどうでもいいのかもしれない。

ただ、依頼者が了承するかどうかはまた別問題だが……



第2斬

「レキ先輩。レキ先輩」

「なんですか。……鬱陶しい」

レキ先輩って僕に容赦ないよね。

「僕が思うにこんなストーカー紛いなことをしないで、しっかり気持ちを伝えるべきだと思います」

「?」

先輩は僕の言う言葉が理解できないのか小首をかしげている。ほんの少しコテッて。

見た目だけは美少女なだけにこういう仕草はかわいいじゃないかよ。チクショー、レキ先輩のくせに!

「だから、レキ先輩が遠山先輩のことを好きになりすぎたあまり、このような凶行に──『パァン!』──うおっ!!」

無言で足元を撃たれた。いつもの無表情のはずなのに、心なしか不機嫌な感じがする。

この反応、違ったのか? え? てことはまさか……?

「──まさか、狙いは神崎先輩!?」

なるほど、これだから僕以外の前じゃ猫どころか機械の皮(機械の皮ってなんだよ)被っている、見た目は美少女なレキ先輩に浮いた話が無いわけだ。

まさか、ソッチ系の人だったとは……

 

ヒュンッ!

 

顔の横を何かが通り過ぎた。思わず腰を抜かしてしまう。

……嫌な予感しかしない。

冷や汗を流しながら、恐る恐るそこを見てみるとそこには黒い塊。

──銃剣を付けたドラグノフがあった。

「耳──。二つありますね」

そ、そうですねー、ま、まあ人間ですから…。

で、でも、なんでそこで言葉を切るのかなー? はは、何故か足の震えが止まらないや。

ガタガタって、あれ…? どうやったら立てるんだっけ? しっかりしろー足腰。

みんな、レキ先輩のこと感情が無いロボットだとか揶揄してるけど、僕に言わせてみれば普通に感情あると思う。だってそうじゃなきゃ僕の扱いの説明ができないもん。

絶対Sだよ。それもドS。Sランクだけに。なんつって☆

「……遺言はそれだけですか?」

 

その後ですか?

ええ、全力で謝りましたとも。

 

 

 

2.「カロリーメイトは至高の食糧です」

 

 

 

「こちら、ソラ。対象は已然、探偵科(インケスタ)の校舎の中です。オーバー」

『そのまま監視を続行してください』

探偵科の特別校舎の中、僕は僕とて遠山先輩の監視中。

──ああ、耳が二つあるって素晴らしい。

当たり前のことにこそ、幸せが潜んでいるんだね。

レキ先輩と一緒にいると、命の大事さを学ぶ機会が多すぎて、成人する前に聖人になれそうだ。

義務教育とかで道徳の授業の講師をすれば、いじめとか無くなると思う。絶対。

その前に生徒の半数が使い物にならなくなる可能性も無くないけど。

さて、自慢ではないが、僕はこういうコソコソしたことで見つかったことが無い。──レキ先輩を除く。(あの人は本当にチートだと思う)

つまりまあ、Aランクに恥じない実力を持っているわけだ。

それにしても、どうせ監視するなら男の遠山先輩よりも曲りなりとも美少女の神崎先輩の監視の方がよかったな。これじゃあ、花が無い。

「ということで代わってくれませんか? オーバー」

『却下です』

却下された。ですよねー。

まあ、考え直してみると確かに女の子の監視って犯罪臭いもんね。男ならいいのかっていわれるとそれもそれだけど……

『それと、このインカムは送受信可能なのでオーバーは必要ありませんよ』

「いや、ほら雰囲気を楽しむというか……」

『男性の監視を楽しんでいるのですか』

「……まだ、さっきのこと怒ってます?」

『何の事ですか』

怒っている…のか?

ただでさえ、普段から棒読み口調なのにインカムを通してだと全然相手の雰囲気が分からない。顔文字使って欲しい。無理か。

…ここは話題を変えるべきかな。…ああ、そういえば気になっていたことがあったんだ。

何時聞くべきか迷っていたのだけれど。とても根本的な質問だ。

「あのー。今更ですが、なんで二人のこと監視しているんですか?」

『………』

ヤバっ。もしかして聞いちゃいけないことだったのか?

それとも、武偵なんだから自分で考えろ、と?

『……風に──』

「はい?」

『“風”に命じられたからです』

「ああ電波ですね。わかります」

ヒュン!!

ピュッ!

風が僕の前を通り抜ける。そして弾けるように左腕の裾にある制服のボタンが一つ飛んだ。

「………」

ハハハ。ま、まさかね……。ここ、建物の中だよ?

偶然偶然。

『──あと五発ですね』

「すみませんでしたっ!!」

ガチガチ。

震えが止まらない。何、レキ先輩ってワームホールでも使えるの?

とりあえず、インカム越しで相手に見えないにもかかわらず(レキ先輩なら見えてそうで怖いが)、土下座しながら謝り、監視を続行する。

ああ、僕って謝ってばかりの気がする。レキ先輩限定だが。

うれしくない限定である。

 

そうこうしているうちに対象に動きがあった。

幸い、今の謝罪によってこちらがバレた。なんて間抜けな展開にならずに良かった。僕の安全的な意味で。

「遠山先輩はどうやら校外の依頼(クエスト)を受けるつもりみたいです」

『了解しました。……アリアさん。キンジさんはクエストで校外に出るつもりのようです』

「え? 何? そこに本人いるの?」

なんで監視対象と一緒にいるんだよ。おかしいだろ。

バカなの? 確かになんか抜けてそうな人だとは思っていたけど。主に一般常識とか。

ピュッ!

「………」

…今日はボタンがよく取れる日だなぁ。【残機4】

『この件とは別にアリアさんに鷹の目の依頼を受けていましたので、連絡しただけです』

「…いや、それ実際、僕の手柄ですよね?」

『戦弟の手柄は戦姉のものです』

「どこのジャイアン!?」

てことはだよ? 遠山先輩と神崎先輩は合流するわけか。

案の定。探偵科の校舎を出たところで神崎先輩は待ち伏せしていた。

それを見た遠山先輩が目に見えて落ち込む。

多分「何で、おまえがいるんだよ」って言ってる。別に読唇術とかできないけど。

わからんでもない。これじゃあ、ある意味ストーカーだもんね神崎先輩も。

だけど、まあ、それにレキ先輩が加わっているのを知らないだけ幸せか。

これで僕はもう用済みだな。さすがにもう寝たいし。というか、寝ないとヤバい。。

「帰っていいですか?」

『監視は続行してください』

「合流しているんだから監視は一人で良いと思いまーす」

『はい。だから続行してくださいと言っています』

いや、それはおかしい。

「これ、先輩の仕事だよね!?」

『戦姉の仕事は戦弟のものです』

「何その嫌なリターン!?」

平等にしたつもりか!?

そこらのブラック企業でもここまで露骨にやらねえぞ!?

それにレキ先輩なら場所をそう動かずに監視できるだろうに。何で僕!?

『休憩の時間です』

何それ、僕も欲しんですけど。具体的には週休二日で。

サクサクって絶対あの人、カロリーメイト食ってるよ。僕は朝から何も食べてないのに!

『準備不足ですね。そんな時こそカロリーメイトです』

この人って社員か何かなのだろうか? そう思わずにはいられない。

 

レキ先輩に命じられるまま尾行は続行。

弱いって罪なんだなと思い知らされる体験をした。──どこのバトルマンガだよ。

ポケットの中にはボタンが六つ──。因みに叩いて増やしたわけではない。

防弾制服は既に前面が開けており、あまり意味のなさないものになっている。

今日帰ったらまず、制服にボタンをつける作業をしなくてはいけないようだ。

最近、裁縫の腕が上がったんだぜ? 全く違和感なく防弾制服に綺麗にボタンをつけれるくらいに。

……泣いていいかな。

最近涙腺が緩くなった僕だった。

その後、どうやら猫探しらしい依頼を受けている二人(正確には遠山先輩だけだけど)を尾行中気づいたことがあった。

「なんか仲良さげなんだよねぇ…」

一緒に街を歩いて、公園で二人ご飯食べてって。まるでデートだ。

二人が出会ってからまだ一日だよね? どうなってんの?。

遠山先輩は根暗だし、神崎先輩は自己中で二人とも対人関係とか苦手そうだというのに。(戦闘的な意味なら二人とも得意そうだけど。死ね死ね軍団(アサルト)のSだし)

それに遠山先輩は神崎先輩のこと嫌っているのかと思ってた。あの秘密(・・)のこともあるし、チャリジャックに巻き込まれたり、不幸な先輩に最初は同情していたんだけど。

そんな気失せたわ。今だってほら──

「キンジ。今度はアレ食べたい」

「おまえ、さっきハンバーガー食べたばっかだろ。てか、俺はまだクエスト中なんだからな」

「いいじゃない。ケチケチしない」

「ったく…。しょうがねえな」

………

ふざけんなよ! こっちは気配消したり、周囲に溶け込んだりただでさえ寝不足の体に鞭打って神経使ってんのに!

はぁ、デートとか僕なんて一度もしたことないのに……

それどころか、碌に女の子と二人っきりになったことすらないのに……

レキ先輩? ははは、笑わせないでくれよ。

僕は『女の子』って言ったんだよ? あれは魔お──

『何かおかしなことでもありましたか?』

「いえ、特に」

レキ先輩って実は超偵なんじゃないかって思う今日この頃。

 

結局、その日は夕方になって遠山先輩が猫を見つける時まで監視は続いた。

…というか、見つけるの遅いよ。

最後の方なんか、キンジ先輩たちだけじゃなく周囲に猫いないかなーって気になったし。気になるしかなかったし。

というかむしろ猫探してたからね!

 

 

 

 

再び戻ってきましたレキ先輩の自室。本当に殺風景な所だ。

こんな時間に異性の部屋に入るのは他だと問題になるのだろうけど、僕とレキ先輩の間にはそんな心配はナッシング。……悲しいことに。

いや、悲しくなんかないけど!

「とはいえ、頑張った子にはそれ相応の報酬が必要だと思いまーす」

僕は両手をレキ先輩に向かって差し出す。

すると──ポイッ

その手に向かって先輩から何かが投げ込まれた。そして綺麗に手に収まる。

この人は本当に無駄にコントロールがいい。

これは……

「カロリーメイト?」

それだけして彼女はそっぽを向き、自分の銃の手入れをし始めた。

どうやら、これだけらしい。報酬。

(ふざけんな! 半日人を使っておいてカロリーメイト一箱とかあり得ねーだろ!!)

なんて、言えない。

言ったら次の瞬間貰うものが銃弾になる。これマメな。

 

そして今日も自分の部屋へとトボトボ帰る。

月明かりが何だかウザったるいものに感じ始めてきた。やになってくる。

最近思うんだけどこれって立派なパワハラだよね。訴えたら勝てると思うんだ、うん。

つまり、レキ先輩! あなたは僕の温情によって生かされているんだ。ふはははは!!

……やめよう、空しくなってきた。ソラだけに。

あの人、大真面目に戦弟は下僕みたいなものだと思っている節があるからなぁ。

部屋に帰った僕は箱と袋を開けて中身を取り出す。──チョコ味か…。

しばし眺めた後、無造作にそれを口に放り込む。

「…はぁ、甘い」

 




◆◇◆◇◆


レキ
性別 女
学年 2年
学科 狙撃科
武偵ランク S

青みがかったショートカットの髪、ヘッドホンをいつもつけている。狙撃科の麒麟児。
外見は美少女なのだが、まるで感情のないような振る舞い、そして正確すぎる狙撃から『ロボットレキ』というあだ名がつけられている。
だが、ソラ曰く絶対感情はあるとのこと。
苗字のことは誰も知らない。本人も知らないらしい。
食事はいつもカロリーメイト。
身長150cm。小柄な体型。

武器は狙撃銃ドラグノフのみを使っていたが、最近は戦弟の躾の一環として小型のハンドガンを持ち歩いている。

実は一部の男子に人気があり、裏でファンクラブも結成されている。


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