鉛色から空色へ   作:雨が嫌い

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吸血鬼。
吸血によって自らの遺伝子を上書きして進化する生物。
その多くは、無計画な吸血によって滅びた。
吸血鬼としての力を開放する「第2態(セコンディ)」、そして更なる力を引き出す「第3態(テルツァ)」などの形態がある。


第20弾

20.「Fii Bucuros!」

 

 

 

バキンッ!

何かをへし折った音に俺たちは振り向く。

離れたところでブラドが五メートルはあろうかという携帯基地局アンテナを屋上からむしりとっていた。

それを槍のように足元に落とすと、ごすん! と、地響きがこちらまで届く。

…おいおい、マジかよ…!

まさに鬼に金棒ってか…?

「……人間を串刺しにするのは久しぶりだが、串はコイツでいいだろう。ガキ共、作戦は立ったか?」

「ああ…。丁度今、先輩方からニンニクの買い出しを頼まれた所だよ」

「ゲゥウアバババババ!! ニンニクでも何でも持ってこい! 俺はこの数十年で吸血鬼の弱点は全て克服済だ」

「ふ、後悔するなよ! 先輩、それじゃ買ってきます!」

朝霧の奴は不敵に笑うと、そのままの勢いでどこかに行こうとする。

俺はそいつの襟首をつかみ止めた。

「ちょっと待て! 何逃げようとしてるんだ!?」

「そうよ! 今反撃ムードだったじゃない!!」

「だ、だって! 想像以上だったんですもん! なんですかアレ!? どれだけ筋トレしたらあんな巨大な鉄の塊を片手で持てるようになるんだよ!!」

顔を青くして言う朝霧。…まあ、言いたいことはわかる。

あんな物が当たったら、冗談じゃなくグチャグチャになるだろうからな。

「頭の良い策士は、絶対に勝てると思った時にしか戦わないそうですけど。僕の場合、すでに勝ちを決めた状況にしか相手と向き合わないんです」

「……今それ言うと、ただの腰抜けだぞ」

「いやいやいや! 僕は銃持ってる先輩方と違って、アレに近づかなきゃいけないんですよ!?」

朝霧の奴は完全に逃げ腰ムードだ。

確かに、元々こいつには、そこまでして俺たちを助ける義理は無いかもしれない。

だが、今朝霧にいなくなられるのは困る。何せ攻撃数が足りなくなってしまう。

どうやって、説得するか……

 

「…レキに言いつけるわよ…」

ボソッ、微かに聞こえる声でアリアがソラに何かを言った。

アリア、いくらなんでもそんな簡単に……。

「さあ、先輩方! 早く目の前の悪を倒しましょう!」

「………」

そうか、朝霧にとってはブラドよりレキの方が怖いのか…。

これは、どちらを憐れめばいいのだろうね。

「つまんねえ話は終わったか?」

ブラドは余裕綽々とした様子で俺たちを見下ろしている。

「合図は俺が出す! 行くぞ!」

その言葉と共に、アリアと朝霧が動き出す。

いや違う、朝霧は既に動いていた(・・・・・・・)

先ほどの戦いで使ったのであろう小型のナイフ。

ちょうど(・・・・)、ブラドの足元に落ちていたそれが動き出したのだ。

ザクッ!

ブラドの足が切り刻まれる。

それもすぐ直るだろうが、腱が斬られたブラドはまっすぐ立っていられなくなり、一瞬体勢が崩れる。

近づかなきゃいけない、ね。それにあの問答……時間稼ぎか。

なるほど、腰抜けと言ったのは撤回しないといけないみたいだ。

ヒストリアモードの俺まで騙すなんてな。

「…くだらねぇ小細工しやがって、クソ猿がァァ!」

それに、今朝霧を罵倒した時に口の中に、白い模様が見えた。

 

撃て(・・)!」

 

それを合図に、俺たちは一斉に攻撃を仕掛ける。

ザクッ!

ソラは杭のようなものを右わき腹に突き刺し──

ビシッ! ビシッ!

アリアの撃った銃弾は両肩を貫く。

バンッ!

そして、俺の撃った弾丸もブラドの口へ吸い込まれていった。

ブラドは体勢が崩れ、完全に反応が遅れている。

──勝った!

 

「……  (ァイ゛ラー)……」

 

キラ──

ビシッ!

「うぐっ…!」

四発の攻撃を喰らったブラドは動きを止める。

四ヶ所同時の弱点攻撃。朝霧の話通りならこれで終わりだ。

「……勝ったの?」

「ふぅ。何とか、ですね」

ああ、最後はあっけないものだったな。

 

 

 

だが──

「違う! まだブラドはやられてない!」

これは、理子の声…?

「ゲゥゥウアバババババババッ!!!」

「「「!?」」」

気づいた時にはもうブラドは攻撃の態勢に入っていた。狙いは…アリア!?

ギィィィィィン!

アリアが咄嗟にガードした小太刀ごと吹き飛ばされる。

ボールのように吹っ飛ばされたアリアは、そのままヘリポートの隅まで転がっていった。

「アリア!」

何でだ!? 何故あいつの傷が治っている?

──まさか、朝霧の言った弱点が間違っていたのか!?

だが、俺も確かに見たはずだ。口の中の模様を。

「……何がどうなってんだ」

「危ねえ、危ねえ……。俺をここまで追い詰めるとはな。まさか、出来損ないの力に助けられるとは思ってもいなかったぜ」

「何…言ってやがる…!」

「それに、おまえらが厄介なのは確かみてえだな。ホームズ4世の次は、おまえにご退場願おうか」

ギロッ

黄金の双眸で俺を見た。

「ワラキアの魔笛の酔え──!」

ずおおおおおおっ!

ブラドはまるで、ジェットエンジンのような音を立て空気を吸い込み始めた。

胸はバルーンのように膨らんでいく。

何をするつもりだ…?

「……まさか…」

朝霧もその不気味な光景に見て、何か驚愕するような顔をしている。

「遠山先輩! 耳塞いで!! 早く!!」

朝霧の言葉で、これから何が起こるのか理解できた。

この反応からして、これから起こるのは──

 

ビャアアアアアアアウゥィイイイイイイイイ───ッッ!!!

 

咆哮!

そのあまりの威力に空気までもがビリビリと震える。

数百メートル先でも聞こえるような大きな音だった。

俺と朝霧の服がばたばたと揺れている、風でなく音で(・・)

脳がかき回されるような感覚。

油断したらそのまま破裂してしまいそうだ。耳を塞ぎ、目を閉じ、足を踏みしめて必死に耐える。

──嵐のような一瞬が過ぎる。

「耳塞いでても痛いんだけど…」

朝霧は顔を歪め、悪態をつく。

「───!」

そして、グパァと口を開け笑うブラド。

俺はその笑みの意味に一瞬で気づいた。

解けているのだ。ヒステリアモードが完全に…。

まさか、これはヒステリアモード破り……!?

──やられた。

再び金棒を手に持ったずしん、ずしんと近づいてくる。

ヒステリアモードが解けた俺は呆然と立ち、ただ見ていることしかできなかった。

「──ッ! 一回は一回って言葉作った奴出てこいっての!」

ドン!

叫んだ朝霧が俺を押し飛ばす。

そして──

 

バギィィィィン!

 

「!?」

金属が砕ける音と共に朝霧がアリアと同じように吹っ飛ばされる。

朝霧まで…俺のせいで……

「キンジ! 早く離脱しろ!!」

理子の声で意識を現実に戻す。

バン!

理子がブラドに向けて銃を撃つ。

やはり、傷はすぐに塞がってしまう。だが、それは理子もわかっている。だから牽制のつもりだったのだろう。

そして、二撃目の前に何とか場を離れる。

「チィ、4世のバカが…。余計なことしやがって」

離脱した背後から、ブラドのイラついた声が聞こえてくるのだった。

 

 

 

 

物陰に一時身を潜める。

ブラドは屋上の出入り口を見張っているようだ。逃がすつもりは無いのだろう。

「アリア…無事だったのか」

そこには、さっきブラドにふっ飛ばされたアリアもいた。

「無事…とは言えないわね。だけど、動けなくなったわけじゃないわ」

確かに、よく見るとアリアの体はボロボロだった。

「それにしてもどういうこと!? あの弱点は嘘だったの!?」

「ううん。ブラドの弱点に間違いはなかった」

「じゃあ何でよ!」

ああ、それは俺にもわからない。ジャンヌや朝霧の情報に嘘のようなものは感じられなかった。

だが実際、ブラドの奴は倒れていない。

「キンジやアリアは正面にいたから気づきにくかったのかもしれない。キンジたちの攻撃が当たる瞬間、ブラドの体が少しだけズレていたんだ(・・・・・・・)

「どういうことよ? あたしたちが外していたってこと?」

「違う。ズレていたのはブラドの体だ。あいつはそのままの体制で位置だけがほんの少し前にズレていた。あたしが見た限り、こうとしか表現できない」

なんだ、それは…? そのせいで、魔臓に攻撃が当たらなかったって言うのか?

まるで意味が解らないぞ。

「それはブラドの力かなんかなのか?」

「…知らない。少なくとも、あたしはあんなの見たことない」

確かにあの時、少し違和感を感じたが……

くそっ! ここに来てまたわけわからん力かよ!

「でも、弱点が効かなかったわけじゃないってことはわかったわ」

「次は警戒されてるぞ」

なんたって、一度それで相手はやられかけたのだから。

「それに、銃が足りない」

「理子、あんたさっき撃っていたのはどうしたの?」

「あれは単発式。それ以外の武器は最初にブラドに捨てられてる」

万事休すかよ!

「だけど、この場を一時引くことはできると思う」

確かに、ブラドを倒す術が無い今は、それが最善なのかもしれない。

「だが、出入口はブラドに見張られているぞ?」

「ここってさ、ソラランが最初に隠れてたとこなんだよねー」

それに対して理子は足元に置いてある箱を開ける。暗闇に溶け込んだ黒い箱だった。

そこに入っていたのは…ワイヤーにアンカー…?

「ワイヤーが付いたアンカーを打ち出す仕組みの奴。多分これでもしもの時は逃げようとしてたんだろうね…」

理子はその下から更にものを取り出す。

今度は…スタングレネード?

「おい、どういうことだ。何で朝霧の奴はこんなものまで用意している」

「キーくぅん。それはソラランに聞いてよぉ」

…ああ、そうだな。

俺もどうして理子に聞いたんだよ。

理子なら理由くらい知っていそうな感じがした気がしたけどさ。

「頑丈なワイヤーみたいだし、この人数でも支えられると思う。これをうまく使えば屋上から出られるんだけど……」

「ソラね」

「うん。今使えばソラランだけここに置いて行っちゃうことになる」

朝霧をここに置いていく?

却下に決まってる。あいつは身を挺して俺を助けてくれた。

そんな奴を見捨てるなんて武偵としてどころか、人としてありえない。

「問題はどうやって朝霧をここに連れてくるかだな」

「でも、ソラランが吹っ飛ばされた場所はブラドを挟んで逆側なんだよね」

いや、そもそもあいつは生きているのか?

アリアが無事だったから、何となく朝霧も大丈夫だと錯覚していたが、あいつはあの馬鹿げた一撃を喰らったんだぞ。

もしかしたら……

「ソラは生きてるわ。あたしのカンがそう言ってる!」

その迷いをアリアの言葉が切り伏せる。

ああ、そうだよな。俺たちが信じなくてどうするんだ。

「理子もソラランを助けることに異存はない。でも、ブラドが邪魔な位置にいる。なら今できる作戦はこれしかない──」

 

──ちゅ!

 

また…されてしまった。

二度目だというのに、冷めることは無く、一瞬でなってしまった。

顔を寄せて話していただけに、理子の動きは素早く躱せなかった。

「くふふっ。キーくんにセカンドキスまであげちゃった」

「り、り、理子──!! こ、こんな時まで何やってるのよ!!」

アリアは顔を真っ赤にして、小声で怒鳴るという器用なことをしている。

「アリア、理子を責めないでやってくれ。彼女に罪は無い」

「キンジ! あんたも何言ってるのよ!?」

「くふっ。ちゃんとなれた(・・・)んだね」

「ここまでされて応えないのは女性に失礼だよ。それにアリア、今は朝霧を助け出すことが最優先だろう?」

「~~~! わかったわよ! 理子! あんたも終わったら覚悟しときなさいよ!」

「くふふ。ちゃあんと無事帰れたならねー」

そうだな。

今は帰ることを考えるんだ。

アリア、理子、俺、そして朝霧の四人で、な。

「じゃあ、作戦はこう─────」

 

………

………

 

「わかったわ。確かに今はそれが最善ね」

「…ああ、じゃあ行くぞ!」

朝霧、どうか無事でいてくれ。




◆◇◆◇◆


ブラド

性別 男
所属 イ・ウー
種族 吸血鬼

イ・ウーのナンバー2であり、小夜鳴の正体。
ドラキュラ伯爵本人である。
計画的に自分の遺伝子を改良して言った結果、魔臓が機能している間ならば吸血鬼本来の弱点も効かない。
しかし、現在のブラドは、人間と同じ姿で生きることを余儀なくされ、激しく興奮した時にしか吸血鬼の姿に戻れなくなってしまっている。
優れた遺伝子を残すための母体として、過去に理子のことを監禁していたことがある。
『無限罪のブラド』の異名を持つ。

娘がいるらしい。

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