数多くの超人的人材を擁する戦闘集団。
そのルーツは第二次世界大戦中、枢軸国の共同計画として創設された超人兵士の育成機関。
その実が無法者の集まりであり、組織自体の目的は無く、各々自主性に委ねられている。
アリアの母である神崎かなえに冤罪をきせている。
何故かソラも狙われている。
ただし、理子も知らなかったように、ソラの秘密を知っている者はイ・ウーでも少数である。
──すごいな。
中もやはり、広い。潜水艦に乗った経験は無い僕だけど、それでもこの大きさは特別なのだということを感じる。
僕をここまで運んできたヘリコプターが再び飛び立った後、キンイチさんに促されるままに船内の案内をされることになった。
ふう……しかし、これは何とも思いがけない幸福だ。
イ・ウーと言えば峰先輩や夾竹桃、それにブラドと言った人格破綻者ばかり見てきただけに、まさか案内役がこんな良識のある人格者だとは思いもしなかった。
まだ事情が完全に分かっていない僕への細かい気遣いやケガへの心配までしてくれたのだ。
うーん、ケガはもうほとんど治ってるんだけどねぇ……自分でもビックリなくらい。
いや、『気』を使えるだけに普段から常人より断然ケガの直りは早いんだけど、それでも今回は異常だ。
昨日の今日で、縫ってもいないのにパックリ割れてた額の傷は閉じてるし、何より、あんだけふっとばされておいて。皮膚の裂傷だけで、骨折すらしてないってどういうことだよ?
大型トラックに轢かれたようなもんなのに……。
「──ソラ。聞いているのか?」
「あ、はい。すいません」
おっと、いけないいけない。思考の海に沈むところだった。潜水艦だけに。
「えーと、僕の立場のことですよね?」
「ああ、そうだ。態々ここに来てから言うようで悪いが、今のキミはかなり危うい状態だ。理子の当初の思惑通りなら、彼女たちからの紹介でそのまますんなり入学できたのだろうが……ソラ、キミはイ・ウーのナンバー2であるブラドを倒してしまった」
確かにそれマズイよな。これから入る組織のナンバー2ぶっ飛ばす輩がどこにいると言うんだ。
……ここにいるのだけど。
何それ? ケンカ売ってるの? としか相手は思わないだろう。
違うよ…。正当防衛なんだよぉ…。
「いや、別にブラドを倒したことに対する言及はするつもりは無い。元々、イ・ウーでは私闘は禁じられていないからな」
あー、そういえば峰先輩も言ってたっけ?
「だが、ブラドを倒した。それ自体が問題なんだ。血気盛んな奴らは今でもキミを狙っている。それでなくても、キミを倒せばナンバー2になれるといった根の葉も無い噂もある」
「な、なんですか、それ!?」
めっちゃ、危険じゃん!
核シェルターに逃げ込んだけど、中でジェイソン笑顔でお出迎え、みたいな感じだよ!!
「だが、ソラは形式上とはいえ、俺の部下だ。やすやす手出しなどさせないさ」
歪みそうになった視界でもはっきりわかる、見る人が安心感をおぼえるような笑顔でキンイチさんは頼もしいお言葉をおっしゃった。
キンイチさぁぁぁぁん!!!
あなたイケメンすぎるよ。男の中の男だよ!
何ていい人なんだ。常識人だし、変なことしないし、顔も性格もイケメンだし。
まさに完璧超人だ。
「それに、ソラは
教授? 誰だっけ? どっかで聞いたことのあるような気もするんだけど?
そんな僕の疑問を受け取ったのか、キンイチさんはしっかり教えてくれる。
さすがは空気の読めるお人である。あのアホの上司とは到底思えない。
「教授はイ・ウーのトップだ。彼の目があるうちはキミに手を出そうとする者もそうはいないだろう」
そうか…じゃあ、僕は安全でFA?
トップ自らってとこに疑問を感じるけれど、首の皮繋がったし、まあいっか。
「ああ。理子も今回のことで無事イ・ウーに復学したよ」
その情報は要らない。
「──と、着いたみたいだな」
その言葉を合図に、キンイチさんと僕は一つの部屋のドアの前で静止した。
「ここが、ソラの部屋だ。一応風呂やトイレは完備してある」
ドアを開けて中を見てみると、中々豪華な部屋だった。寝室とか洗面所とかリビングとかちゃんとしっかりしてるし。
まあ、少なくとも不自由するようなことにはならなそうだ。
「特に動きを制限するつもりは無いが、あまり部屋からは出ない方がいいだろうな。教授の言を破って襲ってくるような奴がいないとも限らない。何しろここは無法地帯だからな」
うえ、マジかよ。完全に安全だと思ってた。
おいおい、仮にも組織なんだからトップの言うことは守ろうぜ?
きっと、アレだな。ユトリという奴だな。
レキ先輩のような
体罰? そんな甘いものじゃないですよ。
もうあれ調教ですよ……。
死んだ方がマシ? あーはいはい。日常的なあいさつですよね?
今年の僕の流行語大賞です。よく知ってますね。
「お、おい、大丈夫か!? 顔が真っ青だぞ?」
心配そうに顔を覗き込んでいるキンイチさん。
「そんなに脅すつもりは無かったんだが…」
違う、違うのです。違うのですよ。
「大丈夫だ。いくらなんでもすぐにちょっかい出してくる奴はいないさ。最初は俺も付いている」
再びの頼もしいお言葉。
だけども、今僕のイ・ウーへの恐怖心を無くしたのはその言葉ではなく、レキ先輩に比べればこんなの全然平気じゃね? という下位互換的感覚だった。
部屋に入ろうとした時、彼がふとつぶやいた。
「そういえば、何も聞かないんだな」
「はい」
──浦賀沖海難事故。
この人のことはこの人が考えるべきだし。実際、僕は一般的な情報しか知らないしね。
そりゃあ、キンジさんが可哀そうだなと、人並みには思ったけれど。
「ありがとう」
何故かお礼を言われた。
「じゃあ、逆に今のキンジさんの話でもしましょうか?」
「ふっ、それは面白そうだな。だけど今日はもう休むといい。明日また部屋に行く」
キンイチさんは再び潜水艦内を歩いていった。
その背中を見送りながら僕は一つのことを考えていた。
大丈夫かなぁ……僕の安全、と。
どこまでも自分本位だな、僕。
23.「おまえも呪ってやるのぢゃ」
──あの日。
ブラドが倒れたあの後、屋上のドアが開いた。
ガチャ
アリアとキンジは警戒し、出てくる人物に向けて銃を構える。
だが、そこにいたのは意外な人物だった。
「レキ!?」
青みがかったショートカットの髪に背負ったドラグノフが特徴的な少女、レキだ。
「何で…? あんたが……あ!」
疑問を投げかけてる途中でレキが視線を向けている者に気が付いたのか、アリアはハッとして、そのあと焦りながら弁明する。
今のアリアは、気を失っているソラを抱くようにして支えていたのだ。そこをレキが無機質な目でジーッとした見つめていた。
それはもう、穴が開くくらいに……と少なくともアリアは感じたようだ。
「ち、違うのよレキ。別にソラを取ろうとしてるわけじゃないの。だ、大体あたしにはキンジが……って何言ってるのよ!!」
何故か最終的に逆ギレを始めるアリア。
女って本当に意味が解らないな。
「おいアリア。何を言ってるのかよくわからんが、一旦落ち着け。今はそんなことをしている場合じゃないだろ?」
この場合、問題なのはレキにブラドを見られてしまったことだろう。
あんな見るからに非常識な生物、しかも国家機密のイ・ウーが絡んでいるのだから。
「そ、そうだったわ。理子あんたは……あれ?」
気が付いた時には、理子の姿が消えていた。
代わりに、置いてある一つの紙切れ。
『あなたがこの手紙を読んでいるということは、私はもう屋上にいないことでしょう。くふふ。なーんてね。りこりんは眠いので帰らせてもらいまーす。後始末はよろしく。チュ(キスマーク) P.Sレキュにはうまくごまかしておいてね』
「り、り、理子ーーー!!!」
アリアは髪を逆立てて完全にキレる。ぼ…朝霧がいなければすぐにでも銃でも撃ちそうな雰囲気だ。
そして、一度落ち着くと、どうすんのよ、としきりに呟く。
「レキ、今見ているものは他言無用だ。わかるな?」
コクン。
肯定の意を示すレキ。こういう時、彼女はメンドウが無くていいと思う。
少なくとも、他の誰かに見られるよりはいいだろう。
「アリア、見られた以上はしょうがないだろ。レキなら口も堅いだろうし大丈夫だ」
「そ、そうね。でも、レキ。あんたは何でこんな所に……」
「アリアさん」
「な、何よ」
「ソラを」
無表情ながらも寄越せとでも言っているように、アリアに向けて手を伸ばすレキ。
「え? うん。でもソラは今ケガをしてるわ。救護科が来るまで待っていた方が」
「大丈夫です。私が運びます」
「いや、レキ。それはいくらなんでも……」
「ハイマキ」
再び現れる狼、それにアリアが警戒する。
「アリア、あれはレキのペットだ。警戒する必要はない」
レキはアリアから受け取った朝霧をハイマキの背に乗せる。
なるほどね、担架代わりって所か。
「それでは」
そう言い残し、レキは朝霧を連れて屋上を去って行った。
少なくとも屋上では無い場所。
「いつまで、寝たふりをしているつもりですか?」
パァン!
「ゴフッ」
何故バレたし。
一人称を入れ替えた振りなどでモノローグまで偽造して、普段なら近づきたくもないハイマキの背に乗っても静かにしていたというのに…!
どこかよくわからない部屋で無理やり起こされた……いや、起きてはいたのだけれど。
「…僕は一応ケガ人なのですが…」
実際体はほとんど動かない。
まるで全身に鉛を巻いているかのように。
「それがどうかしましたか?」
……悪魔?
「大したケガはしていないはずですよ」
いやいやいや、なんでレキ先輩がそこまで知ってるんですか?
「レキ先輩、実際どこから見ていました?」
「………」
レキ先輩は答えない。
「先輩は僕の力のこと知っていたんですか?」
「………」
「そう、ですか」
レキ先輩は答えない。だけど、どうしてかそれが肯定を表している気がする。
「ソラは…」
しかし、しばらくしてレキ先輩が口を開く。
何故だろう。目が据わっているのだけれど。
「…峰理子に誑かされたのですね」
「は?」
この人いきなり何言ってるの!?
「ソラはウルスの…私のものなのに……」
「え? ちょっと、レキ先輩…?」
「ソラがいけないんですよ…?」
ビシュ
「へ?」
胸を貫く感覚。
反射で体がビクンッと震える。
息がうまくできず、ヒューと空気が肺からもれる。
……苦しい、痛い。だけど、今度はどんどん寒くなってくる。
レキ先輩はどこかうっとりした顔で、冷えていく僕の体に触れる。
そのとがった体温に僕は益々冷えていく。
「これで、あなたは永遠に私のモノです。…誰にも渡さない…」
そう言って、彼女は銃剣を振りかぶった。
それが、僕の見た最後の光景だった。
◇
「ぎゃああああああ!!!」
跳び起きた僕は周囲を見て、ここが正常だと確認する。
「はぁ、はぁ……。…なんつー夢だよ…」
途中まで、一昨日のことそのまんまだったというのに……。
何がどうしてこうなった?
跳んでこないよね銃弾!?
夢って深層意識が現れるっていうけど……何? 僕ってヤンデレが好きなの!?
「って、ねえよッ!! ありえねえから!!」
大体、佐々木ならともかく、レキ先輩は無い。
無い。
……いやゴメン、佐々木も無いけど。
カサカサ
何か顔に違和感を感じる。
振り払ってみると、そこにはコガネムシのような虫がいた。
うえ、最悪……。
虫とか普通に嫌いな僕からすれば、今の状況は泣きっ面に蜂だ。
いや、蜂ではないけど。
虫を部屋の外へ追い出し、顔を丁寧に洗う。
その時に、どうやら寝汗をびっしょりかいていることに気づいた。
「…シャワー浴びるか」
そういえば、トップとやらには会いに行かなくていいのだろうか?
あとで、キンイチさんに聞いてみるか。
だけど、まあ……レキ先輩より怖いものは無いな……
◇
あの日、レキ先輩は言った。
「ソラ、あなたはウルスです」──と。
「私はそれで十分です」──と。
だけど、僕のことを止めることはなかった。
レキ先輩が僕の正体を本当に知っているかは分からない。
でも、朝霧ソラを誰より知っているのはレキ先輩。それは変わらない。
──そう思ったんだ。
◆◇◆◇◆
パトラ
性別 女
所属 元イ・ウー
クレオパトラの子孫であり、本人はその生まれ変わりを自称する。
ツンと高い鼻、切れ長の目、おかっぱ頭の美人。
元イ・ウーのナンバー2であったが、あまりの素行の悪さに退学となった。
砂使いであり、『砂礫の魔女』の通称を持つ。推定Gは25であり世界最強の魔女の一人。
やはり、パトラの呪いは恐ろしい。