鉛色から空色へ   作:雨が嫌い

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Episode of Laika ②

「おまえ! どういうことだよ!!」

授業が終わった瞬間、朝霧がいるという特別自習室まで飛び出していった。

そこで朝霧は読書をしていた。

自習中のはずだし、何かの参考書かとも思ったけど、どうやら違うらしい。

ただ、漢字がいっぱい書いてあったのが見えた。

「何だよ!? CQCの訓練はもう受けないって!!」

「……うるさい」

朝霧はただ雑音がうるさいとでもいうかのような感じの迷惑そうな声を出すだけで、表情を動かさなければ、こっちを見ようともしない。

そして、パタンと本を閉じるとすっと立ち上がると教室を出ようとする。

「お、おい! ちょっと待てよ!」

だが、朝霧は止めようとしたアタシの手をするりと躱すと何事も無かったかのようにどこかに行ってしまった。

ちくしょう!

アタシがこれで諦めると思ったら大間違いだからなっ!

 

 

 

次の日の1年D組の教室、いつも通り、ポツンと空いたその空間にアタシは向かう。

するとそこには、やはりいつも通り、どこ見てんのかわからない人形みたいな少年がいた。

視線というものがこいつにあるのか疑問に思うほどだ。

「もう一度だけでも訓練受け直せ! そしてアタシと戦え!」

「………」

右から左という言葉があるけど、この場合そもそも右に入っているかさえわからない。

完全防備シャットダウン。

アタシとこいつの間に透明な防音ガラスがあるなんて言われたとしても、そのまま信じてしまいそうなほどの無反応だ。

「無視すんな!」

「………」

初日と似たような状況。

ただし、今度はまだ反応しない。

「おい!」

肩を掴んでこっちに向けさせる。

昨日とは違い、今日は躱されることも無く朝霧の体は引っ張れた。

無機物を感じさせるほど、抵抗なく、引っ張られたからそっちに動いたみたいな印象だった。

──ゾクッ

朝霧を正面から見てアタシは動けなくなった。

向き直って目はこっちを見ているはずなのに、まったくアタシを映していない。

目の前にアタシがいるのに……この距離じゃその視線の先には、アタシくらいしか見えないはずなのに、何も見ていない。

いや──嘘のような場所を見ている。

…怖い!

朝霧を見て初めてそう思った。

こんなにきれいなのに、なんて気持ちの悪い奴なんだ……

「……あ…」

完全にアタシは固まっている。

あれ…? この教室ってこんなに静かだったっけ?

「……何?」

そんな中、朝霧は変わらず、声だけ少しダル気を含み発する。

その声でアタシの意識が戻る。

「──ッ! きょ、今日はこれくらいで勘弁してやる!」

「?」

朝霧から手を離し、D組から出る。

な、何言ってんだアタシ! これじゃ完全に負け惜しみじゃねえか!

ちくしょう! ちくしょう!

また負けた!

ち、違う! 負けてなんかいない!

覚悟しろ、朝霧!

こうなったら意地でも引きずり出してやるからな!

 

 

 

その次の日もアタシは1年D組に向かって行く。

D組の連中はもはや「また、おまえか…」という雰囲気が出ていて最初の方ほど注目されない。

アタシだって来たくて来てんじゃねえよ!

「朝霧、アタシはおまえが、うん、と言うまで諦めねえからな!」

「うん」

「って、そうじゃねえよ! 今言ってどうすんだ!?」

「………」

予想外すぎる!

……くそー調子狂うぜ。

いや、でも今のを見る限り、もしかしてこいつ案外ノリがいいんじゃねえか?

そうと決まったら賭けてみるか。押してダメなら引いてみろって誰かが言ってたしな。

「よし、朝霧。絶対アタシと戦おうとするなよ。絶対だぞ!」

乗ってこい。いや、おまえは乗るはずだ。

「わかった」

「わかるなよ!!」

「…この人メンドイ」

面倒くさいのはおまえだろーが!

(…いや、今のってどちらかというと、火野の奴の方が悪いよな)

(まあ、確かに今の火野って面倒くさいな)

くそー、ここは敵だらけか!

結局、やっぱり、案の定、いつも通り、そんな言葉を並べるほどに、そのあと朝霧は口を閉ざした。

 

 

更に次の日も、そのまた次の日も、アタシは何度だってそいつの前を訪れた。

だが、何度行っても反応は似たり寄ったりで、本当に日にちは進んでいるのか、アタシのことなんてマジで認識されてないんじゃねえか、と思ってしまう。

しつこいとも思われていない?

そもそも反応と言ってもほとんど無反応だし。

 

どうやったら、アタシの言うこと聞くようになるんだ…?

盛大に驚かしてみて反応を見るか?

…そもそもあいつって何やったら驚くんだ…?

うんうん、とうねりながら考える。

「──の! おい、火野!」

「は、はい!」

「今の所答えを言ってみろ」

「え? あ、ちょ、あれ、えーっと…」

やべっ。今授業中だったっけ?

まさか、このタイミングでさされるなんて。

「…はぁ……聞いてなかったな?」

「あ、すみません…」

「まったく……武偵といえども最低限度の学力は必要だ。次は廊下に立ってもらうからな」

…しゅん。

まさか離れていてもアタシを翻弄するとは…!

 

「ねえ火野さん」

「ん? 何だよ」

授業が終わり、机に突っ伏してたアタシに声がかかる。あの時もアタシに最初注意を促した女子生徒だ。

「もう、諦めた方がいいよ」

「諦めるって何だよ! 確かにさっきは聞いてなかったけどさ」

「そうじゃなくて、『人形(ドール)』のことだよ」

人形、そう呼ばれる奴をアタシは知ってる。

「そうだよ。あれは人形なんだから、言葉なんて通じないよ」

他の女子も便乗してくる。

「確かに、顔はいいけど性格最悪だし」

「そもそも本当に人間なのか疑うよ」

「火野さんも変な噂が立ってきてるし」

最後の言葉が少し引っかかった。

「噂って何だよ?」

「何かね。火野さんがD組で『一人芝居』してるって」

「………」

一人芝居。

つまり、朝霧と会話できるわけがないってことなんだろう。

本当にそうなのか?

少しとはいえ、あいつは言葉を返してきた。

だったら、アタシの言葉も伝わってるはずだ。

そう…だよな。そうに決まってる!

 

だけど、アタシは今日、D組の教室に入ることは無かった。

 

 

 

 

…また、二クラス合同訓練があった。

朝霧はいない。

アタシの呼びかけはまったく効果なんて無かった。

 

そして、また特別自習室へ足を運ぶ。

そこで朝霧は読書をしていた。

漢字がいっぱい書いてある本だ。

同じだ…

まったく、変わってねえじゃねえか!

朝霧があの時と同じ本を読んでいたかなんてことは正確にはわからない。

同じ本かもしれないし、漢字がいっぱい書いてあるだけで違う本だったのかもしれない。

 

意地は惰性に変わりつつあった。

 

「…おい…!」

「………」

「朝霧…!」

「………」

自分の声だけが響くこの場所がどうしようもない寂しい。

本当にこいつは人形なのか…? アタシのことなんて見ることなんかできないって言うのか…?

そう思い始めると、途端に虚しさがこみ上げてくる。

そして、そのままどこかに行ってしまいたくなってしまう。

 

──もう、いんじゃないのか?

──どうせ、こいつには人の言葉は通じないんだよ。

──諦めても、誰かに後ろ指さされることも無いんだから。

 

 

………

……………

 

──おまえが一人前の武偵になるのを待ってるよ。

これは、確かあの時のパパの言葉…?

 

『アタシ、大きくなったら武偵になってパパの手伝いする!』

『そうか』

そこでパパは優しく微笑むと、予想外の言葉をアタシに言った。

『ならライカ。おまえは日本に帰れ』

『な、なんで!? こっちにいちゃダメなの?』

アメリカ(こっち)は危険だから、半人前のおまえがいるべきじゃない』

子供のすすり泣く声。

ああ、アタシってば、突き放されたと思って泣いちまったんだっけ?

『……じゃ、じゃあ、一人前……一人前になったら戻ってきてもいい?』

『ああ、おまえが一人前の武偵になるのを待ってるよ』

そうだ…

そうだった。

アタシの目標はパパと同じ舞台に立つこと!

ここで逃げてるようじゃ、そんなの一生叶わない!

 

『武偵憲章第10条。諦めるな、武偵は決して諦めるな』

 

ぐっ…

アタシは逃げようとする足を押さえつけた。

…ダメだ! そんなことしたら、こいつのクラスの連中と同じだ!

認めろ! こいつはアタシと同じ人間なんだ!

「アタシは…アタシは……」

そうだ、悔しいんだ。

アタシより強い奴がいることが……いや、違う。そんなのは今更だ。

こいつが…アタシより強いこいつが、こんなにも無気力なのが許せないんだ。

それはきっとみんなが最初に感じたこと。武偵というヒーローのような職業に少なからず憧れた少年少女たちが──

だから、誰もが朝霧を『違う(ドール)』と言いたくなる。目を逸らしたくなる。

じゃないと、自分を保っていられないから。

 

ぽた…ぽた…

 

決心したはずなのに、アタシも口が開けなくなった。

出なくなった声のかわりに出てきたのは涙だった。

 

ぽた…ぽた…

 

掃除の行き届いている床が落ちるしずくに浸される。

しばらく、そのままだった。次の授業も始まっている頃だというのに、誰もここに探しに来ない。

朝霧も…アタシも…

ふと、朝霧が何かを差し出してきた。

こいつが初めて行った能動的行動。

「…ヒクッ…何だよ…!」

くしゃくしゃの声が余計にアタシを情けなくさせる。

「水分補給」

「…ポカリ…?」

こういう時は普通、ハンカチとかタオルだろーが…

袖で涙をぬぐいながら、どこかの漫画で得た知識がそう唱える。

が、確かにのどが渇いてる。

訓練の後だったし、それに──

「泣き虫…」

「なっ!?」

ち、ちげえし! アタシは別に泣き虫なんかじゃねえ!

だけど、現在進行形で泣いてることが、それを否定できないでいる。

せめてもの抵抗で、ポカリをぶんどるように受け取ると一気にそれを飲み乾した。

「…!?……ゲホッ…ゲホッ…」

「…きたない」

琥珀色の瞳は相も変わらず、虚空を見ている。

変わらないハズ……でも、今はどこかそれに光が宿っているようにも見える。

「僕が何て言われているか知ってるでしょ?」

「あ、ああ…」

──『人形(ドール)』決していい意味では無い呼び名。

「もう、僕に関わらない方がいいよ」

「え…? あ、おい!」

静止の声虚しく、朝霧は教室を去って行った。

アタシはそれを追いかけることはできなかった。

 

結局、次の鐘が鳴るまでアタシはそこにいた。

……主に汚した床の掃除とかしながら。

 

 

 

 

──次の日。

 

「よ、朝霧」

アタシがそう声を掛けると朝霧は少し目を見開いて驚いている。

初めて見る表情の変化だった。

…へへっ。やっぱこいつも人間じゃねえか。

そんな当たり前のことが、何故だか無性に面白い。

朝霧はそんなアタシの顔を見て、怪訝そうに、今度は表情にも出しながら(・・・・・・・・・)言葉を紡いだ。

「……何?」、と

この前と同じ言葉だというのに、受ける印象が随分と違う。

しっかり、アタシに向かって言っているのがわかる。

昨日思った。こいつは感情が無いんじゃなくて薄いだけなんだということを。

アタシにポカリを渡した──朝霧なりの優しさだったのだろう。

じゃないとそのことを理解できない。

「ニヤニヤ気持ち悪い」

「そっか、そっかー」

「泣き虫吹き出し女」

「誰が泣き虫吹き出し女だ!」

「おまえ」

やっぱり、声にもいつもより感情が含まれている。

……嫌がられてるけど。

「何回来ても戦わないよ」

「んー? 何のことだよ?」

「おまえ、白々しい」

アタシ今、朝霧と会話をしてる。

会話が成り立っている!

明らかに邪険にされているのにそれもまた面白く感じる。

それを見て朝霧がまた眉を寄せる。

クラスの連中も驚き静まり返っている。そして信じられないものを見る目でソラを──アタシたちを見ている。

「それにおまえって、アタシには……」

そこでハッと気づいた。

そういえば、アタシまだ一回も名乗ってねえ、と。

「なあ、朝霧」

「何?」

「アタシはライカ、火野ライカな」

突然自己紹介された朝霧は困惑気味に、それがどうした、とでも言いたそうな顔をした。

それから──

「アタシと友達になろうぜ!」

「……は?」

あっけにとられて固まったその顔は、人形というにはあまりにマヌケすぎた。

 

 

 

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